死にたがりと鬼神の亜種聖杯戦争   作:ハチミツりんご

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第三話

 

「おぉ我が師よ!!我が剣閃をご覧あれ!貴方から授けられた技、心、成長!!我が一撃を持って証明の義と致そう!!」

 

 

 こちらへ躍りかかりながら上体を逸らし、背中と刀剣が引っ付かんばかりに構える。

 

 明らかな上段からの一撃、振り下ろし。男の狂刃が振り下ろされるより早く、今一度身体を転がして着弾地点から離脱する。

 

 

 間近で爆弾でも爆発したのかと錯覚するような破裂音、次いで突風。

 目をやれば、地面が砕けるどころか数十メートル先まで割れている。人間業じゃないなホントに!

 

 

 一撃一撃がさながら手榴弾、それが渾身の一撃ではなく、ただ剣を振り下ろすだけで発生する。目の前のアレは人間では無い。人の形をした戦車か何かだと思う事にする。

 

 

 

「(あんなん立ち向かうとか不可能!逃げ一手!!)」

 

 

 

 今の回避は偶然だ、座ったままじゃ何も出来ない。即座に立ち上がり、ダッシュでその場から離れる。

 

 

 膂力は明らかに人間では無い。仮に普通の人間と同じく血を流し、死ぬのだとしても、何も持っていない私があの暴風のような攻撃を躱して殺害するなんて土台無理だ。生身で戦車に挑むのはバカを通り越して最早勇者である。

 

 あいにく私は勇敢さとはかけ離れた所にいると自負している。大人しく逃走を選択するのが普通だ。

 

 

 あれだけの一撃を放つことが出来る肉体、人間離れも甚だしい。しかし、身軽な私の方が小回りは効くだろう。速そうにも見えないし、このまま逃走を_______と思っていた矢先だった。

 

 

 

「おぉ、おぉ!!何故我から離れる!?友よ、置いていかないでおくれ_______!!」

 

 

 

 地面を砕き、割れる音を奏でながら、狂人が真っ直ぐに()()()

 

 

 

「ぜんっぜん速いじゃん_______ッ!!」

 

 

 

 一瞬で距離を詰めて眼前に迫るソレに悪態を着きながら、咄嗟に横に転がる。

 

 顔面横、数センチスレスレに男の烈撃が振り下ろされる。刀剣に当たりはしなかったものの、その後の爆風のような風は別だ。砕ける地面の破片に肌を裂かれながら、私は全く至近距離で暴風を受けてしまった。

 

 

「かっ…………!ぅ、え………っ!」

 

 

 

 剣閃から発せられた風とは思えぬ程の勢いで吹き飛ばされた私は、住宅街の壁に背中からぶち当たる。

 

 胃の奥から酸っぱいものが込み上げてくるが、そんな場合ではない。気合いで押し留め、首だけをこちらに向ける狂人から目を逸らさない。

 

 

 

「おぉ、おぉ………見事な体捌きだ!!そなたのような将が居れば我が軍は安泰であろう!!褒美だ、褒美を取らせよう!そうだ我自ら肉と酒を振る舞おうでは無いか!!良く飲み、良く食べ、良く嗤おう!!そして良く殺そう!!!」

 

 

 

 先程は殺した少女を妻と呼び、次に娘と呼んだ。

 

 今は殺そうとしている私を師と呼び、友と呼び、次に将と呼ぶ。

 

 

 

 うん、分かっちゃいたが話が通じる気配が欠けらも無い。対話は無理。まぁあの子を殺した時点で話が通じるとも思ってないけど。

 

 

 だが現実問題、どうやって逃げ切ろうか。

 

 一撃でも受ければ即死、そうではなくても先程のように吹き飛ばされれば急所を打って死ぬ可能性アリ。

 

 そんな理不尽攻撃してくるのに、向こうはこっちの何十倍も速い。少なくとも走って逃げるのは非現実的、バイクとかあっても逃げ切れる気がしない。

 

 

 対する私、何も無し。凡そ武器と呼べるものもなければ、逃走手段もない。正直詰みというのが正しいだろう。

 

 

 

 だが嫌だ。殺されてたまるか。私に死を与える奴がアレだなんて御免(こうむ)る。

 

 

 どうしたもんか、と立ち上がろうとした私。

 

 

 そんなわたしに、コツンっと触れるものがあった。

 

 

 

「_______?()()()()()()?」

 

 

 そこにあったのは、手のひら大の宝石のような輝きを放つ石。

 

 どうやら私がぶつかった際に壁の一部が崩れたらしく、そこから出てきたようだ。こんなん埋め込んでるとかローマの建物はどうなってるんだ。

 

 

 虹色の星形八面体のソレは、見た目と大きさに反して意外に軽い。少なくとも石ほど重くは無かった。

 

 

 

「…………何も無いよりマシ、か」

 

 

 

 軽い、即ち与える衝撃も少なかろう。崩れた瓦礫の破片でも握り締めた方が利口な気もするが、重過ぎても私じゃ扱えない。

 幸い先は尖ってる。コレを目に叩きつければ、細腕でも視界を奪うくらい出来るのではないか。

 

 

 剛体、瞬閃、狂暴。

 

 

 逃げ切る道は見つからない、とすれば求める道はただ一つ、あの化け物を打ち倒すのみ。

 

 

 

「(ぶっちゃけ無理ゲーが過ぎる)」

 

 

 大人と子供とかそういう次元の話では無い。先程も思ったがあれは戦車だ、天災だ。嵐の中に石持って立ち向かうのと同義。勝て、という方が頭の悪い話なのだ。

 

 

 あぁダメだ、考えれば考える程立ち向かう気が失せる。うん、もっとシンプルに結論を出そう。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「うん、シンプル」

 

 

 

 さて、と。

 

 

 

 じゃあ、どうにかしよう。

 

 

 

 

 

「おぉ我に仕合を挑まんとするか!!この虎に立ち向かうか名も無き我が兵よ!!好い、好いぞ!!なんと前途有望な若者であろうっ!!そなたは瞬く間に数百もの敵を屠り、その手足を持って遠からず我が傍らに控える将となるであろう!」

 

 

 

 真っ赤に血走る双眸をこちらに向けながら、今一度狂人が跳んだ。

 

 ただ脚力のみでジェット噴射の如く飛来してきた男が、大刀剣を振りかぶる。

 ギチギチと、男の上半身がギリギリまで伸びて力を蓄える。先程から見ている一撃、地面すら砕く剣閃。ただ威力に注視した暴風が、再び振るわれようとしていた。

 

 

 脳が、全身が、本能が最大級の警鐘を鳴らす。

 

 

 あれを食らったら死ぬぞと。

 

 理想ではない死を押し付けられるぞと。

 

 

 

 そうだ、あれを食らったら死ぬ。私は死ぬ。理想すら出会えぬままにこの肉体は袈裟懸けに両断される。

 

 

 認めない、認めない。ここで死ぬ訳にはいかない、私の死に場所はここでは無い。

 

 私の死を決めるのは私である。

 

 私に死を贈るのは私である。

 

 

 だから()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 瞬き。男が眼前に迫る。

 

 

 瞬き。その場から飛び退く。男の腕がブレる。

 

 

 

 瞬き。轟音と共に叩き付けられた刀剣から暴風が吹き荒れ、私の身体が宙に浮いた。

 

 

 

 _______()()()

 

 

 

「ぬっ………!?」

 

 

 身体が浮き、吹き飛ばされるまでの一瞬の間。振り下ろされた男の右腕、その血に濡れた衣服を掴んだ。

 

 

 暴風が私を襲う。本来そのまま吹き飛ばされるはずだった私の身体は、掴んだ手を起点にして回るように打ち上げられた。

 

 

 掴んだ手が、伸ばし切った腕が悲鳴をあげる。竜巻の中に片手でしがみつくようなものだ、普通に耐えられる気がしない。腕がちぎれそうだ。()()()()()()()()

 

 

 

 打ち上げられた私の身体。離した瞬間終わると理解していたから必死になって掴んだ。

 

 

 そして私は近付けた。

 

 

 

 ゆっくりとこちらに向けられる男の顔。

 

 暴風が収まった瞬間、私は虹色の石を掴んだ手を振りかぶった。

 

 

 

「(やっぱり!!コイツ、()()()()()()!!)」

 

 

 一撃で地面を破壊する剛腕。

 

 瞬きの間に数十メートルを詰めてみせる人外の健脚。

 

 素人目とはいえ、肉眼で捉えるのが馬鹿らしくなるほどの速さの剣閃。

 

 

 そのどれもが人間離れしている。化け物の領域だ。

 

 

 だがコイツは()()()()()()()()()。もっと言えば、次の行動に掛かるまでに時間を要する!!

 

 

 だからここしかない。この一瞬、顔面に届く距離まで詰め寄れた一瞬しか。

 

 

 石を握る手に力が入る。狙うのは右眼、外したら終わり。

 

 

 いいや、外したらじゃない。当てるんだ。コイツから逃げるには視界を奪うしかない。

 

 だから叩き付けろ。全身全霊、渾身の一撃!

 

 

 

「く、ぁ_______ッ!!」

 

 

 

 私の腕が走る。男はただじっと、何もせずにこちらに目を向けるだけ。

 

 いける。取った。

 

 

 

 ノーガードの男の右眼に、寸分違わず石の尖端を叩き付けた。そして次の瞬間、私は思わず笑ってしまった。

 

 

 

「_______ははっ」

 

 

 

 あぁ、本気で言っているのか。

 

 

 その感触は本当なのか私の腕。

 

 

 マジで、もう_______

 

 

 

「_______()()()()()()()()()()鹿()()()()()()

 

 

 

 叩き付けられた石の尖端を受け止めた男の右眼が、ニィと嗤った様な気がした。

 

 

 

 咄嗟に男の肩を蹴って飛び退く。

 

 

 刹那、私がいた場所で男の左手が空を掴む。

 

 

 

 

「あっぶ_______!」

 

 

 二の句を紡ごうとしたその時、私の視界に映った鈍い輝き。

 

 

 ギチギチと音を立てて軋む男の右腕と、今にも放たれようとしていた血脂に塗れた刀剣。

 

 

 

 

「あ_______」

 

 

 

 ヤバい、選択ミスった。

 

 

 

 後悔を巡らせる暇すら無く。とても嬉しそうに嗤った男が、私の生命を刈り取るために剣閃を振るって_______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まれ、我が子よ」

 

 

 

 

 私の首を両断する、数ミリ手前で止まった。

 

 

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はっ、はっ_______ッ!!」

 

 

 地面に落下した衝撃も気に停めず、浅い呼吸を繰り返す、一人の女。

 

 数瞬前まで危機に瀕していた己の生命がある事を、両断されかかった首が繋がっていることを確認しつつ、忘れていた緊張が一気に盛り返したのだろう。

 

 

 初めて眼前に迫った濃厚な死のイメージ。彼女が求めていたものとは異なる、招かれざる死。今この場で生きていることが不思議な程だった。

 

 

 つなぎ止められた生命に、思わず涙を浮かべ再認識した恐怖に震える……………普通なら、そうなる筈だ。

 

 

 

 

「な、にが…………止まってる………?」

 

 

 だがこの女、安樂。涙を浮かべるでもなく、恐怖から逃れたことに安堵するでも無く。

 

 ただただ呼吸を整え、眼前に起こった出来事に思考を向けた。

 

 

 

 彼女の前には、少女を屠った大柄な中華服の狂人。

 暴風の如きその身が、先程空中に投げ出されていた安樂の身を両断する寸前の形で、ぴたりと停止していた。

 

 

 

「おぉ………我が身を束縛せしは何者か……!何故我が子を抱きとめさせぬ、我が愛妾の元へと往くのを止める、何故我が妻との逢瀬(ぎゃくさつ)の邪魔をする………!!」

 

「(_______違う、止まってるんじゃなくて止められてる)」

 

 

 よくよく見れば、男の身が微かに震えている。まるで何かに抗うかのようなそれを見れば、男が自主的に止まったのではなく第三者、もしくはもっと別のものに強制停止させられたのだと理解が出来る。

 

 

 嗤っていた先程までと打って変わって、憤怒に表情を染める狂人。その身を動かそうと必死にもがくが、微かに震えるのが精一杯。眼前に存在する獲物を仕留められずに居た。

 

 

 

 一体誰が。その答え、と言うよりも該当するものは、一つしかない。

 

 

「あの、声…………」

 

 

 安樂が視線を上げる。目の前の狂獣を止めたのは、間違いなくあの瞬間に響いた声の主だと思って。

 

 

 

 そして、居た。

 

 

 

 家屋の屋根の上に佇む、一人の男。

 

 

 この暗闇の中で、酷く目立つ輝く金布の如き長髪。豪奢な腰布を纏い、曝け出された上半身には数多の装飾品が光っていた。彫像の如き調律の取れた肉体美を隠さぬその男は、腕に沿わせるように逆手で長棒を持ち、真紅の瞳を安樂へと向けていた。

 

 中でも安樂の目を引いたのは、2つ。

 

 一つは男の身体に走った、不可思議な真っ赤な模様。何処か民族的なものかと思ったが、何故だかそれよりももっと大切なものな気がしてならない。

 

 

 そして2つ目は、男の右腕全てにかけて発せられていた九色の光り輝く紋様。同じ形をし、別の色を発する紋様が九種連なるそれに、安樂の目は吸い込まれた。

 

 

 

「_______見事であった、勇ある我が子よ」

 

 

 決して大きな声は発していない、寧ろ囁く様な声音で紡がれた音。安樂の場所からあの男まで、距離がある筈だ、届くはずも無い………しかし何故かその声は、不思議と安樂の耳に良く響いた。

 

 

 真紅の瞳を細め、小さく笑う謎の男。風を切るように手に持った長棒を回し、地面を鳴らす。一連の動作から目を離せぬ、というよりも、男の存在自体が目を惹き付けているように感じる安樂は、先程までの生命の危機すら忘れて呆けたような表情を覗かせていた。

 

 

(わたし)は本来、手を出すことは許されておらぬ_______しかし、あぁ。我が子(きみ)の歪な輝きに目が眩んでしまったらしい。あぁだが、指示には反したが我らが掟には反しておらぬ。よって(わたし)的には問題無いのである、うん」

 

「………?何を言って………」

 

 

 小さな笑みを浮かべたまま、一人満足気に頷く男。安樂が思わず首を傾げて訝しげに問うが、ウンウンと頷くばかりでコチラに答える様子もない。

 

 格好も相まって、おおよそ普通の人とは思えない。また面倒くさそうなのが出てきたな、と内心思っていると、男は今一度地面を鳴らした。

 

 

 

「刻が無い、また多く語る事も許されていない。故に我が子よ、(わたし)は手短に伝えよう」

 

 

 慈しみ。憂い。期待。庇護。

 

 

 遠く離れた場所に立っているはずなのに、綯い交ぜになった感情が伝わってくる。

 人が人に向けるものとは少し違う。親が子に向ける感情と、上位者が庇護者に向けるそれを合わせたような、何とも形容し難い笑み。

 

 ただ、決して嫌では無い。大きな手で包まれる様な、根源的な安心感。両断されかかった数十秒前の事すら記憶の彼方へ飛ばされ、全てを委ねたくなる天性の魅力。

 

 

 そんな長棒を持った男の姿に、安樂は何を思うでも無く。訝しげに顔を僅かに歪めながら、ゆっくりと腰を浮かして走り出せる体制を整えた。

 

 警戒を隠さない安樂に、男は不快に思う事無く。むしろそれを見て笑みを深めると、長棒を真っ直ぐに向けた。

 

 

 

「一つ、今はそこな狂戦士を止めているが、真名を明かさぬ今の状態では微かな時間の間だけだ。じきに動き始めるだろう」

 

「_______!」

 

「そして二つ、人の子の足で逃げ遂せるのは不可能だ。重ねて言えば、仮に逃げ切ったとしてこのローマから脱出は叶わぬ。何れ見つかるだろう」

 

 

 

 未だその剛力を持ってして目に見えぬ拘束に抗う、中華服の狂人。永遠と止めることは出来ぬらしく、今暫くしたら先程のように安樂に向けて襲い掛かる、と静かに告げた。

 

 

 しかし、安樂にとって重要なのはそこでは無かった。いや、確かに重要な事なのだ。じきにこの狂人が動き出し、自分の足では逃げ切るのも不可能。今の彼女にとっては大切な情報に他ならない。

 

 

 

 あぁだが、あの男はなんと言った。

 

 

 

 ローマからの脱出は叶わない?この人が消え失せ、暗闇の帳に覆い尽くされたローマから?

 

 

 つまり安樂はここから出る事は出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「_______巫山戯ないでよ」

 

 

 

 静かに、しかし確かに安樂を襲う感情。

 

 フツフツの心の奥底で滾るような小さな激情。

 

 あぁそうだ巫山戯るな。誰がここで死ぬと言った。誰がここで私が死ぬと決めた。誰がここが私の死に場所だと決定した。

 

 

 私を決めるのは私だ。私に死を贈るのは私だ。

 

 

 

 ああそうだ!私の死に場所は私が決める!

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()!!

 

 

 

「_______あぁ、歪だ。とても歪んでいる。しかし、うん。()いとも。(わたし)我が子(きみ)の道を否定しない」

 

 

 目を細め、小さく呟く。

 

 

 安樂の心が読まれた訳では無い。はたから見たら死に対する至極当然の恐怖から来た言葉だと思われるだろう。

 

 しかしその男は、彼女の選んだ道を否定せず。ここで生命を諦める道を選ばなかったことを静かに歓喜した。

 

 

「死を求め、死を往く為に生を望む我が子(きみ)よ。(わたし)は救いの手を差し伸べる事は出来ない、それが召喚主の指示だ。故に一言だけ、迷える我が子(きみ)に贈ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_______喚べ。我が子(きみ)運命を託す相手を。我が子(きみ)はその術を知っている」

 

 

 

 

 不親切な言葉。

 

 方法を教えず、ただ喚べとだけ言った男。

 

 

 しかし安樂の胸中には、その術が存在していた。生き物としての直感かもしれない。何かの導きかもしれない。

 

 

 それが何なのか、安樂自身にも分からなかった。

 

 ただ、彼女は静かに。右手に掴んだ虹色の宝石を真っ直ぐに掲げ、その言葉を口にした。

 

 

 

「_______()に銀と鉄」

 

 

 

 眼前の狂人の震えが大きくなる。

 

 

 

()に石と契約の大公。降り立つ壁には風を。四方(しほう)の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路(さんさろ)は巡回せよ」

 

 

 

 狂人が一歩、足を前に出す。

 

 

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる(とき)を破却する」

 

 

 

 目に見えぬ拘束を引き裂くように、両の腕を強く振るう。

 

 

 

「_______Anfang(セット)

 

 

 

 暴風が彼女の肌を殴り付ける。ただ瞳は真っ直ぐに前を向く。

 

 

 

「告げる、告げる!(なんじ)の身は我が下に、我が命運は汝の剣に!聖杯の寄るべに従い、この意、この(ことわり)に従うならば応えよ!」

 

 

 

 動かぬ獲物を認識し、狂人が嗤う。今度こそ逃がさぬと。その四肢を両断してあげようと。

 

 

 

「誓いをここに!我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者ッ!」

 

 

 

 自由となった身に歓喜し、同時に愛刀を振り上げる。次は外さぬように、愛しい誰か(もの)を我がものにする為に。

 

 

 

(なんじ)三大(さんだい)の言霊を纏う七天(しちてん)ッ!抑止(よくし)の輪より、来たれ_______」

 

 

 

 彼女の手に持った虹色の宝石が砕ける。

 

 キラキラと光り、宙に融ける様に掻き消える。

 

 

 

 

「_______天秤の守り手よッ!!」

 

 

 

 彼女の手の甲に真っ赤な紋様が刻み込まれる。

 

 

 極光が彼女を包み、突風が周囲に吹き荒れる。

 

 

 だが関係は無い。ただ鏖殺する(ころす)虐殺する(ころす)誅殺する(ころす)!我がものは全て自分が殺す!!誰にも譲ってなるものか!!!

 

 

 

 上段に構えた刀剣を認識外の速度で振り下ろす。その一刀は、容易く女を両断する勢いで迫り。

 

 

 

 

「_______よく喚んだ」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

「ぬぅっ!?」

 

「シッ_______!!」

 

 

 鋭く吐かれた息と共に繰り出される一撃。腹部にモロに食らった男は、100kgを優に超える巨体を宙に浮かせた。

 

 

 何が起こった。

 

 

 そう認識するより早く、狂人の視界に映ったのは黒柄の(げき)。そしてそれを振りかぶる、一人の男。

 

 

 

「飛び去ね、狂獣めが」

 

 

 叩き付けられた一閃。宙に身体を浮かせ、防御も踏ん張りもままならない狂人にはどうすることも出来なかった。

 

 

 音すら置き去りに、狂人が吹き飛ぶ。重力に逆らい、空気を切り裂き、建物を貫通してその場から遠ざかっていく。

 

 

 

 

「…………やっば…………」

 

 

 ピンポン玉のように吹き飛んで行った狂人を見て、思わず安樂が呟く。

 

 あの狂った男も人間ではなかったが、今の一撃を振るったこの男も大概だ。100kg超えの人間を、ただの一撃で吹き飛ばしてレンガ造りの建物を貫通する。そんな漫画のような光景が、実際に目の前で繰り出されたのだ。非日常の中でもトップクラスに非日常であった。

 

 

 

 

 狂人が吹き飛んだのを確認すると、男は安樂の方を振り返る。

 

 

 

 大柄な男だった。

 

 勿論、先程吹き飛んで行った狂人に比べれば一回り小さいが、それでも180cm以上あるだろう。飾りの付いた兜を被り、中華風の甲冑に身を包んだ偉丈夫。年齢は30代程だろうか。少なくとも安樂より一回り近く歳上なのは間違いない。

 

 鬼を型どったような灰色の肩盾と、先程振るっていた黒柄の大戟。全体的に暗色主体の様相が目立つ男だったが、首から提げた赤い飾り物が酷く目を引いた。

 

 

 

「______________」

 

「………えっと…………」

 

 

 鋭い目付きで安樂を見やる男。そんな彼に対し、安樂はなんと声をかけていいものかと思案する。

 

 

 突然現れたこの男は、人の見た目をしているが人であるとは断言出来ない。しかし助けられたのは事実であり、何となくだが彼との間に見えない()()()を感じる。

 

 きっと彼が、さっきの男が言っていた運命を託す相手。もっと言えば、聖杯戦争と呼ばれる戦いにおける彼女の《相棒》なのだろう。

 

 

 だからといって、直ぐにかける言葉が思い浮かぶ訳もなく。取り敢えずお礼の言葉を、と思った矢先だった。

 

 

 

 

 

「_______とんだ貧乏くじだな、これは」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「………………え」

 

「おい、そこなサーヴァント。長棒を持ったお主だ」

 

「……おや。先に(わたし)に声を掛けるとは。うん、態度が不敬極まりないが、許すとも。なんだ?」

 

 

 

 

 命の恩人とはいえ初対面の相手から突然の不躾。思わず真顔で固まった安樂を他所に、男は屋根の上に立ったまま鑑賞していた長棒の男へと視線を向けた。

 

 まさか先にこちらに話しかけるとは思っていなかった長棒の男。少し目を丸くしつつも、直ぐに薄い笑みを浮かべて応対した。

 

 

「礼を失したのなら申し訳ない。だが、今は聞きたいことがあるのでな」

 

「良い、許そう。(わたし)はそういうのを気にしないタチなのだ。こちらも契約の身、全てを語ることは許されていないが、幾許かならば返答しよう」

 

 

 かたじけない、と男が軽く頭を下げる。黒柄の大戟で地面を打ち鳴らしながら、男は静かに問うた。

 

 

 

「お主は裁定者のサーヴァントであろう。なんだ、()()()()()()()?」

 

「_______うん。先に言っておこう。済まない、(わたし)我が子(きみ)に答えを返すが、きっとそれは望むものでは無い。それでも良いならば答えよう」

 

 

 静かに、しかして少し目を細めた、裁定者と呼ばれた男。彼はフワリと長棒を空中に浮かせると、そこにゆっくりと腰掛けて足を組んだ。

 

 

 

「一つ。(わたし)は確かに裁定者_______ルーラーとして現界した身だ。同時に、この聖杯合戦の監視役でもある」

 

「聖杯合戦だと…………?」

 

「二つ。聖杯合戦については、今は答えられない。………というのも、我が子(きみ)達はまだ合流していないのでな。先走って知識を与えるのは、契約者の掟に反する」

 

 

 

 長棒の男はそう言って、フワリと浮き上がる。

 

 

 人が当たり前のように宙に浮く光景に安樂がフリーズする中で、返ってきた答えに男は訝しげに顔を歪めていた。

 

 

 

「うん、つまり(わたし)が出来るのは助言だけという事だな。勇敢なる我が子(きみ)、そして呼応した我が子(きみ)。知りたくば、ここから東に真っ直ぐに向かうといい」

 

「…………っ、東に、何かあるの?」

 

 

 

 今は答えられない。出来るのは助言のみだと明言した上で、東に向かえと長棒の男は言った。

 

 安樂がそれに反応すると、裁定者は小さく笑って頷いた。どうにも不確定な情報だが、安樂的には目の前の中華甲冑の男と並んで命の恩人だ。少なくとも悪意はなさそうだと、何となく思っていた。

 

 

 

我が子(きみ)に刻まれた令呪の色は【赤】。それを目印にすると良い、同じく赤の子らと出会えるはずだ」

 

「赤の子らって………もう少しだけ、教えてくれない?」

 

「うん、済まない勇敢な我が子(きみ)。契約者の許可が無いからね、(わたし)は必要以上に介入出来ないんだ。だから、うん。(わたし)が言えるのは、ここまで」

 

 

 

 どうにも断片的な助言しか渡してくれないが、これ以上は裁定者の彼も口に出来ないらしい。申し訳なさそうな表情を浮かべると、彼は先程よりも高く浮かび、安樂と中華甲冑の男を見下ろした。

 

 

 

「まだやる事があるんだ、あまり長居もして居られない(わたし)を許しておくれ。さようなら、我が子(きみ)達。願わくば往く道に幸がある事を。我が子(きみ)達が()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え、ちょっと、待っ_______」

 

 

 

 安樂の制止も聞かず、激励の言葉を残して宙を駆け去っていく裁定者の男。流星の様に()しる一線の金の軌跡が、異常な暗闇の中で酷く目立っていた。

 

 

 

 伸ばしかけた右手が空を掴み、ポツンと残された安樂。

 

 しかし次の瞬間、首元からグイッと引っ張りあげられるような感覚に襲われた。

 

 

 

「ぐえっ!?」

 

「ぼさっとするな。ここに居るとさっきの奴が戻ってくるかもしれんのだ、とっとと移動するぞ」

 

 

 

 どうやら中華甲冑の男が安樂を引き上げたようだ。潰れたカエルのような声を上げる安樂を無視して、男は自身の前に安樂を乗せる。

 

 文句言いたげな表情を浮かべた安樂だったが、とりあえず助けてくれたのには違いはない。あの狂人に再び襲われるのも御免蒙るのは同意だったので、大人しく馬に跨って目の前の手網を握り_______

 

 

 

「_______馬ッ!?」

 

 

 次いで素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

「なんだ小童。俺は騎兵(ライダー)だ、馬くらい呼ぶわ」

 

「え、いや…………馬?何処から来た……っていうか、ライダー?」

 

「…………おい、まさかお主…………」

 

 

 

 突然現れた馬の存在に驚きながらも、ヒヒンと声を上げる黒鹿毛のそれの首元を撫でる。

 

 そんな彼女に対して至極当然の様に答えた中華甲冑の男だったが、要領を得ていない安樂の様子を見て頭を抱えるような形で額に手を当てた。

 

 

 

「…………まぁいい。どうせ東に向かうしか分からんのだ。道すがら俺が最低限教えれば良いか…………」

 

「いや、うん…………ゴメンねおじさん。私も何が何だかって感じだし」

 

「構わん。自分から呼び出された身だからな」

 

 

 

 安樂が何の知識も持ち合わせていないことを察した男だったが、特に文句を言うでもなく飲み込んだ。

 

 安樂が謝罪の言葉を述べるが、軽く首を振って返答する。

 

 

 どうにも第一印象は不躾だったが、こちらに気を使ってくれているのが伝わった。悪い人では無さそうだ、と一人思う安樂だったが、ふと思い出したように男の方を向いた。

 

 

 

「そう言えば、おじさんなんて呼べばいいの?」

 

「ん?…………あぁなるほど。真名を聞いている様にも見えないし、お主はそういう部分の知識も無いんだな」

 

 

 真名?と首を傾げる安樂を見下ろしながら男は大戟を肩に担いで小さく笑い、ポンポン、と男は空いた手で安樂の頭を撫でるように叩いた。

 

 

 

 

「俺はライダー。お主の呼び掛けに応じて、こうして召喚されたサーヴァント_______まぁ、簡単に言えば………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_______お主の味方だ。契約者(マスター)

 

 

 

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