死は身近だ。
見知らぬ誰かが死んだ。
何処かで誰かが身を投げた。
誰もが知る有名人が首を吊ったとテレビで報道されていた。
知り合いの知り合いが亡くなったと噂が流れてきた。
死という単語がいつも世の中には漂っている。
どこを見ても、死があった。
死は縁遠いものだ。
死んだのは見知らぬ誰かだ。
身を投げたあの人を私はよく知らない。
首を吊った有名人には実際に会ったことは無い。
知り合いの知り合いなんて、下手な他人よりも遠い存在だ。
所詮世の中に浮かんでいるのは、死という単語だ。
どこを見ても、本当の死は無かった。
確かに死を顔前に感じた者も居るだろう。
だが大半の人間にとって死は名前だけ知っている概念のようなものに過ぎない。
科学技術が進歩し、生者溢れる現代人にとって。
肌に触れる程の【死】は、夢幻のものだった。
「おぉ、おぉ………」
かくいう私も、そんな凡人の一人で。
20年と少し、瞬きの様な時間しか生きていないのに、死を理解したような気になっていた。
ただ『つまらない』という理由で、当たり前に死を選ぼうとした。
少し変わった所といえば、ただ死ぬのでは無く。ここでなら命尽きても満足だと思える、理想の死に場所を求めて旅を始めた位だろう。
何処か見たことの無い景色の中で、誰にも迷惑をかけないようにヒッソリと。探せばきっと自分の満足出来る死があると思って。
「おぉ……!貴様、貴様………!」
あまりにも身勝手。あまりにも世間知らず。
思わず笑ってしまうほどに何も見えていなかった私の前に、ソレは居た。
「おぉ!おぉ!貴様!貴様だ、貴様だ!」
真っ赤に染まった双眸が私を捉える。無精髭を蓄え、牙のように犬歯が伸びた口が乱雑に目の前の私に向けられていた。
「貴様は我が妻であるか?それとも我が愛妾であるか?子であるか?友であるか?師であるか?将であるか?兵であるか?民であるか?」
へたりこんだ私に覆い被さるように立っていた男は、意味も分からぬ言葉を羅列する。
身につけているのは厚手の衣服。西洋のそれとも、故郷である日本のそれとも違う。血に濡れ所々が刀傷の様に破れている服を見て、辛うじてだが中華のものと判別出来た。
鈍く光る、鈍器にも近い巨大な刃物。刀剣とも呼べぬ、ただ磨いただけの鉄塊と呼んだ方がいいなまくら。
ただ生物としての第六感が告げていた。あれは凶器だと。自分を両断するものだと、本能が警鐘を鳴らしていた。
軽く見積っても2mは超える、中華風の狂人。今一度私を視界に捉えると、割れんばかりに口角を上げた。
「構わぬ!構わぬとも!妻であろうと!愛妾であろうと!子であろうと友であろうと師であろうと将であろうと兵であろうと民であろうと構わぬぅ!!」
一歩を踏み出す。踏み出した地面が割れ、破片が飛ぶ。
凡そ人よりも悪鬼羅刹に近いそれが動いた風が肌を撫でる。全身に蛇が這うような悪寒が走った。
好き嫌いという範疇の話ではない。もっと根本的な話。
生物として、人間という種としての嫌悪。決して相容れないという直感。
「妻であるなら
ここはローマ。
華やかさと数多の歴史が積み重なり、人の生が入り乱れる、世界有数の観光都市。
数多の人で賑わうはずの街道の上、痛い程に静けさの中、陽の光すら届かぬ帳の下で。
「おぉ、我が
明瞭な死が、私に降り掛かった。