愛に報いて   作:敷き布団

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第24話 愛の意味

その日の学校も終わり、私はポピパのみんなとCiRCLEに向かっていた。今日は蔵練じゃなくて、CiRCLEが良いなって、私の我儘を少しだけ通してもらった。それは今日、あることを確認したいがためだった。

 

「よーし、それじゃ早速歌ってもいーい?」

 

「待てって香澄! まだ準備終わってねーから!」

 

やっとのことで暗闇から抜け出して手に入れた日常。けど、正直に言えば私はそんな日常を落ち着いて過ごせるほどの余裕はなかった。

 

「大丈夫沙綾ちゃん? もし疲れてたらちょっと休んでからでもいいんだよ?」

 

「ううん、心配してくれてありがとね、りみりん」

 

私はどうやらりみりんにも心配されるぐらいには少し疲れた表情をしているらしい。本当は疲れているというよりも、緊張の糸を張り詰めすぎただけなのだ。

それからポピパのみんなと練習し始めたんだけど、練習にとても集中ができるというわけでもなく、私の気持ちは蓮、引いては蓮に関することで裏で糸を引いていると思しき存在の方へと向いていたのだ。

 

「香澄、そろそろ休憩しよう」

 

「そーだぞ、喉酷使して声出なくなったら困るんだからな」

 

「心配してくれてるの? えへへ、おたえも有咲もありがと!!」

 

「だーかーらー、ひっつくなーーー!」

 

いつも通り元気な有咲たちはさておき、私とりみりんはそれを苦笑いで見守りながらスタジオを一旦出る。CiRCLEの廊下の奥にはラウンジがあって、そこで飲み物なんかを飲みながら休憩できるからだ。

 

「あはは、お疲れ様。今日はパン持ってきたよ」

 

「わぁーコロネだぁ、ありがとう沙綾ちゃん」

 

私が持ってきたパンをみんなに渡すと、りみりんは予想通り一瞬のうちにチョココロネに飛びついた。他のみんなも好きなパンを手に取ってわいのわいのと盛り上がっている。

 

「ありがとな沙綾。店の手伝い最近してるのか?」

 

「うん、最近ちょっとずつね? ずっとお母さんたちに任せっきりだったから」

 

そんなパンと雑談に興じる私たちのいるラウンジに繋がる廊下の方から、コツコツと何人かの足音と、話し声が聞こえてきた。

 

「あっ、彩さんたちだ! こんにちはー!」

 

「わぁ香澄ちゃん?! びっ、びっくりしたよー……」

 

「こら、迷惑かけちゃダメだろ! す、すみません」

 

「ふふっ、良いのよ。ねぇ、彩ちゃん」

 

私が今日我儘を言ってまでCiRCLEで練習しようとした、その目的、ターゲットが現れたのだ。この間ふとCiRCLEの利用表の確認をまりなさんにした時に目にした『Pastel✽Palettes』の文字。そこで、千聖先輩に接触するために、敢えて今日は蔵ではなく、こっちに赴いたのだ。

 

「あっ、沙綾ちゃんだー!!」

 

「日菜さん?」

 

まるで香澄が彩先輩に抱きつきに行ったのを正反対にしたように、私の元に飛びついてきたのは日菜さんだった。

 

「最近山吹ベーカリー行っても、顔見なかったから大丈夫かなぁーってずっと思ってたんだよ!」

 

「あはは、ちょっと色々忙しくて、お店に顔が出せなかったんです」

 

とても本当のことなんて言えないから、私は適当な嘘で誤魔化す。日菜さんから抱きつかれつつも、私が観察しているのは千聖先輩の様子だった。横目でずっと千聖先輩を見ているけど、何か特段変な様子だとか、そういうのはよく分からない。

 

「ん? 千聖ちゃんがどーかした?」

 

「え、あ、いや。そういうわけじゃないですよ?」

 

「沙綾ちゃんも大概だけど、千聖ちゃんたちと練習できるのも久々だからなー。よっし彩ちゃんっ、早速行こー!」

 

「え? ひ、日菜ちゃん?! ひっ、引っ張らないでぇー?!」

 

引き摺るように連れて行かれる彩先輩。日菜さんはどうやって彩さんのこと引っ張りながらあんなスピードで走れるのだろうか。

 

「ふふ、うちの日菜ちゃんがごめんなさいね?」

 

「千聖先輩……」

 

……来た。間近で見る千聖先輩の表情は特別おかしいなんてことはなくて、いつもテレビや学校で見るような笑顔をいつも通り浮かべていた。周りには、他に人もいない。……今しかない。

 

「……そういえば千聖先輩。聞きたいことがあるんですけど」

 

「聞きたいこと?」

 

「……各務菊磨って、知ってますか?」

 

「……あんまり私はその人の話題を聞きたくないのだけれど」

 

少しだけ嫌そうに、その名前が聞こえた瞬間顔を顰めた千聖先輩。まぁ、私とてこの男の話をしたいわけではない。あくまでこれはただのジャブ。

 

「……そうですよね、それと、豊岡蓮。蓮って知ってますか?」

 

動揺したのか千聖先輩の瞼が一瞬だけピクリと動いた。表情を大きく崩しはしていないが、その名前を出したほんの一瞬だけ、反応したのだ。そして途端に殺気すら感じられるほどのオーラが放たれていた。

 

「いいえ。存じ上げないけれど、その男がどうかしたのかしら?」

 

「……いえ、私の知り合いなんですけど。その子が、面識があると言っていたので」

 

「……そう。ごめんなさい、最近お仕事が忙しすぎて、あまりに会う人が多くて覚えてられないぐらいなの」

 

「そうなんですか……。今度気のせいなんじゃないかって聞いてみますね」

 

空気が張り詰めるような、とても温かいCiRCLEのラウンジのはずなのに、そこだけ氷点下のような空気が包んでいたような会話を終える。千聖先輩はほとんど表情を崩すことなく、ハグしようと飛び込んできたイヴの頭を撫でて嗜めたりしている。

千聖先輩は演技のプロだ。もしかしたら私の完全な勘違いだとか、そんなのかもしれない。けど、私から蓮に繋がる道はもう殆ど、この道しか残されていないから。それに千聖先輩はやはり、蓮の名前を出した途端、僅か、ほんの僅かだが反応したように見えた。……きっと、何かある。

 

「それじゃあみなさん! また明日学校で、ですっ!」

 

「うんっ、イヴちゃんばいばーい!」

 

Pastel✽Palettesの残っていた3人はそうやってラウンジを後にして、残されたのは私たち5人。

 

「それじゃあ、そろそろ練習に戻るとすっか」

 

有咲のそんな一言で、私たちはまたスタジオの方へと戻った。

 

 

 

「じゃあまりなさーん! また今度来ますねー!」

 

「はーい、みんな待ってるよー!」

 

カウンターで待っていたまりなさんに手を振り返しながら、CiRCLEを出た。ここから本当なら沙綾たちと家に帰るはずなのだが。

 

「それじゃ帰るか、沙綾も、帰るだろ?」

 

「あーごめん有咲。ちょっと私寄るところあるから」

 

「そうか? じゃあまた明日なー」

 

CiRCLE前のカフェスペースでみんなと別れた私は周囲に生える木々の陰に隠れるようにしてじっと待つ。CiRCLEを予約する時に、Pastel✽PalettesのCiRCLEのスタジオ使用時間を確認して、それよりちょっとだけ早く、私たちの時間が終わるようにしておいだのだ。

絆ちゃんが蓮のところにいたっていう情報だとか、蓮と千聖先輩の関係。蓮がずっと居なくなっていたっていう状況。諸々を考えた結果、千聖先輩の居るところに蓮がいる可能性がきっと、一番高いから。もしかしたら違うかもしれないけど、それならそれで構わない。だから私はそれを確かめるために、浮気調査の探偵さながらに、千聖先輩のことを尾行しようとしていたのだ。

 

「……あっ、来た」

 

私が今か今かと待ちかねていると、Pastel✽Palettesの5人がCiRCLEの扉を開けて出てきた。それも好都合なことに、千聖先輩はどうやら早々に他の人たちと別れて帰路につくらしい。

 

「……さっ、気を引き締めて……」

 

私はなるべく目立たないように、普段はかけたこともないメガネをかけて、千聖先輩とかなり距離を取って、後ろを歩き始めた。人通りの多いところはそこそこの距離まで近づいて、角を曲がったりしたらダッシュでその角までは行き、人通りの少ない住宅街に入り始めたら、少なくとも後ろを振り向かれた時にパッと視界に入らないようにして、追いかけ続けた。

何個も何個も角を曲がり、住宅街を通り抜けて、やがて千聖先輩と私が辿り着いたのは、住宅街の少しだけ外れにあった、こじんまりとした集合住宅のようなところだった。千聖先輩はスタスタと、私の遥か遠くで、その集合住宅の玄関へと消えていった。

よくよく遠目で見ていると、5階の一番奥から2番の部屋の玄関のドアの前に千聖先輩と同じような、金色の長髪の人が立っていて、そして家へと消えていった。

あそこに……あそこに、私がずっと会いたくて、会いたくて、仕方がなかった人がいる。

 

「……あそこが」

 

……だけれど、そこで私は違和感を覚えた。千聖先輩は確か以前、犬を飼っていて、一軒家に住んでいるということを聞いたことがある。

 

「……そっか」

 

私は踵を返して、あるところへ向かった。答え合わせのために。

 

 

──────────────────────────

 

 

「ただいま、蓮」

 

玄関のドアが開いて、千聖の声が響いた。その瞬間俺はすぐさま立ち上がり、千聖に駆け寄る。

 

「……もう、そんなに抱きしめなくても、大丈夫よ?」

 

「……あぁ」

 

腰に手を回して、立ちこめてきた馥郁とした香りを吸い込む。沈み込む肌に溺れそうなほどに夢中になった。

 

「……ふふっ、荷物だけ置いてくるわね?」

 

千聖がリビングに向かう。持っていた鞄を壁際に下ろす。広々とした部屋の隅に置かれたその大きな鞄は、部屋の隅だというのに、それ以外のものが部屋にほとんど無いからか、異様な存在感を放っていた。

 

「さて、それじゃあそろそろ、明日のために、荷物全部纏めちゃいましょうか」

 

「……だな」

 

そうして俺は残ったほんの僅かな小物類を手持ちの鞄に仕舞い込んでいく。とは言っても荷物はほとんど整理されていたから、もはや持っていく荷物なんてほぼ何もなかった。

 

「……静かだな」

 

片付けを終えて、改めて部屋を見渡した。ビックリするほど何もない部屋。買い換えたばかりのような白いカーテンの奥に広がる夜空の方が多くの星々をたくわえて、ごちゃついているほどだった。

 

「外でも一緒に見る?」

 

「……いいや、寒いしこっからでいい」

 

「ふふ、それに今晩から雨が降りそうね」

 

眺めた先に薄らかかる雲の色は黒かった。そんな雲を眺めながら、千聖は大きくため息をついた。

 

「……見納めてきて、疲れちゃった」

 

「……そっか」

 

「……癒やして?」

 

「なんなりと」

 

こうして夜に耽るのだ。想い人とのかけがえのない時間を。暗い部屋で、いつまでも。この世界を普通に生きていくだけでは辛すぎて、何かに頼らないと生きていけないから。だから俺は千聖を支えて、千聖に支えられているんだ。

 

「ねぇ蓮」

 

「……どうした?」

 

「……蓮の思う、愛って何?」

 

「愛か……」

 

漠然とした問いの答え。それの答えは、移ろいゆく日々の中で、変わらないもの。唯一、変わらないもの。未来永劫変わらぬもの。だから、貫き通すもの。千聖は俺だけのもので、俺は千聖だけのもの。だから俺は千聖のためならなんだってできる。死ねと言われれば死ねるのだ。それが。

 

「……それが、愛かな」

 

「……難しいわね」

 

「哲学みたいだな」

 

「そうね。けど……ふふっ、嬉しいわ」

 

「千聖にとって、愛ってなんだ?」

 

「……一言では、語り尽くせないわ」

 

「いいよ、一言じゃなくても」

 

「私にとっての……愛は……」

 

一言で愛を語ることなんてできないし、一言で語ってしまえる愛なんて、きっと本当の愛ではない。それでも強いて、一言で述べるとするならば。

今、これこそが愛なのだと思う。










愛ってなんなんでしょうか、難しいですね。

次回、いよいよ最終回になります。是非最後までお付き合いいただけると幸いです。
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