ウマ娘怪文書の資材置き場   作:飛行士

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「あの薬はあるか!?」

そう言って不可思議な蛍光する薬品を三本一気に飲んだことに何の後悔もない

そう言って私から試験管を奪い取り一気に飲み干した君は最高に狂っていた

皐月賞や菊花賞といったレースを脚に不安を抱えながらも、ぶっちぎって一着を取って魅せる超光速の粒子の名を持つ栗毛の少女

脚に不安のあった私を信じ様々なレースを走らせ、僅かな可能性を掴み切ったとある物語のガンマンと同じ雰囲気を纏う黒髪の青年

そんな彼女の美しい走りを、狂気のような速さを見て俺もトチ狂ったのかもしれない

そんな彼の一途さに、共に果てを見ると約束したあの狂気の目を見て、私もおかしくなってしまったのかもしれない

それはそうだろう二十半ばのオッサンが、高校生にこんな感情を持ってしまったのだから

それはそうだろうこんな実験三昧の色気のかけらもない高校生が、一人の男にこんな感情を持ってしまったのだから



感情表現が下手なトレーナーと音速の貴公子

「トレーナーくーん! お弁当ー! お弁当を早くおくれよー! はーやーくー!」

 

 目の前の男に私は昼食を強請る

 彼の襟元には金で縁取りがされた小さなバッチが輝いており、この施設において一番大事な者たちの一人だという事がわかる

 

「はぁ? んなもん自分でカフェテリア行ってこいよ」

「そんなこと言って〜持ってきているんだろう? ねえ?」

 

 心底面倒だという顔をして、自分は昼食を持っていないと言うが、私は知っている

 そんなことを言いつつ毎日毎日作って持ってきてくれていることを

 しかし本当にどうして作ってきてくれるのだろうか? 

 嫌ではないのだろうかと時折心配になる

 

「持ってくるかよ、そんな毎日毎日」

「あれー? おかしいなぁ、私の記憶ではジュニア期の初めの方からなんだかんだ言いながら作り続けて、私にくれる優しい優しいイケ男がいたはずなんだけどなぁ?」

「……褒めても弁当くらいしか出ねえぞ」

「そうこなくてはねえ! それじゃあ早速いただきます」

 

 こんなことを言いつつ笑ってはくれないが、それでも私はトレーナー君の手料理が食べれると言うだけで笑みが溢れてくる

 あぁ、そういえば新薬が昨日完成したんだった

 

「あぁそうだ、モルモット君」

「飲まねえぞ」

「えぇー!? 甘めにしたんだぞ!? 物凄く大変だったんだぞ!?」

「俺はお前の脚を改良する手伝いの為に飲んでんだ! ただただ俺が発光するだけの薬を飲む訳ねえだろ!?」

「……そうか、それは済まなかったね」

「……んじゃ食い終わったら、連絡しろ。俺も飯食ってくる」

「……うん」

 

 少しでも一緒にいたかったのに……

 ここのところよくトレーナー君にただ発光するだけの薬品やあくまでも副作用としての筋力増強といった薬品を与えていたのがバレてしまっていたらしい

 実験と称してただ君といたかっただけなのに

 君にとっては迷惑なのだろうか

 

 最近美味しいはずのトレーナー君のお弁当が、味気なく感じる

 ここしばらくずっとそうだ、いつからだろうと考える間も無く気づく

 トレーナー君がそこはかとなく私と距離を置き始めた頃からだろう

 いつのまにか無くなってしまった弁当箱を持ち、携帯を取り出すが、ふとカフェテリアで食べているだろうトレーナー君に直接渡そうと思い立った

 そうとなれば即行動するのが研究者というものだ

 

 そうしてカフェテリアに向かっていると、曲がり角で友人であるマンハッタンカフェに出会った

 

「やあやあ! カフェ〜、突然なんだが」

「飲みませんよ?」

「えー! ……まあ、流石にここまでやっていれば流石に分かるというものだがね」

「なら何で飲ませようとするんですか? トレーナーさんがいらっしゃるでしょう?」

「それが最近飲んでくれなくなったんだ」

「あぁ、あー」

 

 少し呆れたような顔をこちらに向け

『まああれですからね、しょうがないといえば……』

 というような呟きをしているように聞こえた

 

「なんだい? カフェ、何かあるのなら教えてはくれないか?」

「いえ、まあ自業自得というものではないでしょうか? いくら話しかける口実が欲しいとはいえ、ただの発光薬を飲ませ続けられれば誰でもそうなると思いますが」

「うっ、そっそんなことはないが? ただ単に、マーカーとしての発光剤の影響をだね……」

「似た者同士ですね本当に」

 

 何週間か前に相談した内容をここで掘り返してくるとは予想もしていなかった少し動揺したが、おそらく気づかれていないだろう! うん! 

 

 

 しばらくしてカフェテリアに着くと、遠くに外ハネ気味の髪型をした彼を見つけた

 ……しかし、そこにいた彼は私には見せない満面の笑みを、共に座る同僚達に見せていた

 同僚達の顔を見ると呆れた顔を浮かべている

 つまり、今回が初めてというわけではなく、もう慣れた事なのだろうと推察できる

 

 その事に気づいた途端、私は走り出した

 彼の息抜きの邪魔をしたくなかった

 彼の楽しそうな笑顔を見ていたくなかった

 ……この胸の痛みから逃げたかったから

 走って走って走り続ける

 いつもならなんて事ない距離も、とても遅い速度で足をもつれさせながら走ることしかできない

 

 白衣を着た少女が渡り廊下を駆ける、中庭を駆ける、正門までの道を駆ける

 みんな驚いていた

 カフェも、デジタル君も、シャカール君も、会長殿も、横を駆け抜けるたびビックリした顔でこちらを振り返る

 

「ははっ……みんな、どうしたのかねぇ……」

 

 あぁ、なんで酷い声をしているのだろう

 あぁ、前が歪んでしまってよく見えない

 どうやって走るんだっけ? もう分からないよトレーナー君

 

「おいタキオン! 止まれ!」

 

 ふとトレーナー君の声が聞こえた

 前を見るといつのまにか道路に飛び出していた

 目の前の信号は赤い灯りを煌々とつけている

 それは自分がこれからどうなるかを暗示しているようで、自分の耳に届く情報がそれは不可避の未来だと告げてくる

 

「タキオンッ!」

「ぁ……」

 

 

 あぁ……なんてあっけない最期だろう

 まだトレーナー君と果てを見届けていないのに、今日のお弁当の感想だって伝えていない

 ……それに

 

「君が逃げたんだろう? アグネスタキオン」

「!? 誰だ君は」

「誰、とは随分なご挨拶じゃないか? 私は君さ、そして君は私だ」

 

 そういうと目の前に鏡写しのような、しかし全ての色が抜けたような自分が現れた

 

「君が逃げた、トレーナー君から、現実から」

「違うっ! 私は……」

「違う……ねぇ? では聞くが、何が違うんだい?」

「自分の気持ちから、トレーナー君の気持ちから、現実から、自分が心地よい現状に居続けるために逃げていたじゃないか」

「違う……違うんだ!」

「私は彼を良きパートナーとしか見ていない! 実験が嫌だったのなら、今日のようにキチンと言ってくれる! 現実にだってずっと向き合ってきた!」

「私は彼が好きだし、彼が私のことを思ってなんだかんだ付き合ってるくれるのを知っている」

「更には、ありえない未来を見続けてそこへ向かって破滅の道を進んできたことも知ってるんだ」

「なぜ自分が相手なのに嘘をつくんだい?」

「違う! 違うんだよ……」

「私は心底見損なったよ、そのまま君は全てを失ってしまえよ」

「嫌だ……嫌だよぉ……とれぇなぁ……くん」

 

 意識が遠のいていき、全てが闇に沈む瞬間に写った彼女の表情は、ひどく辛そうなものだった

 

 

 鋭い痛みで目を覚ますと、目にはとても眩しい色が飛び込んできた

 

「……ここは?」

「目覚めましたか?」

「!?」

「ここは病院です」

 

 横にはたづなさんが立っていた

 静かに、しかし何か大事なことを伝えようとしているかのような目を携えて

 

「タキオンさん、今からお話があります」

「……あぁ、なんでも聞くといいよ」

「まず一つ、貴女は頭を軽くぶつけたくらいで特に怪我をしてはいません」

「そうなのか……」

「次に、原因不明ではありますが、2日ほど昏睡状態でした」

「……」

「更に、貴女のトレーナーも今この病院にいます」

「!? なぜトレーナー君がここに!」

「彼は貴女を助けるために、貴女を突き飛ばし代わりに車に轢かれました」

 

 ……嘘だと言ってくれ、なぜ私の代わりに? なぜ君が? 

 そんな罪悪感とパニックで頭が埋め尽くされていく

 

「トレーナー君はどこにいるんだい」

「彼は集中治療室です、会いには行けません」

「うるさい! 私は……私は、彼に会って謝らなけ」

「いい加減にしなさい!」

「っ」

「アグネスタキオンさん、学院命令です」

 

 貴女を二週間の拘束監視処分とします

 

「なっ何を言ってるんだい? なぜ私が?」

「度重なる校則違反に、無許可での教室占有、今回のトレーナーさんを危険な目に合わせるという事案の対処です」

 

 そこからの日々はとても単調でつまらないものだった

 生徒会による尋問、理事会の査問、警察との話し合いなど私はやりたくもないのだ

 そんなことをやっている暇があるのなら、トレーナー君の無事を確認したい

 トレーナー君と会いたい

 

 

「本日にて処分終了とします」

「トレーナー君は?」

「通常病棟に移動になりました、そして貴女も退院の許可が降りています」

「何処にいるんだい?」

「確か……605号室だった気が」

 

 その言葉を聞いた途端、私は走り出した

 いち早く会って謝らなければならない

 私のせいでトレーナー君は、負わなくて良い怪我を負ったのだ

 その結果契約解除を言い渡されようが、甘んじて受け入れよう

 

 目的の部屋に辿り着くと、ドアを力の限り思い切り開けた

 

「ッ……うるせえなぁ何処のじゃじゃウマ娘だぁ?」

「トレーナーくん!」

「ぎゃああああ! 肋骨! 肋骨がぁぁぁあああ!」

「!? ごめんよ! 私が……私が悪いんだ……」

「おっ落ち込むなよ、別にお前が悪いわけじゃねえ」

「なんで! なんで私を庇うんだよ! なんであの時私を守ったんだ! 嫌いなんだろう!? 私の事を!」

「何言ってんだよ……俺はモルモットだからな」

「……!」

「俺はお前のトレーナーであり、モルモットだ」

「それだけで……それだけでなんであんな危険なことをしたんだ! 私は……私は君が好きなんだ! 君が死んでしまったらどうしようかと……この二週間ずっと君の安否を知りたかった!」

「タキオン……はぁ、ここまで言われちゃあしょうがねえよなぁ、あーなんつーか、その……だな」

 

 頭に包帯を巻き、腕にギプスをはめているトレーナー君は、言い淀むのと同時に顔を多少赤らめた

 

「惚れた女を守るために理由が必要か?」

「……え?」

「え? ってなんだよ!」

「だって……だって君は私のことが嫌いなんじゃ……」

「はぁ、ようやくですか」

「長かったねぇホント」

「その声はカフェかい!?」

「どもーカフェトレもいまーす」

 

 カフェとそのトレーナーは、とても呆れたような、待ちわびたような顔をして、病室に入ってきた

 

「それってどういう?」

「トレーナーがトレーナーなら」

「担当も担当、ですね」

「毎日毎日ウチのタキオンが可愛いだの、うちのタキオンマジイケメンだのうるさいっての! 一回言えば分かるよ!」

「それに……まさか、トレーナーさんと、タキオンさんが連続で、相談に来た時は正直驚きました」

 

 曰くトレーナー君は担当になってすぐから、同僚トレーナーに惚気てた

 曰くずっと話してると、尊過ぎて死ぬとか言ってた

 曰く学園内では、いつ付き合うのか賭けが行われるくらい、話題になっていた

 曰く最近恋愛にヘタれたペアが、色んな人間にアドバイスを貰い続けているらしい

 など、様々な話を聞かされた

 

 トレーナー君はとても呆けているが、私も同じ顔をしているんだろうと、簡単に想像がついた

 

「はぁ……まあなんだ、これからも引き続きよろしくな! タキオン!」

「うっうぅ……う“ん! これからも……これからもよろしく頼むよ! トレーナーくん!」

 

 あぁどうしようか、また何もかも歪んで見えないな

 でも、今回は君が見せてくれるからこのままでもいいかもしれないな




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