愛に報いて   作:敷き布団

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第3話 誘いと急転

学校が終わって家に帰宅する。日頃の疲れがどっと出たからなのか、家に帰ってきた段階で既に何事に対してもやる気が湧いてこなかった。学校の課題なんかは当然いつ何時だろうとやる気が出なくて当たり前なのだが、今日はスマホをいじって動画を見たりする気も、なんなら晩ごはんを食べる気すら起きない。

そんなわけで、俺は家に帰ってきても手を洗ったりすることもなく自室へ直行する。自室に入るとカバンを投げ捨て、全身が一気に脱力したが如くベッドへと倒れ込んだ。

 

「……はあっーーー」

 

そして溢れ出るのは大きなため息ばかり。どうしようもないことなのだが、悩みが尽きることはなくて、こうやってため息を発することでしか心の中に溜め込んだ辛さを吐き出すことはできなかった。

 

「どうしたもんかね……」

 

俺がひたすら気に病んでいるのは、この間のデートの時のつれない沙綾の態度。もちろん沙綾にだって体調の悪い時だとか、気分が優れない時や気乗りしない時だってある。むしろ最近は沙綾とデートする時も幾分かマンネリ化してきていたかもしれないから、そもそも楽しもうという気持ちにすらなってもらえていないのかもしれない。それならそうと言ってくれればいいのに、なんて恨み言も言いたくはなるが、どちらにせよ俺にどうこうできる話でもないので嘆息が出るばかりだった。

 

昼過ぎぐらいにいつものように駅前で集合してから、沙綾の気が赴くままに訪れたショッピングモール。何度も重ねたウィンドウショッピングもそろそろ飽く頃かと沙綾の提案で久しく見た覚えのない映画を2人で見る。決して特別ではないけれど、決して退屈でもないはず、いくら振り返ってもそんな感想しか出てこない。そりゃあもっと特別感を追求する、なんてこともできるだろうけどそんな名案がすぐに思い浮かべば苦労はしない。普段あまり渡すことのないプレゼントをサプライズとして渡すのが俺にとっては関の山であった。

 

そんな悩みのタネが尽きずに倒れていると、不意に大きな腹の虫が鳴り響いた。自分でも意識しないうちにかなりの時間が経っていたらしく、窓から見える空の景色からは妙に赤い稜線が遠くに見える。お腹が減るのも当然のことであった。

 

「……一旦下に降りる、か」

 

ギギギ、という低い音と、ギィという床材の軋む音を立てながら一階へと降りる。リビング手前の垂れ幕をくぐると、リビング奥に据えられたソファで我が妹が寝転がっていた。

 

「あー、お兄帰ってたんだ、おかえり」

 

「だいぶ前から帰ってたけどな、多分お前より先」

 

「あれ、そーなの? 気づかなかった」

 

妹の相手をほどほどにしつつ、キッチン横の冷蔵庫を開く。すぐ食べられそうなものは特になかったので、チョコレートを1包み出して口に入れた。

 

「……なんかお兄凹んでんの?」

 

「……は?」

 

「あー機嫌悪かったねーごめんねー」

 

別に機嫌が悪いわけではないのだが、やはり自分が不安に襲われているとそういうふうに見えるのだろうか。まるで厄介者を払うようにあしらう妹に呆れつつ、バリボリと硬いチョコレートを噛み砕いた。

 

「んで、なんで凹んでんの?」

 

「触れないんじゃなかったのかよ……」

 

俺がボフンと一気に体を1人用ソファに預けると、我が妹は心配する素振りを見せるわけでもなく、面白いことでも見つけたと言わんばかりに目を見開いてこちらに問いかけてくる。それはそうとどうして俺が何かに悩んでいるとそれに気がつくのだろうか。センサーでも付いているのだろうか。

 

「あっ、今『盗聴器でも付いてる?』って思ったでしょ」

 

「あーちょっと惜しい」

 

「まぁまぁ、妹だからね、一応」

 

「正真正銘妹だよ」

 

顔立ちも顔のパーツを一つずつ取ってみればちょっとずつ似ているし、絶妙な性格の噛み合い方から考えても間違いなくこいつは俺の妹で間違いないだろう。だが、妹だからといってそこまで俺の考えていることを的確に見抜いてくるのはもはや疑問でしかない。少なくとも俺は絆の悩みとか分かんないからな。

 

「んーお兄が凹むことかー」

 

「ほっとけよ……」

 

どうやらこの話を終わらせるつもりはないようで、顎に手を当てながらニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。

 

「成績とかかな?」

 

「そりゃお前に比べたら勉強出来ねぇけど、そんなに悩むほどじゃないですー」

 

余計なお世話だ、と最後に付け足して放っておこうとする。しかし、わざわざこの妹は俺の視界に入る位置に移動してまで俺の考えていることをあれこれと考えてきた。

 

「え、何だろ」

 

「どうでもいいだろうが、なんでそんな気にすんだよ……」

 

「え? 面白そうだからに決まってんじゃん」

 

「あっそ……」

 

この妹には何を言っても無駄だ、なんて思って俺は諦める。呆れたため息が漏れ出た瞬間、絆の見抜いたぞ、と言わんばかりに茶色く細い髪をかき上げた。長い髪の毛はその瞬間ふわりと靡く。そして、こちらを向いてニヤリと口角を上げた。

 

「ズバリ、恋愛だね」

 

「……はぁー?」

 

「そして相手は花女の子と」

 

「はぁっ?!」

 

「おっ、あたりぃ」

 

「……クソが」

 

俺の反応を見るやケラケラと笑い声を上げる妹。楽しそうにいじってくる妹だったが、言い返すことも叶わないほどにピンポイントで全て見抜かれてしまったので、ただ追及をかわすために視線を外した。

 

「いやいや、分かりやすい反応だねぇー」

 

「あーうるさいうるさい」

 

「それで、何で悩んでんの?」

 

「……別に」

 

目線を逸らそうとした、しかし、ジト目になりながらすっとぼけようとする俺を見つめる絆。そんな目線を向けられて仕舞えば、とても隠し通すことなどできなかった。

 

 

 

「……ふーん、つまりこの間のデートが上手くいかなくて、彼女さんとの交際に不安があると?」

 

「まぁ要約すれば……」

 

結局俺はというと、根掘り葉掘り、聞かれる質問に答えるがままに先日のことを事細かに喋る羽目になった。身内に自分の恋愛事情を知られると言うのはこうも恥ずかしいものかとびっくりした。最初こそ俺の話を茶化そうとしていたように見えた絆だったが、話を聞き進めるうちにどうやら真剣に聞き入ってくれたらしく、思案顔が増えるようになった。

 

「うーん、で、お兄は彼女さんにどうなってもらいたいの? というかどうしたいの?」

 

「俺は……、もちろん、その、幸せになって欲しいから」

 

「喜んでもらいたいと?」

 

「……まぁ」

 

「で、どうしたいの?」

 

そんな問いかけがなされた瞬間に、先日の別れ際のことが思い起こされた。そこには天霧の中消えていった沙綾の後ろ姿を見て深い悲しみを覚えた自分がいた。その悲しみとは、いつも俺に生きる希望をくれる笑顔の沙綾の隣に、俺がいれなかったということの寂しさだとか、沙綾につまらない時間を過ごさせてしまったかもしれない、自分への失望だとか、そんな色んなものが俺の心の中を渦巻いていた。

 

「……いやぁ、お兄も意外とナイーブなんだね」

 

「意外は余計だ」

 

「まぁなるほどなるほど、話は分かったよ」

 

「分かったって言っても……」

 

一体どうするんだ、なんて聞き出そうとした俺が口を開いた瞬間に、絆は高らかに叫んだ。

 

「ならばこの妹めが、僭越ながら逢瀬を演出しようではないか!」

 

「……キャラどうした?」

 

一体全体何に影響されたか、訳の分からない言い回しでとんでもないことを言い出す絆。いやいや、彼女とのデートプランを妹にコーディネートされるってどんな屈辱だよ、だとか色々考えたが、それでも沙綾との関係に一抹の不安を覚えた俺にとっては天啓を授かったようにありがたい話であった。

 

「大体さ、話聞いてたら『マンネリ化してたー』だの、『なんとなくでデート先決めてたー』だとか、幾らなんでもお兄酷すぎでしょ!」

 

「えぇ……だってな」

 

「はいそこ言い訳しない。そんなんじゃ女の子もデート楽しめなくて当然じゃん!」

 

「うぐ……」

 

さしもの俺も現役の女子高生でもある妹にそれを言われてしまうと、重大な意見だと受け止めざるを得なくて、改めて猛省することとなった。

それからは絆からデート先のプレゼンテーションを受けたり、ファッションセンスがどうたらだとか、それからデートの誘い方だとか、ありとあらゆる技術や考え方を叩き込まれた。そして、絆に急かされて沙綾にメッセージを送る。

 

『今度の休み、沙綾と2人で出かけたいところがあるんだけど、一緒に行きたい』

 

改めてたった今自分の送ったメッセージを見ると、普通のことしか、デートに誘うというそのポイントしか書いていない文面である。だが、これまでの自分が過去に送った誘い方から考えると、果てしなくまともなものであった。

 

「よしよし、これで後は返事待ってたらいけるでしょ!」

 

「……めっちゃ長かった」

 

正直デートに誘うだけだと言うのに訳がわからないなどのステップを踏み越えてきたような気がする。しかし、そんな弱音を吐いた俺に驚愕の目を向けたのは、他ならぬ絆だった。

 

「え? まだ終わってないよ? ほら、これからデートプラン組まなきゃ!」

 

「え、えぇっ?!」

 

「当たり前じゃん! こっちから誘ってんのに無計画で行けるわけないでしょ!」

 

ど正論で返されて何も言い返すことなどできない俺は、ただただ所作を絆様からご教示いただき、ただただ心構えを絆様から説かれるのみであった。

 

実に数時間にも及ぶレクチャーが無事終わり、漸く気を緩ませて心を休ませることができた。慣れない恋愛の事情に完全に翻弄されていたが、なんとかソファに倒れ込んで、頭の中に叩き込まれた情報を整理する。絆もあまりのマシンガントークに喋り疲れたのか、ソファに腰掛けてテレビのリモコンのボタンを押した。

ちょうど時間帯的に夜のニュース番組をテレビではやっており、画面がエンタメのコーナーに切り替わった。音楽とともにキャスターが大きく頭を下げた。

 

『なんとつい先ほど、面白い話題が聞こえてきましたね。こちらは週刊誌の記事からです』

 

そんな声が誘うままに俺の視線はテレビへと向く。テレビの画面には、今度販売予定の週刊誌の記事だという部分がデカデカと写されていた。そして、そこには写真と大きな見出しがついていた。

 

「……え」

 

『なんとあの大物若手俳優、各務菊磨さんの熱愛報道です!』

 

菊磨? 見出しにはそんな名前が大きく書かれている。しかし俺の目を引いたのは写真の数々だった。数枚掲載された写真。菊磨の交際相手とされる女性の写った写真。顔の部分はモザイク処理がされていた。

しかし、その女性のさす傘は見覚えがあった。無駄にセンスのない大きな星の描かれた傘。傘の隙間に見える、俺があげた、あのリボンによく似たリボン。

 

「……沙綾?」

 

俺の声は、消え入るようにリビングに響いたのだった。









なんとかギリギリ毎日投稿続けていけそうです。よろしければ評価等もよろしくお願いします。
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