紅葉の時期も終わり、強烈な寒さを実感するようになってきた。新たにライスシャワーをチームに向かえ、今日は最初のトレーニングだ。
3人の出走予定レースは年末に開催される有馬記念。
まだ確定ではないが、おそらく選ばれるだろう。
ブルボンの疲労も抜けて、ライスシャワーも問題ないように見える。ネイチャの意気も高い。調整は念入りにして、ベストコンディションで有馬記念に送り出したい。
そうして練習を終え、定例のマッサージとなったが、その時になってライスシャワーは困惑した。
3人の格好は短パンにスポーツブラというラフなものだ。これだけでもライスシャワーは気恥ずかしさを覚えている。
「やっぱり最初は躊躇うよね。あたしもそうだったもん」
「練習後のマッサージは重要です。お父さんもそう言っていました」
「そういやあんたは最初から全身許してたわね」
最初の頃は脚だけだったネイチャに比べて、ブルボンは初日から全身マッサージを受け入れていた。聞けば実家では父に施術されていたとのこと。それ故に抵抗が少なかったのだろう。
「まあ、今日は軽めのトレーニングだったから無理にとは言わないが」
「ううん、ライスがんばる!」
「がんばる必要はないが、じゃあそこに仰向けになってくれ」
寝そべったライスシャワーの右脚を自身の肩に乗せ、クリームを塗りこんでマッサージを始める。
「末端から心臓に向かって丹念にモミあげる」
「……あっ……あっ……んんっ」
自分でやるマッサージとも、友人にしてもらうマッサージとも違う、理にかなった正しいマッサージ。ライスシャワーは初めて体感する心地良さに感銘を受けた。
「よし。次はうつ伏せになって」
体勢を入れ替え、続けて肩、背中、腰をまんべんなくモミほぐしていく。そこで西条はふとした違和感を覚えた。
(背骨……腰骨か? 若干歪みがある……か? それに筋肉のバランスも悪い。自己流鍛錬の弊害だな)
人間と同じようにウマ娘にも利き腕、利き脚というものがある。使いやすい方の手足が必然的に鍛えられてしまうのだ。その結果、体軸がブレやすくなってしまうのだが――
(この状態でブルボンに勝ったのか。末恐ろしいな)
もしライスシャワーにきちんとしたトレーナーがついていたのなら、ダービーも危うかったかもしれない。
「――
「すまん。大丈夫か?」
「う、うん。ライス平気だよ」
「トレーナーさん怖い顔してたよ。ライスに何かあった?」
ネイチャが訝しむように声を掛ける。筋肉のバランスはトレーニングで改善できるが、骨格の歪みはさすがに専門的すぎる。
「少し、骨格に歪みがあるかな。今すぐにどうこうというわけじゃないが、整体院で矯正した方がいいかもしれない。ただその場合、有馬記念は諦めることになると思う」
筋骨格が改善されれば、今のフォームには違和感を覚えるだろう。その矯正は一朝一夕にとはいかない。
ライスシャワーは少し考えた後、答えを出した。
「悪いところは、早く治したほうがいい……よね」
「有馬記念はいいのか?」
「うん。仕方ないよ」
「そうか」
西条は頷き、整体院に予約を入れるべくスマホを取った。
(どうせライスが選ばれるわけないし……)
どこまでも自己評価の低いライスシャワーであった。
◇
師が走ると書いて師走。要するに忙しい月である。トレーナーもウマ娘も。
その例にもれず、西条も忙しい日々を送っていた。トレーニングメニューの作成はもちろん、今年はふたりも有馬記念に出走する。ライスシャワーの治療についても色々と考えなければならない。
そしてウマ娘も忙しい。有馬記念という大レースに臨むのだ。トレーニングにも熱が入る。そんな中で、ネイチャはレースとは別のことを考えていた。クリスマスについてである。
(去年は微妙な空気だったからなぁ)
去年のクリスマスパーティーは、有馬記念の後に行われたので、西条が気を遣ってくれているのが分かった。
今年は有馬記念の前にクリスマスがあるのでその心配はないが、レース前に浮かれすぎるわけにはいかないという問題がある。
ささやかながらパーティーは開催するが、ネイチャはその際に用意するプレゼントについて悩んでいた。
そこでふと思いついたのがスーツである。
ネイチャがGⅠ戦線で戦うようになってから、西条がスーツを着る機会は増えた。具体的には記者会見などで。
だからこそスーツが候補に挙がったのだが、どんな感じのものが良いのかよく分からない。いっそのこと自分の
「でもそれだとマーベラスな怪盗っぽくない?」
そう言われて少し想像してみる。緑のジャケット、赤のジャケット。確かに安っぽいコスプレのように見えなくもない。ならば緑と赤を合わせて……やめておこう。さすがに前衛的すぎる。
ネイチャは小さく首を振った。そして何となくペアルックみたいじゃんと思って頭を抱えた。
そもそも
(絶対なにかやってたよね……)
以前にそう訊いたことがあった。返ってきた答えは――
「色々と手を出して、結局すべて中途半端に終わってしまったよ。だからひとつのことに打ち込んでいる
というものだった。
ともあれ、西条は既製服が合うような一般的な体型ではない。
長く愛用してもらうには、オーダーメイド以外ありえないわけだ。となればサプライズは中々厳しい。それにクリスマスまで間に合うのか。値段もオーダーメイドとなれば、二桁万円、あるいは三桁万円も視野に入れなければならない。
(プレゼントにそんな高価なもの……重い……重くない?)
今のネイチャならそのくらいの金額は右から左……ほどではないが、用意できない額ではない。だが西条は、気持ちだけ受け取っておくと言って普通に断りそうだ。というか良識ある大人ならそう対応する。
誰だってそうする。西条だってきっとそうする。
「ならマーベラスなネクタイはどう?」
天啓を得た。小物ならば向こうも気を遣わずに使えるだろう。ネクタイなら緑でも赤でも、そこまで奇抜なものではない。今の時期なら
「よし。ネクタイにしよう」
決意を声に出して、ネイチャは小さく拳を握った。
その様子を眺めながら、マーベラスなルームメイトは満面の笑みを浮かべた。