とあるキラキラしたいウマ娘   作:乾燥海藻類

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第21話 秋シーズン(前)

菊花賞が終われば、次は秋の天皇賞が始まる。バトンはブルボンからネイチャへと渡った。

控え室にて、西条はネイチャと最後のブリーフィングを行っていた。

 

「今回のキモはメジロパーマーだ」

「逃げにつられないようにするってことでしょ。宝塚記念の時も聞いたって」

 

その言葉に、西条は何となく引っ掛かりを覚えた。ネイチャはメジロパーマーを甘く見ているのではないかと。

確かに、宝塚記念ではネイチャがメジロパーマーの上を行った。だが彼女とてあの時のままではない。慢心して勝てる相手ではないのだ。

 

「改めて言っておくが、メジロパーマーは強いウマ娘だ。誤解を恐れずに言えば、彼女はツインターボの上位互換だ」

「ターボの上位互換……」

「換言するなら賢いツインターボだ」

「それはもうターボじゃないのでは?」

 

賢いターボというのが想像できず、ネイチャは微妙な表情を浮かべた。だが西条は気にせず話を続ける。メジロパーマーはジュニア期、クラシック期は迷走していた節が見えるが、シニア期になって本格化した。

頭を下げない特徴的な走行フォームに、逃げという脚質にもかかわらず、最後にひと伸びする驚異的なスタミナ。仕掛けどころを間違えば、悠々と逃げ切られる。

 

「だがダイタクヘリオスと一緒に出走した場合は、バカになる傾向がある」

「バカ逃げコンビってやつね」

 

共に逃げることで必要以上に張り切ってしまうのだと考えられる。ダイタクヘリオス風に言うのならば『テン上げでGO!』というやつだ。結果ペース配分を間違ってしまう。

 

「それを警戒しつつ、今日は前目でレースを進めよう。メジロパーマーやダイタクヘリオスがオーバーペースで走る可能性は常に考慮しておくこと。もしそうなったら、それにはつられないように」

「了解」

 

ネイチャがビシッと敬礼してターフへと向かった。

西条はそれを見送って、いつもの定位置へと移動した。パドックが始まり、各ウマ娘の紹介が始まる。

テイオーが舞台に上がると、一層の歓声が沸き上がる。その歓声の中で、西条はテイオーの異常を感じ取った。

 

(あの顔の火照りは熱だな。上手く隠しているようだが、自慢のステップも披露しなかった。調子はかなり悪そうだ)

 

朝起きた時は身体がだるいな、くらいだったのだろう。だが時間が経つにつれて悪化していった。

 

(今からでも出走を取りやめにしたいくらいだが、トレーナーでもない俺にそんな権限はない。彼女のトレーナーに忠告するのも筋違いだろうしな)

 

テイオーは自分の意思で出走を決め、トレーナーはそれを許可した。ならば外野が騒ぎ立てるのは筋違いだろう。それに調子が悪くともテイオーだ。レースに絶対はない。

 

 

 

『さあ全ウマ娘のゲート入りが完了しました。スタートからの2コーナーまでが問題だ。秋の天皇賞、スタートしました』

 

前年のトラブルが頭をよぎったのか、アナウンサーが警句を発した。

先頭を取ったのは大方の予想通り、メジロパーマーとダイタクヘリオス。ふたりが併せるように進んでいく。その後ろにテイオーがつき、テイオーの後ろにネイチャがついた。

 

『先頭はメジロパーマー。続いてダイタクヘリオス。トウカイテイオーはその後ろにつけます。トウカイテイオー素晴らしい足取り!』

 

(違うな。あれは熱で身体がふわふわしているだけだ。いずれ落ちてくる)

 

西条は冷静にそう分析した。事実、熱に浮かされたテイオーは冷静な判断力を失っていた。

 

『さあ18人が向こう正面を過ぎて3コーナーの坂を下って行く。先頭はダイタクヘリオスに変わったか。メジロパーマーは2番手。1000メートルを通過してタイムは――なんと57秒5!』

 

アナウンサーから驚愕の声が漏れる。それもそのはずで、これはメチャクチャに速いペース。殺人的なハイペースだ。それについて行っているテイオーは明らかに自分のペースを見失っている。

 

(ネイチャは現在10番手くらい。隣はイクノディクタスか? いいぞ、それでいい。あんな無茶なペースにつき合う必要はない)

 

『最終コーナーに入ります。トウカイテイオーは現在2番手。最終コーナーを回って最後の直線へ。先頭はダイタクヘリオス! テイオーはまだか! テイオーはまだか! テイオーはまだ2番手!』

 

テイオーの表情は苦悶に歪んでいる。いつものような余裕のある表情ではない。東京レース場の長い直線を駆ける体力は残されていないだろう。

 

『外から後続が一気にきた! 2番人気のナイスネイチャ! そしてイクノディクタスが伸びる! ナイスネイチャだ! ナイスネイチャが一気にきた!』

 

(――あたしが先頭!? でもテイオーはここから来る! テイオーが……テイオーが……あれ?)

 

『ナイスネイチャが1着でゴールイン! 2着はイクノディクタス』

 

決着はあっけないものだった。レースには勝ったが、テイオーとの勝負は次に持ち越しといったところだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西条はトレーナー室で書類仕事をしていた。秋の天皇賞が終わり、次のジャパンカップに向けての調整を始めている。

ブルボンにもURAからジャパンカップの出走要請が来ていたが、疲労を理由に断った。それでもしつこく食らいついてきたが、いま無理をするとダメになる、有記念には出る、という交渉でまとめた。

 

トレーニングプランや各種申請書類を書き終え、西条はトレーナー室を出た。ドアの鍵を閉めたところで、足音が聞こえてきた。歩く音ではない。走る音だ。

 

「やあ、こんばんは」

「……ネイチャのトレーナー」

「今はブルボンのトレーナーでもあるけどね」

 

ジョギングをしていたテイオーは足を止めて西条に向き直った。西条がテイオーと言葉を交わすのは久しぶりだった。春の天皇賞以降の春シーズンは、ダービーと宝塚記念のプランを練っていたし、夏は合宿に行っていた。

 

テイオーも西条の忠告を無視して無理をしてしまった以上、なんとなく顔を合わせづらい雰囲気になっていた。

 

「寒い時期は怪我のリスクが高まるから注意した方がいい。特にウォーミングアップは時間をかけて行うことだ。身体が温まったと感じても、筋温はさほど上がってなかったりする。まあこんなことはキミのトレーナーも承知だろうが」

 

テイオーの所属するチームスピカのトレーナーは西条よりもトレーナー歴は長い。ベテランというほどの年ではないが、GⅠウマ娘を育成できるだけの手腕はある。

 

「……また無理するなって話?」

 

テイオーはムッとした態度で返答する。だが西条は機嫌を損ねることなく、むしろ気遣うような口調で言葉を続けた。

 

「悩みがあるなら聞くぞ。チームメイトやトレーナーには話しづらいことでも、無関係の僕なら話せることもあるんじゃないか?」

「……ないよ。悩みなんか」

「無敗の三冠ウマ娘という夢を失って、マックイーン(ライバル)にも負けて骨折して、熱をおして出走したレースも自分のペースを作れずに惨敗。自分は何のために走ってるんだろう――ってところか?」

「――ッ!?」

 

テイオーは押し黙って口の端を噛みしめた。聞く人が聞けば贅沢な悩みだと思うだろう。本来ならGⅠレースに出走できるだけでも優秀であることの証左なのだ。このトレセン学園には1勝もできずに去って行くウマ娘の方が多いのだから。

だがそんなことを言っても慰めにはならない。

 

「最近、忘れてるんじゃないかと思ってな」

「……何をさ」

「自分がトウカイテイオーだってことをさ」

 

テイオーは虚を突かれたように茫然と視線を彷徨わせた。そして一瞬後に眉根を寄せる。

 

「なにそれ? ぜんもんどーってやつ?」

「自己の再確認だよ。キミはキミだ。シンボリルドルフにはなれないし、なる必要もない。トウカイテイオーはトウカイテイオーのまま、シンボリルドルフを超えればいい」

「カイチョーを……超える?」

 

それはかつてテイオー自身が目指したことだった。シンボリルドルフみたいなウマ娘になりたい。シンボリルドルフに追いつきたい。シンボリルドルフに勝ちたい。

それが薄れていったのはいつからだろうか。

 

シンボリルドルフとテイオーの才はまったく別のものだ。龍はどう頑張っても虎にはなれない。逆もまた然りだ。

龍には龍の強さがあり、虎には虎の強さがある。テイオーが「シンボリルドルフみたいになりたい」と思っているかぎり、彼女は皇帝には勝てないだろう。

西条はそれをテイオーに伝えたかった。

 

「そんなあやふやな状態で走っていたら、また怪我するぞ。マックイーンもいいが、もう一人のライバルのことも忘れないでくれよ」

 

そう言って、西条は一本のチューブをテイオーに投げ渡した。外国語で書かれた歯磨き粉のようなチューブを、テイオーは訝し気に見つめる。

 

「日本ではなかなか手に入らないマッサージ用のクリームだ。弱いテイオーに勝っても自慢にはならないからな」

 

西条はそう告げて(きびす)を返す。その背後でブルリと身震いするような音が聞こえた。

忘れかけていた何かを思い出す。

テイオーの心に小さな火が灯った。

 

 

 

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