少しだけ、時は遡る_______
「はぁい!そこの可愛らしいお嬢さん!」
喧騒の中、呼び掛けるような叫び声が耳に届いた。
ちらりと目をやれば、割腹のいい中年の女性が手をメガホン代わりにして誰かに声を掛けているらしい。店先に並ぶ果実や野菜を見るに、客寄せをしているのだろう。
「ちょっと!そこのお嬢さんだよ!綺麗な長い黒髪の、帽子かぶったお嬢さん!」
商売熱心なものだ、なんて思いながらその場を通り過ぎようとすると、今一度店主の女性が声を上げた。
黒髪に帽子、と心当たりがあった為思わず振り向くと、女性は笑顔で自分に向けて手招きをしていた。
キョロキョロと辺りを見回すが、周囲に居るのは殆どが金糸のようなブロンドヘアー。時折茶色い髪が見受けられ、僅かだが赤髪も確認出来た。
が、黒髪はどうみても自分一人。
どうやら店主の女性は、最初から私に声をかけていたらしい。
手招きされるままに出店へと近付くと、人に好かれそうな笑顔を浮かべながら歓迎してくれた。
「いらっしゃい!この辺じゃ見ない顔だけど観光客かい?」
「えぇ、はい。ちょっと色んな所を巡っていて…………旅、みたいなものかな」
身振り手振りを加えながら声をかけてくれる店主の女性の姿は、非常にフレンドリーなものだ。ニコニコと笑いながらこちらを見てくれるその姿には、思わず頬と口が緩んでしまう。
旅をしている、なんて現代ではあまり聞かないであろう事を口にしても、女性は訝しがることは無いらしい。寧ろ手を叩き、興味深いとばかりに笑みを深めてくれる。
「旅!良いね、素敵な事じゃないか!随分若く見えるけど、中国人かい?それとも韓国や日本?」
「生まれも育ちも日本です。…………と言っても、田舎でしたけど」
「なぁにおばちゃんだってド田舎もド田舎の生まれさね!今はこうして、小さいけどローマに出店だしてるけどね!」
生まれも育ちも純日本人である私の容姿は、西洋人である店主ではほかのアジア系の人達と見分けがつかないのだろう。と言っても、私も顔つきだけで西洋の人々の出身国を当てる自信などない。ヨーロッパ圏などを旅していれば、よく聞かれることだ。
しばらく店主と談笑しながら、店先に並べられた品物を見やる。
新鮮な果物や野菜以外にも、簡単なお菓子類なんかも売りに出されていた。店主の手作りらしく、カゴの中身の減り方から見るに人気の品らしい。
「………っと、ごめんねぇ引き止めちゃって。黒髪の子なんて久々に見たから、思わず話しかけちゃったよ。ついでになんか買ってかないかい?」
「あ、じゃあ………そっちのお菓子をひとつ」
「まいど!」
自然と商品を勧めてくる店主に、思わずくすりと笑みがこぼれる。初対面の相手とこれだけ親しく話すことの出来る対話力と、魅力的な品揃えを並べる腕前。商売人として諸手を挙げて賞賛出来るな、なんて素人ながらに思う私であった。
目に付いた片手間に食べられそうな焼き菓子をチョイスし、一つ分の料金を店主に手渡す。威勢のいい声と共に未だ温かい焼き菓子が袋に入れられて手渡される。
「…………?おばちゃん、これ頼んでないけど………」
ふと、手渡された袋の中をみて首を傾げる。
自分が頼んだのは焼き菓子一つだけ。だが袋の中にはもうひとつ、別の菓子も入っていた。
「サービスだよサービス!素敵な日本のお嬢さんとの出会いの記念にね!」
「わぉ。ありがとう、素敵なローマのお姉さん」
「やーだこの子ったらもう!口が上手いんだから!おばちゃんもいっこサービスしちゃう!」
お茶目にウィンクした店主に、冗談交じりでウィンクを返す。気を良くしたのか冗談を気に入ってくれたのか、もうひとつ別のお菓子も袋に追加してくれた。
…………こんなに食べる方では無いのだが、店主からは『もっと食べな!』と言われてしまった。軽食が昼食に代わってお昼代が浮いたと考えることにする。カロリーの事は無視である。
「じゃあねお嬢さん!良い旅を!」
「ありがとうおばちゃん!お店頑張ってね〜」
「はいよ!ありがとね!」
笑顔で手を振ってくれる店主に別れを告げ、菓子の入った袋を抱えて道を行く。
随分と気さくな人だった。ついて早々にああいう善人に出会えるとは運がいい。このローマでなら、もしかしたら目的の場所を見つけられるかもしれない。
「………うまっ」
そんなことを思いながら、焼き菓子をパクリ。ほんのりオレンジが香る生地はサクサクで、中のクリームはしっかりしているのにサッパリめ。しっかりした見た目に反して、飽きずに複数個食べられそうだ。女性にとっては天敵である。
美味しいお菓子に舌鼓を打ちながら歩くこと数分。
ふと私の視界に、巨大な円形の建造物が飛び込んできた。
「おぉー、これがコロッセオ………思っていた以上にでっかい」
コロッセオ。ローマ帝政期に長い時間をかけて建設された、円形闘技場だ。映画とかでもよく見かけるアレである。
数多の剣闘士達が闘い、血を流した当時最大の娯楽施設。今でもこの地有数の観光名所として多くの人たちに愛される場所だ。
そんなコロッセオを眺めながら、私はふと脳裏に一つの案が浮かび上がった。
あぁそうだ。
_______コロッセオの真ん中で胸に剣を刺して死ぬ、なんていいかもしれない。
「(…………いや、何処で剣なんて買うんだ………第一迷惑が過ぎる。それに死ぬほど痛そう、これは没)」
すぐさま剣の調達が難しい事と苦しみが長そうなこと、何より周囲への迷惑がとんでもなさそうな事を考えてるボツに。
仮に実行したら、明日のローマ新聞の一面記事に乗れるだろう。ただそれはぶっちゃけ求めてないし、悪目立ちすぎる。私は目立ちたいのでは無いのだ。寧ろひっそりしていたい。
「(剣闘士っぽくてカッコイイかなー、とか思ったんだけどなぁ。やっぱり街中じゃ駄目だな、うん)」
思いを新たに、再びコンクリートを踏み締め歩を進める。やはり中々見つからないものだ。
…………あぁ、そうだ。自己紹介を忘れていたね。
私の名前は【
_______
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□
「ほい、これが部屋のキーだよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ。ゆっくりしていってくださいね」
ぺこりと頭を下げて鍵を受け取る。色々見てから決めたが、店員の態度も丁寧だしラウンジも綺麗だ。うん、当たりの宿な気がする。
焼き菓子片手に色々とローマ市内を見て回った私だが、やっぱり人がとても多い。
少ないとはいえ荷物を持ったままウロウロするのは少しばかり面倒だったので、こうして宿を取った次第である。
与えられた部屋に荷物を置き、ラウンジのすぐ近くにあるカフェでコーヒーを頼んだ。数名人が思い思いのティータイムを満喫している中で、空いている席に腰掛ける。
お昼はあの店主の焼き菓子があるが、どうせなら飲み物も欲しかった。お茶請けならぬ菓子請けである。一人だけど。
「(ローマで、外を眺めながら、コーヒーと焼き菓子…………何だかそれっぽいのではないのだろうか)」
非常に語彙に乏しい感想だが、生憎一人でいる時に云々言葉をこねくり回すような女では無いのだ。
店主の美味しい焼き菓子と、それを引き立てる美味しいコーヒー。そのハーモニーの前に言葉は不要なのである。
「(さて…………予定変更してローマに来たけど、それっぽいのは無かったなぁ)」
想像以上に素敵な甘い昼食を堪能しながら、脳内で独りごちる。
私がこうして旅している最大の目的は、『自分が死んでいいと心から思える場所を探す事』だ。
厨二病かコイツ?ときっと思うだろう。安心して欲しい、私もそう思っている。というか死を目的にして旅しているなんてそれなんて三流漫画?という話だ、私ならそんなの書かないね。漫画書いたことないけど。
まぁ、一応理由はある。
単純な事だ。
私は日々が嫌になった、ただそれだけ。
個人的には極々普通の人生を歩んできたと思う。両親は幼い頃に揃って事故で帰らぬ人になったが、それ以外は一般的な道を進んで来たはずだ。
なのだが、どうにも生き辛かった。
好きな物は特に無い。趣味もこれといって思いつかないしそもそもハマれた試しが無い。
嫌いな物も無ければ避けたいものも無い、苦手な人も好きな人もいた試しがない。
人生真っ平ら、飛び上がるような喜びもなければ膝をつくほどの悲しみも無い、そんな今までの軌跡だ。こんな無い無い尽くしの人間に好き好んで親しくしてくれる相手もおらず、付き合いある相手は居たものの友人と呼べる相手は皆無に等しかった。
そんな時、ふと思ったのだ。
もしこのまま趣味も見つからず、何かを嫌いにもなれず。ただ起伏のない人生が、これから何十年と続くのか。
あぁ私って、生きてる意味あるのかな。
「(我ながら厨二病だこと)」
自分でもなんだコイツとは思うが、思ってしまったのだから仕方がない。何も無い私の人生が、細く長く続いていくのはどうしようも無く苦痛に思えてしまったのだ。
そこで私は考えた。
そうだ、太く短く生きてみよう。
そうして私は『理想の死に場所を見つけて死ぬ』ことを最終目標にして単身日本を飛び出した。
幸いそこそこ収入を得ていたのに無趣味だったので貯金はあった。
その先でたくさんのものを見て、多くの場所を訪れて。そして『あぁここなら良いや』と思える場所で、極力人に迷惑をかけないようにして、ひっそりと命を絶つ。
その際に後悔せず死ぬ事が出来たら私の勝ち。私は理想を、意味を見つけられたのだと満足して死ねる。
その際に少しでも生きたいと思ってしまったら私の負け。私は己の最期すら見つけられなかったと後悔の中で死ぬ。
つまるところこれは、私が太く短く生きられたか。その挑戦なのだ。馬鹿げているのは本人が一番理解しているので質問は受け付けない。
「まぁ、ローマに限ってはそれだけが理由じゃないんだけども…………」
そんな馬鹿げた理由で旅している身の私だが、ことローマに関してはもうひとつの目的があった。
「聖杯戦争、ねぇ………何処まで信用できるんだか」
_______【聖杯戦争】。
昔からあらゆる国で囁かれている、都市伝説の様なものだ。
聖杯戦争、それは聖杯と呼ばれるものを巡って争う闘い。国や伝承によって異なるそうだが、大体10人無いくらいの人数で競い合うらしい。
そして勝ち残り、最後の一人となればなんでも願い事が叶う。
数多の金銀財宝は勿論、不治の病を完治させたり自分の見た目を変えたり………理想の嫁や夫が手に入る、なんて話もあるらしい。
なんとも眉唾な話だ。具体的にどういった争いが行われるのかすら不明な上に、聖杯戦争に行ってきたと豪語する輩もその大半がただ注目を集めたいだけの虚偽だったと判明している。
しかもこれだけでは無い。聖杯戦争には、なんと『相棒』が用意されるのだ。
曰く、参加者には聖杯の力によって見目麗しい人物が呼び出され、力を貸してくれる。
曰く、呼び出された人物は過去の偉人の名を名乗り、超常の力で参加者を助けてくれる。
曰く、呼び出されるのはロボの時もある。
曰く、人語を解する馬の時もある。
曰く、キモオタの時もある。
「いやごった煮過ぎでしょ」
所詮は都市伝説の類だ、信憑性もなにもあったもんじゃない。見目麗しい相手が呼び出されるって書いてあるのにロボや馬が出るってどういう事だ。第一キモオタってなんだ。偉人の名を名乗りながらアニメの話でもするのか。生憎私はそういった類のものには疎いので仲良くはなれなさそうである。
なんでも願いを叶えてくれて、見目麗しい相棒を用意してくれる謎の存在、聖杯。
おとぎ話だとしても出来すぎなレベルだ。実際、大半の人間はただの噂話としかみなしていない。
ただ、この聖杯戦争がただの噂と笑い飛ばせないちょっとした理由もある。
この噂は、100年以上前から各国で囁かれ続けていた。それも繋がりが無いはずの国家同士で、ほとんど同じような噂が、同時期から、だ。
その上、近年急激に台頭してきた企業の社長が聖杯戦争の勝利者であり、聖杯に数多の財を願ったのだと言う話もある。
なんの財産も持っていたかった男が、得ることの出来ないはずの大金を手に入れて企業を立ち上げた。宝くじに当たったり何かしらのギャンブルで当てた記録もないらしく、聖杯でしか成し得ない奇跡だとインターネットでは騒ぎになったらしい。
私自身、これを信じているかと言われると微妙だ。余りに荒唐無稽な話だと思っているし、参加者側に都合が良すぎる。
世の中何の代償もなく何かを得られる事はほとんど無い。
さっきも言ったが、勝ち進むだけでどんな願い事でも叶えることが出来るだけでなく、力を貸してくれる相手が見目麗しい人と言われているのも中々にご都合的なアレを感じる。
そもそも聖杯とやらを用意する側が必要な筈だ、勝ち負けを決める主催のようなものも必要なのではないか。
そうなると、なんの見返りもなくそんな事をやる意味は無い。
だから大多数の人々と同じく。
【聖杯戦争】とはただの噂に過ぎない、というのが私の正直な感想だ。
「(…………ただ、本当にあるのなら…………浪漫あるよね)」
聖杯戦争。
聖杯の力によって呼び出された人物とともに勝ち進み、願いを叶えてもらう闘い。
それに浪漫を感じないかと言われると、ちょっと心が踊ってしまう。
きっとそれは得がたい体験だから。二度も味わえない時間となるだろうから。
…………それを経たのなら、もしかしたら自分の中の何かが変わるかもしれないから。
事実、私がローマに来た理由はこの聖杯戦争_______次の開催都市が、ここローマだとまことしやかに囁かれていたからだ。
もしかしたら…………そんな気持ちを抑えられず、予定を変更してこの永遠の都に足を運んだのだった。
「なぁんて、考えすぎかぁ。………うわ、詠唱とかあるんだ。凝ってるなぁ」
なんだかんだ言ってはいるが、まぁ十中八九無いだろうと思っている。元々ローマには足を運ぶ予定だったので、冷やかし半分のような気持ちだ。
そんな折に、ふととある個人ブログを見つけた。聖杯戦争に参加する為にはこれを唱えれば良い、というものらしい。
「えーっとなになに…………
降り立つ壁には風を。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる
_______
_______告げる。
_______告げる。
聖杯の寄るべに従い、この意、この
誓いをここに。
我は常世総ての善と成る者。
我は常世総ての悪を敷く者。
「天秤の守り手よ……………なーんてね」
なんとも凝った詠唱だ、本当に漫画とかに出てきそうな程。実にそれっぽい。主に中学生男子がワクワクしそうな感じが高得点、なんてくだらない事を思っていた、その時。
「…………え?」
_______太陽が、消えた。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□
「うふふ、ふふ、ふふふふふふふふふふふ_______!」
風が鳴る。
地上から遥か上空、科学の助け無しには人が到達し得ない高みに
「あぁ、やっとだわ!遂に、遂に始められる!喜びのあまり踊ってしまいそうだわ!ねぇ、貴方もそう思うでしょう、ライダーッ!」
「_____________________」
息を呑むような大空の中、生命の輝きたる太陽の下。一人の女と、一人の男がそこに居た。
くるくるくるくる、踊るように空の上を廻る少女の様な女。
対して黙して動かず、空の上に浮かぶ豪奢な玉座に鎮座する
「だってそうでしょう!
「_____________________」
はしゃぎたてる様な女の姿は、まるで明日を待ちきれぬ子供のようで。
しかし目に鈍く光る輝きは暗澹たるもので、筆舌に尽くし難い狂気を振り撒いていた。
「______________れは_______」
「あら、なぁにライダー?貴方も嬉しいでしょう、だってこれは
ゆっくりと男の元に寄り添い、しなだれかかる。己の肌を撫でる女の指先には反応を示さず、男は微かに目を開いて呻くように紡ぐ。
「お、れは_______何を、なに_______を_______?」
「心配しないでライダー。心を安らいで、何も問題は無いわ。もう準備は整っているの、間違いなく貴方のローマはここに甦るわ」
「_______そうだ_______ローマ_______我が、
男の眼下に広がる、円状の暗闇。
「えぇそうよライダー!その通りよライダーッ!
女は叫び、男は黙す。
互いの目すら見ることのない歪な主従は、誰よりも高く。
そして何者よりも有り得ざる儀式の幕を開ける。
「始めましょう!
「さぁ、鐘を鳴らしましょう!!数えて百度の聖杯戦争!七組では無く
「_______聖杯合戦の始まりの鐘をっ!!」