我々は皆、怪物である   作:西城文岳

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第11話 月の来訪者

 

「くそ!柳!あれは持ってるか!」

「え、ええ!」

 

 柳は地面落ちた不定形のナニかを拾う。

 

「とっと来い!あのバカども止めるぞ!」

 

 

 とりあえず稲永はヤマダの言う事を信じたようだ。

 焦っている稲永は早急に崖を降り始める。同じように坂道を駆け降りる柳。

 

「何をそんなに焦っているんですか!」

 

 急変した稲永に柳は走りながら尋ねる。

 

「あのクソアマが出るってことは十中八九、神か厄介な外来人が関係してる!クソが!最初から言えってんだ!」

 

「神だと何がまずいんですか!」

 

「クソ強いのを呼ぼうとする奴らが居るか、クソ強いのが居るかの二択だ!それも世界を一瞬にして変えるような奴が!あのバカどもはそうとも知らずに生贄になりに来たってことだよ!」

 

 柳は戦慄した。その神の事実にではない。何にかは、何故かはわからない。

 ただ、自分の中の赤いナニかがそれを止めろと言っている。それを殺せと言っている。だがなにがそれかはわからない。

 

 伏警部と通信する稲永の背中を見ながら、柳は自分の中のそのナニかが蠢き、それが自分の中で漏れていく。だが赤く蠢くナニかとは違う、別の黒いナニかが柳の体を覆う。

 

 

 

 彼らは幸運だろう。

 行方不明者の出る廃墟に冗談半分で行って彼らの求める最凶の恐怖の感じれるのだから。だがその代償は支払って貰う。

 

 車から降りた彼らの一人は楽しそうに言う。

 

「へーここが例の心霊スポット?雰囲気あんじゃん」

「噂ではここで何人も消えてるとか~」

「チョーヤベー!」

「「「ギャハハハハ」」」

 

 何が面白いのか若者どもの笑い声は山に響き渡る。

 

「で、ここホントに幽霊いんの?」

「消えてるて事はなんかはあるっしょー」

「ど・こ・に・いるのかな~」

 

 最後の一人がカメラを回し撮影を始める。

 

「お、アレ車か?」

 

 そう言って、手に持ったライトを白い車に向ける。

 

「開きっぱで何処いったんだ?」

 

「ヤベー。ガチじゃん」

 

 だが彼らは何故それが他人事に映るのだろう。

 ここに来て出る行方不明者、そしてそれを裏付ける状況証拠。

 ここに来た自分たちもその一人になりえるというのに。

 危機を忘れ、平和に頭まで漬《つ》かり切った現代人には楽しみを見出す事にしか脳にない。

 

 車に夢中な彼らの背後で、倉庫の裏側から出る黒く逆立った毛がまばらにの生えたやせ細った腕がゆっくりと現れる。

 

 

 何か面白いモノはないかと辺りを探る。

 

「こいつらどこ行った探してみようぜ!」

 

「いいね!結構ヒマ潰せそうじゃぁん!」

 

 愚かにも目を輝かせて別々に動き出す若者たち。きっと彼らは危険スポットとして心霊スポットを使うのではなくお化け屋敷か何かと勘違いしているようだ。

 

 明るく輝く満月は彼ら一人一人を見つめている。

 

 一つ、二つ、三つ。

 

 金色の満月たちがそれぞれ三日月に笑い出し、その声が天にこだまする。

 

 その音鳴りは鈴虫のようだと勘違いしただろう。

 

 彼らがそこを見たときには三日月たちは倉庫の上から今宵の生贄を吟味している。

 

 青く暗い空に溶け込む様に黒い毛を生やした青い肌の怪物は頭部には月のように美しく輝く瞳一つのみを持つ。人より長く細い体は二メートル五十は優にあるだろう。

 腕部と脚部にのみ生えた逆立った黒い毛は太く鋭い。

 

 若者三人、月の瞳が三つ。誰がどれを選ぶかを話し合うようにジェスチャーした後、一人づつ離れたところにいる若者たちの前に未知の怪物たちは降り立つ。

 

 若者たちは金色の瞳に見つめられてそれぞれの行動を取る。

 ある者はすぐそばの白い車に立てこもり、ある者は自身よりも高い怪物に恐れ戦き尻餅をつく。

 最後の一人は事態を理解出来ずただ立ち竦む。

 

 最後の一人に大きく振りかぶられた右手の鋭い四本指の爪が降ろされた。

 

 噴水のように溢れ出る血液は空を赤く染める。怪物は宙を舞う頭部を掴み、制御を失った胴体を掴み倉庫の裏に消える。

 

「ひっ」

 

 事務所の前で尻餅をつく一人はその瞬間を見たわけではない。

 だが倉庫よりも高く打ちあがり血を振りまく見覚えのある物体を見てしまった。

 

 そんな若者を気にする様子もなく怪物は容赦なく腕を振り上げる。

 

 

 残った一人は絶望の沼に残された。彼は戦う事も出来ず白い車に隠れた。怪物は彼を取り出そうと何度も爪を車に叩きつける。屋根を叩き穴が開く音が鳴る、窓を叩き罅が入る。

 このままここに居てもそのうち壊され取り出され皆と同じ末路を追うだろう。

 扉が引きはがされ、天に響く轟音で意識を失った。

 

 

 

 白いバンを執拗に狙う青い月の怪物は自分になにが起きたかわからない。

 

 ただ自分が贄にしようとしていた人間に爪を伸ばした時に贄の背後の窓から大きな音と共に高速で何かが飛んで来てガラスを破り、自身の視界を奪われそこでその生を終える。

 

「柳、まだいるはずだ。気抜くんじゃねぇぞ」

 

 轟音を聞きつけた怪物は稲永が塞いだ壁をすり抜け、こちらにゆっくりやって来る。

 稲永は出て来た怪物目掛けて怪物の眼球を狙い撃つが太い毛で覆われた腕で防がれてしまう。

 

 稲永は辺りを見渡し舌打ちをする。

 赤く汚れた場所が二箇所。だがその染料の元となる絞りかすは何処にもない。

 ここに来たうちの二人は既に門の向こう側なのだろう。

 

「柳!ワシは右を殺る!お前は左だ!」

 

 稲永がそう言った時だった。

 

「ヤナギ?」

「ヤナギ」

「ヤナギダ」

 

 腕で目を隠しながら月の瞳は我々にも解る言葉で喋り出す。

 稲永は訳が分からない。何故こいつらがこの若造を知っている?

 その時に稲永は気が付いた。崖から降りてきてから当の柳が言葉を発していないことに。

 

「柳?」

 

 柳の目は何処にも向いていない。

 ただ手前の月二つでは無く、天高く輝く月を見ていた。

 

 その目は宇宙の黒い神秘の光に覆われていた。

 

「どういうことだ……?」

 

 目から黒い光を発する柳は怪物の方へとゆっくりと歩き出す。稲永は今まで見たことのない異常事態に呆気に取られる。稲永と柳のASがけたたましく鳴る。

 

「オマチシテイマシタ、ヤナギサマ」

「マシタ」

 

 月の瞳達は深々と頭を下げる。

 

「ワタシタチノ主ガ、オマチシテイマス」

「主ハイマモ、ヤナギサマヲマッテイマス」

 

 その二人の間を柳は通る。

 

「サァ、コチラニ」

 

 月の瞳が倉庫のスライド式扉を開ける。

 

 錆び付いた金属製扉が忌々しい轟音を響かせ、その音は怪物の鳴き声のようだった。

 

 そこにあったもの、それは人の肉で造られた禍々しい門。

 

 倉庫の扉の先にあるはずの景色は人の顔が、腕が、足が、臓器が所狭しと繋げられ、ぶら下がり形作られている。悲鳴を上げ助けを求めるモノ、痛みに苦しみ悶えるモノ、ただ泣き叫ぶモノ。倉庫の裏からは一切確認出来なかったモノ、夥しい数の魔術の痕跡が隠す、生命を冒涜し造られたおぞましき門。その門の向こう側には宇宙が見える。

 

 

 稲永はその異常な門、自身の経験上ではそれは神のいる国と繋げる異界の門だと確信する。知的生命の塊から造られたその門を破壊しようとするがその拳銃が手元にない。

 

「ダメだよ。頼三」

 

 そこにいたのはヤマダだった。いつの間にか稲永の持っていた拳銃を手で遊ばせている。

 

「またお前が!またワシに部下を見殺しにさせる気か!返せぇぇぇ!」

 

 稲永は普段のニヒルぶった面影も無くヤマダに飛び掛かる。

 

「大丈夫だよ。今回はちゃんと帰ってくる。」

「貴様が!貴様がそれをいうか!」

 

 それをひらりひらりと受け流し稲永を躱すヤマダ。

 拳銃を諦め柳の下に走ろうとしてもヤマダに取り押さえる。

 

 憎たらしいだろう。

 許されることはないだろう。

 

 けれど彼女は今もその役を務める。

 彼女が唯一の人間と人外の理解者だから。

 

 柳が門を潜ると同時に門は崩れ、月の瞳も霧のように消える。

 

「クソ!クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ヤマダが拳銃を稲永に返したのはそれを見届けた後だった。

 

「何故だ!何故お前はいつも!」

 

 ヤマダの胸倉を掴み、その視線は憎悪に満ちている。

 そっと稲永の拳銃を掴み、ヤマダは自身の胸に突き付けさせる。

 

「私はどこにでもいて、どこにもいない。もし今回柳クンに何かあればその時は私を殺しても構わない。だから、今回ばかりは信用して欲しい」

 

「クソ……、クソ…!」

 

 稲永頼三は引き金を引け無かった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて出来なかった。

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