村に戻ったのは、夕方くらいだった。
行きは反対方向でよく見てなかったが、西の最果てには、壁のような長大な山脈が聳え立っていた。山脈の三分の一くらいは雪化粧されていて、遠目からでも相当高いのが伺える。
大地を隔てる壁のように高く、まるで東西で大陸を仕切っているかのようなどこまでも続く山脈は、圧倒されるものがある。
遠近感が狂いそうになるくらいのでかさだ。
富士山を優に超えてヒマラヤ山脈に匹敵するんじゃないか?
あの山脈の向こうは、どうなっているのだろう。
周辺の調査が終われば、小鴉たちとあちらの探索もしてみたいな。
村の外れに降り立った俺たちは、その足で村の外れの空き地に訪れた。
その空き地では、ちょうど仲間たちが龍源がたくさん狩った大型のモンスターの解体に取りかかっている最中だった。
遠目からでも目立つのは巨人の姿だろう。身の丈4メートルくらいの
「ひゅろろろ~~♪ ひゅろろろ~~♪ 」
まるでハロウィンの仮装か、ホラーにでてくる猟奇的殺人鬼のようである。
というか、その恰好のまま大きな熊のようなモンスターを解体していると、やばい殺人鬼にしか見えないな。近くで二足歩行の兎が虎を解体している姿があっても目を引く異様さだった。
いや、ジャックは、殺人鬼でもあるから間違えてはないのか?
「あれ、村長じゃないっすか。なにしにきたっすか? 」
近づいてくる俺たちに気づいたジャックが血まみれのナイフを持ったまま振り返ってきたので、ちょっとビビッて一歩後退った。
顔のようにくりぬかれた南瓜の被り物には、返り血が飛び散っていて、子供が見たら泣き出しそうだった。
「あ、うん。ジャック、解体お疲れ様。折角、龍源が狩ってきたモンスターの肉が肉があるから、今日の夕食はそれで作ろうと思ってね。取りにきたんだ。みんな、昨日から食べてないっていうし、お腹空いてるでしょ? 」
「マジっすか! オレっちは全く空いてないっすけど、村長がメシ作ってくれるならオレっちも食べたいっす! 」
無邪気に喜ぶジャックの感情の起伏に呼応して双眸の光が輝き、南瓜の被り物の表情が変化する。
ゲームの時と変わらないジャックのコミカルな変化に、ふっと笑いが零れた。
「わかった。みんなで取り合いにならないようにいっぱいつくっとくよ」
「それがいいっす! 食べ物が足りなかったら、兄貴たちが食べ物を巡って血の雨が降るっすからね!
「お、おう。ありがとう」
ちょっと恐ろしいことを言いながら、ジャックは、解体した素材が置いてある場所まで案内してくれた。
ゲームじゃ、他のゲームにある空腹ゲージみたいなのは存在しなかったので、料理はバフとか回復アイテムの一種だった。
だけど、生きている限り、やっぱり食事は仲間たちも必要になっていると考えるべきなんだろう。
とはいえ、この体になった俺を含めて、一日にどれくらいとる必要があるのかなと、昨日から飲食してないのに平気な俺は、頭を悩ませるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
龍源がお腹が空いたと言って狩ってきたモンスターの総数、20体。少なく思うかもしれないが、地球のクジラやゾウに匹敵する人の数倍は優にある巨獣ばかりなので、解体した際に出てくる肉や内臓、骨や毛皮と言った素材は、1体だけでもかなりの量になる。
素材を置くために誰かが生成した平べったい石の板に、自分の背丈と同じくらいの高さまで積み上げられた肉の山がいくつも出来ていた。その隣には、食材やその他素材として使える内臓の山も積まれていた。
その他にも骨や角といったものが、積まれていた。
何のモンスターの肉かを区別する為なのか、肉の山の頂上には、モンスターの頭蓋骨が置かれていた。
うーん、とても蛮族ちっくなスタイルだ。
えーと、いち、にい、さん、しー……これでもまだ6体分なのか。
20体、全て解体したらかなりの量になりそうだ。
これでも友人の肉屋でアルバイトをしていた頃に生肉や内臓といったものに触れる機会はあり、その臭いには多少慣れていた。しかし、ここまで大量に積み上げられた生肉や、内臓の山を目にするのは初めてだった。
肉や内臓は血抜き処理がされているのか、近づいて見ても見た限りでは血が滴っていたりしてない。不自然なくらい色艶がよく身綺麗な肉塊だった。骨に至っては血どころか肉片もなく汚れ一つない白である。
特に骨に関しては、まるで標本のために薬品処理された後みたいだった。これも【解体】スキルの恩恵なのだろうか。
ゲームの時にはそういうものだと気にしなかったけど、こうして現実になった今でもゲームの時と変わらないものを見ると、未だに仮想空間の中にいるような錯覚を覚える。
しかし、そう思う一方で内臓が発する臭気はどこまでも現実的だった。
当たり前のことだけど、すごく臭い。
その臭いでこの村に訪れた時の記憶がフラッシュバックしそうになったけど、頭を左右に振って強引に振り払った。
さっさと仕舞ってしまおう。
解体された素材を全て指定する。
指定した素材が淡く輝き、その輝きが一際強くなると形が崩れる。無数の光の粒子となり、空中に展開されている仮想ウィンドウに吸い込まれていく。
光の粒子が全て吸い込まれた後にアイテムリストを見ると、収納された素材が新たに記載されていた。細かいことに、大まかな部位ごとにカテゴリー分けされていた。
ゲームでは、肉はモンスターごとにひとくくりだったはずなので、これは些細だけど大きな違いだった。
「あれ、毛皮はないのか? 」
収納した素材の中に毛皮が見当たらない。
そう言えば、そもそも置かれてなかった気がする。
「毛皮なら
「あ、そうなのか」
頑冶が持って行ったのか。
何かに使うのかな?
さてと、肉が手に入ったし、戻って天狐に手伝ってもらいながらみんなの夕食を作ろうか。
帰る間際に、解体作業で汚れたみんなの身や道具を【
まぁ、ただの自己満足かな。
しかし、作業をしているみんなの評判はよかった。
その結果に少し満足して、俺はこの場を後にした。
魔法やスキルって、ホント便利だな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これだけあれば足りるだろ。3人とも手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまして。お疲れー」
「お疲れ様」
「おつ、かれ」
夕食は、【料理】スキルを持つ天狐たちに手伝ってもらいながら、みんなの分を用意した。
時間にして、一時間くらいかかった。
全員分を作るのには骨が折れたけど、天狐たちが手伝ってくれたから何とかなった。
調味料には、オリー達が取ってきた香草の類を使ったけど、自分で言うのもなんだけどおいしいものが出来たと思う。塩は、モグが土中の塩分を凝縮した岩塩を生成してくれた。一緒に作った天狐達と一足先に食べたけど好評だったし、自信はある。
パンとかお米がないのがちょっと物足りないけど、ないのだから仕方ない。
完成した肉と野草の炒め物は、村に散らばって作業をしている仲間たちに配る必要があるので、大皿に盛り付けてアイテムボックスにしまった。こうしておけば、いつまでも出来立てで食べることが出来るからな。
最初は1人で配るつもりだったけど、天狐たちが他の作業を手伝いに行くついでに持って行くと言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。
「配るのまで手伝ってもらってなんか悪いな」
「いいのよ、気にしないで。ついでに持っていくだけなんだから大したことないわ。カケル1人で、何でもしようとしなくていいのよ」
そう言ってくれる天狐は、両手だけでなく器用に九本の尻尾も使って合計11つの大皿を持っている。尻尾は掴んでいると言うより下から支えてるって感じだけど落ちるような危うさはない。自分を連れて空を飛んだ時のように神通力でも使ってるのかな?
「そうそう。つまみ食いもできるし」
そう言うのは、鮮やかな燃える火の鳥、不死鳥の刺繍がされた着物を着た
「おいしい」
そして、手伝ってくれるもう1人が、受け取った大皿に盛りつけられた料理を手掴みでもぐもぐと食べている
「ちょっ、
「むぅ」
渡したのはさっきなのに、もう半分近く減っていた。
一応、一皿3人前を想定して盛りつけたんだけどな……
「
その質問に
「お腹、別に減ってない。食事おいしい」
言葉少なく答える
「あー、村長。焔ってば、精霊だから食事することが新鮮なんじゃないかな」
「そうなのか? 」
聞こえていただろう焔に顔を向けると、もぐもぐと料理を口に運びながら頷かれた。
「精霊みないな種族は、地上のマナだけで生きていけるから食事なんて不要だものね。カケルと契約したら食事もできるようになってるけど、今まで機会がなかったものね」
なるほど?
言われてみれば、ゲームの料理はバフや回復の手段の一種で、薬品との違いは効果の種類と持続時間の長さが特徴だった。そして、自分はその料理はあまり活用していなかった。
専ら装備に付与をつけることやスキルや魔法のバフを活用していた。
だから、ゲームの時に焔が料理を食べる機会は、自分が気まぐれで料理を振舞ったくらいしかなかった。
そう考えると、今黙々と食べてる焔に対して申し訳なさが立つ。
「はぁ、それはもう全部食べたらいいよ。だけど、他の分は全部みんなに渡すんだよ。つまみ食いはダメだからね」
「むぅ……」
「料理は、今後毎日つくるつもりだから今日のところはそれで満足してくれ」
「……わかった」
不満げな焔に、そう約束すると渋々ながらも頷いてくれた。
というか、15人前をぺろりと食べてもまだ食べれるって焔は随分な健啖家になったみたいだ。
ゲームの時は、仲間にしたモンスターが一度に食べる量は同じだったけど、この世界に来てからは、個体差がかなりでるみたいだ。
果たして、
これもみんなに自我が現れた影響なのかな?
そんなことを考えていると、焔が大皿の料理を食べ終えていた。
なので、焔にはもう一皿追加で渡した。
「うん。村長、ありがと」
焔は、口をもぐもぐとさせながらも礼を言った。
焔の食べてて塞がっている手の代わりに、焔の周囲に漂う赤い光の玉が大皿を受け取る。
赤い輝きを放つ光の玉は、焔の眷属の火の精霊だ。
原理はよくわからないけど、その火の精霊がいくつも集まって料理が盛りつけられた大皿を下から支えるようにして、大皿を空中に浮かべているみたいだ。
焔の周りには、そうやって渡した7つの大皿が火の精霊によって宙に浮いていた。
料理が盛りつけられた大皿が少女の周囲を漂っているというのは、何とも不思議な光景だ。
「それじゃあ、3人とも頼んだよ」
「任せて」「はーい」「うん」
そして、俺たちはそれぞれ別の仲間たちの集まりに、料理を届けにいたのだった。