とあるキラキラしたいウマ娘   作:乾燥海藻類

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第24話 光の中のライバル

記念。

トゥインクル・シリーズで最も盛り上がるお祭りレース。前期の締めくくりに行われる宝塚記念と同じく、ファンの人気投票によって選ばれた優駿たちがぶつかり合うファン感謝祭のようなレースだ。

 

1番人気はトウカイテイオー。

ジャパンカップで圧巻の強さを見せつけ、トウカイテイオーここにありと世界に発した。

 

2番人気はナイスネイチャ。

宝塚記念の覇者で、この有記念を優勝すればグランプリ制覇となる。トウカイテイオーの陰に隠れがちだが、(れっき)としたダービーウマ娘である。

 

3番人気はミホノブルボン。

今年の皐月賞、ダービーを優勝した二冠のウマ娘。惜しくも三冠は逃したものの、その評価は高い。不安視されているのは相手が同年代ではなく、歴戦のシニアウマ娘たちというところであろう。

 

場所はネイチャの控え室。西条はネイチャと向かい合って座っていた。西条が同じレースに担当のウマ娘を複数送り出すのは初めてのことだった。

ブルボンには自分のレースをしろと言い、ネイチャにも同様のことを言った。どちらにも勝たせたいという想いがあり、結果どちらにも贔屓しないというのが西条の出した結論だった。

 

「なんかね。信じられないって感じ」

 

ネイチャが小さくつぶやく。

 

「トレセン学園の入試に合格して、あたしもやれるんだって思ってた。でも周りはみんなキラキラしたウマ娘ばかりで、模擬レースでも1番にはなれなくて、なんだかなぁって感じで、意を決して選別レースに参加したの。その時に声を掛けてくれたのがトレーナーさん」

「懐かしいな」

 

もうずいぶんと昔のことに思える。ウマ娘特有のものか、その頃とネイチャの容貌は幾分も変わっていないように見える。

立ち上がり、ネイチャは西条の頬に向かって手を伸ばした。あと数センチで触れるところで手は止まり、彼女は咳払いをして手を下げた。

 

「トレーナーさんに出会わなかったら、あたしはくすぶっていたままだったんだろうなって。適当に勝って、適当に負けて、重賞も勝てたかもしれないけど、たぶんGⅠレースには勝てなかったと思う。たぶんね」

「そんなことはないだろう」

 

むしろ自分のような新人トレーナーではなく、実績のあるベテラントレーナーなら、更なる高みに昇れたのではないかと思うほどだ。

 

「去年はこんなに緊張しなかったのにな」

 

大番狂わせの起こった前年の有記念。その理由はテイオーがいなかったからだろう。ネイチャにとって、やはりテイオーは特別な存在なのだ。

 

「ねぇ、ギュっとして。そしたらあたし、頑張れる気がするの」

 

狭い控え室にか細い声が響いた。ネイチャの吐き出した小さな音。

西条はゆっくりと立ち上がり、そのたおやかな肩を抱き寄せた。

 

 

 

『お待たせいたしました。今年を締めくくるグランプリ有記念2500メートル。16人の出走メンバーを紹介していきます。まずは宝塚記念の覇者1番ナイスネイチャ』

 

ネイチャが観客席に向かって笑顔で手を振る。アナウンサーは出走ウマ娘たちの紹介を続けていく。

 

(テイオーは5番。ブルボンは大外の16番か)

 

今回のレースは逃げウマ娘が多い。特に爆逃げ宣言をしているメジロパーマーとダイタクヘリオスをどう対処するかがブルボンの命題となるだろう。

 

『全ウマ娘のゲート入りが完了しました。さあ有記念2500メートル、スタートしました。猛烈なダッシュで飛び出したのはメジロパーマー。1バ身から2バ身のリード』

 

飛び出したのは大方の予想通りメジロパーマー。ここで頭をよぎったのは秋の天皇賞で見せた破滅的な逃げ。ほかのウマ娘たちの脚がわずかに鈍る。

 

『さあ一周目スタンド前にかかってきました。とばします3番メジロパーマー、リードは5バ身となりました。2番手争いにレリックアースとダイタクヘリオス。少し下がってミホノブルボン。ミホノブルボンは4番手からのスタートです』

 

ブルボンの時計はネイチャも信頼するところである。現在ブルボンの後ろ、5番手に位置取ったネイチャはブルボンを壁にして脚を溜めていた。そのすぐ外にはテイオーがいる。

 

(仕掛けどころを間違うと閉じ込められる。ううん。焦っちゃだめ。まだ序盤よ)

 

『第2コーナーを回って向こう正面へ。先頭はメジロパーマー、リードは2バ身。2番手にダイタクヘリオス。3番手にミホノブルボンが上がってきました。その後ろにナイスネイチャ、トウカイテイオーと続きます』

 

(ブルボンが速度を上げた? いや違う。前が下がったんだ)

 

今さらブルボンのラップ走法は疑わない。ブルボンは正確にラップを刻んでいるはずだ。つまり前が下がってきたのだ。これは、秋天のような破滅的な爆逃げペースではない。計算された逃げのペースだ。

 

『徐々に先頭との差が詰まります。最終コーナーを回ってメジロパーマーが先頭、続けてダイタクヘリオスとミホノブルボンが直線に入る』

 

最後の直線に突入し、ブルボンのスイッチが入った。ネイチャの視界からブルボンの背中が遠ざかっていく。だがそれよりも、ネイチャには気になることがあった。

 

(テイオーのリズムが速くなった。でもこれは助走だ。中山の直線ラスト200メートル、ゴールまで一気に駆け上がる上り坂。そこをトップスピードで駆け抜けるための……ならあたしは、先に仕掛ける!)

 

最高速度(トップスピード)でテイオーに劣ることは認めざるを得ない。だが持久力(スタミナ)ではこちらに分がある。ブルボンに付き合って鍛え上げたトモと心肺機能は、テイオー相手でも劣っていないという自負がある。

 

一杯になって下がってきたダイタクヘリオスをかわし、前はあとふたり。メジロパーマーのスピードも鈍ってきている。おそらくは坂でかわせる。

問題はテイオーと、ブルボン。

 

(ブルボンの勝負根性は並みじゃない。競り合うよりも、最後の一瞬でかわす!)

 

上り坂でメジロパーマーの背中を捉えた。残り100メートル。立ちはだかる強敵は、前ではなく外から来た。

陽光を反射して栗色の髪が神々しく光る。

ジャパンカップから続く絶好調は未だ維持されており、まったく隙の無い様相だった。

 

ネイチャはテイオーを見た。テイオーもネイチャを見た。

その瞬間、ネイチャはテイオーの威圧を肌で感じ取った。震えがくるほどにはっきりと。一瞬の交錯で、自分の見通しが甘かったことを悟る。

何度も見た、幾度となく研究した、テイオーがここぞというときに奏でる完璧なリズム。

 

――究極テイオーステップ

 

雷霆よりも(はげ)しく、流星よりも刹那的に、テイオーが駆ける。

 

(このままだと……負ける)

 

確信に近い予感がネイチャの身体を突き抜けた。フォームに間違いはない。何度も繰り返し確認した、一番自分の力を引き出せる最適化されたフォーム。それでもとどかないと悟り、そのギリギリの時間の中で、ネイチャはフォームを深化させた。

 

(それでもッ!!)

 

『速度の出し方――』

『坂の上り方――』

『安定しない――』

 

西条の教えが脳裏によみがえる。それらが順番に浮かんできたわけではない。すべてが一瞬で閃き、一瞬で消えた。

そして、いま自分がやるべきことを一瞬で理解した。必要なのはそれを実行する覚悟。だがネイチャは逡巡すらなく、即座にそれを実行した。

 

体軸をわずかにズラす。安定重視の走り方から、速度重視の走り方へ。

細緻の極限のさらに先へ。地獄の釜の(ふち)のさらに(きわ)まで。少しでもバランスを崩せば奈落へ落ちる。

 

「だとしてもッ!!」

 

叫ぶ。

心の裡を吐露するように。決意を乗せて、絶叫する。

それが最後の呼び水となった。

 

歓声(こえ)が消えていく。

景色(いろ)が消えていく。

 

(今ならとどきそうな気がする。あの光の先へ。きっとその先へ…!)

 

天が消える。

地が消える。

人が消える。

 

自分以外の存在が消え、自分のためだけの世界が生まれた。

 

(……違う。あたしだけじゃない。テイオーが……いる)

 

宇宙をふたつの明星が貫いていく。

すぐ近くにテイオーがいる。この光が、この光こそが、ずっと追い続けた目映(まばゆ)い光。

ネイチャの世界とテイオーの世界が繋がったという(あか)し。

 

「あたしがッ!」

 

ウマ娘としての本能、勝ちたいという意志の発露が蒼炎となる。並び走る蒼き炎は残光となって決戦の軌跡を描いた。

この共有した領域(せかい)の中で、ネイチャはようやく理解した。この瞬間が、この一瞬こそが、信念を貫き通す(またた)きの時間だと。

 

「あたしたちがッ!」

 

ダービーで体感した領域(せかい)よりも、更に研ぎ澄まされた領域(せかい)

今までで最速――テイオーと同等か、あるいは速い。その確信がある。

前へ。前へ。もっと前へ。

世界の先より訪れた、ネイチャの中の(だれか)が叫ぶ。

 

「――勝つんだッ!!」

 

走る。ただひたすらに。ガムシャラに。

それしかできないから、それだけをやる。

 

一直線(まっすぐ)に光が疾風(はし)った。

 

『――――いま3人が並んでゴールイン。凄まじい追い上げでした! ナイスネイチャとトウカイテイオー! ミホノブルボンがわずかに残ったか。あるいはナイスネイチャ、トウカイテイオーが差したか! ここからでは全く分かりません! 写真判定に入ります。確定までしばらくお待ちください』

 

ウマ娘は感覚的に自分が勝ったのは分かると言われているが、3人が3人とも自信と不安が入り混じったような表情だった。

 

永遠に続くかと思われた時間も、計ってみればわずかに5分だった。

3着に16の数字が表示された。

ブルボンは小さくため息を落とし、コース上とスタンドにお辞儀をしてターフから立ち去った。

拍手から一転、またしても静寂が訪れた。

 

ナイスネイチャというウマ娘は特段に優れたウマ娘というわけでは、ない。テイオーを天才と評するならば、ネイチャは秀才にとどまるだろう。それは認めざるを得ない。

天才はいる。悔しいが。

だが勝負事(レース)は常に強者が勝つとは限らない。

あの"絶対"と評された皇帝に土をつけたウマ娘がいるように。

 

弱いから相手を研究する。理解する。尊敬する。

修練を積み、その差を埋めようとする。

ダービーで垣間見た"領域"、その入り口。本来なら、それがネイチャの限界点だった。その先に進めたのは、相手がテイオーだったからに他ならない。

テイオーに認められたい。テイオーの好敵手(ライバル)でありたい。テイオーに勝ちたい。

 

(テイオーと同じ世代であることを呪ったこともあった。でも今は違う。あんたはあたしにとって、やっぱり特別なんだ。あたしの最高の友達(ライバル)……あんたに出会えてよかった)

 

感慨深く、テイオーの横顔を眺める。

その執念(思い)が、ネイチャを更なる高みへと運んだ。テイオー以外の相手なら、おそらくネイチャはとどかなかっただろう。

才能(タレント)感性(センス)魅力(カリスマ)。どれもテイオーには及ばない。だが努力の量、努力の質、そしてレースに臨む覚悟。それらが劣っているとは思わない。なにより自分は、テイオーが得られなかったものを得た。

それは世界で最高の"杖"。

誰が何と言おうと、それだけは否定しない。諦めてしまいそうなとき、倒れてしまいそうなとき、いつだって支えてくれた人。

 

(だからあたしは最高の走りができた。胸を張ろう。勝っても、負けても)

 

レースは非情だ。だが時として、誰もが主役(キラキラ)になれる世界なのだということを教えてくれる。

電光掲示板に着順と確定のランプが灯った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優勝おめでとう。ネイチャ」

 

西条の声を皮切りに、部室に拍手が鳴り響く。

 

「ブルボンもな。3着は上出来だよ。頑張ったな」

「ありがとうございます」

 

ブルボンは素直に礼を言ったが、どうにも微妙な笑顔だった。悔しいという気持ちが隠し切れないのだろう。

 

「最後の瞬間、ネイチャさんとテイオーさんがヌッと現れました」

「ヌッとか」

「はい。ヌッと」

 

ブルボンは独特の表現で言い表した。確かに西条から見ても、ネイチャとテイオーの追い上げは、ドドドドッというような豪脚ではなく、風に乗ったような軽やかな走りだった。

いきなりヌッと現れたというのも分からないでもない。

 

「ライスの施術も順調だ。春シーズンには間に合うだろう」

「う、うん。ライスがんばるよ」

「よし、じゃあ乾杯だ。今年もお疲れ様。来年も頑張ろう」

 

それぞれがニンジンジュースを片手にカチンとグラスを合わせる。忘年会を兼ねた祝勝会は静かにスタートした。

テーブルの上に並べられた色とりどりの料理はみるみるうちに減少していった。

 

「ブルボンは高松宮杯。ネイチャは大阪杯。ライスは阪神大賞典から春の天皇賞。そしてみんなで宝塚記念だ」

 

自分の口から当たり前のようにGⅠレースのタイトルが出てくることに違和感もなくなっていた。目の前の3人のウマ娘が、いずれも尋常ではない力を有していることに改めて気づかされる。

 

全ては予定でしかない。

それでも未来は明るいものだと思えた。

 

それから、扉を蹴破って闖入してきたゴールドシップ以下チームスピカのメンバーと、用意していた料理が彼女たちの胃袋に収まるまで宴会は続いた。

スピカが差し入れた料理も含めた全ての料理皿が空になり、ようやく解散となった。

 

手早く片付けを終え、みんなを送り出して最後に部室の鍵をかける。外にはネイチャが空を見上げながら静かに佇んでいた。

 

「先に帰ってよかったんだぞ」

「それもね、なんだかなーって」

「そうか。まあ送って行こう」

 

冬の陽は早い。すでに辺りは濃い闇に包まれており、常夜灯と星の瞬きだけがわずかに闇を照らしていた。

ふたりで並んで歩く。しばらくは無言の時間が続いた。だがどちらもそれを不快とは思わなかった。

ネイチャの所属する寮が見え始め、西条はようやく口を開く。

 

「なぁ、ネイチャ」

「ん~? なに?」

「月が綺麗ですね」

「……そうね。あたし死んでもいいわ」

 

ネイチャは満面の笑みでそう返した。

 

 

 

希望を持ち続けることは難しい。絶望しないことと同じくらいに。

けれどこの人と一緒ならば、少なくとも絶望はしないですむだろう。

ネイチャは心の底からそう思った。

 

 

 

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