愛に報いて   作:敷き布団

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第2話 立ち込める暗雲

今日はぽつりぽつりと雨が降ったり止んだりを繰り返している。ようやく1週間を乗り切ってやってきた休日、沙綾とデートに行けるんだ、なんて気持ちで昨晩眠りに入ったのに、思いもよらぬ空模様に半ば落ち込みつつ待ち合わせの駅前へと向かって歩いている。このまま寄り道をせずに迎えば遅刻することなく駅には辿り着けるだろう。

しかし、家を出て半分ぐらいの道のりを過ぎた今気づいたことだが、今持っている傘は玄関で絆にはい、と手渡された傘だった。家を出る時は時間がギリギリで焦っていたために気がつかなかったが、よく見ると謎の星があしらわれていて少し自分でこの傘をさすのは恥ずかしい。かといって傘一本のために取りに帰って遅刻しても本末転倒だ、なんて考えていたら、すぐにもう駅に着きそうだった。そもそも沙綾だって傘持ってるだろうし、いざとなったら沙綾の傘で二人入ろうかな。

 

「沙綾は……今日は中かな」

 

人もまばらな、噴水や移動販売車のある広場で待っているかとも思ったが、ちょっと前から雨が降り出したので恐らく屋根のあるところで待っているだろう。そう考えて、改札口のある通路の方へと入る。すると、鉄道会社の広告がデカデカと貼られた柱の前で顔を落としながらスマホを覗き込むポニーテールの少女がいた。

 

「……よ、沙綾」

 

「……今日は、5分遅刻、かな?」

 

「すまん」

 

少しだけ長く待たせていたようで頭を少し下げる。顔を上げた瞬間目に入った、沙綾の服。なぜか肩口のあたりが濡れていて、よく見ると沙綾の持ち物らしきカバンなどには傘らしきものはぱっと見では見当たらなかった。

 

「傘、忘れた?」

 

「……うん」

 

まぁ、今日は急な雨だったから仕方がない。それに沙綾の家も駅からはちょっと遠い。傘は星のついたコイツしかないが、まぁ沙綾には許してもらおう。

 

「んじゃ、行くか」

 

「……うん」

 

いつもよりも沙綾の空気が重々しく感じられるのは、低気圧のせいだろうか。そんな考えても仕方ないことを悩みながら駅を出る。俺だけならこれぐらいの小雨なら傘をささずに歩いたりするが、沙綾もいることだし、仕方ないからこいつを開くか。

 

「ごめん、ちょっとセンスのない傘かもしれないけど」

 

「……センスのない?」

 

意味が分からない、みたいな顔をしている沙綾。しかし、俺がバッと傘を開くとその言葉の意味を理解したらしい。

 

「ううん、弟の持ってる傘とかもそんな感じだし、私は気にしないよ」

 

「ん、じゃあいっか」

 

傘を開き切って半分開けて沙綾が入るスペースを作る。沙綾は遠慮しているのか、少しだけ密着しないようにしている。そのせいか、沙綾の左肩は雨に降られているように見えた。

 

「気にしないでいいから、それじゃあ行こ?」

 

「……そうか」

 

雨のせいもあっていつもよりも格段に人の少ない道を歩いて、駅前の店の立ち並ぶ道を抜ける。ここからまっすぐ進めば、大型のショッピングモールかなんかがある。

 

「今日は、モールか?」

 

「……まぁ、うん。雨だからそっちの方がいいかと思ったんだけど」

 

「ん、まぁ沙綾にお任せする」

 

「……そっか」

 

空から降り落ちる雨粒が傘に打ちつける音で沙綾の声がかき消された、沙綾の声はいつもより5割ぐらい小さく聞こえた。どこか震えているようにも聞こえたけど、それを問いただせるほどの心持ちではなかった。

 

 

 

自動ドアが開く無機質な音がする。入ってすぐの傘の水取りに持ってきた傘を通す。その間にチラッと沙綾の顔を見たけれど、やっぱりどこか浮かないような表情をしていた。

 

「……あ」

 

「傘もささなくていいし、これでいいか?」

 

「……うん」

 

けれど沙綾の手は不思議なほどにあったかかった。握っているだけで体の芯まであったまるような、そんな優しい暖かさだった。

モールの中は駅前の比ではないほどに人で混んでいて、どうやら俺たちと同じような考えの人たちがいっぱいいるようだった。お昼時を少しだけ過ぎた時間帯ということもあり、フードコートから出てくるお客さんも多く、アパレルのお店なんかもどこを見てもそこそこ人が入っている、みたいな状態だった。

 

「どこか行きたいお店とかあるか?」

 

「……んーん。蓮はないの?」

 

「……特にねぇかな。色々見て回ろうぜ」

 

「……だね」

 

見て回る、所謂ウィンドウショッピングは俺たちのデートの定番ではあった。何より特定の目的を決めてデートに行くことが少ないのだからモールとかアウトレットに来た時は決まってお互いの好きなものを見て回るだけなんかになるのである。それでも、沙綾と居られるならそれは居心地が良くて、楽しいものだった。俺からしたら興味のないものでも、沙綾が目を輝かせている姿を見られるだけで、俺は幸せだったから。

一階にはお互いそんな好きなものがあるというわけでもなくて、すぐに2階へと上がるエスカレーターに乗る。沙綾の後ろに立って、徐々に高さが上がっていると、エスカレーターを降りたすぐ先に、いつも懇意にしている雑貨屋が見えてきた。前にこのモールに来た時も沙綾が興味を惹かれたとかで立ち寄ったかもしれない。

 

「じゃあ先に蓮の行きたいところ行こうよ」

 

「……え? あそこ、行かなくていいのか?」

 

今日も早速その店から回ろう、なんて考えていたら急に沙綾が選択権を俺に委ねてきた。俺としては、そこのお店に行く気満々だったから出鼻を挫かれた。

 

「え? ……うん、まぁ、蓮が行きたいところで」

 

「……じゃあ、あそこで」

 

そして俺は、このモールに行くってなった時から決めていたが、その雑貨屋さんに行くことにした。俺がそうやって指差すと、沙綾は驚いたように目を見張った。

 

「……あれ、蓮、小物とかそういうの見るっけ?」

 

「まぁ、な」

 

モールの通路から見える店内には棚にキッチン小物だとか、アクセサリーとか、色んなものが小綺麗に陳列されているのだが、俺の目的はそのアクセサリー、その中でもヘアアクセサリーにあった。沙綾がヘアアクセを集めるのが好きということもあって俺も偶に見るようになったのだが、何故か今日は沙綾は俺がヘアアクセの方へ行っても入り口付近のアロマだとか置物だとか、そういう雑貨をずっと見ている。沙綾なら食いつくかとも思ったのだが、まぁこれはこれで好都合かもしれない、なんて思いながらお目当てのものを持ってレジへと向かった。

会計を終えて、買った袋を鞄に仕舞い、店の入り口の方へと戻ってきた。沙綾はぼうっと小さな香水の並んだところをじっと眺めていた。

 

「……沙綾?」

 

「……え、あ、おかえり。探し物見つかった?」

 

「あぁ。沙綾は良いのか?」

 

「うん、じゃあ行こっか」

 

やはり今日の沙綾はどこかよそよそしい。だなんて考えながらもデートの途中に水を差すのも憚られて、次の店へと急ぐ沙綾の後ろをついていくしかないのだった。

 

 

 

何軒か次シーズンのトレンドのトップスの並んだアパレルを見て回り、カフェで少しだけコーヒーなんかを頼んで過ごしていると、店内アナウンスで4時が過ぎたことが知らされる。ほとんどウィンドウショッピングをしていたというのになんだかんだ2時間半ほどが経ってしまっていたらしい。

向かいの座席に座って、スマートフォンで何かを熱心に見ている沙綾はストローを咥えてうんうん唸っていた。

 

「……どうした? なんか行きたいところある?」

 

「うーん、映画観ようかな、なんて思ったんだけど」

 

「そういや一階にシネマあるな、行く?」

 

「でも聞いたことないタイトルばっかなんだよね」

 

そう言われて渡されたスマートフォンの画面に映る映画作品はどれもあまり聞いたことのない作品ばかり。有名なシリーズものの作品があるというわけでもなくて、どれが人気がある、とかそういうのもわからなかった。

 

「……なんか適当に選んで観る?」

 

「でもお金とか」

 

「いいよ、俺出すし。行こうぜ」

 

ずっと居座ってても仕方がないや、だなんて思いながらカフェを後にする。エスカレーターで降りたすぐ先に映画館はあった。映画館の前に置かれた看板には上映中の映画の宣伝が堂々とされていた。

 

「なんかぱっと見で観たい作品ある?」

 

「うーん、私は思いつかないかなぁ、折角だし蓮が決めていいよ」

 

「んじゃ、遠慮なく」

 

決めると言っても何も情報がない俺が選ぶのなんて、タイトルが良さそうな映画を選択する、ぐらいしかなくて、そんな俺が選んだ映画は『究極の恋』と銘打たれ作品。単純にラブコメ作品に飢えているとかそんなことではなくて、他の作品が横文字すぎてぱっと見で作品のイメージがつかなかったから、というある意味では単純な理由だった。

沙綾を連れてチケットを購入して、入場する。

 

「なになに……『究極の恋』? パンフレットあるかな……」

 

リーフレットが通路の棚に置かれていたので、そんな4文字が書かれたリーフレットを開くと、キャッチコピーらしきものが載せられていた。

 

『気の迷いだった』はずの恋は、いつしか気がつかぬままに『本気』の恋へと変わり果てる。

 

これだけ読んでも正直ストーリーの内容はさっぱり頭に入ってこない。諦めて、チケットに書かれた4番のシアターへと足を踏み入れる。上映の時間まであと5分ほどと迫っていて、沙綾と2人、暗い道の中手を繋いで席へと辿り着く。少しシアターの中は肌寒く、沙綾も僅かに震えていたが、隣同士の座席に座って沙綾の手を握ると、やがてその震えもおさまってきた。けれど、震えが収まっても、俺たちは手を繋いだままでいた。

そして、席に腰掛けてまもなく、その映画は始まった。最初は2人の女の子が恋バナをするシーン。回想するシーンと続いて、その主人公の男が出てきた。そこには、なんと菊磨の姿がいた。まさか自分の知り合いが意外と映画に出ているなんて、あいつ本人からも聞いたことがなかったから最初は驚いた。沙綾も菊磨が出てきた瞬間僅かにピクリと反応したから、多分菊磨は相当有名なんだろうか。生憎エンタメに疎いせいか、その辺りの感覚はよく分からない。

 

 

 

映画は意外とすぐに終わった。時間を確認すると6時を回っているかいないかだった。恐らくこれは帰る流れになるだろうと、シアターを出たあたりから思っていたのだが、案の定沙綾の足はモールの出口の方へと向かう。出口まで行く間もあえて映画の感想を言い合うなんてこともなく、どことなく心地よくて、そして不安にもなる無言の空間が続いていた。

 

「……あっ」

 

モールの自動ドアが開き外に出たところで沙綾の小さな呟きが漏れる。昼間からは想像もできないぐらいに雨は本降りになっていた。不幸なことに、傘はあの一本しかないし、沙綾の家と俺の家は綺麗に反対方向であった。

 

「……雨、すごいことなってるね」

 

「傘使っていいぞ」

 

「え? でもそれだと」

 

「これぐらいならささなくてもまぁ大丈夫だし」

 

「……ん、ありがと」

 

今日は素直にお言葉に甘えてくれるようで、そのまま傘を沙綾に預ける。モールから反対方向にそれぞれ帰宅するのだから、ここで今日のところはお開きだった。

 

「……それじゃ」

 

「あ、待って沙綾」

 

「え?」

 

解散しようとする沙綾を呼び止めて、俺はガサガサと鞄を漁る。取り出したのは先程のお店で買った小袋だった。

 

「……そういや、半年ぐらい経つなと思って、……はい」

 

「え……。……うん、ありがと」

 

今ここで開けてもいいか、なんて聞かれたので頷く。そんな大したものではないかもしれないが、中に入っているのは沙綾が後ろで髪を括るときに使えるリボン。今日こそ沙綾はシュシュで後ろの長い髪をまとめているが、沙綾はリボンを使う時も多い。それで、普段沙綾の使わない色合いのリボンがあったから、プレゼントしてみた、というわけであった。

早速、と白いシュシュを外して、何も見ないでサッと髪をリボンでまとめてくくる沙綾。この動作が素早くできるあたり、かなり手慣れているらしい。

 

「……ん、どう?」

 

「……うん。似合ってる」

 

「……ふふ、ありがと、蓮」

 

今日は表情の乏しかった沙綾が、ようやく少しだけ微笑んでくれた。それだけで俺は嬉しくて、柄にもなく笑みが溢れた。

 

「ん。……それじゃあ帰るね。傘とリボン、ありがとう」

 

「いいんだよ、気をつけてな」

 

沙綾の姿がだんだんと雨の霞へと消えてゆく。そんな後ろ姿を見送って俺は反対方向へと歩き始める。どこかよそよそしい沙綾が気にはかかったけれど、帰り際に沙綾が見せてくれた表情を思い出して、杞憂だと思い込んで帰ることにした。

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