とあるキラキラしたいウマ娘   作:乾燥海藻類

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第07話 葦毛の襲撃者

西条はネイチャの待つトラックに向かいながら、今後のメニューを考えていた。

 

(土台は大体出来上がってきた。これからは模擬レースも増やしていきたいが、相手がな)

 

最初の頃はネイチャに野良の模擬レースを推奨していたが、今は禁止している。あれはあくまで相手を観察し、レース勘を養うことが目的だったからだ。本気ではあるが全力ではない。

 

いま必要なのは、もっとレベルの高い模擬レースだ。となれば相手も厳選したい。今のように同じ相手とばかりでは、得られるものも限界がある。また変なクセもつきかねない。だが新人の西条では新しい相手を探すことも難しい。

 

(もう少し他のトレーナーと交流しておくべ――ッ!?)

 

思考の最中に、ぞわりとした悪寒を感じて西条は反射的に身を屈めた。その頭上を白い影が過ぎ去っていく。

 

「アタシのパターダ・ボラドーラを躱しただと!?」

 

葦毛の襲撃者は必殺の一撃を躱されたことに驚きを隠せない様子だが、それでもきっちりと着地して目の前の西条と相対した。

西条も態勢を整えながら眼前のウマ娘を観察する。

 

(サングラスとマスクで顔を隠してはいるが、ウマ娘特有の耳と尻尾はそのままか。ただの不審者なら適当にボコって理事長にでも突き出すところだが、相手がウマ娘ではな。怪我をさせるわけにもいかん)

 

背後から土を踏む音が聞こえてきた。挟み撃ちにされたと気づく。

 

(おそらくは二人……確認したいが、目を切った瞬間に襲い掛かってきそうだ)

 

ウマ娘の手には、人間一人がすっぽり入るサイズのズタ袋が握られていた。初撃でダメージを与え、その隙に詰め込むつもりだったのだろう。

 

(襲われる理由は後から考えればいい。まずはこの状況をどう乗り切るかだ)

 

葦毛のウマ娘は無形の(くらい)にてこちらをけん制している。無形の位とは攻防一体の型無き型。一見無防備に見えるが、あの構えの要諦は後の先を取ることにある。下手に手を出せば簡単に返り討ちにあうだろう。

かといって動かなければ、背後のウマ娘たちが襲い掛かってくるに違いない。

しかし眼前のウマ娘は、西条の思惑を嘲笑うようにあっさりとその利を捨てた。

 

「スカーレット! ウオッカ! ジョットストリームアタックをかけるぞ!」

「はい!」

「了解だぜ!」

 

葦毛のウマ娘が、申し訳程度の裏声で指示を出す。

大地を蹴る音は三つ。その一瞬後に、西条は前へと飛び出した。

 

「――ッ!?」

 

葦毛のウマ娘が目を見開く。だが反応は早かった。そして拳も速かった。

 

(これは躱せない。受けるしか、ない!)

 

狙いすました拳が西条の腹部に突き刺さる。その瞬間、西条の右足と大地の接地部分が、ドゴッとへこんだ。

 

「発勁を――流した!?」

 

大技を放った直後の硬直、その一瞬の隙をついて相手の腰を掴んで身体を引き寄せる。

 

「なぬっ!?」

 

葦毛のウマ娘は慌てて距離を取ろうとするが、すでに技は入っている。合気の要領で、逃げる相手の身体を抱え込むようにして半回転させ、後方へと投げ渡す。

 

「――きゃっ、とと!」

「ちょっ! 大丈夫かよゴールドシップ先輩!」

 

後ろの二人が無事キャッチしたことを確認すると、西条は全力でその場を離脱した。トラックまで行けば大勢のウマ娘がいる。さすがに衆人環視の中で強行はしないだろう。

果たしてそれは正解だったのか、ウマ娘たちが追ってくることはなかった。

 

追手を振り切ったことが確認できると、西条は小さくため息を零した。

最後の瞬間、密着した状態からあのウマ娘は反撃に転じようとしていた。

発勁の技法のひとつに寸勁と呼ばれるものがある。文字通り至近距離(一寸)から相手に勁を作用させる技術だ。

俗にワンインチパンチとも呼ばれている。

 

(しかし……勁か。これは使える……かもしれんな)

 

西条にも勁の心得はある。先ほど(おこな)った勁流しもその応用のひとつだ。

勁には様々な流派、門派が存在するが、根本的なところはほとんど同じだ。呼吸法や重心移動、身体内部の操作、意識のコントロール等を複合的に用いて、最小動作で最大の威力を出すことを目的とする。

だが勁道を開くのは容易ではない。勁道を開けなければ、発勁できないのは勿論のこと、正確な運勁もできない。

 

(さすがにゼロベースから教えるのは無理だ。ネイチャに適正があったとしても時間が足りない。だが骨子だけを叩き込めば、疲れにくくなる呼吸法やコーナーを攻める際の重心移動など、レースに活用できる部分はある)

 

頭の中でトレーニングメニューを再構築していく。予想外に得るものは多かった。

 

(かといって礼を言う気にはなれんな。あれがチームスピカの白いの(・・・)か。噂通り、いや噂以上の破天荒だ。あまり関わりたくはないな)

 

二度と出会わないことを三女神に祈りながら、西条はネイチャの待つ場所へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し巻き戻る。

その日、ゴールドシップがその現場を目撃したのは偶然だった。昼食を終えた昼休み、芝生にゴロンと寝転んでいると、電話している男の声が聞こえてきた。

盗み聞くつもりはなかったが、ウマ娘の聴覚は容易く男の声を拾ってしまう。どうやら男はトレーナーで、電話の相手はトウカイテイオーらしかった。

トウカイテイオーといえば、メジロマックイーンと共に世代の双璧を成す存在であり、周囲の評価は高い。片方は早々に捕獲したが、テイオーはシンボリルドルフ(皇帝)が目をかけているだけあって、なかなか手が出しづらい。

どうやら通話は終わったらしい。ゴールドシップはすぐに動き出した。

 

「なぁ兄ちゃん。あんたトレーナーだよな」

「げぇっ!? ゴールドシップ!?」

 

いきなり肩を組まれて当惑したトレーナーはすぐに脱出を試みるが、ウマ娘の膂力に普通の人間が抗えるはずもない。

男の脳内でジャーン! ジャーン! ジャーン! と警告の銅鑼が鳴る。

 

「か、金ならないぞ」

「いるかよ。アタシがいくら稼いでるか知ってんのか? それよりもよ、電話の相手、トウカイテイオーだったんだろ? なに話してたんだ?」

「た、大したことじゃない。トレーナー契約した場合、どんなトレーニングメニューを組むかって話だ」

「ふ~ん。それってあんたにだけか?」

「……いや、みんなにじゃないかな。テイオーをスカウトしたトレーナーは大勢いたし」

「例えば?」

「え? ○○さんとか××さんとか、△△さんもいたな。あとは――」

 

男はその場にいたトレーナーを思い出せる限り答えた。そしてようやくゴールドシップから解放された。

 

「なぁんか面白れぇことの予感がすんな。こりゃゴルシちゃんもうかうかしちゃいられねぇ」

 

ゴールドシップの行動は早かった。トレーナーの名前が分かれば学園のホームページから詳細が分かる。

数日のうちに、ゴールドシップは全容を把握した。

そしてある日の放課後、ゴールドシップはふたりのウマ娘と共にある男を追っていた。

 

「まさかまたこのカッコするとはなぁ」

「ププッ、似合ってるわよ。ウオッカ」

 

マスクとサングラス姿でため息を零すウオッカに、同じ格好をしたダイワスカーレットが揶揄うように指をさす。

ウオッカはスカーレットをジト目で睨み付け、もうひとつ溜め息を零した。

 

「いいかおまえら。アタシが背後から一発ケリいれて、その隙に詰め込むから、それ持って部室まで行くぞ」

「ちょ、ちょっと待った! 蹴る必要あるか?」

 

ウオッカが攻撃することに躊躇いを見せるが、ゴールドシップは落ち着き払った様子で男の背中を指さした。

 

「あの隙のねぇ歩き方を見ろ。ありゃ相当功夫(クンフー)を積んでるぜ」

 

そう言われて、ウオッカは男の歩き方を観察するが、別段変わったところは見られない。そもそも人間とウマ娘では身体能力に差がありすぎる。ウオッカはゴールドシップが警戒していることをいつものボケとしか思っていなかった。だが若いウオッカは知らない。身体能力の差が戦力の決定的差ではないということを。

 

「むしろいきなりズタ袋かぶせる方がやべぇぜ」

「あん? それってどういう……」

「要するに、ウマ娘だってことは見せた方がいいんでしょ」

 

困惑するウオッカに対して、スカーレットが告げる。ゴールドシップは、あの男は視界を塞がれた状態で、かつ相手が何者か分からない状態ならば、本気で反撃してくる可能性があると言っているのだ。

 

「まあ蹴るっつっても背筋の辺りだ。大したダメージにはならねぇよ。行くぜ」

 

足音を消してゴールドシップが走り出す。そしてターゲットに向かって跳躍した瞬間、その目標が消失した。

 

「アタシのパターダ・ボラドーラを躱しただと!?」

 

たった一跳びではあったが、完全なる無音行動だった。気配も完璧に消していた。にもかかわらず、この男は反応した。

その事実に、ゴールドシップはさらに警戒を強めた。男はそのまま右足をわずかに引いた。それが戦闘態勢であることをゴールドシップは瞬時に悟る。

その後ろからドタドタとウオッカとスカーレットが追ってきた。

 

(せっかく背後取ってんのに音出してどうすんだ。あいつらもまだまだだな)

 

とはいえ、初撃をミスった自分にも責任はある。ゴールドシップは改めて目の前の男を睨みつけた。

 

(あの闘気、練り上げられている。至高の領域に近い。何者(ナニモン)だ? こいつ)

 

即座に臨戦態勢に移行したことに驚きつつ、ゴールドシップはすぐさまふたりに指示を出す。

 

「スカーレット! ウオッカ! ジョットストリームアタックをかけるぞ!」

「はい!」

「了解だぜ!」

 

背後のふたりの飛び出しに合わせて、ゴールドシップも前に出た。その一瞬後に、男も前へと飛び出す。このままでは正面衝突だ。

そこで男はフェイントを入れた。それにつられたゴールドシップの脇をすり抜けるつもりだったのだろうが――

 

(そんなモンにひっかかるかよ。まずは動きを止める――ここだッ!)

 

ゴールドシップの拳が男の腹部に突き刺さる。その瞬間、ゴールドシップは信じられないものを目撃した。

 

「発勁を――流した!?」

 

理論上は可能である。しかし実戦で使えるかというのは別問題だ。だが男は実際にやってのけた。

大技を放った直後の硬直、その一瞬の隙をつかれて、ゴールドシップは腰を掴まれた。

 

「なぬっ!?」

 

思わず声が漏れる。ゴールドシップは慌てて後方へと飛び退った。だが相手も追随して距離を離さない。

 

(マズいな、浮かされてるから力が入らねぇ。なら仕方ねぇ――な!)

 

すでに技は入っていた。振りほどくのが不可能となれば、反撃するしかない。ゴールドシップは気勢を高めて隙を窺うが、男の方が動くのは早かった。

 

(反応が速ぇ!)

 

ゴールドシップの身体は半回転させられ、後方へと投げ飛ばされた。

 

「――きゃっ、とと!」

「ちょっ! 大丈夫かよゴールドシップ先輩!」

 

ゴールドシップを受け止めたスカーレットとウオッカが思わずよろめく。

 

「ちっ、してやられたぜ」

 

視線を前に戻すが、男の姿はどこにも見えなかった。

手加減はしていたが、油断していたわけではない。ゴールドシップは遊びに真面目なタイプなのだ。

そして相手も手加減をしていた。狙い通りこちらがウマ娘だと判明して、明らかに気勢が下がった。

 

互いに本気だったらどうだっただろうか。ゴールドシップの一撃は、まともに当たれば人間の骨など軽く粉砕し、臓器に痛撃を与える。

だが勝敗を決定づけるのは速さや威力だけではない。ウマ娘といえども、身体の基本構造自体は人間とそう大差はない。死角はあるし、可動域にも限界はある。

 

「面白れーヤツ」

 

ゴールドシップは指を鳴らして、にやりと笑った。

 

 

 

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