我々は皆、怪物である   作:西城文岳

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第25話 猿の楽園

 

「だいぶ強力な奴じゃねぇか……」

 

 稲永はゆっくりと焦げ、灰に変わりつつある木札を見ながら言う。このままだと木札は五分も立たない内に効力を失うだろう。

 

「良かったですね。龍造寺様がした事なら何も問題がありません」

 

 柳には信じられ無かった。

 

「は?何言ってんすか?……鍋川先生?」

 

「そうですよ、柳さん。龍造寺様の事だからもう大丈夫なんです。だからもう調べなくていいんです。そうです。しなくていいんです。素晴らしいので必要ないのです」

 

 風紀委員の彼も鍋川先生も突然人が変わったように喋り出す。聞いてもない事をベラベラと、それも壊れたラジオのように。

 柳は初めて怪異と出くわした時とは別の恐怖を感じていた。

 知り合った人間が変わってしまった。だがそれは人格が変わってしまったというには歪《いびつ》で無感情。実は最初から人形だったと言われても信じてしまうような変わり様。

 柳風斗、君は一体どれ程変わって無いと言えようか?

 

 実は君も人形なのではないかね?

 

「柳!」

「は、はい!?」

 

 この狂気に飲まれかけた柳を呼び止めたのは稲永の叫びだった。

 冷静な声で、しかし焦燥した表情で稲永は言う

 

「元凶のとこに向かうぞ、時間がねぇ。一瞬でケリつけなきゃならん」

 

 柳には何も言えずただ後ろをついて行くのみ。生徒指導室はただ似たような言葉を繰り返す人形が二つ残された。

 

 

 

 稲永見たという例の教室、中はすりガラスで見えないが廊下からでも異常がわかる。

 中の生徒達の嬌声と乾いた破裂音が響く。それだけでその経験がある者は中で何が行われているか理解するだろう。少なくとも昼過ぎの校舎内で行われていい事ではない。

 

 稲永はその教室に入って行く。

 

 秩序あった教室は今やケダモノ共に溢れ、学び勉学に励むはずだった学徒たちは腰を振り、情欲に頭を蕩かす。規則正しく並べられていた机はまばらに倒れ、奥の棚には玉座のように並べられた机や椅子の上にてこちらを見下ろす一人の男。金に染められた髪にシャツは豪快に開け放たれている。

 

 自分達がここにやってくるのがわかっていたかのように、獣の群れには紛れていない、まさしく自分こそが王とでも言いたいかのように。その左眼だけが怪しく光る。

 

「ふうん、お前、効いてないんだ。誰かが来たって風紀委員の子から聞いたから範囲広げたのに」

 

「お前がこの現象の元凶か?」

 

 稲永は黒板のそばの教壇に立ち獣達を見下ろす。

 柳は入口傍で様子を見ている。

 

「で、あんたらナニモンなんだ?」

「そう聞くならお前から名乗れ」

 

「俺は龍造寺虎徹。どこにでもいる高校生だ」

 

 そう言う龍造寺の顔は勝ち誇っているかのように口角を吊り上げ邪悪な笑みを浮かべる。

 だが稲永はそれを周囲を一瞥してから嘲笑う。

 

「はっ、猿山のボスの高校生か……そりゃあ卒業後は山に還るんだろうな?こりゃあ人里に降りてくるまでに人間様が狩ってやらねばなぁ?」

 

「オイオイオイ、自分で言っといて名乗らないのかよ?流石に道理が通らんだろ」

 

 龍造寺はこめかみに青筋が出てるが表面上は平静を取り繕う。

 

「は?なぜこのワシがお前のような猿に自己紹介しなきゃならんのだ?会話してやってるだけありがたいと思え」

 

「こんの!?てめえ!」

 

 稲永はキョトンと、まるで純粋な疑問であるかのように放った侮辱に龍造寺は遂に怒りをこらえきれず感情をあらわにする。

 

 瞬間、稲永は躊躇なく発砲した。懐から拳銃を引き抜く早撃ち。

 熟練の腕から放たれる一切の慈悲の無い不意打ち。寸分たがわぬ眉間に向けて放たれた一撃。

 

 だがそれは突如、彼を庇おうとした生徒が飛び出し彼の腕に命中する。

 

「くっ、危ないな~警察がそんなことしていいの~?」

 

 稲永の先制に面食らったものの、ニヤニヤと笑いながらが指を鳴らすと獣だった生徒の中の何人かの男子が起き上がる。彼らは焦点が合わない眼で稲永を見つめ感情が伴わない言葉が作られる。

 

「龍造じぃ様が正しい…」

「危けんなぁ人間…」

「じゃ魔しないでぇ」

 

「チッ……屑が…」

 

 稲永は撃たれた生徒のことなんて気にしていない様子だ。それよりも障害物が多過ぎる。

 獣の一人が稲永に跳び付くのを皮切りに数十の獣が襲い掛かる。ひらりと初撃を躱した稲永は廊下の窓を突き破り逃げ去る。

 

「追え!生かして返すな!」

 

 窓や扉から後を追う獣ども。教室は静かになり嬌声も止む。

 獣に追われた稲永は人間の身体能力を無理矢理向上させられた生徒を躱す。

 

 足元に向けて飛び掛かったのを上に跳んで避け、教室の窓を突き破り生える手をスライディングで躱し、廊下での挟み撃ちを外側の窓から飛び出しその勢いのまま、三階から二階の窓を突き破り逃げる。

 

 一息つきながら言葉をこぼす。

 

「後は頼むぞ柳」

 

 

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