愛に報いて   作:敷き布団

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いつも通りの日常が壊れ始めてますね。














第5話 自暴自棄の邂逅

『ごめん』

 

そんな短すぎるほどの謝罪のメッセージが届いてから、沙綾とは連絡が取れなくなった。これ以降返信が返ってくることもなかったし、こちらがメッセージを送っても見てもらうことすらなくなった。こんな状態でまともに山吹ベーカリーに顔を出せるわけもなく、沙綾と会うこともできないまま何日も過ぎていた。もはや何日経ったかすら定かではなかった。

菊磨の方も全く返信は返ってこない。それどころか何の連絡すらなくて、音信不通となっている。俺は絶望していた。

 

「……ただいま」

 

一応帰宅して声をかけるものの、全く家から誰の反応もない。そりゃそうか、だってすでに日付は変わっていて、流石にみんな寝ているだろう。素行の悪い不良息子を心配するほど親も余裕はないだろうし。

あぁ、頭が痛い。得意でもないのにアルコールを飲み過ぎた。そもそも飲んでもよいような年齢ですらないのに。ちょっとずつアルコールが抜けてきて、視界がぐるぐる回っているような錯覚を覚える。さっきまでは幸せだったのにな。

酒に溺れても仕方がないだろう、そんな言い訳で自分を無理矢理に納得させる。お酒で潰れている間は沙綾のことを考えなくて済むから。もちろんこうやっていざアルコールが抜けると激しく後悔の情が俺を襲うが、そのたびにどうにかそれを忘れようとしていた。

年齢確認を形だけしかしないような店のお陰で俺はすっかりアルコールに浸ってしまっていた。親父もたまに帰ってきてはめちゃくちゃ日本酒やら焼酎を家にためている。まさか息子に飲まれているだろうだなんて夢にも思っていないだろうが。

酒が美味いとは思わない。ただ、酒を飲みたいとは思う。酔いが覚めたら地獄が待ってるのに、地獄に堕ちる瞬間までだけであれば天国に行けるから。まるで沙綾との恋愛みたいだな、なんて自嘲する。まぁ酒は飲み過ぎたらマジで天に召されるけど。

 

「はぁ……うっぷ」

 

気持ち悪さが増してきて、思わず壁に手をついて呼吸を整える。飲み過ぎた酒のせいか体はどこか熱くて、視界もいつにも増して悪い。

 

「クソが、あぁ」

 

何かに当たっても仕方ないとは知っているが、それでもこの抑えきれない想いをどこかにぶつけられないとやってられなかった。

 

「……ん?」

 

リビングにたどり着いて、電気のボタンを押すと、何故かソファの上に人の姿があった。絆だった。

 

「はぁ?」

 

こんな夜中になんでこんなところで、と思っていると、寝息が僅かに聞こえてきた。テーブルの上にはまだ手のつけられていない料理のプレートにラップがされて置かれていた。

 

「……クソは俺か」

 

周りを見渡しても暖を取るようなものは何もなくて、俺の着ていたジャンパーをかけたやる。しかし、何も反応するそぶりはなく、熟睡しているようだった。

 

「……ごめんな」

 

クソな兄貴で。だなんて言葉を継ぐ前に、頭痛が走る。どうやら俺も今日ばかりは飲み過ぎたらしい。というかあの日から、酒に逃げるという手段を学んでから、段々とお酒を飲む量が増えているような気がする。酔いが覚めた時の悲しさに耐えられなくて、また飲むということを繰り返していた。まさにクソみたいだ。

 

「……あー、クソ」

 

酔いながらも、なるべく足音を立てないように自室に戻る。倒れ込むように、ベッドで眠りについた。

 

 

 

翌朝、時計を見ればとっくのとうに登校時間は過ぎていた。それどころかむしろ下校の時間の方が近いぐらいだった。まぁ、前日にあんなにお酒を飲んだところで勉強をする気など皆無だ。そもそも今はそんなやる気は、いつにも増して起きない。それ以外のこともする気が起きないのに。本当に酒に逃げることだけが幸せだった。だが。

 

「あー、マジで頭いてぇな」

 

こんな酒の弊害からは逃れられない。愚痴をこぼしているが、無性なほどにイライラが抑えられなかった。こんなとき以前にもあったな、なんて考えた瞬間、余計に鬱が増してくる。こんな時にでも、俺が機嫌が悪かったり、落ち込んだりしている時も励ましてくれた沙綾。けど、もう沙綾はいない。

 

「……クソ」

 

何度吐き捨てたか分からない言葉を吐いて、部屋を出た。辛かろうとなんだろうと腹は減る。昼の時間はとうに過ぎていた。のそのそと階段を降りて、リビングにつく。そして、俺は驚いた。

 

「……は? なんでお前がリビングにいんだよ」

 

絆だった。こいつだって学校があるはず。

 

「いやいや、それ言うならお兄だってそうじゃん」

 

「俺はいんだよ。お前学校だろうが」

 

「休んだ」

 

「はぁ?」

 

俺の疑問に満ちた反論には何も答えず、絆はつかつかとこちらに近寄って、思い切り叫んだ。

 

「……なんでお兄そんな荒れてんの?」

 

「お前には関係ねぇだろ」

 

「昨日だって深夜まで帰ってこないし! 学校も行かないし! お父さんの酒も飲んでるし!」

 

「うるせぇな、ほっとけってんだろ」

 

「ほっとけないでしょ! 心配してるの分かんないの?!」

 

「心配して欲しいなんて言ってねぇ、黙ってろ!」

 

「お兄のバカ!!」

 

耳を劈くような悲鳴に似た叫びを上げて、妹はリビングから走り去る。去り際に残した涙がぽつりと俺の足に落ちた。けれど、俺はそんな妹を追いかけられるほどできた人間ではなかった。

 

「……クソが、なんだってんだよ!」

 

沙綾なんて居なかったら。そもそも付き合ってすらなかったら。こんな辛い思いをしなくて済んだのに。もう頭の中はぐちゃぐちゃになって、最低限の荷物だけ持って家を飛び出した。

 

外は曇り空で、暑くはない。ただじっとりとした空気が気持ち悪いように肌に触れる。むしゃくしゃした思いがそれでさらに掻き立てられたような気がした。

どこに向かうでもなく、ただ気の赴くままに歩き続けた。こんなことしてるの、まるで沙綾とのデートみたいだな、なんて考えついたけど、それを思い出すだけで悲しくなって、死にたくなって、どうにか頭から振り払おうと全力で走った。

けれど、沙綾の姿は俺の脳から消えることはない。むしろ、考えないようにすればするほど余計に色濃く沙綾の残像が見えるような気がする。そこの街角に急に沙綾が現れそうな気すらする。

そうこうしているうちにいつのまにか夜になっていた。もうすでに足はパンパンで、歩いているのも苦痛だった。すでに外は暗く、自分の現在地ですらあまりよく分からない。遠くの街に来たわけではないが、あまり来たことのないような道のような気がする。

ちょうど近くにお店があったので立ち寄る。財布は持ってて良かった、なんて思いながらレジに並んで買ったのは、やはり現実から逃げられる蜘蛛の糸であった。口に入れた瞬間広がる苦味。吐きそうなぐらいしんどいけれど、少ししたら物凄く体は軽くなっている。アルコールが色濃く残っている間だけは沙綾の姿が消えていった。それだけで気持ちはものすごく楽になって、安らいだ。

 

流石に歩き疲れて、近くの公園のベンチに座り込む。ポケットに入れたスマートフォンを取り出してみると、すでに時間は23時を回っていたらしい。一体どれだけ長く自分は流浪していたのだろうか。こんなに長い時間ふらついていたのに、ちっとも沙綾の姿は薄くならない。そして、俺は次の瞬間、スマートフォンの画面を見たことを激しく後悔する。

 

「……あ」

 

Poppin'party。沙綾の入っているガールズバンドの記事を見た。記事に掲載された写真には、笑顔の沙綾。もう俺には見ることのできない、笑顔の沙綾。

 

「あぁっ! クソが!!」

 

もう悲しいのか、悔しいのか、辛いのか、イライラするのか、訳が分からなかった。ただただ、涙を流していて、もう頭の中には沙綾のことしか思い浮かばなかった。

買ってきたビンを取り出した。経験したことのないような度数を持つウィスキー。アルコール濃度は高すぎて、ビンの蓋を開けるだけでクラクラと気絶しそうになる匂いが立ち込める。けれど、怖くはなかった。思い切り喉に流し込む。喉の奥の粘膜が焼き切れるように熱い。吐きそうなほどの感覚を覚えて、命からがら口に残ったウィスキーを飲み込んだ。瞬間に頭がぐらついて、立っていることもままならなくなった。けれど、気が飛びそうになればなるほど幸せであった。だから、俺はそれを飲み干した。

 

 

 

目が覚めると、俺はさっきのベンチに座っていた。前を向こうと顔を上げようとした瞬間に走ったのは激痛。頭がどうにかなりそうだった。気分も悪い。あんだけ酒を飲んだのだから当然か。けれど、酒を飲んだのにも関わらず、夢から醒めて仕舞えば、俺の頭に浮かぶのは沙綾だけ。

 

「クソ……なんでだよ……クソぉ……」

 

溢れて止まらない涙を我慢しながら、ゆっくりと、よろよろと立ち上がる。体が怠くて仕方がない、なんとか帰って寝よう。そんな風に考えてゆっくり、ゆっくりと歩く。歩いている時も、脳の中で沙綾の楽しそうな声が響くような気がした。公演をようやく出て、目の前の川に架かった橋にたどり着いた瞬間。頭痛が最高潮に達した。沙綾との楽しかった思い出が、一気に頭に流れ込んだ。これが、走馬灯というやつだろうか。

 

「沙綾……」

 

死ぬかもしれないけど、死んでもいいや、そんな諦めに似た感情が俺を突き動かした。ついに動かなくなった体を地面に下ろして、橋の欄干にもたれかかる。徐々に視界が暗くなる。脳裏をよぎる沙綾の姿も透けて見えた。あぁ死ぬのか。そんな無の感情に囚われて、俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、大丈夫ですか?」

 

「ん……?」

 

目を閉じていて、どれぐらい経っただろうか。声が聞こえて俺は目を開ける。まだ外は真っ暗だし、それほど時間は経っていないのかもしれない。ただ先ほどとは違って雨が降りしきっており、体の芯はアルコールのせいか熱かったのに、表面は雨に濡れて冷たい。

そんな中俺に声をかけてきたのは、傘を持ったブロンドの少女。俺とほぼ同じような歳に見える。

 

「かなり具合が悪そうですけど、立てますか?」

 

「……ほっといてくれ」

 

「こんな様子で酔っ払って倒れてる人を放っておくなんてできるわけないでしょう?」

 

鬱に追い込まれた俺になんとか救いの手を差し伸べようとする少女。お節介なことだ。こんなクズは無視して行けばいいのに。

 

「……親切なことは結構だが、……不幸が移るだけだ、やめとけ」

 

人と関われば関わるほど、関わった人間みなが惨めな自分を嘲笑してくるような気がして、もう人と関わりたくなくて、あえて突き放す。けど、俺がそんな不幸自慢のような返しをしたら、その少女は寂しそうに笑い声を上げた。

 

「……ふふ、それだと私も貴方に不幸を移すかもしれませんね」

 

「はぁ?」

 

なんなんだこいつは、重たい顔を上げて、その少女を真正面から見上げた。

 

「私も、男に捨てられたばかりですから」

 

「は……?」

 

まるで自分の生き写しのようなそんな境遇を語る彼女は。

 

「……白鷺、千聖」

 

目に生きる光の点らない、かつての、昔の仕事仲間が立っていた。










ようやくもう1人のヒロインが登場。
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