我々は皆、怪物である   作:西城文岳

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第3話 少しでも抗う為に

 

「こりゃあひでえ顔だな。何があった」

「げいじざんん……」

 

 柳は涙や鼻水で歪み切った顔でどうなるかわからない中の唯一の希望に文字どうり縋りついた。

 

「おわ!きったねぇな!」

 

 初老の刑事は思わず蹴り飛ばす。何かを発する間もなくなす術なく仰向けに倒れこむ柳。

 

「酷い……」

 

「てめぇの様な厳つい男が泣きつくのを喜ぶ奴がいるか」

「というか。何があったかを話せ。じゃないとどうもできんぞ」

 

 起き上がる柳を見下ろす様にそのまま訪ねてくる。その目はただ真剣だった。

 

 柳はありのまま今日起こった事を告げる。食糧が無くなって買いに来た事、帰れなくて帰りたくて一番来たくないところに来てしまった事。

 

「ふーむ?という事はやはり印をつけられているか。この時間にワシがいて幸運だったなお前。ついてこい」

 

 何を意味する言葉か解らなかったが言われた通りに後を付いて行く。

 

 がそこは柳が一番来たくない事件現場。川の直前土手で立ち竦む柳に刑事は

 

「何してる。早く来い」

 

 何事もないかのように一言。信じられない。あの男は自分の友人達がどういう最後を迎えたかを知ってるはずなのに。柳はその刑事に初めて何か異常である鱗片に気が付いた。

 事件のあった藪を背に刑事が話しかける。

 

「さてお前に二つ言いてぇ事がある」

 

 柳は今何が起こっても逃げられるよう身構えている。顔が恐怖に歪むのを必死にこらえながら。

 

「一つ目はお前はこれからもこう言った理不尽に出くわす事がある。これからも、この先ずっと。多分死ぬまでだ」

 

 柳は一歩後ずさろうとする。もうこんなところに居たくない。

 

「おめぇ、これからもそうやって逃げんのか?」

 

 心を見透かしたような質問に足が動かせなくなる。

 

「お前のお仲間はさぞかなしむだろうなぁ。お前さんこの近辺の不良グループのリーダーやってんだろ?それが見る影もなく何かに怯え縮こまって」

 

 自分の事を小馬鹿にしてくる目の前に糞爺に柳の思考は止まる。いくら今怯えて弱々しい柳でも小中高と仲間たちと築き上げた漢としてのプライドがある。やられたらやり返す、弱きを守り強きを砕く。小学生から決めてきたチームのルール。

 

「それが今じゃあただのヤク中まがいの異常者だ。ははは」

 

「お前に!…お前に何がわかる!」

 

 そう怒りを爆発させた時だった。

 

 

 

 ザパッ!

 

 刑事の後ろの藪から真上に何かが飛び出した。

 

 宙にスローモーションのようにその存在と水飛沫が跳んでいる。

 柳はこの時しっかりとその存在を目に焼き付けながら脳裏に走馬灯が流れていた。

 

 それは全身から手の指先まで青く膨れ、だがその頭部はミイラのように茶色に干乾びており黒く顔の大半を覆う黒い二つの眼球、口があるはずの場所から伸びる細い蝶の口のような触手はそれを人間ではないと告げている。

 人型である様だが人と言うにはかけ離れた溺死体は柳に一直線に向かい口先がゆっくりと柳に目掛けてのびていく。その光景は彼の思考では追いつかずただ直感だけが死を認識していた。

 

 

 

 ズドン!

 

 その音で柳は現実に引き戻された。

 自分目掛けて飛んでいたはずの怪物は自分の脇を転がり過ぎていく。

 

 その音源にはリボルバーを構えた刑事が不敵な笑みを浮かべていた。銃口から漂う煙が自らを守ってくれたことが分かる。

 

「そこまで啖呵切るったぁ死にとうないんじゃな?」

 

 真剣だったはずの刑事の目はこれから起こることが待ちきれないかのように笑っていた。

 

「二つ目ぇ!なら戦え!殺せ!叩きのめせ!その怪物は獲物を待ち伏せて喰らうだけの雑魚だ今ここで殺してみろぉ!ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャー!」

 

 柳は信じられなかった。あんな真面目そうな老人がここまで悪魔のように狂うような人間だったとは。怪物に向けらていた筈の銃口は間違いなく柳に向けられていた。それはここで戦うのを拒否したら殺すとでも言いたいように。

 背後では痛みに悶える怪物の形容しがたい甲高い悲鳴を聞きながら柳はただ自らの恐怖を飲み込み怪物に向き合うしかなかった。

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