蛇足です
今年も残すところあと3日。チーム総出で部室の大掃除をし、ミホノブルボンとライスシャワーは実家へと帰省した。
ネイチャはピカピカになった部室をひとしきり眺めて、ソファに腰を沈める。気が抜けたように天井を見上げていると、ドアの開く音が聞こえた。
「なんだ。まだ残っていたのか」
「お仕事はもう終わり?」
「ああ。まったく、書類が多くて面倒だ」
師走という言葉通り、この時期トレーナーの仕事は多い。担当がネイチャひとりだった去年と違い、必要な書類が3倍になったということもあるが。
ふたりの距離感は変わらずいつも通りだった。そもそもトレーナーとウマ娘の恋愛はご法度であり、西条もこれ以上踏み込むつもりはなかった。むしろ先日の告白じみたことも、気が逸ったゆえの失言だと反省していた。
ネイチャに至っては自分に都合の良い夢でも見たのかと錯覚したほどだった。
「今年は、いや今年もか。色々あったが、結果としては上々だな」
宝塚記念、天皇賞(秋)、有馬記念の三冠。文句のない結果だろう。もう誰もフロックのダービーウマ娘とは言わないはずだ。
「そうね。うん、そうなんだけど」
釈然としない様子でネイチャがつぶやく。引っ掛かっているのは有馬記念でのあの感覚。それを察したのか、西条は先んじて口を開いた。
「
「あ~、それ体育で野球やった時にマックイーンが言ってた」
「多才な子だな」
令嬢がバットを振り回している姿は想像しにくかったが、案外そういうものかもしれないと思い、西条は嘆息した。
「集中状態に入るスイッチは個人差が大きい。逃げウマ娘なら最も集中しているのはスタートだろう。中盤の駆け引きで頭をフル回転させるウマ娘もいる。だが最後の直線、最後の攻防で入るウマ娘が多いな」
どんな
「発動条件みたいなのがある?」
ネイチャはシンボリルドルフとの会話を思い出して、ぼそりとつぶやいた。
「
条件が割れれば、他のウマ娘は当然対策するだろう。というか、自分の条件すら分かっていないウマ娘は多い。ネイチャも分かっていないし、おそらくテイオーも分かっていない。
(ネイチャもテイオーも、最終直線で入るタイプだ。競り合うことで闘志を燃やす、劣勢の状況で入るタイプ)
未だに秘匿されているドリーム・シリーズへの昇格条件に、西条は"領域を確立させること"があると推測していた。
というのも、ドリーム・シリーズで戦うウマ娘たちは、いずれも入っているウマ娘だからだ。
そもそも西条は領域については聞きかじった程度の知識しか持ち合わせていない。数々の競技を経験してきたが、西条は一度も領域には入れなかった。それもそのはずで、西条は領域に入る前提条件すら満たせなかったからだ。
それは"その競技を愛し、一心不乱に打ちこんでいること"。
西条はどうしてもその条件を満たせなかった。
過去の経験から自分は超一流にはなれないという思い込みがあるため、諦観の念を捨て去ることができなかったのだ。
またある選手は"ゾーンは降りてくるもので入ろうとするものではない"とも言っている。
条件を認識し、それを満たしたからといって必ずしも入れるというものでもないのだ。
結局のところ、領域は身につけた
(たぶん、それが真理だ。領域頼みのレースをすれば、菊花賞のようにしかならない)
西条は胸中で独りごちた。
◇
ウマ娘がいない。ただそれだけだというのに、トレーニングコースはとてつもなく広大に見えた。いや、全くいないというわけではない。年の瀬も年の瀬だというのに、チラホラと鍛錬に励むウマ娘たちの姿が見える。
そのコース脇のベンチに、見知った顔を見つけた。棒キャンディーを咥え、茫洋とトレーニングコースを眺めている男。
その近くにスピカのメンバーは見えない。
見つけてしまったからには挨拶くらいはすべきだろう。そう思い、西条は石段を降りていった。
「なにをしているんですか?」
とりあえず、最初の疑問をぶつけた。
「……ああ、キミか。この場所にお礼を言ってたのさ。今年一年、世話になったからな」
(随分とセンチメンタリズムな……いや、人のことは言えないか)
「スピカの子たちは全員帰省ですか?」
「ん。まあそうだな。たぶん」
何とも歯切れの悪い返答だった。スペシャルウィークとゴールドシップはサマードリームトロフィーに出走したので、今冬は余裕のあるスケジュールのはずだ。
(ああ、ゴールドシップか)
あれほど読めないウマ娘も中々いない。出身はゴルゴル星と言って憚らないし、ゴルゴルの実を食べた能力者らしいが、今は能力を封印されているといったり。そんな虚言の中で偶に核心を突いた発言をするから侮れない。
取得した資格は100を下らないらしく、基本的に何でもできる。つかみどころがなく、破天荒、歩く理不尽、まあゴルシだし……と大体こんな評判である。
「おまえら、今ゴルシちゃんのこと考えてただろ?」
大の大人ふたりが肩をビクッと震わせた。うわさをすれば影がさす。言葉に出したわけでもなく、胸中で思っただけだというのに。
「お、おう。ゴルシ。最近見なかったが、どこかに行ってたのか?」
「ちょいと未来から来たサイボーグウマ娘とバトっててな。心配するな。ヤツはキッチリ溶鉱炉に沈めてきた」
「なんだそりゃ。まあいいや」
スピカのトレーナーは早々に解読を諦めたようだが、そろそろゴールドシップとのつき合いも長い西条は、なんとなくだが彼女の言ったことを推察した。
サイボーグはブルボンの隠喩。つまり逃げウマ娘。
となるとかなり絞られてくる。まず最初に思い浮かんだのは、チームスピカに所属していて、現在はアメリカ遠征中であるサイレンススズカ。
溶鉱炉は洋行路、沈めるは静める。
ホームシックにかかった彼女を宥めるために渡米し、励ましてきたといったところだろうか。西条はそう考えた。
実際はどうだか分からない。もしかしたら、本当に未来から来たサイボーグウマ娘と戦っていたのかもしれない。訊いたところでまともな答えは返ってこないだろうが。
「んで、男ふたりでこの寒空の下、何やってんだ?」
「あ~、そうだな」
「まあどうでもいいや。それよりチャンコ鍋食おうぜ。ただし西条、テメーはダメだ。これでも食ってろ」
投げ渡された菓子箱を受け取る。包装紙には「メジロ銘菓 メジロ饅頭 メロン味」と書かれていた。左下には看板娘よろしく、まんまる顔のデフォルメマックイーンが「やめられませんわ! とまりませんわ! パクパクですわ!」と美味しさをアピールしていた。
(メロンチョコやメロン大福があるんだから、メロン饅頭くらいあるか。さすがメジロ家だ。この多才や多角経営が名家を支えているのかもしれん)
とりあえず礼は言っておこう、と西条が目線を上げると、見えたのはスピカトレーナーを引きずりながら去って行くゴールドシップの後ろ姿だった。
苦笑し、改めてトレーニングコースを振り返る。
血と汗と涙を流し、夢と現実を教えてくれた場所。
その場所に一礼して、西条はきびすを返した。
◇
トレーナーという職業は高給取りで社会的地位も高く、子供たちのあこがれの職業だった。しかしトレーナーライセンスの取得は国家資格の中でも屈指の難易度を誇る。
いくら時代がトレーナー不足で喘いでいても、そこを妥協することはない。またライセンスを取得し、晴れてトレーナーになっても、そこがゴールではない。そこからがスタートなのだ。
中央のライセンスを取得したトレーナーのほとんどは、その所属をトレセン学園に帰属する。そこで自分のパートナーとなるウマ娘を見い出すのだ。
首尾よくトレーナー契約を結ぶことができれば、そのウマ娘とは一蓮托生となる。なにせトレーナーとしての実績や収入のほぼすべてが担当したウマ娘の成績に左右されるのだから。
だからこそトレーナーも成長しなければならない。そのウマ娘にあったトレーニングを模索し、ライバルの調査や、日々変化するレース事情、新しい論文などにも目を向ける。
新しい論文は常に発表され、古いものは淘汰された。その中で、面白いサイトを見つけた。レースやトレーニング法などとは関係ないが、ウマ娘の発祥についての論文だった。
論文とは言えないような書きなぐりの文章だったが。
ウマ娘については未だに謎が多く、その進化についても色々な説があった。最も有力とされているのが、人間が猿から進化したように、その過程で何かが起こり、ウマ娘に進化するルートへと分岐したのではないか、というものだ。
外見が人間と酷似しているのもそのためだろうと。
しかし、その何かは未だ特定には至っていない。
遺跡などの壁画を見るかぎり、人間が文明らしきものを手に入れた時点でウマ娘の存在は確認されている。
それからしばらくは人間とウマ娘は良い関係を築けていた。その関係が崩れたのは、ウマ娘の生態に関係がある。
遺伝子的に近いウマ娘と人間の間には問題なく混血が可能だった。だがウマ娘が出産するのは、ウマ娘だけだったのだ。ウマ娘が人間を出産したことは一例として確認されなかった。
これが何を意味するのか。
ウマ娘が生物として不完全であるということだ。
そして、ウマ娘がウマ娘しか産めないのなら、最初のウマ娘はどこから現れたのか。
ウマ娘のイヴはどこから来たのか。未だに謎に包まれている。
人間と変わらぬ知性を持ち、人間を超越する身体能力を誇る。しかし彼女たちは人間の男がいなければ繁栄できない、不完全な種族だった。
だから彼女たちは、その高い身体能力を武力としてではなく、人間の役に立つことに使ったのではないか。
ようするに彼女たちは、愛されたかったのだ。自分たちの存在を認知してもらい、寵愛を欲したのだ。
だがそれは、人間女性との対立を生んだ。
人間女性は声高に「やつらは私たちに取って代わろうとしている」と叫んだ。当然ウマ娘たちは「誤解だ」と弁明する。
しかし一度火が付いてしまえば、燃え上がるのに時はかからなかった。当時の王族や貴族たちのほとんどが人間女性を伴侶にしていたからだ。
ウマ娘の優れた身体能力は、青き血の者たちには不要だったのだ。
そして対立は顕著となりウマ娘は冷遇されることになる。いくらウマ娘が人間に比べて高い身体能力を有していても、数の差は覆せない。
しかし、少し落ち着いて考えてみれば分かることだが、ウマ娘からはウマ娘しか産まれない。つまり、人間女性がいなくなってしまえば、いずれ人類もウマ娘も絶滅してしまうことを意味している。
それでも、激昂した女性たちはまるで意に介さない。ようするに彼女たちは、ウマ娘が自分たちよりも上位に立つことが許せなかったのだ。
そして魔女狩りのようなことが始まり、ウマ娘の数は一時激減したこともあった。いわゆる暗黒時代のことについては、ここでは省かせていただく。本筋からそれることではあるし、陰鬱な内容になることは否めないからだ。
その時代に逃れたウマ娘たちが、ウマ娘だけの集落を作り、繁殖用の男を攫って種族を維持したという事例も確認されている。
それから時が経ち、紆余曲折を経て、人間とウマ娘の融和はなった。その憲章なるものも作られたが、内容を正確に把握している者は少ない。それくらい、人間とウマ娘の距離は近くなった。
それでも、この世界の主役は間違いなく人間で、ウマ娘は副次的な存在であることは確かだ。
中世から貴族の遊びとして始まったレース。それが今では、世界に広がり、世界的なエンターテインメントとなっている。
ウマ娘とは違う、今なお続く、走ることに特化した"競走"ウマ娘の誕生である。
速いということが愛されるための手段だと、長い歴史の中で彼女たちの遺伝子に刻まれたのかもしれない。
速いから愛されるのか。愛されるから速いのか。
世界は何故、ウマ娘という存在を生み出したのか。
そんな疑問は、人間の傲慢かもしれないが。
ウマ娘。
世界で最も繫栄した
彼女たちが生物として完成していたならば、人間とウマ娘の立場は逆だったかもしれない。
ウマ娘とは、なんだ?
解はどこにあるのか。
というわけで完結です。
最後のくだりは完全に蛇足で怪文書でしたね。
アニメ1話冒頭で馬の魂がウマ娘の身体に入って身ごもるという壁画がありましたが、変則的な単為生殖なのか、受胎したウマ娘に入っていったのか、よくわかりませんでした。
タマシナリオでは"弟"が普通に出てきているので、連れ子じゃない限りウマ娘も男の子を出産できるということになります。
マチカネタンホイザの発言では、人間からウマ娘は生まれないというようなことが示唆されています。
反対にウオッカは人間からウマ娘が生まれてくるパターンもあるような言い回しをしています。
……あまり深く考えない方がいいのかもしれませんね。
まあ「IF時空」ということでご勘弁ください。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。