今日は珍客があった。西条がトラックでネイチャの指導をしていると、3人のウマ娘を連れたトレーナーらしき男が近づいてきた。
男の顔には見覚えがないものの、その後ろにいるウマ娘たちは察しがついた。毛色からして先日の襲撃者であろう。つまりチームスピカのメンバーだ。
「あ~、突然失礼。アンタが西条くん?」
「ええ、そうですが」
「うちのウマ娘たちがすまない。この通り謝罪する」
全員が頭を下げて謝罪の言葉を口にした。とりわけ主犯であったゴールドシップは反省の色が濃いのか腰を180度曲げて頭を下げていた。
とりあえず西条は襲撃した理由を求め、そのトレーナーは要求に答えた。
曰く、トウカイテイオーの一連の騒動を小耳にはさんだゴールドシップが、直接話を聞こうと西条を拉致しようとしたとのことだ。
「話が聞きたいだけならそう言えばいいだろう」
「それじゃつまんないだろ」
「つまるつまらんの問題じゃない」
「なんだよ、このゴルシちゃんが素直に謝罪したってのにまだ怒ってんのか? 男なら広い心で許してやれよ」
このやり取りには、スピカのトレーナーも苦笑いだった。実害はなかったのでそのまま許してもよかったのだが、せっかくだからと西条はスピカのトレーナーに向き直った。
「そちらのチーム練習に、うちのウマ娘を参加させてもらえませんか? それでチャラということにしましょう。できれば併走や模擬レースもお願いしたい」
その要求に、スピカのトレーナーは快く応じてくれた。
そして場所はスピカの練習場へと移る。ネイチャは少し緊張した様子でスピカの面々と挨拶をかわしていた。
西条もスピカのメンバーに挨拶していくが、そこで一悶着あった。
「ウォッカじゃねぇ! ウオッカだ!」
西条に詰め寄っていたのはスピカメンバーのひとり、西条を襲撃したボーイッシュなウマ娘だった。
対する西条はどうも要領を得ない様子だ。
「いっつも思うんだけど、あんたよく発音だけで相手が間違えてるって分かるわね。字面ならともかく」
「今まで散々間違われたからな。なんとなく分かるんだよ」
「つまり……どういうことだ。違う……とは?」
「だからこういうことだよ。こうじゃなくて、こうな」
ウオッカは地面に不正解と正解とを並べて書いた。そうしてようやく西条はウオッカが憤っている理由を理解した。
「なるほど。捨て仮名ではないのか。すまない、勘違いしていたようだ」
「おう。分かってくれりゃいいぜ」
誤解が解けたところで、ウオッカとスカーレットはトレーニングコースへと戻って行った。
そして西条はコースから移動しようとしたところで、白い影に捕まった。
西条とゴールドシップの間にあるのは木製の立派な将棋盤だ。相手をしろということだろう。
とりあえずきちんと正座をして向き合っているあたり、このウマ娘は真面目にふざけているのだろう。西条は頭を抱えながらも、さっさと終わらせることにした。
「お願いします」
「お願いします」
将棋には定跡がある。例えば矢倉や四間飛車など。まず定跡があって、そこから打ち手の個性が表れる。
だが――
(コイツ――
制限時間を決めたわけではないが、ゴールドシップはほぼノータイムで指してくる。それを受けて西条の手も早くなる。
(殴り合いが望みか。なら受けてやるよ!)
バチンバチンと駒を打ち合う音がトラックに響く。それはある種異様な光景でもあった。
次第に衆目を集め始めた頃、ゴールドシップが西条の陣深くに飛車を打ち込んだ。
(決めにきたか。だがこれを受け切れば――)
ゴールドシップの攻めを巧みに躱し、今度は西条が
持ち駒を躊躇なく吐き出し、ゴールドシップを追い詰める。
「これで――」
バチン! と小気味よい音が響く。
「――詰みだ」
ゴールドシップの柳眉がピクリと動く。沈黙すること約3秒。
「……ありません。ちっ、少し遊び過ぎたか。なら次はこっちで勝負だ。懺悔の用意はできてんだろうなぁ!」
ゴールドシップが懐から真紅のデッキケースを取り出す。だが西条の反応は冷めたものだった。
「悪いが俺はデュエリストじゃなくてトレーナーだ」
「ほぅ、ちったぁ素顔が見えてきたじゃねぇか」
「……おまえ」
「ナイスネイチャだっけか? 言葉遣いくれぇでビビるタマには見えねぇぜ」
このウマ娘が散々からんできたのは、こちらの「
「随分と気にかけてくれるんだな」
「あったりまえだろ。このゴルシちゃんはトーセンジョーダン以外のウマ娘には優しいんだぜ」
何故トーセンジョーダンだけが例外なのか。それともこのくだりまで含めて、ゴールドシップ流の
「不必要に威圧感を与える必要はあるまい。トレーナーとウマ娘は対等な関係なんだ」
指導する者と教わる者という関係上、勘違いして高圧的になる指導者は少なからずいる。トレーナーとウマ娘はあくまで対等の関係であり、両者の合意のもとでトレーナー契約は成立するのだ。
「ふ~ん。ま、トレーナーとウマ娘の関係なんざ様々だからな。うちみてーに自由なとこもありゃ、リギルみてーにキッチリ管理するとこもある。アンタがちゃんとトレーナーやってるなら、これ以上アタシが言うことはねぇや」
「……忠告は受け取っておこう」
「おう、次来るときはちゃんとデッキ持ってこいよ」
ゴールドシップは優雅に手を振ると、自身のトレーナーの元へと歩いていった。その背を見送りながら、西条は小さくかぶりを振った。
◇
「で、どうだった? スピカとの合同練習は」
「準備運動と整理運動はみんなでやるみたいだけど、決まったメニューはないようでしたよ。相談したらのってくれるだけで、基本は自分に足りないところを鍛えるって感じかな」
「なるほど。自主性を重んじるわけだな」
スケジュール帳がビッシリ埋まっていることに安心するウマ娘もいれば、それをストレスに感じるウマ娘もいる。トレーナーとしての育成方針やチームの雰囲気などは、リギルとは正反対だろう。
「だが所属するウマ娘は全員が一級品だったな」
「うん。スぺさんやマックイーン、ウオッカやスカーレットもキラキラしてた。ゴールドシップさんは……クラシック二冠のウマ娘なんですよね?」
いまいち信じられないといった様子でネイチャが西条に問いかけた。結局、西条と対局した後のゴールドシップは、意味不明の言葉でメンバーにアドバイスしたり激励したりと、トレーニングらしいトレーニングはしていなかった。
「同じだけの筋トレをしても、その成果には違いが出る。生まれつき筋肉がつきやすい体質と筋肉がつきにくい体質がある。聞いたことがないか?」
「あ~、聞いたことあるかも」
「それにはミオスタチン遺伝子というものが関係している。これは僕の推測にすぎないがゴールドシップはトレーニングをすればするだけパワーアップしてしまう体質なんだと思う」
「……してしまう?」
ネイチャが目を細める。西条もそれほど詳しいわけではないが自身の推論を続けた。
「実は良い事ばかりじゃないんだ。筋肉がつき過ぎれば関節の動きが阻害され、
「世の中そうそううまい話はないってことかぁ」
画一的なトレーニングではゴールドシップの強みが消されてしまう。このシビアで繊細な調整は本人にしかできないのだろう。
極端な話、ただ歩いているだけでも筋肉がつく。彼女が普段セグウェイに乗っているのも調整のためだろうと西条は考えた。
「ゴールドシップはかなり希少なタイプのウマ娘だ。彼女のトレーニングメニューを組めるトレーナーはほぼ存在しないだろう。それで、さっき話したミオスタチン遺伝子なんだが、面白い考察もあってね。この遺伝子が、生まれながらにウマ娘の適正距離を決定しているという説だ」
「う~ん? それって努力の否定になりません?」
「ある程度は努力によって補強できるだろうが、生まれながらに長距離が得意なウマ娘と、トレーニングでスタミナをつけて長距離を走れるようになったウマ娘では、やはり違いが出た」
「救いはないの?」
「努力が才能を上回る場合も、もちろんある。メジロ家は
「マックイーンかぁ。確かに春の楯は絶対に取ると豪語してましたね」
余談だが、トレセン学園中等部には学年以外にクラスというものがある。A~Cまでの3クラスあり、ABクラスはトレーニング期間、Cクラスがデビューを許可されたクラスになる。
しかしデビューを許されたからといって、すぐさまデビューするわけではない。大抵のウマ娘は2年間しっかりとトレーニングを行ってからデビューに至る。
だがマックイーンは2年時にデビューしている。これはシニア期にしか出走できない春の天皇賞が関係しているのだろう。しかしその焦りが災いしたのか、骨膜炎を発症してジュニア期のほとんどをふいにしてしまった。デビューを取りやめようにも、一度提出した出走届を取り下げることはできないのだ。
つまりネイチャ、テイオー、マックイーンは同期だが同級ではない。
ネイチャ、テイオーは中等部3年ジュニア級で、マックイーンは中等部3年クラシック級となる。
閑話休題。
「まあ、この理論は学会でもまだ疑問視する声が多いからな。検証の余地はあるだろうね」
そう言って、西条はクスリと笑った。