ドールズフロントライン ~彼女が目を瞑るワケ~   作:往復ミサイル

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 ドルフロ未プレイの作者が「キャラが好き」という不純極まりない理由だけで書きました。「面白い、やってみろ」という強者以外はブラウザバック推奨です。

 粛清? あはは、いやいやご冗談をry


ドールズフロントライン ~彼女が目を瞑るワケ~

 

「無事か……」

 

 力なく、指揮官は微笑みながらそう言った。

 

 いつも力強くて、頼りになる指揮官の顔。けれども今、私の顔を直視するその瞳に力はない。いつものように、どんな逆境だろうと正面から見据え、それを打破しようと策を考える指揮官としての目というよりは―――死に場所を悟ったかのような、諦めにも似た雰囲気があった。

 

 多分、彼が抱いたその予感は正しいのだろう。

 

 指揮官の身に纏う制服の胸元には、真っ赤な染みが広がりつつあった。それはどんどん面積を広げ、袖の中からすら滴り落ちている。

 

 人間は脆い。たった数発の弾丸で殺してしまえるほどに。ちょっとした破片が突き刺さるだけで死んでしまえるほどに。

 

 戦術人形のような耐久性を、彼らは持ち合わせていない。

 

 なのに……なのに。

 

 どうして。

 

 どうして、私を庇ったのか。

 

「指揮官、どうして……?」

 

「お前だけでも……頼む、お前だけでも逃げろ、AK-12……」

 

 戦況は最悪だった。

 

 旧市街地の大通りでの、敵勢勢力の殲滅。それが私たちの任務だった。けれども敵の戦力は事前の情報とは大違いで、こちらの予測した規模を遥かに上回るものだった。そこに敵の増援や第三勢力も乱入してきて、私たちの部隊は壊滅状態。目の前で、寝食を共にした戦友たちが次々に倒れていくのをはっきりと見た。

 

 ちらりと大通りの方を振り向く。乗り捨てられた車の残骸の近くに、仲間の戦術人形の残骸がある。腹部から上が大きく削り取られていて、服装と健在な部位の身体的特徴で誰なのかを辛うじて判別できるレベルだった。

 

 指揮官の被弾で動揺していたのか、私はたった今、銃声が消えている事に気付いた。

 

 先ほどまで、あれだけ喧しかった銃声の狂騒曲。まるでそれに興味を抱く客が消え、演奏者たちも飽きてしまったかのように、ぴたりと静まり返っている。

 

 抵抗を続けていた仲間たちの”殲滅”が終わったのだ、と理解する。

 

 生き残っているのは私と―――被弾して瀕死の、指揮官だけ。

 

「嫌よ、そんなの」

 

 指揮官を抱き起そうとする。訓練を受けている割にはひょろりとしていて、どこか頼りない彼の手はどんどん冷たくなりつつあった。

 

 この熱が消え果た時、彼は死者の世界の住人となるのだ。そうなれば、もう二度と帰ってくる事はない。志半ばで(たお)れていった、他の仲間と同じように。

 

 それだけは嫌だった。

 

 せめてこの人だけでも。彼だけでも。

 

 けれども指揮官は、最後の力を振り絞って私の手を振り払う。

 

「お前だけでも生きてくれ」

 

 認めたくはないけれど―――理解はしていた。

 

 瀕死の指揮官を連れたまま、敵の追撃から逃げ切れるわけがない、と。

 

 戦闘力には自信があるし、私こそが最強の戦術人形だという自負もある。でも、それは瀕死の人間に気を遣わず、尚且つ武器も弾薬も十分に残っていると仮定した場合の話だ。現状ではどちらも満たしているとはいえず、戦力差は絶望的だった。

 

 仮に追撃を躱す事が出来たとしても、味方の部隊と合流するまでに指揮官が生きていられるかどうかという別の問題もある。救援のために出撃した友軍と合流した頃には、指揮官はすっかり冷たくなっていた……というのは、考えたくはないけどほぼ確定と言っても良かった。

 

 血まみれの手を伸ばし、ホルスターからベレッタを引き抜く指揮官。安全装置を外した彼は、最後に私の方を見てから、心配するな、と言わんばかりに笑ってみせた。

 

 分かっている。その笑みが、虚勢である事など。

 

 戦術人形の部隊をあっという間に壊滅させた連中に、拳銃1丁で勝てるわけなどない。できたとしても、ほんの短い時間稼ぎだけ―――それさえできればいい、と考えているのだろう。

 

 ならば私がやるべきことは何か。

 

 結果が分かり切っている運命が覆る事を祈って、ここで駄々をこねる事ではない。

 

「……指揮官、絶対助けを呼んでくるから」

 

 叶えられるかどうかも分からない約束だった。けれども指揮官はその言葉を聞いて、安心してくれたようだった。

 

 歯を食い縛り、走った。

 

 戦闘で破損した身体で出せるだけの出力を出し、全力で突っ走る。

 

 両足の人工筋肉が千切れても、身体中の駆動モーターが焼き切れても構わなかった。叶わない約束では終わらせたくない。せめて、指揮官だけでも救いたい。仲間を呼んできて、大急ぎで応急処置をすれば指揮官の命だけは助かる筈だ。

 

 そうしたら、いつもみたいに―――また、いつもみたいに……。

 

 パンパンッ、という乾いた音が連続し、すぐにぴたりと止まった。

 

 それが指揮官のベレッタの銃声なのか、それとも敵の銃声なのかは分からない。けれどもはっきりと分かる事は、生命反応が1つ消失したという事と―――それが、味方のものであったという事。

 

「―――」

 

 もう嫌だ、と叫びたくなった。

 

 これ以上、辛い現実を見たくなかった。

 

 仲間たちが次々に戦死し、死者の仲間入りをしていくのが耐えられなかった。

 

 朝まで兵舎で一緒に過ごしていた仲間の声が、顔が、魂が、一つ、また一つと消えていくのが嫌だった。

 

 ちょっとだけ、戦術人形として生まれてきた運命を呪いたくなった。もし私が機械ではなく人間として生まれてきていたのなら、現実を直視する事が出来なくなっていただろう。みっともなく泣き叫び、自らの心を閉ざしていたに違いない。

 

 ―――ああ、そうか。

 

 ―――ならば、もう目を瞑ってしまえばいいのだ。

 

 ―――そうすれば、余計なものを見ずに済むから。

 

 辛い現実も、仲間の骸も。

 

 余計なものを、見なくて済む。

 

 やっと得た答えを実行し、私はそっと目を瞑った。

 

 分かっている、これが単なる現実逃避でしかないということくらい。

 

 けれども今は、こうしなければ―――こうでもしなければ、壊れてしまいそうだった。

 

 ドンッ、と、近くの石畳が弾け飛んだ。石畳の破片が身体中に突き刺さり、膨れ上がって爆ぜた爆風が私の身体をあっさりと吹き飛ばす。そのまま近くの建物の壁を突き破って、住人が誰もいなくなった部屋の壁に叩きつけられた私は、そのまま力を抜いた。

 

 きっと今のは、敵の砲撃だ。榴弾でも至近距離に落下してきたのだろう。

 

 幸い直撃は避けられた。でも、今の一撃で身体の左半分が大きく損傷したようで、左腕が大きく欠けている。それ以外にも、爆発の衝撃でモジュールのいくつかが完全に機能を停止してしまったらしかった。

 

 もう、逃げる事も抵抗する事もできない。

 

 私もここで、朽ち果てる時が来たのだ。

 

「そう……ついに、私の番なのね……」

 

 ごめんなさい、指揮官。

 

 あなたとの約束すら、私は果たせなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここで機能を停止してから、一体どれだけ時間が経ったのだろう。

 

 それすらも分からない。モジュールが破損したせいで何も情報が入って来なくなったせいなのか、それともただ単にこの残酷な世界が嫌になっただけなのか。

 

 今が一体西暦何年で、何月何日何曜日なのかすら分からない。

 

 ただ―――珍しく、”来客”が来た事は分かった。

 

 身に纏っているのは、G&Kの赤い制服だった。灰色のワイシャツの上に上着を羽織り、ワイシャツの上には真っ黒なチェストリグを装着している。とはいっても、その中身は空っぽだった。手にしている小銃―――私のコードネームと同じ”AK-12”カラシニコフ小銃―――に装着しているマガジンが、どうやら最後のものらしい。

 

 ボロボロになりながらこの部屋に転がり込んできた”彼”は、最初に私を見た瞬間驚いていたようだった。敵だと思ったのか、反射的に銃口を向けてきたのよ。

 

 けれども私が大破して、もう動く気配のない相手だと分かったようで、安堵しながらゆっくりと銃を下ろした。

 

「戦術人形……大破したのか」

 

 返事はしない。こうして壁に寄り掛かって、うつむいたまま何もしない。

 

 だって、私はもう1人だから。

 

 最愛の仲間も、指揮官もいない。帰るべき場所もない。

 

 だからここで、こうして一人で朽ちていく。そう決めた。

 

 すると、部屋に転がり込んできたその男は溜息をつき、私の隣に腰を下ろした。ポケットから煙草を取り出し、それにライターで火をつける。

 

「悪いが隣、失礼させてもらうよ。美人さん」

 

 お好きにどうぞ、と心の中で返答する。

 

 それであなたの気が済むならばご勝手に。

 

 沈黙をYESと受け取ったのか、彼は呑気に煙を吐き出した。

 

 その顔は、かつての指揮官を思わせた。

 

 顔が似てるとか、瓜二つとかそういう話ではない。自らの生還を諦めたかのような―――あの時、指揮官が浮かべていた表情とそっくりだったのだ。

 

 ヒグマみたいに大きな彼のお腹の辺りには、大きな傷があった。ここに来る途中で撃たれたのだろうか。

 

 心の中に芽生えた疑問は、すぐに答えに変わった。

 

 部屋の外から聴こえてくる足音。隣にいる男もそれに気付いたようで、来やがったか、と吐き捨てながら、AK-12を構える。

 

 やがて、部屋の中に兵士たちが突入してきた。彼と同じく、G&Kの赤い制服に身を包んでいる。G&Kは戦術人形を主体とした戦術に切り替え、人間の兵士を前線に出すことはなくなった筈だけど、どうやらこういう”人間の部隊”をごく一部だけ残していたらしい。

 

「見つけたぞ、裏切り者め」

 

「クックックッ……ご苦労なこった。こんなところまで探しに来たのかい」

 

 裏切り者―――彼が?

 

 沈黙したまま、しばらくやり取りを聞いている事にした。

 

「ふん……粛清を嗅ぎつける嗅覚と、逃げ足の速さだけは評価してやる」

 

「ハハハッ……人に散々汚れ仕事をさせて、用済みになったら粛清か。随分と人遣いの荒い……」

 

 G&Kの兵士たちが、一斉に銃を向けた。

 

 ああ、彼は捨てられたのだ。

 

 汚れ仕事―――決して公にはできない、裏の任務。いわゆる”非公式作戦”に彼は今まで従事してきたのだろう。G&Kへの忠誠か、それとも報酬目当てだったのかは分からない。

 

 おそらくそれで、知ってはならない事実を知ってしまったか―――汚れ仕事が長かったが故に”知り過ぎて”しまったか。どちらにせよ、G&Kにとっては早期に黙らせなければならない対象であるらしい。

 

 随分と理不尽よね、それって……。

 

 AK-12を兵士たちに向けながら、男は笑った。

 

 あの時、私に向かって笑みを浮かべた指揮官のように。

 

 気が付くと、私は両足に力を込めていた。以前の戦闘で大破した身体に鞭を打ち、強引に立ち上がる。錆び付いたり、歪んだパーツが嫌な音を響かせた。それだけじゃない。頭の中には無数のエラーの表示や警告のメッセージが上がってきて、通知があっという間に埋め尽くされていく。

 

「!?」

 

「馬鹿な……再起動(リブート)!?」

 

 残った右手を腰の鞘に伸ばし、中から錆び付いたナイフを引っ張り出す。

 

 G&Kの兵士に飛びかかり、最初の1人の首筋にナイフを突き立てながら、私は思った。一体私は何をしているのだろう、と。

 

 どうして裏切り者に加担するような真似をしているのか?

 

 理解できなかった。

 

 これじゃあまるで人間の衝動的な行動だ。それと何も変わらない。

 

 返り血を浴びながら次の兵士を殴り飛ばし、こっちに銃を向ける兵士の眉間にナイフを投げ放つ。ドッ、と鈍い音を立ててナイフが眉間に喰らい付き、その兵士は動かなくなった。

 

 僅か3秒足らずの、あまりにも短い戦闘時間。

 

 生命反応は、壁に寄り掛かったままきょとんとしているヒグマみたいな裏切り者だけ。

 

「え? あ……え、えぇ……?」

 

 アンタ動けたの、と言わんばかりにびっくりする彼。まだ目を丸くしている彼に歩み寄り、右手を差し伸べる。

 

「立てる?」

 

「お、おう……」

 

 何とか立てるみたいだけど―――傷口は早めに手当てした方が良さそうね。

 

「……なんで俺を助けたんだ?」

 

「?」

 

「今のやり取り聞いてたろ」

 

「そうねぇ」

 

 本当の事を言うと、指揮官と彼を重ねているうちに見捨てられなくなった、というのが理由としては近いのかもしれない。

 

 G&Kからすれば彼は裏切り者。だから本当ならG&Kの連中の方に肩入れするのが正解って気もするけれど、いきなり理不尽な現実を突きつけられる辛さは私も経験してるし……共感しているのかもしれない、彼に。

 

 だからちょっとだけ、からかってやる事にした。

 

 

 

 

 

「私の事を”美人さん”って呼んでくれたからかしら」

 

 

 

 

 

 それが、新しい指揮官との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕事だぞお前ら」

 

 指揮官の低い声がした。

 

 振り向いてみると、既にチェストリグとロングコートを身に纏い、AK-15を担ぎながら片手でガスマスクを持った指揮官がそこにいた。出撃準備は万全のようで、まるでショッピングにでも行くかのような楽し気な笑みを浮かべている。

 

 ”ヴィクトル・アレクセーエヴィチ・リキノフ”―――それが、かつてG&Kを離反し、私たちの指揮官となった男の名前だった。

 

「ウラジオストク近辺で武装勢力の動きが活発化しているらしい。それの鎮圧を正規軍から依頼された。報酬は期待できそうだな」

 

「”OGG”の名を挙げるチャンスでもあるわね」

 

 OGG。それが、今の私が所属する民間軍事会社(PMC)だった。PMCといっても、その規模はG&Kの足元にも及ばない。少数の戦術人形と指揮官がいるだけの、小さな会社でしかない。

 

 全員分のライフルや装備も行き渡っておらず、弾薬や燃料は常にカツカツ。経営は厳しいみたいだけど、少なくとも私は今の環境に満足していた。

 

 私はまだ、生きている。

 

 あそこが私の”終着点”などではなかったのだから。

 

 まだまだ道は続いている。それがどこまで続いているのか、終わりがいつ訪れるのか。それは神にしか分からないのかもしれない。

 

 だから、もう少し諦めずに生きてみようと思う。

 

 目はまだ、相変わらず瞑ったままだけど―――いつか、辛い現実を直視できるだけの勇気を手に入れたら、その時は。

 

 ありのままの私として、指揮官と共に生きよう。

 

 そう決意しながら、迷彩服を羽織った。

 

 

 

 

 

「さあ―――行きましょう、指揮官」

 

 

 

 

 


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