荒野をゆく   作:こもせたけとん

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荒野をゆく

荒野をゆく

 

 

自分はまた、あの海の岸辺に居るのだ。

 

白い砂を握りしめ、時間も流れているかわからない程立ち尽くして居るのだ。

 

ぼやけた空の色は藍色で星屑の流れゆく光線だけが時の動きを示す。

 

 

名前を繰り返し呼ぶ

名前を繰り返し呼ぶ

 

 

握っていた砂はいつの間にかサラサラと抜けて、拳の中の空間だけが喪失した物の名を知る。

 

夕暮れか夜明け前か解らない空色に赤い斜線。

大地には人が作りし物の残骸。

 

自分を守ってくれた女の子が作り物のように白い巨大な頭で、微笑みを形作ったまま半分に割れている。

 

海は赤く濁った生臭い羊水に満たされ白い砂浜に打ち寄せている。

波は赤いプラグスーツの少女を揺らし一波ごとに引きずり込んでいく。

 

少女はただ真上の空を見ている。

 

ユラリユラリと波に弄ばれて少女は海に浮かぶ。

それを少年は慌てて陸に戻す。

 

 

やっとアタシを見てくれたわね

 

 

少女は心の中で独り言ちると脇の下に腕を入れてウンウンと唸っている少年を見遣る。

 

少年が見られている事に気付くとウワッと驚き手を離す。

 

ドッサリと上半身を浜に落とされ痛くて堪らない。

 

 

お化けじゃないっちゅーの!

 

 

今、少女は感情を出せるほどの気力も体力もない。

 

首を絞められてそれを受け入れたら自分の仕出かした事に泣き叫ぶシンジ。

そして、脳内大反省会の思考ループに嵌まっているであろう頑なな猫背と丸い後頭部を見ていたら、全てがどうでも良くなったのだ。

 

自分が死ぬほど嫌いでどんなに存在を小さくしても独り。

そう人は独り、産まれるのも死ぬのも独り、死の向こう側に何も持っては行けはしない。

 

少年が気付かぬ内に波に攫われてもいいだろうと思ったのだ。

気付かない存在ならその程度なのだと。

 

彼女も少年と同じように思考をループさせ、更に甘き死に委ねる。

苦痛を伴わない死とはなんと甘美な誘いだろうか。

自己を失い彷徨う気持ちは無いと言うのに、決して溶け込まない意思と相反するのに。

 

投げ出されて気付いたのだ。

 

 

 

まだ必要とはされているのね

 

 

 

そして、フンッと鼻を鳴らしため息をつく。

 

 

この蒼茫たる大地は焦土と化し、命と言えるモノは自分達二人きりなんだと本能が囁く。

再び隣に座り縮こまってる背中を見遣る。

 

 

 

まったく二人なのに独りぼっちね

アタシとシンジはこれからも二人ぼっちなのよ

これからもずっと

 

 

 

 

僕は卑怯で臆病でずるくて弱虫で

隣で静かに横になっているアスカを見ることさえ出来ない

 

包帯だらけのプラグスーツは初めて見た綾波を思いだしたんだ

綾波は僕の願いを叶えようとした

人の形を失っても構わないほどに願ってくれたのに

それなのに

 

やっぱり僕は卑怯で臆病でずるくて弱虫で

拒否されるのが怖くて唯一の同級生で家族で初めて異性を意識したアスカの首を絞めた

アスカの身体に残る傷は自分が何もしなかったから

僕の罪の象徴であるモノを消し去りたかった

 

でも

でも

アスカは僕の頬に包帯だらけの手で撫でてくれて

 

ああ

やっと気付いたんだ

僕の望むモノが其処に在ったことに

 

そんな僕の行為でさえ受け入れてくれていることに

突然気付いて胸の奥から溢れる感情の激流に流されて

声にならない声が

震える身体が

自分の罪と願望が叶っていたことを知り打ち震える

 

 

 

下から冷ややかな視線と言葉を投げかけられる。

 

 

 

「気持ち悪い」

 

 

 

アスカにとって僕の全てを受け入れる事は当たり前であった事を本当の意味で知ったんだ

 

アスカもまた大切なモノを失い続けていたんだ

他人の望み通りのいい子供で在る様に強いられて

それも褒め言葉と死の恐怖を飴と鞭にして

 

死に物狂いで努力を強いられエヴァに居場所を求めて

死地へと向かう道程であったとしても

それしかなくて

そこまで努力する人は居ないからこそアスカの言葉は辛辣で

 

そして手にしたモノを失うのがとっても怖くて堪らなかったんだ

僕とは違って欲しいものがあっても無理だからと拗ねたりはしない

手に入れるまで努力するんだ

 

そのアスカが自分を殺しかけた僕を受け入れる

赤い液体の底で聞いた

自我の境界線があやふやな世界で聞いた

アスカの本心を

 

僕達は似ていて違う

 

だからこそわかったんだ

僕の罪を受け入れると言うことの意味を

アスカが取り乱して泣く僕を気持ち悪いと言った言葉の意味を

 

アスカの中では当たり前だったんだ

 

それを今更気付いて傷付けたと泣く僕に呆れていたんだ

アスカは僕しか要らないと言う事を

僕がやっと深く理解して心に刻んだ

そんな想いを赤い海を眺めて考えていた

 

 

 

 

 

アタシはこれからの事を考えていた

砂浜にいても包帯の間に砂が入るしプラグスーツがLCLで生臭い

鼻につくこの臭いは赤い海からもしてくる

 

生命のスープ

沢山の人間が溶け込んで自我を失い感情さえも一つになって

それ自体が一つの大きな生き物でリリスの体液だった代物で

腹水やリンパ液よりもドロドロしたもの…

 

弐号機がなくなった今は漬かる必要は無いし

関わりたくない

海から遠くへ行きたい

 

シャワーしたいしシャンプーと石鹸とパスタオルに着替えも欲しいわね

 

 

 

女という生物はリアリストなのだ。

生活していくために特化している。

子を生み育てる事とも関係している。

アスカはムクッと上半身を上げると隣のお地蔵になって動かない人物の背に乗っかった。

 

ウワッと体育座りしていた少年が前につんのめる。

 

「…急に押さないでよ…」

 

「はいはい、さっアタシをおんぶしてゆっくり出来るところに行きましょ…ここにいたってすることないんだから…」

 

しょうがないなぁといった風情で少年はしっかりと少女を背負った。

 

「えっと…どこ行こうか…」

 

「そうね…本当に何が何だかわからないんだから、どこに行ってもいいじゃない…適当にゆっくり出来るところを探しましょ、あんたもアタシも砂だらけだしね」

 

 

 

少年はウンと返事をしてゆっくりと歩き始めた。

 

瓦礫だらけの果てしない景色。

 

後ろを向けば砂に一対の足跡。

 

少年と少女は荒野を目指す。

 

未来は二人だけが知っている。




続きが書けたら続けるかもしれない。
ここまで読んだ方、お疲れさまでした。
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