魔王の村長さん   作:神楽弓楽

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1 「村長と村民は異世界に」

「ぅ、ん……っ」

 

 眩しい。

 

 微睡む意識の中で最初に感じたのは、瞼越しに目を差す強い光だった。

 

 

 直射日光のような光に無理やり覚醒を促される。

 次に感じたのは、頭の下に感じる柔らかくフィットする枕の感触。

 

 強い光を当てられながらも、意識が微睡む魔性の心地だった。

 

 しかし、周囲から聞こえる喧噪が邪魔をする。

 

 

 

 動物と人の声が混ざり合ったような喧噪が、耳を打つ。

 

 

 うるさいなぁ……

 

 

 

 一度意識すると無視できない周りの騒がしさに眉を顰めながら、目に当たる光から顔を隠そうとして腕を持ち上げた。

 

 

 その手の甲に何か柔らかいものが当たった。

 

 

 

 枕……? いや、枕は頭の下にあるし……

 

 

 寝起きでぼんやりとした思考の中で疑問に思った俺は、手で影を作りながら薄っすらと目を開いた。

 

 

「あ、カケル。目を覚ましたのね」

 

 

 青空の下で着物を着た金髪の美女と目があった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぅん? 」

 

 まだ完全に目が覚めてなかった俺は、幻覚かと思って瞬きを繰り返した。

 

 

 しかし、段々と目が明るさに慣れるにつれて彼女が幻覚でないことに気づく。

 彼女の頭には先の尖がった狐耳があり、こちらを覗き込む瞳は金色に輝いていた。

 

 その顔には見覚えがあった。

 

 

天狐(テンコ)……なのか? 」

 

「ええ、そうよ? 」

 

 確認のために俺が尋ねると、天狐は少し首を傾げながらも頷いた。

 

 

「……なんで俺は膝枕されてるんだ? 」

 

「地面の上で寝てたからよ。カケルを地面に寝かせたままなんてできないでしょ? 」

 

 そっと天狐から伸ばされた手が俺の髪に触れる。

 俺の頭を撫でながら天狐は、当然でしょうと微笑んだ。

 

 

 

 膝枕なんてモーションがあったなんて初めて知ったなぁ。

 

 

 

 

 

 金髪獣耳美女に膝枕されて、最初に浮かんだのは、そんな感想だった。

 

 

 地面に寝るなんてことを今までしたことがなかったから初めての経験だった。

 天狐に搭載されたAIが天狐の俺への好感度から膝枕という行為を機械的にチョイスしたのだろう。

 

 

「気を使ってくれてありがとう、テンコ」

 

「どういたしまして、カケル」

 

 

 天狐に一言、礼を言って体を起こした。

 そして、何気なく周囲を見渡して、その光景に目を疑った。

 

 

 

 

 

 そこには、見渡す限りの草原が広がっていた。

 

 生い茂った草が風に煽られ、波のように波打つ大草原。

 空は青く澄み渡り、真っ白な雲が浮かんでいる。

 

 遠くには鬱蒼と生い茂る森林も広がっていて、はるか遠くには草原と森を囲う壁のように雪化粧のついた長大な山脈が聳え立っていた。

 

 俺と天狐は、眼下の草原が見下ろせるちょっとした小高い丘の上にいた。

 

 

 そして、その丘を囲むように、何十何百といった数の多種多様な姿形をしたモンスターがひしめき合っていた。

 

 巨大な白狼がいた。

 

 とぐろを巻いた龍がいた。

 

 空を翔るグリフォンがいた。

 

 その他にも多種多様な神話やお伽話で語られるようなモンスターがいた。

 

 中には、人の姿をした者たちもいる。

 しかし、その容姿は様々で、異様に背の高い者から低い者、肌が真っ白な者から褐色や緑色の者、角や翼、尻尾や獣毛に覆われた者と凡そ一般的な人とはかけ離れた姿、そして服装をしていた。

 

 

 そんな十人十色の言葉では済まないような多種多様なモンスター達の話し声や鳴き声で都会の雑踏にいるかのような喧噪が作り出されていた。

 

 

 そのモンスター達の姿に、見覚えがあった。

 

 

 先ほどまでプレイしていたゲームに出てくるモンスター達だった。

 

 もっと言えば、俺がつくった村の住人であり、仲間たちだった。

 

 

 

 手を頭の上に置く。

 当然ながら、ヘッドギアの形をしたゲーム機はそこにはなかった。

 

 

 

 ゲーム機の電源を落とす強制シャットダウンを行った筈なのに、ゲームからログアウトできていなかった?

 

 

 目覚める前に起きた出来事を思い返して、首を傾げる。

 

 

 

「オープン! 」

 

 そう叫ぶと、目の前に仮想ウィンドウが展開されてメニュー画面が開いた。

 

 

 そのことから、どうしてログアウトできていないかはわからないが、まだゲームの中にいると認識した。

 

 

 そして、村ではない場所にいることから、どこか別の場所に飛ばされる座標バグが新たに起きている可能性を考えた。 

 

 

 

 開きっぱなしの仮想ウィンドウに目をやるが、ノイズが走ることもなく、画面の文字化けは起きていなかった。

 

 こちらの致命的な不具合が治っていることにほっとする。

 

 

 しかし、他のバグが発生しているようなので、点検のためにも一度ログアウトすべきだろう。

 

 

 

 

 そう思い、メニュー画面からログアウトボタンを探すが、影も形も見当たらなかった。

 

 

 ゲームの設定を変更できるオプション画面もそこにはなかった。

 

 

 血の気が引いていくような嫌な予感がした。

 

 

 

「システムコマンド! 強制シャットアウト! 」

 

 

 緊急停止のコマンドを再び唱えるが、いつまで経っても何も起きなかった。

 

 

「嘘だろ……」

 

 

 額から冷汗が流れ落ちた。

 

 

 

 ログアウトできない。

 

 その事実は、自分をおおいに動揺させた。

 

 いや、待て。落ち着け俺。

 そもそもここは本当にゲームの中なのだろうか? 夢とかではないのだろうか? 

 

 

 確かめるために自分の頬を思いっきり抓った。

 動揺のためか、思った以上に手に力が入り、鮮烈な痛みが走った。

 

 

 痛い。すごく痛い。

 

 

 手を離した後も頬が熱を持ったように熱く感じる。

 夢なんかじゃなかった。しかし、その痛みで俺の頭は少し冷静さを取り戻した気がする。

 

 

 痛む頬を擦りながら自分の手に視線を落とす。

 体を起こす際に地面についた手には、薄っすらと土がついて汚れていた。

 

 顔に近づけて臭いを嗅ぐと土の匂いがした。

 その手を握りしめると、手についた土の異物感がしっかりと伝わってくる。手を握る感触もはっきりと感じる。

 

 

 手を握ったり開いたりを繰り返す。

 

 

 

 五感から伝わってくる情報に全く違和感がない。

 

 

 

 

 そのことが逆に俺の中で違和感を生んだ。

 

 

 

 ここまで五感がリアルに感じられる世界がVRによって作られた世界だろうか?

 

 

 そんなわけがない。

 

 最先端のVR技術を駆使してもここまでリアルな感覚を作り出すことは出来ない。

 

 

 しかし、それなら目の前の天狐や周りの仲間たちの存在はどうなる。

 

 ゲームのデータ上の存在の彼らがここにいることと、VR機器では再現しきれないリアルすぎるリアルな五感は、本来両立しない矛盾したもの。

 

 それらが今両立していることに強烈な違和感と言い様のない焦燥感を抱く。

 

 

 

 ここが現実というのなら、俺は本来自室のベッドの上でゲーム機を頭に被って寝ていなければおかしい。

 ゲーム機に設定された安全プログラムを使って、電源を落としたはずだ。

 

 次に目覚める場所は、自室のベッドの上であるべきだ。

 

 

 だというのに、見知らぬ草原に、見慣れたゲーム内の仲間たちと俺はいる。

 

 

 やっぱり夢なのだろうか? 

 

 

 

 だが、ここまで明瞭に思考し、五感を感じれている状況が夢であることを否定していた。

 

 

 かと言ってゲームの中だと断じることもできなかった。

 

 

 

 様々な感情がぐるぐると自分の中で渦巻く。自身に起きたことを受け止めきれずにしばし呆然と、俺はその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ねぇカケル、大丈夫? 」

 

 

 隣から聞こえてきた天狐の声で、俺は我に返った。

 

 

「あ、うん。大丈夫……いや大丈夫じゃないけど大丈夫」

 

「それって大丈夫じゃないわよね……」

 

 

 確かに。

 

 自分で言っててそう思った。

 そのやりとりで、少し冷静さを取り戻した俺は、改めて天狐に意識を向けて、その姿に違和感を覚えた。

 

 

「あれ? 天狐、着物なんて着てた? 」

 

 

 最近の村での天狐の装いは、生産スキルの補正がいい感じだからと俺とお揃いの野暮ったい作務衣だった気がする。

 だが、今の天狐は巫女装束のような紅白の着物を着ていた。

 

 俺が尋ねると天狐は、少し困惑気味に首を横に振った。

 

 

「いいえ。でも気づいたらこの格好だったの。それに服装が変わったのは、私だけじゃないわ。他の皆もそうよ」

 

 天狐にそう言われて仲間たちを見ると、確かにみんな見慣れない装いをしていた。

 

 

「それはいつから……っていうと、やっぱりここに来た時にか? 」

 

「ええ、ここで目が覚めた時には……。カケル、ここは一体どこなの? 」

 

「俺もよくわからない。天狐、村にいた時に見た最後の光景は何だった? 」

 

 

 俺の問いかけに天狐は額に指を当てて思案顔になる。

 

 

「何だったかしら……。私はあの時、作業場でアラクネ達と布の作成をしていたのだけど……あ、そうだわ。急に視界いっぱいに白い閃光が広がったのよ。そこからは何も覚えてないわ。私も他のみんなも目を覚ました時には、この草原に倒れていたわ。カケルもここでうつ伏せに倒れてたのよ。声をかけてもすぐに目を覚ましそうになかったから、私がさっきまで膝枕をしていたのよ」

 

「そうだったのか……」

 

 白い閃光。

 それは、俺が最後に見た光景と同じだった。

 

 

 ってことは、もしかすると、あのバグがここに俺たちが飛ばされることになった原因なのか?

 

 というか、それしか考えられない。

 

 結局あのバグは何だったんだ?

 

 俺は目の前に開きっ放しだった仮想ウィンドウに何ともなしに目を向ける。

 時間が経っても、あの時のようなおかしなノイズは起きてないし、文字化けも起きていない。至って普通だった。

 

 

 

 

 いや、この場合だと普通であることは普通じゃないのか。

 

 

 空中に仮想ウィンドウを投影することなんて、本来ならば、VR空間内や専用のAR機器を使用しなければ出来ない。

 

 

 逆に、ゲーム内ということならそれ自体はおかしいことはない。

 しかし、五感から伝わるものはVR空間よりも鮮明で複雑で、さらにメニューからはログアウトボタンがなくなり、VR機器に搭載されている安全プログラムも起動しないのは、ゲームではありえない。

 

 

 VR機器は、体の脳波を読み取り、脳から体への能動的な神経伝達を遮断し、逆に脳へと疑似的な神経伝達を行うことで装着者の脳内へとVR空間を投影し、五感の再現を行っている。

 

 そのため、VR空間は機械が見せる明晰夢のようだという者もいる。他にも体から解き放たれたもう一つの世界ともいわれている。

 

 

 この技術により、医療分野では半身不随、全身不随の人間が機器を介して脳の指令を機器から体へと伝達することで動けるようになったり、脳の障害により意識障害、言語障害を起こしている人間の脳の機能を補助することにより、健常者に近いことができるようになったりと活用されている。

 

 だからこそ、VR機器の故障やバグは、一歩間違えれば、脳や体に重い障害をもたらす危険がある。なにせ、体感中、現実の体の操作権が自分にはないのだ。ログアウトひとつできなくなっても大問題になる。

 そのための安全プログラムであり、その実績でVR機器がここまで深く社会に浸透したのである。

 

 

 

 だけど、現に目の前に投影出来ている以上、天狐たちがここに存在するように事実である。今までの常識だとありえないことが起きているのだ。ひとまず、起きている以上起きていることは素直に受け止めよう。

 

 ここがゲームの中なのか、現実なのか、はたまたそれ以外の何かが起きているのかはもっと情報が揃ってから考えよう。夢だったら、そのうち覚めてくれるだろう。

 

 

 

「ん? そう言えば……」

 

 

 そこまで考えて俺の中でふとある疑問が浮かんだ。俺は、自分の体へと視線を落とした。

 

 そして、俺も渋緑色の作務衣から白い簡素な衣服に変わっていることに遅まきながらに気付く。

 どことなく懐かしさを感じる装いであったが、問題はそこではない。

 

 

 俺は太ももまでズボンを捲り上げて左足を確認する。

 

 膝の傷がない。

 幼少期に盛大に転けて跡が残ってしまった傷跡がそこにはなかった。

 それに改めて手を見ると、左手の甲にうっすらと残っていた火傷の跡もなくなっていた。

 

 ということは……と、半ば確信しながら自身の顎を撫でるとつるりとした肌触りが返ってきた。

 

 髭が生えていなかった。

 

 

「やっぱり……。アバターの体か」

 

 すぐには気づけなかったが、どうやらこの体はゲームの時に俺が操作していたアバター(仮想の肉体)であるようだった。

 

 不幸中の幸いなことにアバターは、ゲームを始めた当時高2だった俺の体をスキャンした素体をほとんど設定を弄らずに使っていため、見た感じでは現実の体との差異はそれほどないように感じる。

 

 いや、現実と比べて引き締まってるし、心なしか足が長い気がするが、違いはそれくらいであり、自分の中での違和感は少なかった。この体もまた、4年間という長いこと使っているからな。

 

 

 

「いや、でも待てよ……」

 

 

 この体がアバターの体ということになると、現実の体との差異は、もしかしたらとてつもなく大きいかもしれない。

 

 

 目の前のメニュー画面を操作して、ステータス画面を開き、自分のステータスを表示した。

 4年間やり込んだ自分のステータスは育てあげた仲間と比べれば、一歩及ばないが、スキルや称号の補正で軒並み高い値を示していた。ひときわ高い数値であるMPは、6桁の大台に乗っている。

 ゲーム上の一般的な非戦闘の人間(ヒューマン)のステータスが軒並み一桁の数値なのと比べると、数十倍、数百倍どころの話ではない。

 

 

 

「この数値通りだったら、最早人間止めてるな」

 

 

 そんなまさかな。と思いながら、近くに落ちていた手ごろな石ころを拾い上げる。

 

 触った感じだと硬そうだった。

 それを親指と人差し指で挟み込んで力を込めてみた。

 

 

――パキッ

 

 硬そうな石は、あっさりと砕けた。

 

 

「マジかよ」

 

 もう一つ拾い上げて、今度は握りこんでみた。

 力を込めると手の中で砕けていった。揉み込むように指を動かしたら手を開いた時には石ころは細かい砂へと変わってしまっていた。

 

 

 

 2つの石が殊更脆かったという可能性を考えないわけでもなかったが、それは現実逃避だろう。

 

 

 どう考えても人間止めてます。はい。

 

 

 やっぱり夢なんじゃないかと思えてきた。

 

 

 しかし、これほど化け物じみた力を持ちつつも画面に表示されたものは、以前見たものよりも全体的に下回っていた。

 

「ステータスが妙に下がってるな――ああ、これのせいか」

 

 

 調べてみるとすぐわかった。

 スキルの数値はゲームの頃と変わっていなかったが、称号が一部を除いて消えていた。

 称号の中には、ステータスの数値に影響を与えるものがあるため、その分の補正値を失っていたようだ。

 

 残っている称号との違いは何だろうか。

 

「――いや、ちょっとまてよ。嫌な予感がしてきた」

 

 称号の一部が、リセットされていたことに俺は嫌な予感がした。

 

 

 

 慌てて、アイテムボックスの中身など、他に変動したことがないかを確認してみたが、色々と酷いことになっていた。

 

 

 まず、アイテムボックスは綺麗さっぱり空になっていた。

 

 その中に入っていた武器や衣服、道具、素材、食材などが一切合切全てなくなっていた。

 同様に所持金もゼロになっていた。一文無しだ。

 

 村で自給自足するようになって、無駄に貯まりに貯まっていた十億近いお金がパーだった。

 

 

 これもバグの影響か……。

 

 

 

「は、ははっ。ここまでくるといっそ清々しく感じるな」

 

「カケル……。また、集め直せばいいのよ。私も手伝うわ」

 

「……そうだな。ありがとう天狐」

 

 仮想ウィンドウを見て乾いた笑いを上げる俺を慰めてくる天狐の優しさが嬉しく、ほろりと涙が零れ落ちそうだった。

 

 

 

 また、この一連の発見で俺を含めた天狐たちの装備が変わった理由がわかった。

 

 今、自分が着ている装備は『旅人の服』と『旅人の靴』で、プレイヤーの初期装備だ。

 ゲームシステム的に碌に防御力がなく、ごわごわとしていて着心地もあまりいいものとは言えない代物だ。

 

 

 道理で懐かしく感じたわけだ。

 

 

 そして、天狐たちが着ている装備もそれぞれの種族ごとの初期装備だった。

 つまり、天狐の場合はあの着物が彼女の現在の種族であるジウウェイ(九尾の)ティエンフー(天狐)の初期装備だった。

 

 

 どうもここに飛ばされた影響で起きたアイテムボックスのリセットなどに、俺たちの身に着けていた装備も適応されたと考えるべきだろう。

 全裸にならないだけマシなのだろうけど、思い入れのある装備などを全て失くした喪失感はくるものがあった。

 

 

 本当に泣きたい。

 

 周囲の仲間たちに目を向ければ、装備がリセットされた関係で、同じ種類の装備で見た目が大して変わらない者がいれば、ほとんどすっぽんぽんと変わらない姿に変わっている者がいたりと様々だった。

 

 

「道理で見覚えのある姿の奴もいたわけか……。その着物を着た天狐は、初めて見るけどよく似合ってるな」

 

「そう? ふふっ、ありがとう」

 

 俺が褒めると天狐は、嬉しそうに笑いながらその場でくるりと回って見せてくれた。

 

 

 本当に綺麗だなぁ、としみじみ思う。

 

 思えば、村に引きこもるようになってから生産スキルの補正がいい感じだからと野暮ったい作務衣ばかり着せていたように思う。

 作務衣姿の天狐も嫌いじゃないが、やはり比べるまでもなく華やかさが違うな。

 

 

 そんな風に傷ついた心を現実逃避気味に天狐で癒されていると近くで怒声が聞こえ、コロコロと何かが足元に転がってきた。

 

 

「ん? 」

 

 拾い上げてみると、それは木の枝を編んで作られた王冠だった。

 

 

 どこかで見たことあるような……。

 

 既視感に囚われていると、その持ち主がこちらへと足早に近づいてきた。

 

 

「すまない。村長……」

 

 罰が悪そうに王冠を取りに来たのは、ゴブ筋だった。がっしりとした筋肉質な体が剥き出しの腰巻一丁という半裸の出で立ちだった。

 

 

「ゴブ筋、お前その姿……。ああ、そう言えば、お前の種族はあれだったな」

 

 ゴブ筋の種族は、グランド(偉大な)ゴブリンキング(ゴブリン王)だ。その初期装備は、腰巻一丁に木の枝で編んだ王冠のみだ。

 グランド・ゴブリンキングは、高難度エリアのゴブリンが大規模な群れを起こすと現れる。冒険していた時はそれなりの頻度で出会っていたので、その装備にも見覚えがあったのだ。

 

 

 先程、聞こえた怒声はゴブ筋のものなのだろう。ゴブ筋の重戦士スタイルと、グランド・ゴブリンキングのサポート向けの群体統率スタイルの装備は合わない。

 

 

 あの鎧、気に入ってたみたいだからなぁ……。

 

 俺も愛用していたアイテムとかが一切合財なくなっていて軽く……いや、かなり凹んでいるので、ゴブ筋の物に当たりたくなる気持ちは痛いほどよくわかる。

 

 

「ゴブ筋、すぐには無理かもしれないけど、なるべく早く新しい鎧を作ってやるからな」

 

「……それは本当か? 村長、感謝する」

 

 王冠をゴブ筋に手渡しながら、そう約束すると、ゴブ筋は俺の手をその大きな手で握りしめて深々と頭を下げて喜んでいた。

 素材的にすぐに元の鎧というわけにはいかないけど、取り敢えず、鉄製のものから作っていきたいな。

 

 

 

 ……そう言えば、スキルはここでも使えるのだろうか?

 

 

 ふと、そんな疑問が浮かんだ。

 

 ついゲームの時の感覚に陥っていたが、このおかしな状況できちんとゲームシステム上のスキルが行使できるのだろうか?

 

 

 一応、ステータス画面から数値として確認した限りでは、スキルに関して変化はない。

 プレイヤーだけにある称号は、一部リセットされていたが、スキルは熟練度がリセットされていることも特技(アーツ)呪文(スペル)が使えなくなっていることも、画面から見た限りではなさそうだった。ここまで初期化されていたら、この状況に関係なく心が折れていた自信があったので心底ほっとした。

 

 

「まぁ、試してみれば話は早いか」

 

 足元に生えている適当な草を地面から引き抜く。

 

 

「【鑑定】」

 

 手に握った草に対して【鑑定】を使うと、鑑定結果が仮想ウィンドウに表示された。うん。アーツは問題なく発動するようだ。

 適当に引き抜いた草は、特に利用価値もない一年草の雑草の一種だった。

 

 モントモは、熟練度がカンストした鑑定情報では妙に凝った詳細な情報が開示されるので、その文章自体に違和感はない。

 

 

「【光よ(ライト)】」

 

 今度は、呪文(スペル)を唱えてみる。すると、拳大の白く光る光球が空中に現れた。

 目を眩むほどではないが、そこそこの光量の光球は、ゲームの時のように意識すると思い通りに動かすことが出来た。

 

 

 スペルに関しても問題なく使えるようだ。

 

 

 あ、丁度いい。

 

 確認のために、天狐とゴブ筋にも手伝ってもらうか。

 

 

「天狐、狐火をちょっと出して見せてもらえるか? 」

 

「狐火? ええ、いいわよ」

 

 俺の頼みを天狐は快諾して、指先から青白い炎を出して見せてくれた。

 普通の炎とはどこか違う雰囲気の狐火は、しばらく天狐の指先で燃え続けて消えた。

 

 

「ありがとう天狐。ゴブ筋もちょっとスラッシュを使って見せてくれないか? 」

 

 同じようにゴブ筋にも頼み、初期装備として腰に差さっていたナイフを手渡した。

 

 

「わかった」

 

 頷いたゴブ筋がナイフを構えて振る。その瞬間、ナイフの刃が赤く輝き、虚空に赤い軌跡を一筋残した。

 

 【剣】スキルで最初に覚える特技(アーツ)の一つである【スラッシュ】が発動した証拠だった。

 

 うん。天狐たちも問題なくスキルを使えるようだし、スペルやアーツも発動するみたいだ。

 

 

「村長、これでいいのか? 」

 

「うん。助かったよ。ありがとうゴブ筋」

 

 ゴブ筋に礼を言って、返されたナイフを受け取って腰に差し直す。

 スキルとかが使えるなら生産スキルでいろいろ作れるだろうし、素材さえ集まればどうにかなるかな。

 

 

「しかし、マップが残ってたのは良かったけど、これじゃあ使えないよなぁ……」

 

 赤文字でエラーと出ているマップ画面を見て、俺はため息をつく。

 消えてしまった『オプション』やログアウトボタンと違って『マップ』の機能は残っていたが、バグでここに飛ばされた影響か、使い物になりそうになかった。

 

 残っているので、もしかして、と思ったのだが残念な結果だった。

 

 

 

 

「これからどうしたものかな……」

 

「まずは寝床の確保よね」

 

「剣が、欲しいな」

 

 天狐とゴブ筋の意見に確かに、と俺は頷く。

 

 

「そうだな。近くに村や街があればいいんだけどなぁ……」

 

 寝床を確保するにも剣を作るためにも拠点の確保は最重要だ。

 ここがゲームか現実か、いまだに判断に迷うとこはあるけど、ひとまず生きていくためには動かなければならない。

 

 

 ゲームの時のように一から村を作ることもできなくはないが、アイテムボックスが空っぽな現状では、あまり現実的ではないだろう。

 マップが正常に機能していれば、近くに村や街があるかないかぐらいはわかったのに……

 

 

 

「偵察なら小鴉(コガラス)に頼めばいいんじゃないかしら? 」

 

 

 どうしようか悩んでいると天狐からそんな提案をされた。

 

 

「小鴉に? 」

 

「ええ、空から探せば、地上から探すよりも遠くを見渡すことができるわ。それに小鴉なら速いでしょう」

 

 

 確かに小鴉は、夜叉鴉(ヤシャガラス)という種族で固有スキルとして【高速飛行】を覚えている。それに、長年一緒に冒険をした小鴉は、仲間の中でも一二を争う速さを有している。

 

 

「うん、そうだな。なら小鴉を……」

 

 

 

 呼んで頼んでみようか、そう言葉を続けようとしたら空から黒装束の男が飛び降りてきた。

 音もなく地面に膝をついて着地すると、畏まった様子で頭を垂れてきた。その背中には鴉のような黒い翼が一対生えていた。

 

 

「村長、お呼びでしょうか」

 

「小鴉、なのか? 」

 

「はっ、村長から頂いたお召し物を失い、このような粗末な物を着ておりますが、小鴉で御座います。僭越ながら、先程の話、聞こえておりました。そのお役目、是非某に任せてもらえないでしょうか」

 

 そう語る小鴉は、全身黒装束に身を包み、鼻まで覆い隠す覆面をしていて、まるで忍者のようだった。

 

 

「お、おう。小鴉が受けてくれるなら助かる。でも、そんなに畏まらなくていいんだぞ? 」

 

「いえ、そのようなわけにはいきませんぬ」

 

 畏まった様子の小鴉にもっと気楽にしていいと言ったものの頑とした様子で断られてしまった。

 何というか小鴉からは、俺に寄せてくる信頼や尊敬、それに親愛といった感情がひしひしと伝わってくる。

 

 

 むぅ……。

 

 そういうのに慣れてないから背中が少しむず痒い。

 

 小鴉はこんな喋り方をするキャラだっただろうか?

 

 

「ま、まぁ、それじゃあ小鴉は、空を飛べる仲間をまとめて、周囲の様子を上空から偵察してきてくれ。団体行動で、個人行動はしないように」

 

 

 気を取り直して俺は、小鴉に指示を出す。

 

 

「村とか街を見つけた場合は、すぐに戻ってきて報告を頼む。移動中にモンスターと遭遇するかもしれないけど、ここがまだどういうところなのか、よくわからないからどんなに相手が弱く見えても戦闘は極力控えるように。それと、やばいと思ったらすぐに戻ってきたらいいから。全員無事に帰ってきてくれ」

 

「御意」

 

 指示を受けた小鴉は、すぐさま丘の周りに屯する仲間の中から有志を募って合わせて百人くらいの仲間を連れて空に羽ばたいていった。

 

 

 ……そういえば、規定人数決めてなかったな。

 てっきり、団体行動をする際の最小規模のパーティーの規定人数の5人でいくと思っていた。

 改めてメニューを見て、パーティーを組んだり、レイドを編成する『編成』画面もなくなっているのに気付いた。

 

 しかし、仲間のステータスや状態を確認できる『モンスター』画面は存在し、小鴉の項目には、偵察任務中という表記が追記されていた。

 

 

 

 

「それで、彼らを待っている間、私たちはどうする? 」

 

「うーん、どうしようかな……」

 

 天狐に尋ねられて、俺は仮想ウィンドウから目を離した。そして、結果的にここに居残る形になった仲間(モンスター)たちの様子を窺った。

 

 暢気に寝ている仲間や近くの仲間と楽しそうにじゃれ合っている仲間もいたけど、大半は俺の指示待ちといった様子でこちらに意識を向けていた。その一部の仲間(モンスター)の視線には、不安の色があった。

 

 

 ……モンスターでも不安になるんだな。

 

 その目を見て、そんな感想を持った。

 ゲームでも仲間になったモンスターには個性があって簡単な意思疎通ができたが、細かい感情の機微までは分からなかったし、決まった喜怒哀楽の表情しか出せなかった。

 

 たった3人の仲間と言葉を交わして、遠目から仲間の様子を眺めただけで、そんな時とは違うのがわかった。

 

 

 

 やっぱり、ゲームと違う。

 その変化を俺は強く感じていた。

 

 自分のアバターや仲間たちは、ゲームのシステム上のデータで、ゲームに則ったシステムで現実では起きない挙動で魔法や武技を使える。

 だけど、あるはずのシステムが消え、天狐を筆頭に、仲間の会話がより流暢になり、表情は多彩で人間味が生まれたように思える。いくらAIでもここまで細かく表現できるとは思えない。

 

 

 それは、ゲームの中でしかできないことなのに、ゲームではないかのような違和感がやっぱり拭えない。

 

 

 しかし、ここが現実、地球の日本であるとも思えない。

 

 天狐たちも含め、俺の体は仮想空間でしか存在しないはずのデータである。

 

 

 だが、彼らは間違いなく実体がある。自我がある。ゲームをやっていた時の過去の記憶までも引き継がれている。

 

 

 何よりそれらを認識する自分の五感が、ゲームの中の疑似的に五感を再現した虚構の世界ではなく、ここが現実、生身の実体がある現実の世界であるとずっと訴えている。

 

 

 

 妙な感じだった。

 

 

 

 1つ1つは、自分の中では疑いようのない間違いないものなのに、それらを並べていくとそれぞれが矛盾し、ありえない組み合わせだと他ならない自分の常識が訴えてくる。

 

 

 もはや、これが成り立つとするならば、明晰夢の中くらいだろうとさえ思う。

 

 

 しかし、困ったことに夢とも思えない確信があった。

 

 

 

 

 もし、自分の常識に配慮して、この状況を矛盾なく表現するとすれば、

 

 虚構の世界(ゲーム)じゃなくて、夢想の世界()でもなく、現実の世界(地球)でもない現実の世界(どこか)となるだろうか。

 

 

 もっと言えば、ないもの(虚構)あるもの(仮構)とした現実の世界。

 

 

 

 混乱する思考の中で、ある考えが一つ浮かび上がる。

 

 

 地球の世界ではない幻想が幻想でない世界。それはもう異世界と言えるのではないだろうか?

 

 

 わかってきたことを繋げて、導き出した推測は、自分で自分を憶測だと切って捨てるような戯言だった。

 

 だけど、そういった現実でもなく、ゲームでもない第三の場所が夢の世界と考えるよりも現実的な戯言(答え)だった。

 

 

「まさかそうだっていうのかよ……」

 

 

 高校の時、友人の勧めで読んだライトノベルの中にゲームのプレイ中に異世界に飛ばされた話があったのを思い出す。

 

 普通であれば、ありえない考えだったが、このありえない状況の中だと逆にそうなのかもしれないと思えてしまった。

 

 

「ははっ……何でこんなことに……」

 

 

 ゲームの仲間と能力を持って、異世界に飛ばされた可能性が高いことに気付いた時、俺が初めに抱いた感情は、怒りでも喜びでもなく戸惑いだった。

 

 

 別に人並み以上に人生に不満があったわけでも異世界に行きたいと望んだこともなかった。

 現実の世界は、決して楽しく明るいことばかりではなかったけど、それは仮想の世界で紛らわせれた。

 

 

 どうして自分なのだろうか。

 

 どうしてこんな形での転移なのだろうか。

 

 せめて誰か自分の疑問を答えてくれる人は出てきてくれないだろうか。

 

 

 もう一度、元の世界に帰してはもらえないのだろうか。

 

 

 

 

 

 夢なら早く覚めてくれないだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カケル? 」

 

 

 思考の中に沈んでいた俺の意識が、その声によって現実に引き戻された。眼前で天狐が気遣わしげに自分の見てきていた。

 

 

「カケル、大丈夫? 顔色が真っ青よ。回復をかけましょうか? 」

 

「ああ、いやっ、大丈夫だから……。うん、回復は必要ないよ」

 

 

 額に白魚のような手が当てられたのに動揺して、とっさに断り、距離をとる。

 いきなり、美人の天狐がアップで近づいてきて心臓が跳ねた。天狐から香を焚いたような匂いがして、心臓の動悸が止まらなかった。

 

 

 ゲームじゃ、こんな匂いしなかったし、手肌の温度がこんなはっきりとはわからなかった。

 

 ゲームじゃないと、天狐たちは実体をもち、自我をもつ相手なんだと思ったら、異世界だと実感した時とはまた違った動揺が起きていた。

 

 

「そう……。でも、まだ寝ていた方がいいんじゃないの? よければ、膝枕ならいくらでもするわよ」

 

 

 そういって、服が汚れるのも気にせず地面に正座して、膝をぽんぽんと叩く天狐に俺は首を振って遠慮した。

 

 

 

 そして、気持ちを落ち着かせるために深呼吸しながら一度空を見てから、再び仲間たちが集まっている草原を見下ろす。

 自分に注目している仲間がさっきより増えていた。

 

 俺が天狐に心配されていた様子も見ていたのか、さっきよりも不安そうにしている者が増えていた。

 

 

 彼らには自我が生まれている。

 その上で彼らは、俺を頼りにしてくれている。

 

 それは、ゲームの時の記憶や好感度も引き継いでいるからだろう。

 

 俺にとって、彼らは何年も一緒に楽しんできた大切な仲間だ。

 他人からすればたかがゲームだろと笑われるかもしれないが、ゲームの時でも彼ら一人一人に個性があり、感情があり会話が出来た。思い入れは自然と強くなった。

 

 手塩にかけて育ててきた大切な子供、というと少し語弊があるかもしれないが大切な家族だとも思っている。

 

 

 そんな彼らに頼られる関係を築けていたのだと思うと、胸が熱くなる思いだった。

 

 

 

 自分でも自分の感情を整理できてないこの状況で、頼られるのは正直、荷が重い。

 

 

 

 胃のあたりがムカムカする。

 

 しかし、そんな彼らを安心させたいと思うのは、俺の嘘偽りのない気持ちだった。

 

 

 

 

「天狐。小鴉たちが帰ってくるまでみんなで薬の素材集めでもするか」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 俺の提案はすんなりと通った。

 

 鶴の一声とはまさにこのことではないかと自分で思ってしまうくらいにあっさりと、残った仲間総出で薬の素材集めをすることになった。

 

 

 ちなみにこれを提案したのには、3つの理由があった。

 

 一つは、ここはゲームに近い世界かもわからない異世界であり、回復呪文という回復手段があるものの手持ちに回復薬がないというのは心細かったということ。

 

 もう一つは、薬だけでなく生産の時に必要な素材が、ここでも存在するか確認すること。

 

 そして、最後に手持ち無沙汰だと俺も皆も考えが碌な方に行きそうにないのでちょうどいいと思ったからだ。これが一番大きな理由かもしれない。

 

 取り敢えず手を動かしとけば、それに集中できるからな。

 

 

 

 結論から言えば、気分転換という当初の目的は達成できたように思える。

 

 不安の色を見せていた者たちも作業をしている間に落ち着きを取り戻すことができているようだった。

 

 他にも薬の素材となる薬草などは、ゲームの時と同じ名称のものが存在していることを確認できた。

 

 

 【鑑定】から分かる限りでは、その違いは確認できなかった。

 

 いや、あの妙に凝った長ったらしい文章の細かい場所は変わったかもしれないが、名称と効能や用途に違いはなかった。

 

 

 それと同時に見慣れない名称の植物も【鑑定】で見つかっている。

 こちらは俺が知らないだけか、異世界特有の植物だと考えられる。幸いなことに、鑑定結果から毒の有無や薬効、おおよその用途などは確認できている。

 既存の薬の素材には、ならないから今回は対象外だ。おそらく活用するには一から創薬する必要がある。

 

 そんな感じで素材集めは順調に進んだようにも思えるかもしれないが、問題も発生した。

 

 

「なぁ村長、この草は使えるか? 」

 

「村長、キュコル草の群生地がありました! 」

 

「村長見て見てー。お花の冠作ってみたのー」

 

「村長ぉ、あそこの小川にシミレ苔がありましたよー」

 

「村長、この草って使える? 食える? 」

 

「村長、この石綺麗……」

 

「村長」「村長」「村長」「村長」「村長」

 

 

 薬学に精通している一部の仲間は、的確に薬になる素材を集めてくれるんだけど、他はそれっぽいものを採集しては俺に尋ねてくるのだ。

 しかも、その大半が外れなので慌てて、薬学に精通している仲間と組んで採集するように指示し直した。

 

 

 見通しが甘かったとしか言わざるを得ない。

 手際よく偵察にいく面子を選出していった小鴉の時のようにはいかなかった。

 

 

 薬学の知識がない仲間達が列をなして引っ切り無しに俺ばかりに尋ねてきた時は、全員の【採集】スキルをもっと上げさせとけばよかった、と後悔した。

 

 

 2時間もすると動員した数が数なので、周辺の目につく場所の目ぼしい素材は全て取りつくしてしまった。人海戦術というのはすごい。

 一部、穴掘りが得意なものが掘って鉱物資源の収集もしてくれたので、その過程で地形を弄ったりしているので、少々元の草原の地形と変わったようにすら思えるが、そこは見なかったことにした。仲間の何人かが荒れた草原の緑化を自主的に行ってくれているので、そちらの後始末は任せてしまう。

 

 集まった素材からは、HPを回復する効果を持つ中級のポーションと状態異常の一つである麻痺の解毒薬、それに状態異常の混乱を直す気付け薬がまとまった数作れそうだった。他にも鉄や銅といった鉱石類も手に入った。

 正直集まった素材から作れる薬は、等級が低くて気休め程度の効果しか期待できないのだけど、それは手間と時間を度外視すれば、ある程度までは高められるのでよしとしよう。

 

 お守りみたいなものだしな。いざとなったら今は回復呪文を使えばいい。強敵や群体なんかとの連戦にならなければ、MPが足りなくなるなんてことも早々起きないと思う。

 

 

「って道具がないから薬つくれないじゃん」

 

「あら、道具がなくても薬は作れるでしょう? 」

 

「いや、そうなんだけど……。そんなことしたら、ただでさえ低い薬効が下がるから出来れば、道具を使って作りたいんだよ」

 

 

 今更ながら、薬を作るために必要な道具を持ってないことに気付いて、俺は愕然とした。

 アイテムボックスの中身が空になっているのだから当然、道具もなくなっているんだった。

 

 天狐の言う通り、生産スキルで作業を簡略化して作れないこともないが、それだとただでさえ性能が低い薬効が余計に下がってしまう。

 

 

「村とか行って道具手に入れないとダメかもしれないな」

 

 最悪、今ある鉱石素材で道具を自作しようかと考えていた所で、天狐が肩をポンポンと叩いてきた。

 

 

「うん、どうした? 」

 

「あれを見て、小鴉たちが帰ってきたようよ」

 

「ほんとっ!? 」

 

 

 天狐が指差した空を見た。遠目からだと黒煙のようにも見えたが、確かに小鴉たちだった。その先頭を飛ぶ小鴉が、すごい速さでこちらへと接近してきていた。

 

 

「もしかして、街が見つかったのかな」

 

「そうだったらいいわね」

 

 

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