とあるキラキラしたいウマ娘   作:乾燥海藻類

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第10話 年が明けて

秋も深まり、師走の顔が見え始めた頃。ネイチャは第2戦、ベゴニア賞に挑んだ。

初戦を勝利で飾ったことにより、精神的にも成長したネイチャは思いのほか落ち着いていた。

自分のペースを見失うなという西条の指示に従い、ネイチャは本来の脚質(スタイル)である差しに構えて、その末脚を遺憾なく発揮し、危なげなく勝利を飾った。

その翌月に開催された朝日杯フューチュリティステークスは、大多数の予想通りにトウカイテイオーが強さを見せつける結果となった。

そして年が明けて、改めてネイチャとローテーションについて話し合うべく、ふたりはトレーナー室で膝を突き合わせていた。

 

「まずは、明けましておめでとう」

「おめでとうございます。今年も一年よろしくお願いしますね」

「こちらこそ。じゃあ今後のローテーションについて決めよう」

 

ローテーションとは、一言で言えば大目標に向けたスケジュールだ。これは個人差が大きく、間隔が空いてもレース感が鈍らないウマ娘もいれば、明らかに動きが悪くなるウマ娘もいる。

一般的には中3~5週くらいが良いとされている。

 

「候補としてはこんなところか。弥生賞はテイオーが出てくる可能性が高い。トレーナーとしては、テイオーとの対決は、やはり皐月賞までとっておきたい」

 

ホワイトボードに出走できそうなレースを書き並べ、視線をネイチャへと戻す。

ネイチャとテイオーの勝敗が及ぼす結果を、西条は予想ができなかった。負ければ苦手意識を持ってしまうかもしれないし、勝ったとしても、それが自信に繋がれば良いが、隙になってしまう可能性もある。

 

スペシャルウィークがまさにそれだった。スペシャルウィークは弥生賞を勝ったが、そのレースで競り合ったセイウンスカイの策に嵌まった。

セイウンスカイは自分の限界点を敢えて低く見せることで、実力を誤認させたのだ。ウマ娘ならば出走するレースは全て勝ちたいのは当然のこと。だがセイウンスカイは皐月賞(大魚)を得るための撒き餌として弥生賞を使った。

そしてセイウンスカイはうまうまと大魚を釣り上げたのだ。

 

「てか重賞レースばっかりなんですけど?」

「先のベゴニア賞で分かったが、重賞は最低ラインだ。こういうと他のウマ娘に失礼かもしれないが、楽に勝つことは覚えない方がいい」

「じゃあ、トレーナーさんのおすすめは?」

「2月の共同通信杯かな。東京レース場だから、キミの末脚が活かせる」

「なるほどなるほど。じゃあそれにしときますか」

 

ネイチャはあっさりと了承し、ローテーションはそういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ナイスネイチャ、無傷の3連勝で皐月賞へ準備万端!』

 

東京レース場で14人によって争われた共同通信杯を、3番人気のナイスネイチャが4バ身差をつけてデビュー3連勝を飾った。トレーナーの西条氏は「ネイチャらしいレースができてよかった」と語る。

 

レース序盤は中団よりやや後ろに位置取ったナイスネイチャは徐々に位置を押し上げ、最終コーナーでは3番手の好位につけた。最後は東京レース場の長い直線を、自慢の末脚で並ぶ間もなく前方の二人を抜き去り存在感をアピールした。

 

世代の頂点とも噂されるトウカイテイオーとの対決は目が離せない。直接対決はクラシック1戦目、皐月賞か!?

 

 

 

「いい記事を書いてくれたな、月刊トゥインクルさんは」

「それだけに申し訳ないっていうか。あはは……ごめんね」

「ごめんは禁止だと言っただろう」

 

渇いた笑いを零すネイチャの髪を撫でながら西条は優しく微笑んだ。

異変に気づいたのは共同通信杯を終えた翌日のトレーニングだった。レース後ということもあって軽めに流す程度のものだったが、西条はなんとなくネイチャの動きに違和感を覚えた。

疑惑が確信へと変わったのは、トレーニング後のマッサージを(おこな)っていた時だ。

本人は筋肉痛だと楽観的だったが、西条はすぐにトレセン学園が提携している病院に予約を取り、翌日に検査を(おこな)った。

 

結果は脛骨過労性骨膜炎(シンスプリント)

シンスプリントは下腿内側に位置する脛骨の下方に痛みが発生する症状で、骨折した時のような激しい痛みではなく、鈍痛なのが特徴である。そして散発的なものであるため、本人は大したことがないと思い込みやすい。

治療法は脚を長期間休めることであるが、今回は早期発見だったため、それほど重篤ではない。

それでも、皐月賞は回避することになった。無理をすれば出られなくはないが、仕上がってもいない中途半端な状態でテイオーと戦うのは、相手にとっても失礼であろう。

 

「逆に考えよう。ダービー前でなくて良かったと、そう考えるんだ」

「……うん。そうだね。ふさぎ込んでても仕方ないし。ダービーでは絶対テイオーに勝つ!」

 

新たに決意を表明し、ネイチャは拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネイチャはしばらくの休養を挟んだ後、水泳やウッドチップコースでのランニングなどの、負荷の少ないトレーニングを開始した。

トレーニング後は入念なストレッチをし、アイシングやアイスマッサージも(おこな)った。

次第にネイチャの動きも良くなっていき、ダービーのトライアルレースである青葉賞への出走を決めた。

そこで弾みをつける予定であったが、ネイチャは直線で伸びきれずに2着で終わった。

また優勝したリオナタールの勝ち方が印象的だった。出遅れのため4コーナーまでほぼ最後方だったが、そこから強烈な末脚を爆発させ、一気に差し切って1着となった。ネイチャの得意である末脚を抑え込んでの1着だ。リオナタールは一躍注目の的となり、テイオーの対抗ウマ娘に躍り出ることになった。

 

「痛みが出たか?」

「そんなことは……ないはずだけど」

 

なら精神的なものか、と西条は胸中で独りごちた。

肉体的な怪我と違い、精神的な怪我はケアが難しい。扱いを間違えれば、ネイチャはこのまま勝ちきれないウマ娘になってしまう可能性があった。

 

それからしばらくは、ごくごく平凡なトレーニングを(おこな)った。

読みの深さや判断力などを伴うレース勘は向上しているように思える。だがそれは逆に言えば神経が過敏になっているのではないかと西条を不安にさせた。

 

(怪我は間違いなく治っている。医師も太鼓判を押した。だとすれば、やはり精神的なものか)

 

フロイト曰く、心とは3つの領域から作られている。

すなわち自我(エゴ)超自我(スーパーエゴ)第3者(イド)。今回の問題はイドに関係する。

イドとは心の中にありながら、自分の思い通りにならない存在、意志によるコントロールができない心の領域である。

 

(意志によるコントロールができない、か……厄介な問題を抱えてしまったな)

 

スピカのメンバーや、オグリキャップらの協力で、何度か模擬レースを走らせてみたが、やはり伸びが足りないと判断できた。

気づけばダービーは目前まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は特別なトレーニングを行う」

 

トレーナー室の裏手に設置された、膝の高さほどの二つの台座。その間には二振りの日本刀が、橋のように架けられていた。

 

「これを素足で渡ってもらう」

「す、素足で……?」

 

真意を測りかねたネイチャは思わず西条と日本刀を視線で往復させた。

 

「まずはお手本を見せよう」

 

そう言って西条は台座に上がると、躊躇なく一歩目を踏み出した。

 

「――ちょっ!?」

 

咄嗟にネイチャが悲鳴を上げるが、西条は片手を上げてそれを制止した。

 

「刀は引かなければ斬れない。乗った(おした)だけでは斬れないんだ」

 

西条は二歩目を踏み出した。完全に刃の上に体重がかかっているが、西条は平然としている。

そのまま横断歩道でも渡るように、西条は白刃の橋を渡り切った。血は一滴も流れていない。

 

「これは覚悟を問うトレーニングだ。怪我のことなど些細な問題にすぎない。キミは今、自分が信じられなくなっている」

「それが……これで治るっていうの?」

「……正直、効果があるかどうかは分からない。だから、キミはこのトレーニングを拒否しても構わない」

 

西条は敢えて突き放すような物言いをした。ネイチャは一瞬当惑したものの、無言で台座に上がった。

一歩目を踏み出すまでにはかなりの時間がかかったが、西条は黙したままじっと待った。

 

ネイチャがゆっくりと一歩目の脚に体重を移していく。これまでのトレーニングで硬くなった足裏の皮は、白刃に晒されてもなお裂ける様子はなかった。

そこからさらに幾ばくかの時間が経った。未だ二歩目は踏み出されない。ネイチャは幻視していたのだ。足を滑らせて、血に塗れる自分の姿を。

額に冷たい汗が流れた。

 

「そんな未来はこない。雑念を捨てろ。意識を集中しろ。自分の身体を意識の支配下に置くんだ。自分を信じろ。キミなら必ず渡りきれる」

 

西条とて必死だった。ネイチャが少しでもバランスを崩した瞬間に飛び出せる用意をしている。ネイチャの一挙手一投足に気を配っていたのだ。

ネイチャは意を決して二歩目を踏み出した。後はもう勢いだった。この寒気のする地獄から逃れようと、ネイチャは一気に白刃の橋を渡りきった。

 

「……はぁ……はぁ……渡ったよ……トレーナーさん」

「ああ、よくやった。頑張ったな、ネイチャ」

 

ネイチャは腰が抜けたように、西条に身体を預けた。西条はネイチャを優しく受け止め、その努力を称賛した。

 

「キミは今、自分の身体を100%制御したんだ。もうキミを妨げるものは何もない。胸を張って、テイオーの前に立つといい」

 

ネイチャは薄く笑って、意識を手放した。

 

 

 

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