こちらに向かって急降下してきた小鴉は、地面に激突する寸前で翼を強く羽ばたかせて勢いを殺し切ると難なく降り立った。
偵察に出ていた他の仲間たちも続々と降りてくる。
「報告致します。ここから西に進んだ場所に、木造の建造物が十数軒密集した集落の跡地を発見致しました」
「そうか、よくやった小鴉」
「はっ、勿体なきお言葉です」
「集落の跡地、というと住んでいる住民はいなかったのか? 」
「上空から見たところ、つい最近に何らかの存在に襲撃を受け、壊滅しておりました。住民と思われるヒューマンの死体は散見されましたが、生き残りや襲撃者と思わしき存在は見受けられませんでした」
壊滅という言葉を聞いた俺は、苦虫を嚙み潰したような苦みを覚える。嫌な感じだ。
「壊滅、してたのか……ちなみに、道中で野生のモンスターを見かけたりしたか? 」
「仔細に確認したわけではありませぬが、群れとして
「交戦したわけではないよな? 」
「はっ、村長の言いつけ通り、交戦は誰もしておりません。火吹き鳥の群れは、我々を認識すると四散して逃げましたので問題は起きておりません」
「そうか、約束を守ってくれてありがとう。人や亜人は見かけたか? 」
「いえ、生きた者は見かけておりません。唯一集落の痕跡のみです」
なるほど……。
そうなると、その集落が壊滅した原因は、モンスターによるものかもしれないな。
「そうか。ありがとう。お疲れさま。他のみんなも偵察に行ってくれてありがとな」
小鴉の報告を聞き終えて、俺は偵察に出てくれた仲間たちを労った。
彼らは俺の言葉に、小鴉のように畏まる者や無邪気に喜ぶ者がいたりと三者三様の反応を示したが、みんな褒められて嬉しそうだった。
そんな彼らの反応にむず痒さを感じつつ、小鴉の報告を自分の中で咀嚼する。
ゲームでは、決まった場所にある都市や村落の他に、ランダムで配置される集落が存在した。
立地が悪いと、近くのモンスターや盗賊、蛮族といった輩に襲撃を受けやすく、気づいたら壊滅してたなんてことはあった。
そんな壊滅した集落や襲撃を受けている集落を復興させたり、防衛したりするのも楽しみの一つではあったが、まさか異世界っぽい場所に飛ばされた最初の集落がそうなっているとは思わなかった。
ここがゲームの舞台と同じ世界という確信はないが、ゲームで存在した植物やモンスターがいることから、地球の常識よりもゲームの
この場合だと、小鴉たちが偵察にいって、集落一つしか見つけれなかったことから相当田舎……いや辺境なんだろう。まさか、流石にゲームみたいに無作為に集落が生まれてから村民が湧くわけではないだろう。
それを踏まえて、国やそれに類する勢力が開拓できていない場所となると、野生のモンスターが強いのだろう。
ただ小鴉たちが見かけた目ぼしいモンスターが軍狼や火吹き鳥の群れ程度ということは、人間勢力の方が弱いのかもしれない。
どうしようか……。
俺は、思案する。
ゲームでは、壊滅した村とかを見つけたら探索一択だった。
金目のものの他に、集落とかでないと入手できないようなもの(生産補助道具や防衛設備に必要なパーツの一部)もあったから見つけたら漁る。足跡を辿って襲撃者やモンスターの討伐まで行ったりもするし、何なら気まぐれにスキル習熟目的で近くの町から農民NPCを募って、復興までさせたりもした。
だが、ここはゲームじゃない。
襲撃した敵の強さが未知数な以上、壊滅した集落の周辺に近づくのは危険ともいえる。
だが、壊滅した集落というのは、まるっと集落の施設を確保できるという家無しの自分たちには魅力的な要素もある。
「天狐、仮に今から集落を壊滅させたような敵が襲ってきたとして、俺たちは対抗できると思うか? 」
「そうね……。今いる私たち全員でかかれば、例え神滅竜
「あー……まぁ、そうか。別に勝たなくてもその時は逃げに徹すればいいか」
モントモの作中でも屈指の最強と名高いユニークモンスターを例えに出されて、俺は苦笑する。
遭遇した敵対者に勝利することを前提に考えていたが、確かに天狐の言う通り、逃げに徹すれば、全員がいる状況なら逃げ切るのもそう難しいことじゃない。その時は戦闘力の低い仲間を最優先で逃がさなければいけないな。
そう考えたら、やはり集落を無視する選択はない。
「よしっ、それじゃあみんなで、そこに行くか。小鴉、案内を頼めるか? 」
「御意」
「ちなみに、ここからだとそこまでどれくらいかかる? 」
「歩くならば、2、3刻はかかるかと……」
「2、3刻? 」
それって時間にして何時間なんだ?
「多分、4時間から6時間よ。そうよね小鴉」
「うむ」
あまり聞き慣れない時間単位に首を傾げていると、天狐が教えてくれた。
なるほど。小鴉が古風なのは、喋り方だけではないようだ。
しかし、歩きで4時間から6時間ぐらいかかるのか。
……遠くね?
車なんていう便利なものはないし、小鴉のように誰もが空を飛べるわけではない。
空を見上げると太陽がちょうど真上にあった。
……日が沈む前には村に着きたいな。
その時の俺は、壊滅した集落のことを住民がいなくなった集落、という程度にしか捉えていなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
3時間以上、歩き続けてようやく上空の小鴉から「村が見えてきました! 」という報告を受けた。
道中、大きな狼の姿をしているポチとかから背中に乗るよう催促されたりもしたが、どうせ足の遅い仲間に合わせて行進しなければいけなかったので、断っていた。高いステータスの影響なのか、結構早いペースで歩いているのに一向にバテることがなかった。そんなところが疲労を感じないVR空間と共通していて未だにやっぱりゲームの中なのかと思ってしまう。
報告してきた小鴉は、随分と上空を飛んでいるから地上の自分たちから村が見えるようになるのはまだまだ先のことになりそうだった。
結構歩くなと思いつつ、近くの天狐たちと雑談しながら一定のペースで歩いていると、何かが腐ったような臭いが微かに臭うようになってきた。
「なぁ、何か変な臭いがしないか? 」
「ええ、臭うわね」
「……? 何か臭うのか? 」
気のせいかなと思いながら、話をしていた天狐とゴブ筋に聞いてみると、天狐は少し眉を顰めながら頷いた。ゴブ筋は何も感じないようで首を傾げていた。
その臭いは、村に近づけば近づくほどに強くなった。
「確かに臭うな……」
村を地上から視認できるようになった頃には、その臭いははっきりと感じられるようになった。
ゴブ筋もその臭いに気付いたようで顔を顰めた。
この酷い臭いの元が何なのか気になったが、それよりもやけに多くの鳥が村の上空を旋回していたのも気になった。
何か嫌な予感がする。
自分は何か大事なことを見落としていなかったか?
そう思い始めた俺の傍に、小鴉が空から降りてきた。
「襲撃にあった住民の死体の腐敗が思っていたよりも進んでおりました。いかがいたしましょうか? 」
小鴉が開口一番にそう言った。
ああ、そうか。
自分が見落としていたのはこれだったのだ。とその報告を聞いて、俺は無意識のうちに思考を止めていたものに直面した。
当たり前だ。
ここがゲームの世界ではなく地球でもない現実の異世界というなら、ゲームのように倒された死体が都合よく時間経過で消滅するなんてことはあり得ない。
放置され続ければ、腐って、朽ちて、土に還るまでそこに残り続ける。
小鴉がなにか言葉を続けていたが、その言葉は俺の耳には届いていなかった。
ここがゲームの世界じゃないのは、わかっていたじゃないか。
ここが地球の日本みたいに平和じゃないのも、わかっていたはずじゃないか。
集落を襲うような存在がいて、襲われて死んだ人たちがいたのも、わかっていたじゃないか。
わかっていたはずなのにわかっていなかった。
俺はまだどこかで夢現のような気持ちだった。
ふと、自分の視界に白銀の毛並みの巨狼が目に映った。
「ポチ」
「わふ? 」
「ちょっと俺を村の前まで連れてってくれないか? 」
「ウォン! 」
ポチは、俺のお願いを迅速に答えてくれた。
「あっ、カケル! 」
「村長!! 」
俺の襟首を咥えて、背中に乗せたポチは、あっという間にその場から駆け出した。
空中で最速が小鴉なら、陸上の最速はポチだった。
誰に止められることなく、天狐の制止の声も無視して、わずか十数秒で集落に到着した。
どうしてそうしたのか俺自身もよくわからない。
まだ心のどこかで俺は夢を見ている気分だったのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。
ただ、確かめなくては。という気持ちに突き動かされるままに動いてしまった。
集落の前で制止したポチ。
その高い背丈に乗った俺の視界には、壊滅した集落の惨状が一望できた。
俺は、見てしまったことをすぐに後悔した。
そこは酷い有様だった。
「なんだよ、これ……」
肉が抉れ、骨が見え、蛆虫が沸き始めている死体。
それが村に入って最初に出会った村人だった。
死後数日は経っているだろうそれは、むせ返るほどの腐敗臭を発し、辺りには獣や鳥が死体から引き摺り出したのか臓物が散らばっていた。
建造物の壁や地面には夥しいほどの黒ずんだ血痕の跡が残り、木造の家の戸は乱暴に壊されて周囲には争いの跡があった。目の前に倒れる死体の向こう側には、積み上げられた死体の山がいくつもできていた。その山には農具や血濡れた槍が無数に突き刺さっていた。
まるで地獄絵図のような惨状だった。
「うっ……」
むせ返るような腐敗臭と直視し難い惨状を目にした俺は耐え難い吐き気に襲われて、堪らずその場で吐いた。
空っぽの胃から絞り出すように胃液を吐き出した。ポチの白銀の毛並みが黄色く汚れる。
あれだけ歩いていても息切れ一つしなかった呼吸が乱れ、視界がチカチカと明滅した。
「わふっ!? 」
ポチの驚いた声がする。
背中に吐いてしまったことに罪悪感を一瞬抱くが、すぐに次の吐き気に襲われて、嘔吐する。
「カケルっ!? どうしたのっ、大丈夫? 」
追いついてきた天狐がポチの上で吐く俺にいち早く気づき、ポチの背中から俺を降ろして、背中を擦ってくれる。
追いついてきた他のみんなも心配して頻りに声をかけてくるが、それどころではない俺はそれに応えることができず、ただ吐き気に促されるままに胃液を吐き続けた。
頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されるように気持ち悪く、地面が波打っているように感じる。絶え間ない吐き気に呼吸がままならず、視界が霞む。手足に力が入らない。息ができない。
息苦しさからギュッと強く目を瞑っても、白濁した目を限界まで見開いた死体がこちらに腕を伸ばす光景が脳裏に鮮明に焼き付いて消えなかった。
「はっ、はっ、はっ……うっ、くぅぅ……」
喉が焼かれたようにヒリヒリと痛むのを感じながら未だに感じる吐き気を無理やり堪えて俺は、再び村の惨状に目を向ける。
目を背けたい余りにも凄惨な光景。
だが俺はそれから目を背けることができなかった。
それは、初めて死んだ死体を間近で見た恐怖からなのか。
その死体を自分や仲間に置き換えて幻視したせいだからなのかは自分でもわからない。
ただ俺は目を背けることができなかった。
「おぇっ……! 」
堪え切れくなって俺は再び吐いた。
周りに駆けつけてきた皆がしきりに声をかけてくれる。
手足がだるい。頭が重い。
このまま横になってしまいたい気持ちになる。
しかし、その気持ちを無理やり押し殺した。
今でも傍で声をかけてくれるみんなの声が聞こえる。こちらを心配し、動揺する天狐たちの声が聞こえる。
情けない。
彼らが慕ってくれている自分はなんと情けない。
彼らを不安にさせてたくないと思ったのに、安心させたいと思ったのに。
こんな死体を見ただけで何もできなくなる自分のなんと情けないことか。
人の尊厳を弄ばれたような死体を見た衝撃以上に、自分の脆さに嫌気が差す。
壊滅した集落を利用しようとした自分の浅はかさ、それを理解できなかった愚鈍さに、憤りを覚える。
俺はこいつらを安心させるんじゃなかったのか。不安にさせないんじゃなかったのか。
自分が不安にさせてどうする。
俺はこいつらの主だ。主がしっかりしてなくてどうする。
吐いている場合ではない。
考えろ。どうするべきか。
行動しろ。ついてきてくれてる仲間を安心させるために。
そう自分の心を叱咤して、俺は揺らぐ意識を無理やり繋ぎ止めた。
「て゛っ……天狐」
「なに、どうしたのカケル」
胃液で喉が焼けたのか声は掠れていた。つばを一度呑み込んでから天狐に尋ねる。
「この周辺に生体反応はあるか? 」
「……いいえ、私の【索敵】にはいないわ。ポチ、小鴉! あなたたちはどうなのっ!? 」
「それらしき影は見ておりません」
「ウォン! 」
天狐が近くにいた小鴉と、大きな白狼の姿をしたポチに尋ねるが、2人とも首を横に振った。
「そうか……」
天狐たちの広い索敵でも見つからないなら、小鴉が最初にしていた報告通り、この村を襲った奴らはもうここから離れていると考えるべきだろう。
うまく呼吸ができないながらも息を吸いながら集まったみんなを見回す。その中に純白の衣を身に纏った六翼の天使が目につく。
「……ミカエル」
「何ですか村長っ」
「この死んだ人たちはお前の力で生き返らせることはできるか……? 」
天使長という種族のミカエルは、
ユニークモンスターは仲間になる以前から名前を持ち、総じていくつもの強力な固有能力を所有している。
ミカエルはゲームの時は、代償なしでの
「それは……無理です村長。既に肉体から魂が完全に離れてしまってます。蘇生はできません。それよりもこの地は瘴気で満ちております。このまま何も処置をしなければ、アンデットになる可能性があります。村長、【浄化の光】を行っても良いですか? 」
「そうか……頼む」
「分かりました」
沈痛な面持ちで頷いたミカエルが背中に生えた三対の純白の羽を大きく広げ、手を胸元で組むと、集落全域に空から浄化の光が降り注いだ。
降り注ぐ浄化の光で照らされた目の前の死体からは、禍々しい黒い煙のようなものが立ち昇り、死体から抜けていった。血痕の残った赤黒い地面や積み上げられた死体の山からも禍々しい煙が幾重も立ち昇っては消えていく。
それはゲームで見慣れた瘴気が浄化される光景と一緒だった。
その浄化の光は俺にも降り注いだ。
その光は太陽の日差しとはまた違った暖かな光で全身を優しく照らした。
「これで、ひとまず大丈夫だよな……? 」
浄化されれば死体がアンデット化することはない。
浄化された土地からアンデットモンスターが生み出されることもない。
「天狐」
「はい、カケル。他に何か必要なら言ってください」
「みんなに指示を出してくれ。ここをひとまずの拠点にする。建物を修繕して、周辺の危険を排除してくれ。それから、ここの遺体を弔いたい。頼めるか? 」
「ええ、任せて。必ず、必ず実行するわ。だから、カケルは少し休んでちょうだい」
「よかっ……た……」
俺の頼みを天狐は快諾してくれた。
俺は安心したせいか、酷い虚脱感と抗い難い睡魔に襲われた。
自分で思っている以上に俺は気力を消耗していたようで、それに抵抗する力はなく、ぐらりと視界が揺れたかと思うと地面に崩れ落ちるように倒れた。
地面にぶつかる寸前、倒れる自分を誰かが受け止めてくれたのを感じる。
薄っすらと視界を開くと涙目の天狐と目があった。
心配するな天狐。
天狐を安心させるために遠のく意識の中、精一杯の笑顔を作りながら俺は意識を失った。