死にたがりと鬼神の亜種聖杯戦争   作:ハチミツりんご

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第四話

「…………なぁ、小童」

 

「なに、ライダー?」

 

「本当に東はこちらで相違無いのか?」

 

 

 カッポカッポ、馬の蹄の鳴る音が響く暗闇のローマ。

 

 現代の舗装された街並みの中を馬が闊歩するというのは中々見ない光景ではあるが、凪いだ水面の様に静まり返った状況だ。人っ子一人見当たらず、そもそも安樂の目では数メートル先ですらおぼつかない。気にするだけ無駄というものだろう。

 

 

 そんな中で、どこからともなく呼び出した愛馬に跨り手綱を握る中華甲冑の男_______ライダーと呼ばれる彼が、怪訝そうに尋ねてきた。

 どうにもこの暗闇の中、進む方角は分かったものの、正しい方向に進んでいるのか疑問に思ったらしい。

 

 

 

「んー………スマホのアプリが正しく機能してるなら、間違いなくコッチだよ」

 

「すまほのあぷり………あぁ、なるほど。現代の情報端末なるものか………その小型の箱で書物が読めるばかりか、離れた他者とも連絡が可能という」

 

 

 ついつい、と自身のスマホを操作し画面のコンパスを確認する安樂。彼女の後ろからそれを覗き込むライダーは、ほう、とそれを見て顎をさすった。

 

 現代に生きるものならほぼ必須級のアイテム。ここ数年は見ない機会の方が少ないほどだが、どうも言い慣れていない様子のライダーに首を傾げた。

 

 

「なんか仰々しい言い方だね。知ってるけど実感は無い、って感じ?」

 

「ん?まぁそうだな。俺の生きた時代には無かったものだ。聖杯から知識は与えられているが、所詮与えられたものだからな。実感は湧くまいて」

 

 

 

 安樂からの疑問に、さもありなんといった様子で答えるライダー。

 

 馬に跨り、大戟を操り、甲冑に身を包んで戦うライダー。どっからどう見ても現代やそれに近い時代の人物ではなく、そんな彼が先端機器である携帯電話を知らないというのも無理の無い話である。

 

 

 

「聖杯からの知識…………一般常識みたいなのを教えて貰えるってこと?確かに、ライダーって如何にも中華!………って感じなのに、日本語喋ってるし」

 

「…………ふむ。そういったものも兼ねて、ひとまず情報共有といくか」

 

 

 見た目は現代離れしているどころか日本離れしているライダーが、安樂と労せず会話出来る程の日本語を当たり前に話す。それがどれだけ凄いことか、あちこち旅して回ってきた安樂にはよく分かる。

 本来知らないはずの知識すら与えてくれる聖杯というのは、中々便利なものらしいと一人感心している中で、ライダーは顎をさすってそう提案する。

 

 そもそも何が起こっているのかすら曖昧な安樂だ。自身よりも知識がありそうなライダーの提案を二つ返事で承諾するのは、目に見えたことだった。

 

 

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□

 

 

 

 

「さて、小童。お主は【聖杯戦争】について、何処まで知っておる?」

 

「ネットで話題の都市伝説。聖杯ってのが用意してくれた相棒と一緒に他の参加者と競い合って、最後の一人はなんでも願いを叶えて貰えるって謎の大会。具体的に何をするのか、誰が行ってるのかは全く分かんない」

 

 

 ライダーからの問いに、知っていることを隠さず話す安樂。

 と言うよりも、知らないことを隠さず話す、と言った方が正しい。

 

 

 聖杯戦争という存在は噂でしか無く、実際に行われているのを見た訳では無い。そんな彼女が知っていることなんてたかが知れている訳で、ぼんやりとした所感を述べる程度で終わった。

 

 

 

「では次いで。【魔術師】、これはどうだ?」

 

「?魔術師って………こう、物語とかに出てくる魔法使いの事?手から炎を出す的な………」

 

「…………なるほど。分かってはいたが魔術師でも無し、と」

 

 

 

 聞き慣れぬ単語に首を傾げる安樂。それを見たライダーは、分かってはいたが彼女が何も知らないことを再認識した。

 

 突然ライダーが出した魔術師という言葉に頭を捻る安樂だったが、知らないものは知らないのだ。当てずっぽうでおのれの知る魔術師像を口にしてみたが、反応的に的外れらしい。

 

 

 ふむ、と呟き少し考え込むライダー。

 

 この僅かな質問だけで、安樂が何も知らずにこの歪な聖杯戦争に巻き込まれたのだと理解した彼は、「よしわかった」、と頷き手綱を握り直した。

 

 

 

「お主は本当に何も知らんようだ。そもそも、聖杯戦争は何をするのか、何をすればいいのかも分かっておらんのだろう?」

 

「うん、サッパリだね。何かを競うらしいけど具体的にどんな事なのか、一切分かんないや」

 

「であろうな…………正直なことを言えば、今回の聖杯戦争は邪道の気配がする。知っておいて何処まで役に立つかは分からんが…………まぁ、損することは無いだろう」

 

 

 聖杯からの知識を受けているライダーも、今回の暗黒の様な闇の中にあるローマは非常に異常に映る様だ。

 

 ともすれば正道では無く邪道、ルールにも改変が加えられている可能性も大いにある。

 

 だからと言って、何も知らないよりはマシだろう。そもそも、と呟いてから、ライダーは自分の知る聖杯戦争について語ってくれた。

 

 

 

「先ず聖杯戦争とは、その名の通り聖杯を巡る戦いだ。お主の言う通り、参加者は己の願いを叶えるためにこの万能の願望器を巡って互いに争い合う」

 

「うんうん」

 

「参加者は七人。それぞれがとある使い魔を呼び出し、そして殺し合う。大雑把だが、勝利条件は他の使い魔を全部殺したら勝ちだ。参加者を殺す必要は無い」

 

「呼んだ側は死なないかもしれないのに呼ばれた側は死ななきゃなんだね。なんだか損な役回り」

 

 

 聖杯戦争。

 

 万能の願望器を巡り執り行われる、七組による殺し合い。

 

 

 聖杯によって選ばれた参加者は、【令呪(れいじゅ)】と呼ばれる刻印が身体のどこかに刻まれる。

 

 その後、聖杯に選ばれた参加者は各々で特別な使い魔を召喚。互いを屠り、最後の一人となる為に争いを続ける………結局の所は殺し合い、という事だ。

 

 

 

「お主の右手に刻まれた赤いソレが令呪だ」

 

「おぉ、なんか出てきたヤツ。これが参加資格兼証明書って事?」

 

「それ以外にも意味はあるが、それは後で説明してやろう。今はその認識で構わんさ」

 

「はーい」

 

 

 うむ、と頷いたライダーは、より具体的な話………参加者についてと、彼ら彼女らが呼ぶ使い魔についてを話し始める。

 

 

 

「先程、魔術師について聞いたな?俺もこれらについては詳しくないので、取り敢えず不可思議な術を使う輩だと思え小童」

 

「ふーん…………魔術師じゃないと聖杯戦争への参加資格が無い感じ?」

 

「広義的にはそうだ。もっと細かく言うと、仮にそうでなくとも魔術師としての素養を持っている奴は参加資格がある」

 

 

 

 魔術師。

 

 凡そ現代人においてはもっぱらゲームやアニメ、漫画等創作物の世界でしか馴染みのないであろう単語だ。

 安樂自身、聞いたことはあっても使うことは滅多にない言葉である。

 

 

 しかし、ローマがこんな惨状に見舞われる現実を鑑みれば、知らないだけでそういう人間がいるんだろう。世界とは実に広いものだと一人思う安樂だったが、ふと頭に浮かんだ疑問を呈する。

 

 

 

「私、魔術師と何の関係もないけど令呪出てるよ?」

 

「お前さんは素養があったんだろう。現にこうして俺を喚んでいる…………まぁ、相当に弱っちいがな」

 

「ふーん…………弱っちいってどれくらい?」

 

「こうして聖杯戦争に参加出来ているのが不思議な程だ。俺自身、なんでお前さんの元で現界出来ているのかわからん」

 

 

 魔術師でも何でもないが、安樂にはその素質が宿っていたらしい。

 

 そのせいでこの異常事態に巻き込まれたのかと思えば要らないと言いたくなるが、素質がなければライダーを召喚する事が出来なかっただろう。

 ともすれば、安樂はあの中華風の狂人に叩き斬られて人生を終えていた可能性が非常に高い。そんなのはゴメンだ。人知れず自身の持っていた素養に感謝する。

 

 

 

「…………で。肝心のライダーは何者なの?あとあの化け物」

 

「そうだな………先程、聖杯戦争の参加者はとある使い魔を呼ぶと言っただろう?」

 

「うん。アレだよね、過去の偉人が力を貸してくれるとかそんなの」

 

「あぁ、その認識で間違ってはいない。もっと言えば、人類史に刻まれた英雄の影法師………鏡に映された贋作のようなもの。それがサーヴァントだ。俺やあのバーサーカーもその一種だな」

 

 

 サーヴァント。

 

 

 魔術世界における正式名称を境界記録帯(ゴーストライナー)

 

 人類史において功績を成した英雄達が、人々の信仰によって英霊の座に祀りあげられた魂。

 それを一側面を切り取るようにして器に落とし込み、人の身でも使役出来るようにした影法師。言わば本体のコピーだ。

 

 

 

「俺たちサーヴァントは現界する際に、クラスを割り当てられる。基本7種、そのうち俺は騎兵(ライダー)に割り当てられ現界した。故に、俺はライダーと名乗った_______そういう訳だ」

 

 

 高いステータスを誇り、搦手を真っ向からねじ伏せる実力を持った最優の剣士(セイバー)

 

 単独行動による奇襲、射程を生かした認識外からの狙撃によって一方的な攻撃を実現する弓兵(アーチャー)

 

 強襲や白兵戦に優れ、一対一ならば無類の強さを誇る最速の英霊、槍兵(ランサー)

 

 愛馬や愛機、生前に関わりのある相棒に跨り、その機動力で戦場を縦横無尽に駆け抜ける騎兵(ライダー)

 

 高度な術式と陣地作成、道具作成を駆使し、常に自身が有利なテリトリーから盤上を動かす魔術師(キャスター)

 

 隠密に特化し、刹那の隙を見逃さずに音も無く敵を屠る暗殺のプロフェッショナル、暗殺者(アサシン)

 

 己の理性を捨て去る代償として圧倒的や力で全てを薙ぎ払う理外の暴風、狂戦士(バーサーカー)

 

 

 以上7つを基本クラスとし、サーヴァントはほとんどの場合この何れかに当てはめられて召喚される。

 

 今回安樂が呼んだこの黒い中華甲冑の偉丈夫は、騎兵に該当し現界したらしい。

 

 

 そんな説明を聞いて「ほえー」と間の抜けた声を上げていた安樂だったが、ふと首を傾げた。

 

 

 

「あの金髪の人は?あの人もサーヴァントなんでしょ?」

 

「アレは裁定者(ルーラー)、基本的には出てこない連中だ。聖杯戦争の規模がでかくなると呼ばれる監督役、審判だと思えばそう間違ってはおらんだろう」

 

 

 

 実質的に安樂の命を救った、あの金の長髪をした長棒の男。空に浮かぶという人類では成し得ないことを事も無げにやっていた彼もサーヴァントではあるのだが、基本7種のクラスには該当しない人物ようだ。

 

 そんな人物が自身の命を救ったことに若干の疑問を抱きつつ、本来イレギュラーであるはずの裁定者(ルーラー)が参戦している事実に辟易する。どう考えても普通では無いだろう。

 

 

 ………まぁ、そもそも自身は何も知らないのだ。イレギュラーが起ころうと定石の通り進もうと、自分にとっては等しく異常事態であろう。故に気にするだけ無駄、と一人思う安樂であった。

 

 

 

「…………そういえば、ライダー。貴方の本当の名前って_______」

 

「_______小童。少し口を閉じろ」

 

 

 

 ここまで聖杯戦争について知識を教えてくれたライダーだが、その名は本来騎兵のクラス名だ。

 

 サーヴァントと呼ばれる彼らは、人類史に刻まれた英霊………つまるところ、名のある人物のハズ。彼本人の名前はまだ聞いていなかったと思い尋ねようとしたが、その前に彼本人から静止の言葉が告げられた。

 

 

 触れられたくないところでも踏んだかと一瞬思う安樂だったが、すぐに違うと判断する。ライダーは安樂に口を閉じるように言ったが、その矛先が安樂に向いていなかったからだ。

 

 

 では何が、そう思った彼女の耳に、独特な音響が飛び込んできた。

 

 

 

 鉄の軋む音。排出される蒸気音に、小さな地面の揺れ。鳴り響く駆動音は、現代に生きる安樂にとってある種聞き馴染みのあるもの_______現代叡智の結晶たる機械のそれだった。

 

 

 

「(()()()()()()()()()()()()()()()?)」

 

 

 

 数多の人が忽然と掻き消え、いままでに出会った人間はあの狂人に殺された幼い少女のみ。そんな暗闇に呑まれたローマの中で、機械の音が響き渡る違和感に思わず警鐘が鳴る。

 

 

 共に馬上に跨るライダーが、黒柄の大戟を安樂を守るようにして構える。切っ先がピクリとも動かず、闘気だけが懇々と静かに燃え猛る。

 

 先程まで気安く話していてくれた姿からは一変、狂人を吹き飛ばした時と同じ剣呑とした眼差し。この切り替えの速さは、なるほど彼が戦場を駆けてきたという証左だった。

 

 

 

 やがて蒸気音が大きくなり、暗闇の中からぬぅっとその姿を安樂達の前に表した。

 

 

 バケツをひっくり返した様な寸胴大の頭部に、紅く光るモノアイ。緑に統一された全身のボディはつま先から指先に至るまで全て鋼鉄。金属製の全身鎧を誰かが着ているのでは無い、外から中身まで余すこと無く鉄である。

 蒸気を発しながらこちらを見すえる鋼の魔人は、どこからどう見ても人工製のそれ。鋭利に波打つ鈍器とノコギリを掛け合わせたような一振りの剣を持った機械生命体。

 

 

 

 その謎の存在が暗闇の中、呼吸代わりに蒸気を発しつつ二人を見つめていた。

 

 

 





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