我々は皆、怪物である   作:西城文岳

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第10話 無知の愚かしさ

 柳は非常に恐ろしかった。

 硬い鉄とトタン板を引き裂き、人を引きずり込む怪物。

 

 この無理矢理に造られた、怪物の異界に入る覚悟は並の人間にはできない。

 

「柳、離れてろ」

 

 そう言った稲永は穴から少し離れ、穴に向き合って手のひらを向ける。

 稲永が手を横に動かすに連れて穴がまるで最初からそうであったかのように元の戻る。

 

 手を降ろした時にはそこにあったはずの裂め目は、違和感無く、そこに無かった。

 

「え!?え!?」

 

 

「そんなに狼狽えるな、やかましい。ただの幻術だ」

 

 そう言って穴があった場所にその辺の木の枝を突っ込む。

 枝は壁をすり抜け、壁は蜃気楼のように揺れながら枝にかき回される。

 

「暫く様子を見るぞ。」

「え?入らないんですか?」

「馬鹿野郎、虎穴に下準備無しで行く馬鹿がどこにいる。こっちは相手の正体すら知らねぇんだぞ。来い。向こうの岸から様子を見る。相手が賢ければすぐ出てくるぞ」

 

 稲永が指差した先は川向こうの先、そこから見える遠く離れた崖だった。

 

 

 

 

 

「……結構時間経ってますよね?意味あるんですか?」

 

 稲永と崖の上に来てから時間が経つ。そろそろ日が暮れそうてきそうな時間。

 

「幻術に異常は無い。恐らく夜に行動する獣だ。ASにも反応はねぇ。こっちには気づいてないはずだ」

 

 双眼鏡で倉庫を凝視し続けている稲永。切り株に腰かけ微動だにしない。

 

 コンビニで買っていた携行食を食いながら、柳は木にもたれかけている。

 

「そんなにASは使えるんですか?」

 

「印に反応する時点で優秀だ。なんせ印があれば標的を絶対に見失わない。つまり自分の危機を察知して迎え撃つことだって可能だし、誰が付けられるかで作戦も立てられる」

 

 稲永はいつもの小馬鹿にした態度でなくまるで孫にでも言い聞かせるかのように喋る。

 

「いいか柳?異常存在は未知だから厄介なんだ。情報があるからこそ戦える。戦争だってそうだろ?事前準備無しで勝てる奴は元から強いか相手がよっぽど弱いかだ。

策ってのは強いバケモン相手に弱い人間が勝つには絶対必要なんだよ」

 

 言われてみればそうだ。八岐大蛇だって酒に酔った所を斬られ、極悪非道の猿を打ち倒すのに栗、蜂、臼、糞は作戦を練った。(なんでこのメンバーなんだろう)

 

「それにしても全然動きが無いですね」

「刑事ドラマでもあんだろこういう張込み。相手がバケモンなだけで」

 

 今まで異常事態に巻き込まれていた柳は何処か自分の居る世界が異世界であるかのように感じていたが、稲永が言った発言でまだ自分の知る世界なんだと安心した。

 

 

「ハロー!元気~?」

 

 そう思っていた矢先、突然横から大声がする。

 

「帰れクソアマ」

 

 柳は驚きその方向を見る。稲永は声だけで誰かわかったのか一切その方向を見ない、素っ気ない態度だ。その正体は今朝、伏警部と会話していたヤマダと呼ばれていた人だった。

 

「新人クン~。朝ぶりだね~どう?仕事は慣れた~?」

 

「え……あ、はい」

 

 突然現れ詰め寄ってくる態度に柳はしどろもどろになる。

 

「何しに来やがった。この野郎」

 

 稲永はそのままの姿勢でいつもより声色は張りつめている。

 

「二つ伝えたい事があってね。新人クン、今朝貰ったアレちゃんと持ってる?」

 

「え?ああこれですよね?なんなんですか?これ」

 

 柳はスーツのポッケから取り出した不定形のナニかを出す。

 

「ちゃんと持ってるね。いい仔♪いい仔♪」

 

 彼女はそれを大事そうに抱えて撫でる。

 彼女は何というか不気味なのだ。柳の本能的な違和感を刺激している。

 

「おい、オメェなに渡してやがる!」

 

 引き抜かれた拳銃はヤマダに向いていた。稲永は見たことない程激昂している。

 

「やだなーもう、酷いじゃないかそんなことしてー。悲しくなっちゃうな」

 

 白々しい程感情が込められていないそれは余程稲永の神経を逆なでしたのだろう。

 

「言え!今すぐ!そいつに何渡しやがった!」

 

「やだなーこれは危険なものじゃないよー。これはピンチの時に使える御守りみたいなものだよー」

 

 

「ワシが!ワシが今一番気にしとるのは()()()()()()()()()()()と言うことだ!」

 

 柳は気が付いた。実はそれが柳から出るASの反応元だという可能性に。

 そして自分のASには、今それを持つヤマダと離れても変わりは無い。最初と同じようにずっとわずかに揺れている。

 

「言ったでしょ?危険なものじゃないよー。それにいいのー?また別のアホどもがくるよ?」

 

「何?」

 

 稲永は後ろを振り返る。

 急いで覗いた双眼鏡には、ヘッドライトを付けた乗用車が一台走ってきていた。

 それに乗る彼らはこれから起こる恐怖を知らないのか、非情な事に楽しそうだ。

 

 稲永が奥歯をかみしめて振り返った時、そこには柳しかいなかった。

 

 柳にはヤマダがいつ消えたのかもわからない。沈み切った太陽と登り始めた満月がその異常を見つめていた。

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