愛に報いて   作:敷き布団

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第17話 絆に報いて

絆からのメッセージ。長らく取っていなかった連絡。けれど、それは俺が通知を切って、見ないようにしていたからで、いざメッセージを開くと、俺の知らないメッセージがぽつり、ぽつりと送られていた。

 

「……絆まで、傷つけたんだよな」

 

メッセージを読み返すと、あの夜あんな喧嘩別れをしたと言うのに、俺の身を案じて只管にメッセージを送ってくれていた。俺は全く返さなかったと言うのに。一つ一つ、ゆっくりと読み進めていく。俺はずっと、沙綾を傷つけて、絆を傷つけて、千聖を傷つけていたのだと、改めて胸に刻み込んだ。

 

プルプル。

 

と、突然俺の持っていたスマートフォンが震えた。呆然としていた俺は驚いて画面を見る。そこにはなんと、今しがたメッセージを見たばかりの、絆の文字があった。俺は気が動転していたからか、驚いていたからか、考える間も無くその電話に出てしまった。

 

「……もしもし」

 

『お兄、ようやくメッセージ見てくれたんだね』

 

「……ごめん」

 

『心配、だったんだからぁ……』

 

「本当に、ごめんな」

 

『……いいよ、謝んなくて』

 

「なんで、電話なんか」

 

『お兄どうせメッセージ送っても返さないじゃん、電話じゃないと出ないでしょ?』

 

流石と言うか何というか、長らく会っていなかったのに、随分と俺のことを把握している絆。腐っても俺の妹、ということか。

 

「絆。……その、ごめん」

 

『うん、いいよ』

 

「……軽」

 

『だって、家族じゃん。……だから、私も、ごめんね、お兄……』

 

「……うん」

 

家族だから。とても単純なのに、これほど安心してしまったのは何故なのだろうか。安心はしたが、何を話せばよいのかすら分からなくて、無言の時間が続く。痺れを切らしたように、絆が喋り始めた。

 

『一つ、聞きたいことがあるんだけど』

 

「……何?」

 

『……お兄、……帰って、こないの?』

 

「……家にか?」

 

そうだと肯定する絆を前に俺は悩む。だって、簡潔に言えば俺は絆と言い争って、家を出て、妹にこんなことを言わせているのだ。それに何より、俺は物理的にこの家から出ることなんて、出来ないから。

 

「今は、それどころじゃないから」

 

結局俺は誤魔化した。だって、こんなこと、どうやったら信じてもらえるだろうか。写真でも撮れば良いのかもしれないが、こんな惨めな姿自体見られたくもなかった。俺は絆に迷惑をかけてなお、こんなになっているだなんて、惨め極まりないじゃないか。

 

『……どういうこと?』

 

「……忙しいってことだ」

 

『……嘘つき』

 

「な……」

 

『……きっと、何かのせいでお兄は帰って来られないんでしょ?』

 

「そんなこと、ない」

 

『……じゃあどうしてっ、ぐすっ……帰ってきてくれないの……?』

 

「絆……?」

 

電話越しに聞こえてくる、妹の声は深い哀しみを孕んでいた。また俺は、こうやって妹を傷つけるのだろうか。

 

『……もう一度、もう一度だけ、聞くよ? ……どうしてお兄は、帰ってこないの?』

 

俺は黙りこくる。もしかしたら、絆のハッタリかもしれない。けれど、妹に、絆に、これ以上嘘をつき続ける必要があるのだろうか。これ以上実の妹を嘘で、我儘で傷つけて、何か得られるものはあるのだろうか。絆は何も言葉を付け足そうとはしない。電話口で聞こえてくるのはただ、絆の悲しみに暮れる涙の音。俺の返答を、俺の答えを、待っている。

 

「驚かずに、聞いてくれるか?」

 

『……当たり前』

 

「俺は今、監禁されてるから」

 

『……うん』

 

絆はきっと絶句していた。そりゃそうか。帰ってこない実兄が監禁されてるなんて、俺が絆でも信じられないだろう。けれど、絆の返しは意外と早かった。

 

『そっか、誰に、どこで監禁されてるの?』

 

俺は、悩んだ。一体全体、実の妹にどうやってこんなこと説明すればいいのだろうか。けど、絆の声は力強かった。

 

『前言ってた、花女の人?』

 

「……う」

 

『……何言ったって、私は大丈夫だから』

 

絆に相談したあの日と同じだった。結局押し切られるままに絆に全てを話したのだ。

沙綾とのこと。酒に逃げた理由。千聖と浮気に走ったこと。そして、千聖に監禁されているということも。なんて情けない兄貴なのか、自分でも反吐が出る。

 

『……そっか』

 

絆は少しばかり考えてから、言った。

 

『監禁、されてるんだよね。じゃあもうやることは一つでしょ』

 

「……一つって」

 

嫌な汗が背筋を走った。

 

『決まってるでしょ、警察に通報するだけ』

 

「な……」

 

いや、絆の言っていることはその通りだった。けれど、俺の中でそれは許されなかった。だって、……だって。

 

「……お願いだ、それだけは……やめてくれ」

 

『なんで、そんな奴の肩を持つの?』

 

「……俺にとって、千聖は、壊れかけた俺を救ってくれた恩人だ。俺は、千聖を愛してるから、……だから俺には、千聖を突き出すなんて、出来ない」

 

『……じゃあ、沙綾さんのことはもうどうでもいいってこと? 見ないフリってことだよ?』

 

「……それは」

 

『結局、沙綾さんを捨てるなんて選択もお兄は出来ないでしょ?』

 

どうしてこの妹は、俺のことをここまで分かっているのだろうか。全部が全部、耳が痛かった。

 

「……その通りだけど」

 

『じゃあまず千聖さんを何とかするしかないじゃん。なんで説得しないの?』

 

俺は絆に諭されて、少しずつ、思いを吐き出した。

 

「……怖いから」

 

『……うん』

 

「千聖のことが、大事だから。愛してるから。……千聖を傷つけたくない」

 

『だから、監禁されてるのも、受け入れるってこと?』

 

「そう、だ」

 

『……そんなの、愛じゃないよ。間違ってる』

 

「な……」

 

絆の言葉が、冷気を纏っていた。絆の言い方には震えながらも力が入っていたのだ。

 

『お兄が千聖さんのこと大事なのは分かるよ? けど、何でもかんでも不条理を受け入れて、本当は嫌なのに相手のためだからって受け入れることが愛なの?』

 

「……そんなの、分かってるよ!」

 

俺は大きく声を荒げた。分かってはいるのだ、けど、怖いのだ。今を変えることが。千聖を傷つけることが。

 

『……突っぱねたいなら突っぱねたらいいよ。けど、そんなの、千聖さんのためになってない。お兄が逃げてるだけ。このままだと、また前と同じこと、何も変わんない。それでも良いの?』

 

「……俺は逃げてなんか」

 

『お兄が本当に千聖さんのことを愛してるなら、……お兄の思う、千聖さんと育みたい愛の形を、伝えてあげなきゃ。大事だからこそ、間違ってることは間違ってるって、言わなきゃダメだよ』

 

「……」

 

『千聖さんのこと、愛してるんでしょ?』

 

「……当然だ」

 

『そっか。まぁ私は、それが、愛だと思うよ』

 

「……そうか」

 

『お兄がどうするかは自由だけど。……もしも千聖さんとの愛が狂ってるって思うなら……正しい方向に導いてあげるのが、パートナーとして、あるべき姿なんじゃない?』

 

俺は押し黙った。そして、絆が俺に問いかけた。

 

『お兄は、どうしたいの?』

 

「……俺は、千聖が苦しんでるところは、見たくない。だから」

 

『……だから?』

 

一体どうして、絆の言葉はここまで響くのか、さっきから不思議に思っていた。けど、それが、ようやく分かった。

きっと全部、俺が本当は、心の底で思っていることだったから。本当は俺だって、千聖と辛い時は支え合って、楽しい時は喜んで、平穏で幸せな生活を送りたいのだ。抑圧された愛なんかじゃなくて。喩え浮気から始まった愛でも、それが間違った始まり方でも、復讐の愛だったとしても。もっと違う道が、あるはずだから。

絆は俺の背中をポンと、押してくれたのだ。

 

「俺はもう、逃げない。今まで千聖が依存してるのが、俺にとっても幸せだと思ってた。けど、それじゃ、俺も、千聖も変わらないから。いつまで経っても、立ち直れないから」

 

『……ふふ、お兄カッコいいじゃん』

 

「……うるせぇ」

 

電話越しに聞こえてくる絆の笑い声。いつぶりに聞いただろうか。身近な人の、純粋無垢な笑い声は。

 

「……けど、俺には、千聖を説得なんて」

 

『それは……お兄の言うことも、分かる。きっとお兄が言っても、その感じだと、お兄は言いくるめられちゃうんじゃない?』

 

「そんなこと……」

 

『ないって言い切れる? 私にすらいつも言いくるめられてるのに』

 

「……う、じゃあ、どうしたら」

 

大事にして仕舞えば、きっと千聖はただじゃ済まない。けど、俺1人じゃきっと情けをかけてしまうのは明白だった。千聖がどうしても俺から少しでも離れたくない、なんてあの儚げな顔で、俺を狂わせ、惑わせるような表情(かお)で告げられたら、きっと俺はそれ以上千聖を説得するなんてことは出来ないだろう。それが出来ていたら、きっとこんなことには、なっていなかったから。

 

『……分かった。なら、お兄』

 

「……ん?」

 

『私に、任せて』

 

「……は?」

 

俺は耳を疑った。絆が任せて、と言ったのだ。

いやいや、そんなこと。そんなことをすれば余計に千聖を逆撫ですることになるだろう。千聖は確かに表向きこそ平然と接するだろうが、千聖が他の人から言われて考えを改めるとは思えなかった。

 

「……そんなことしたら、お前が危ないから。だから、やめろ」

 

『大丈夫だって、仮にも私お兄の妹だよ? 肉親をぞんざいに扱うことはないでしょ』

 

そもそも千聖は話し合いの場を持ってくれるのだろうか。千聖が全てダメと言ってしまえばそれまでだ。きっと事実が明るみに出るリスクがあるなら、千聖は多分断るだろう。問題は山積みだ、そんな懸念を絆に伝えた。

 

『……なるほどね、大丈夫』

 

「何を根拠に……」

 

『だって、私に何かしたらそれこそ警察だよ? だから、絶対に手荒な真似はしてこないよ、きっと』

 

「……交渉するってことか?」

 

『そゆこと、かなり危ない橋を渡ることになるかもだけど、そんなの言ったら今だってそうだし』

 

「今?」

 

『だって、そこ千聖さんが借りてる部屋なんでしょ? 盗聴器とかカメラあったら今頃千聖さん飛んできてるんじゃない?』

 

「……あ」

 

『お兄馬鹿だねぇ』

 

「……うっせぇ黙ってろ」

 

『……あはは、それでこそお兄じゃん』

 

絆の掌の上で踊らされているようで気に食わないが、久方ぶりに楽しいと思えたような気がした。

 

「……本当に、やるんだな?」

 

『当たり前でしょ』

 

「……危険な橋でもか?」

 

『そんなの、覚悟の上だし。……それにね』

 

「それに?」

 

『私にもしものことがあったら、お兄が守ってくれるでしょ?』

 

「絆……」

 

『お兄のこと、信じてるから』

 

「……分かった」

 

絆の声が何度も脳に反芻した。この信頼を、俺は裏切ることは出来ない。俺は、報いなければならない。

 

『よし、じゃあ良い考え思いついたらメッセージで送るね』

 

「あぁ、……本当に、ありがとうな」

 

『良いんだよ、帰ってきたらお寿司奢りね! あっそうそう、沙綾さんからメッセージ来たって言ってたけど、早く返してあげるんだよ!』

 

「え、あぁ」

 

『女の子はそういうの気にするんだよ! 私だってお兄から返事来なくて悲しかったんだからね!』

 

「それとこれとはまた別だろ……って、切れてるし」

 

反論の余地なく電話が切られる。

……さぁ、これからがきっと、正念場だ。俺は千聖を、正しい方へと導くんだ。俺が千聖を、救うんだ。










この妹、人生何周目なんだ……。

☆10をくださった、爽真様、☆9をくださった皮裂きジャック様。
高評価していただき、ありがとうございました。
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