とあるキラキラしたいウマ娘   作:乾燥海藻類

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第20話 最後の冠

約3週間の合宿を終えて、西条たちはトレセン学園に帰ってきた。

菊花賞まで約2ヵ月。最終的な作戦を決めるブリーフィングを始める。

 

「策は2つある。まず1つ目だが、前半1000メートルを59秒6、中間の1000メートルで64秒3と一気にペースを落とし、2周目の坂の下りから早めのスパートを仕掛けて、セーフティーリードを保ったまま最後の1000メートルを59秒3で駆け抜ける」

 

西条の指示を聞き、ブルボンは目を閉じてシミュレーションを始めた。そしてネイチャはあることに気づいたのか、西条に視線を向ける。

 

「気づいたか? これはセイウンスカイが菊花賞を勝ったときの戦略だ。勝ち時計は3分3秒2の世界レコード。芸術的なレースだった」

「確かに世界レコードなら負けないでしょうけど……」

「そう。ネタが割れている。あれから3年経っているが、レース中に気づくやつが出てきてもおかしくはない」

 

ブルボンはアドリブで策を再構築できるような器用な性格ではない。ネタが割れれば破綻する可能性もある。

 

「2つ目の策は、1ハロン12秒3を淡々と刻んでいくペースだ。これでタイムは3分4秒5。若干タイムは落ちるが十分に速いペースだ」

「けど、レースに絶対はない」

「ああ。ライスシャワーやマチカネタンホイザ。皐月賞よりダービーの方(距離が伸びた方)が差を詰められている。それが懸念材料でもある。それ以上に……」

 

ここで西条は改めてブルボンの目を見据えた。

 

「ミホノブルボンに逃げさせたらヤバいというのは、もはや共通認識になっている。なにがなんでも先頭(ハナ)を取りに来るウマ娘がいてもおかしくないだろう」

「ブルボンの加速についてこれるかしら? 先頭を取って終わりじゃないのよ。それを維持しなきゃならない」

「そうだな。一か八かだ。策とも呼べない策だが、可能性があるならやってくるだろう。それに……」

 

厳しい声音で西条は続ける。

 

「まともにやって勝てないなら、まともじゃない手段を選ぶしかない。そこにわずかでも勝機があるなら、候補のひとつにはなるだろう」

「……確かに、そうかもね」

「ともかく、楽に先頭が取れるとは思わない方がいい。そうなった場合どうするか。意地でも先頭を取りに行くのか、あるいは譲るか。キミはどうしたい?」

 

西条はブルボンに水を向ける。

 

「私は、先頭に特別拘りがあるわけではありません。マスターの指示とあれば、先行でも差しでも追い込みでも、ミッションを遂行するだけです」

「……なるほど」

 

ブルボンは自信満々にそう言ったが、彼女はすべてのレースで逃げを打っている。メイクデビューでは出遅れて先頭を譲ったが、大きく崩れた様子はなかった。

 

「無理に張り合ってペースが崩れれば本末転倒だ。先頭は譲っていい。そして、それは忘れろ。後ろに付く必要もない。先頭を走っているのは自分だと思いこめ」

 

ただの言葉遊び、詐術のような言い分だが、ブルボンにはそれを聞き分ける素直さがあった。

 

「起こりうる可能性を全て想定しよう。そのケースに直面したら適宜判断しろ」

 

ブルボンは静かに頷いた。それからは対策、訓練、休息を繰り返し、作戦も詰めに詰めた。2ヵ月という時間はあっという間に過ぎ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『晴天に恵まれました京都レース場。本日のバ場は良との発表です。注目はやはり三冠のかかったミホノブルボンでしょう。調子は良さそうです』

 

ブルボンは4枠7番となかなか良い枠順を引き当てた。その隣に潜む小さな黒い影は、機運というべきだろうか、ダービーでぞわりとした悪寒を感じさせたウマ娘だった。

 

生粋のステイヤー、天性のステイヤー。本来ならば、ブルボンと彼女が同じ距離(フィールド)で戦うことはなかっただろう。精々が年末に行われるお祭り騒ぎのレースくらいだ。

 

ならば勝つ為には――レコードで勝つしかない。相手の思惑を超える走りをするしかない。

菊花賞――問われるのは肉体の強さだけではなく、精神の強さ。

菊花賞――勝つのは真に強いウマ娘。

 

『18人のゲートインが終わりました。さあ、スタートです』

 

決戦の火ぶたが切られた。

 

『ミホノブルボン好スタート。その外から嚆矢が走る。アーバレストがミホノブルボンをかわして先頭に立ちました。アーバレストが先頭です!』

 

先頭から3バ身ほど離されて、ブルボンは2番手でレースを進めた。スタンドではどよめきが起こっていたが、ブルボンは冷静だった。先頭を行くウマ娘を意識の外に押しやり、確実にペースを刻んでいく。

 

隊列は縦長になった。スタンド前を駆け抜けて、2つのコーナーを回り向こう正面に入る。アーバレストはまだ粘っている。辛うじて先頭を維持している。走っているというよりも、ブルボンに走らされているといった方がいいだろう。文字通り逃げるようにゴールへと向かう。

 

ブルボンはアーバレストの斜め後ろを走っていた。これは何か深い考えがあったわけではない。そうしろと言われたからそうしているだけだ。

普通ならアーバレストを風除けに使う。発生するスリップストリームを活用して体力を温存する。だがそれにより、アーバレストの視界からブルボンは消えてしまう。

西条が選んだのは、見えない恐怖よりも見える脅威だった。

 

視界の端にチラリチラリとブルボンが映る。ひとたび先頭を譲れば、そのまま押し切られる。アーバレストの作戦は至極単純で、先頭を奪い、そのままゴールまで駆け抜けることだった。それがどんなに至難の業だとしても。

ベストパフォーマンスを発揮しても難しいというのに、視界の端に映るブルボンの姿が、アーバレストの集中力を奪い、プレッシャーを与える。

 

3コーナーに向かう坂を駆け上がっていく。もはやアーバレストは気力と根性だけで走っていた。目は虚ろで、思考も上手く働いていない。それでも勝利への執念がそうさせるのか、アーバレストは内ラチギリギリに進路をとった。

 

だが京都レース場の4コーナーは外回りと内回りが合流する最大の難所だ。下り坂でついた勢い(スピード)を殺さずに回り切る技量(テクニック)が問われる。わずかに膨らんだアーバレストのさらに内を突いて、ブルボンは先頭に躍り出た。

 

『最終コーナーを抜けて最後の直線に入ります。先頭はミホノブルボン。アーバレストは一杯になった。ライスシャワーとマチカネタンホイザが上がってきた!』

 

ゴールまで残り300メール。ようやくブルボンが先頭に立った。だが終わりではない。ここからが始まり。レースでもっとも苦しい時間。ブルボンにとっての正念場。

 

まとわりついてくる。襲い掛かってくる。叩きつけてくる。茨の園が容赦なくブルボンの自由(スタミナ)を奪いに来る。

無視することはできない。ブルボンは意識の槍を飛ばし、迫り来る蒼薔薇の茨棘を払い落とす。

 

その光景を見て、西条は冷たい汗を流していた。もちろん西条にはふたりの攻防は見えない。だが分かることはある。ライスシャワーの速度が増し、ブルボンの集中が乱されている。

 

漆黒の勝負服(ドレス)から抜き放たれた懐剣が、ブルボンの喉元に突きつけられる。

世界レコードのペースで走っているブルボンを、ライスシャワーは遂に捉えた。

 

『先頭はミホノブルボン。外から黒い帽子のライスシャワー。青い帽子はマチカネタンホイザ。あーっとライスシャワーかわしたか! マチカネタンホイザもきているぞ! ライスシャワーだ! ライスシャワーがここで先頭に立った!』

 

スタンドから悲鳴が上がる。レースは残り100メートルを切った。ここでの先頭交代は致命的である。

このままでは勝てない。世界レコードのペースでは勝てない。世界レコードを更新するペースでなければ。

 

(まだ、想定内。ミッションをアップデート。プランBへと移行します。さすがですライス、ライスシャワー! ここから先は、私とあなたの根性勝負。ミホノブルボン、発進します!)

 

『差が――詰まっている! ライスシャワー突き放せない! ブルボン追いすがる! 並んだ並んだ! ふたり並んで! 今! ゴールイン! 3着にマチカネタンホイザが入ります!』

 

黒白(こくびゃく)の風が駆け抜ける。決着は写真判定となった。

判定の時間は長かった。十分、二十分が経過し、ようやく電光掲示板に結果が発表された。

 

スタンドから2度目の悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レースで3着までに入賞したウマ娘にはウイニングライブの権利が貰える。ライブ開始までの休憩時間、西条は控え室でブルボンの脚をチェックしていた。

 

「……うん、異常はないな。熱を持っていたからどうかと思ったが、大丈夫そうだ。ウイニングライブは問題ないだろう。違和感とかはないか?」

「はい。自己診断(セルフチェック)でも異常は確認されません」

「そうか」

 

西条の声には陰鬱なものが混じっていた。

 

「もっと上手い方法があったかもしれない」

 

西条は怪我をさせない限界ギリギリのラインでトレーニングプランを組んでいたつもりだった。それでも最後に覆された。もっと効率の良い方法があったかもしれない。そんな思いが心の底にこびりついていた。

 

「いえ、ライスは強敵でした。あの1cmの差がライスの執念で、底力なのだと思います。私は持てる力の全てを引き出せました。ライスはその上をいった。世界レコードで負けては、言い訳もできません」

「……ならばなぜ泣いている?」

 

ブルボンはハッとなって自分の頬に手を当てた。そして、彼女は涙の溜まった瞳で西条を見上げた。

 

「クラシック三冠は関係ありません。これは、単純に負けたことが悔しい、ということです」

「そういえば、負けるのは初めてだったな」

「はい。私は、自分が思っているよりもずっと負けず嫌いだったようです」

「……這い上がろう。負けたことがあるというのが、いつか大きな財産になる」

 

ブルボンの涙を拭い、西条は彼女をステージへと送り出した。その後、ネイチャと合流してライブ会場へと向かう。そして、そこに足を踏み入れた瞬間、西条は何か異質な雰囲気を感じ取った。

 

(なんだ? いつもの雰囲気とは……違う?)

 

その違和感の正体は、ライブが始まるまで分からなかった。分かったのは、ライブが始まってしばらくの時間が経ってからだった。

ブルボンに声援が飛ぶ。

 

『ブルボン次がんばれ!』

『三冠ウマ娘見たかったけどよくやった!』

『また応援するね! ブルボン大好きー!』

 

その言葉はトレーナーとしては嬉しいものだった。だが言葉の裏に隠されたものに、西条は怖気(おぞけ)を感じた。

マチカネタンホイザにも声援はある。だがライスシャワーにはそういった言葉はなかった。

 

罵倒するでもなく、非難するでもなく、嘲笑うわけでもない。ただ見ていないだけだ。見えていないだけだ。

ネイチャがダービーを勝った時も、ある程度は覚悟していたが、西条の予想は良い意味で裏切られた。

 

(だがこれは……こんな……違う。レースは……ライブはもっと……美しく……尊いもので……)

 

ダービー(2戦目)菊花賞(3戦目)でここまで違うものか。

改めて、シンボリルドルフ以来の無敗の三冠ウマ娘という期待を思い知った。自分が、存外に夢想家でロマンチストであったということも。

 

西条は強烈な吐き気を催して、トイレへと駆け込んだ。

 

 

 

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