深夜、姫と親子のように眠る柳。
彼はこの日、酒を飲まなかった。
この日の柳は子供の前で飲むわけにもいかなかったし、飲む理由も無かった。
恐怖はなかった。幸せだった。
幸せの中で眠る柳はきっと夢の中も幸せなんだろうか。
記憶の空白、その中が少しづつ鮮やかに彩られていく。
高校生活にも慣れてからの冬、外は夕焼けが耀いている。
この頃の柳には何も無い。親を失い、友は高校進学と共に殆どが離れた。
バイトに向かう柳の前には二人の少女がガラの悪いゴロツキ二人に絡まれていた。
「やめてください!ボクたちは何度も行かないって言ってるじゃないですか!!」
そう言う彼女達は無視されそのままどこかに連れ去られようとしていた。
だから、柳は迷わずその男達の頭に手を置き叩きつける。
硬い頭蓋骨どうしがぶつかり脳を揺さぶられ力なく倒れる。
「気を付けな」
それだけ言うと柳は歩き去る。景色も同時に白に染まる。柳は詳しく憶えていないこの記憶が彼女との出会いだった。
今度は地元より少し離れた高校の教室が描かれていき、その中には柳しかいない。
「待った?」
「ああ」
空き教室に柳は呼び出されていた。背後の扉から少女が現れる。黒髪のサイドテールで柳の肩辺りまでの伸長の少女。教室の窓の外は夕焼けに彩られた町並みが広がっている。
だがその顔は黒く塗りつぶされてわからない。
「寒いね」
「そうだな」
「…ボクを暖めて」
柳にはその時の彼女が何を求めてるかなどわからない。ただ自分なりにできそうなことをするだけ。彼女に自分のブレザーを被せ抱きつく。
純粋で無邪気でやつれた心を持つ当時の柳には、邪な気持ちは無かった。いや、寂しいと言う気持ちはあっただろうか。
「大きいね」
「その分あったかいはずだ」
「君は……何なんだい?」
彼女の口から出たその言葉は少し不服そうだった。
「俺はただ……俺に出来る事をするだけだ」
質問の意図が理解出来ず、思ったことをそのまま出す。
「君は、思っていたより純粋なんだね」
「どういう意味だ?」
「ふふ、悪い意味じゃないよ」
夢は柳のアパートに変わる。
彼女と二人きり。産まれたままの姿の二人。布団の上で眠る彼女の体には傷痕があった。長い切り傷、小さな火傷痕達、青い痣。手首の一筋の傷。
この時の柳はどう思ったのだろう?少なくとも柳も傷だらけだった。
だが彼女のそれは柳と同じではない。されるがまま。彼女は柳に自分と近しいナニかを感じたのだろうが、柳が感じたのはどうしようもない赤い感情。
柳の横で眠る彼女の目から流れた水滴の跡を見て、その感情と愛おしさがせめぎ合っていた。