あの話題をこれ以上掘り下げても仕方ないだろう。
ということで、いったんお茶を入れながら、緩い話題に切り替えることにした。
「……アイリスさんも無茶するよね。先にキャラデザ決めようだなんて」
「ん………まだ決定じゃない。決めるのは私とアーシャだけどね」
ちなみに葵も私のことはアーシャと呼ぶようになった。
最早、自分の本名ということになっている雪村ミシロは一切機能してない。
まぁ本名はそもそも『再生の樹』を意味する全く別の異世界語なのでぶっちゃけ呼び方なんてなんでもいいのだが。
テーブルの上に広げられたのは、アイリスに見せられた時より更にブラッシュアップされた3つのキャラクター。
どれも銀髪エルフであるというのは私に影響を受けているからなのか。せっかくデザインされてるし、原案者がここにいるのでいろいろ補足してもらうことにした。
「まず一人目『エルフの里を飛び出した世間知らずの女の子』、なんかピュアな感じだね」
「ん………、はわわとか言っちゃうタイプのイメージ」
「王道な感じやな、ちょっとロリっぽいけど」
センシティブな画像を見て顔を真っ赤にして『は、破廉恥ですよぉ~!』とか言って顔を両手で隠しながら、実は指の隙間からジロジロ見てそうな女の子だ。
王道な女の子で人気は高そうだ。
しかし自分でやるにはちょっと………。
「私のイメージには合わないよなこれ」
「………確かに」
「暴力! 暴力! 暴力! エロ! 老人会!ってなイメージやもんな――痛い痛い痛い!」
「認めはするけど直接言われると腹立つんだよな」
茜の悪いお口をチャックしつつ、2枚目を見る。
「二人目は『高潔で高慢な性格をしているが、実はオタク趣味』、美人系のエルフか」
「ん………高潔なエルフと漏れ出すオタク趣味のギャップをイメージした」
口調は少し偉そうな女騎士風だろうか。『くっ、殺せ………』とか言いそうな感じだ。
正直、素が男口調に近い私なら、こっちの方が良さそうに感じる。
少しこの子になりきって、演じてみようか。
「………お、おい貴様ら!! くっ、このような屈辱……犯人をネタバレするという屈辱、絶対許しはせんぞ!」
「おー、それっぽい」
「やるやんけ」
自分でも好感触だったが、実際二人にも好評だった。
自分がもしVtuberの魂として、実際に演じるならこっちの方が向いてるだろう。
ただ、この2つのガワを見ていて気になることがあった。
「リアルとVを同じチャンネルでやるなら、この設定使えないよね」
「「あー……確かに」」
せっかく色々な設定が付いているのだけれど、同じチャンネルでやる場合は、リアルの口調からあまりに変えるとウケが悪くなるのは間違いない。その指摘に葵は悲しそうな顔をする。その場合は、完全に関係性を切り離した方が良さそうだ。
「………没?」
「いや、別にこのガワだけ使って設定だけ替えればいいんじゃ――」
「それは私が嫌」
珍しく強い口調で否定する葵に、ちょっとたじろぐ。
やはりプロである以上、完璧なものにしたいという気持ちがあるのだろうか?
「仕事はクソメンドいけど、やるならちゃんとやる。ガワと魂はちゃんと一致してこそ意味があるし、面白い配信になる」
「…………そっか」
性格を挿げ替えればいいという言葉を撤回して軽く謝罪し、3枚目を見ることにした。
「ええっと、身長140cm、年齢は11歳。『無限にみんなを甘やかしてくれるママ』…………は? 年齢間違ってないこれ?」
「ん………合ってるよ。私のイチオシのママ。アイリスさんからは猛反対されたけど」
「…………ママ?」
見た目は垂れ目で、大人しそうな、小学校5年生ぐらいの女の子だ。
しかし、葵はこの子の属性をママと呼んだ。
葵は相当この案に力を入れているらしく、一つだけやったら書き込みがガチだし、大量のセリフが書き込まれていた。
「できるだけゆっくり、優しい声で読んで。甘やかすように。できれば耳元で」
「………嫌なんだけどこれ」
耳元でという言葉は無視して、改めて台詞を見る。
小学生相当の女の子に言わせるにはかなりアレな文章だったので、少し顔が引きつった。
ここでふと、異世界の悪魔たちを思い出す。
悪魔というのは人間の悪感情を貪って生きているのだが、その中に『怠惰』を貪る悪魔がいる。
そいつらは日本語訳で『バブみ幼稚園』なるものを開園して、人間を一生甘やかすだけ甘やかしていた。
そんなある意味甘々な彼女らの口調を思い出して、再現する。
「――主様、今日も一日学校、お仕事、お疲れさまでした」
「――それで、今日は何をなされたのでしょうか?」
「――呼吸ですか!? この息苦しいの世の中で、呼吸をするなんてなんて素晴らしい」
「――こんなに寒いのに、お布団にも負けず起き上がって、重力にも抗っておられる」
「――流石、ご主人様で御座います」
怒涛の勢いで繰り出される怪文章だが………。
「これ遠回しにバカにしてない?」
「この子はしてない………生きてるだけで褒めてくれる幼妻に無限に甘やかされたくない?」
「いやいやいやガチトーンやめろや、怖いって」
葵が熱く語るには、視聴者を全肯定して無限に甘やかしてくれるエルフの見習い神官ちゃんという設定らしい。ぶっちゃけ自分には全く刺さらないのだが、確かに刺さる人はいそうだ。
「私この子に一生甘やかされて暮らすのが夢なんだ………。ねぇアーシャ?」
非常に残念ながらその夢は叶えられない。
「………この子だけは絶対嫌」
「むぅ…………」
そして自分には絶対無理である。
懺悔ぐらいなら聞くのもなれているし、それはいい。
ママ属性も理解はできる。年上のお姉さんならね。
葵の下書き閲覧回は、最後に特大の爆弾を残して終わった。
人間の業の深さを、改めて考えさせられる出来事だった。
【Tips】怠惰の悪魔スロウシア:悪魔の一種であるスロウシアは、人間と友好関係を築くことの出来る数少ない悪魔だ。彼ら彼女らは堕落した人間を好み、一人では何も出来ない状態まで甘やかし、その最期を看取るのだ。
会議も終わったその日の夜更け、茜は自分の動画を編集していた。
動画編集の作業というのは、とても地味なものだ。
効果音、BGM、ゲーム音、そして自分の声の音量バランスを過不足なく調整していく。
これは、出来なければ大幅減点されるのに、出来ていても加点にはならない。
(楽しないよなぁ、この作業。概要欄のリンク張り並に詰まらんわ)
動画作成で一番楽しいのは、あれやこれやとネタを頭の中で考えているときだ。
次に楽しいのは、ピタッとネタがハマった時か。
(………ここセリフ入れ直すか)
茜は実況動画と銘打っているが、実際の所、声を後入れすることも多い。
最初から音声データと動画データは別録しておき、問題が見つかれば撮り直すのだ。
マイクのスイッチを入れ、録音モードにする。
「………いやどこ行くねーーーーーん!!!」
静かな部屋に、突如として明るいツッコミが響き反響する。
一呼吸おいて、録音を切り音声データを作成した。
そして詰まらないツッコミの部分に、今録音した音声を張り付ける。
後はシークバーを直前まで戻して、
『――なるほどな。それで、っていやどこ行くねーーーーーん!!!』
「うっさいなこいつ、静かにせぇ」
少し音量バランスが悪くて不快に感じたので、音量を65%に下げた。
そしてもう一度、全体を確認する。
『――なるほどな。それで、っていやどこ行くねーーーーーん!!!』
「………まぁえっか」
完璧とは言えないが、まぁ及第点だろう。
そう思った茜はいくつか作ってあるテンプレートから、素材を持ってきて、編集の続きを再開した。
おおよそ無表情で、淡々と、機械的に。
パッチワークのように音声を継ぎ足し、明るい効果音を淡々と付け足していく。
そして最後に1回、全体を確認して
30分もすれば動画が完成するので、それを投稿すれば今日の作業はお終いだ。
(どうせ今回もミス見つかるんやろなぁ………)
毎度のことだが、字幕が間違ってたり、効果音が1つ外れてたりする。
念入りに何度もチェックすれば無くせるのだが、チェックの費用対効果を考えて、チェックは1度しかしないことにしていた。キリが無いからだ。
すっとタイマーを止め、何時間かかったかを見る。
(12分の動画で、6時間か………凝った動画にしてはまぁまぁやな)
たった12分の動画を作るのに茜は6時間を要していた。
これを長いと見るか、短いと見るかは人によるだろうが。
動画制作が全く楽しくないというわけではない。
けれど、大量の楽しくない部分を超えなければ、ちゃんとした動画は完成はしない。
そして、その楽しくない作業を延々と続けられた人間だけが挑む権利を与えられる。
そしてその中のごく一握りだけがZowTubeで成功できるのだ。
動画投稿に興味がある100人のうち、投稿を始めるのはたった1人。
動画投稿を始めた100人のうち、それを続けられるのはたった1人。
言い過ぎかもしれないが、それぐらい継続できる人は少ない。
辛くても淡々と作業をこなす茜は、間違いなく挑戦者で勝者だった。
ふぅと大きく息を吐き、アーシャが残していった蜂蜜レモンティーを飲む。
ふわっとエルフのやさしさが広がり、目と頭の疲れを和らげてくれた。
茜はふとアーシャのことを考える。
彼女がこの家にしょっちゅう出入りするようになってから、随分と体調が良くなった。
家精霊たちは普段は出てこないが、お菓子をお供えしているだけで、家を綺麗に保ってくれている。
調子が良くなった今なら、自分の普段の生活がどれだけデバフを与えていたかよく分かる。
そして、調子が良くなったのは何も体だけじゃなかった。
アーシャが注目を浴びると同時に、自分も狙い通りに注目を浴びた。
その結果、登録者数30万人を一気に飛び越えて登録者数40万人をも目の前にしている。
(このままいけば、ハーフミリオンやな)
流石に年内は無理だろうが、来年なら50万登録者は狙えるかもしれないと茜は思っている。
(まぁアーシャは、ウチなんて容易く飛び越えていくんやろうけど)
そして、きっともうすぐ自分を超えていくだろうなとも思っていた。
今のアーシャの登録者数は20万を目前としている。
自分が数年かけて集めた視聴者を、たった数週間で越えようとしているのだ。
(編集はだいぶマシになったけど………まぁカットと音声調整だけでも今は十分か)
茜と比べると、アーシャの編集は稚拙だ。字幕も少ないし、カットの基準も甘い。もう少し削っていいと思うし、逆に大事な場面はもっと間を取っていいと思う。そのあたりのことをメッセージに纏めておいて後日教えるのが最近の日課だ。次からは多少はマシになることを期待する。
「(でも、そんな編集でも、ウチよりずっと再生されとんのよな)」
ZowTubeの世界は残酷だ。
茜のように手間暇かけた編集で作り上げた動画が必ずしも受けるとは限らない。
逆に編集が稚拙でもネタさえ面白ければ、広く受け入れられて人気になる。
最もそれが分かっていたから、アーシャをサポートして金の盾まで連れて行ってあげることにしたのだが。しかし、それでもアーシャの伸びを見ていると、そして連動した自分の伸びを見ていると、どうしても期待してしまう。
――ウチも金の盾、狙いたいな。
しかし、実のところVtuberを除けば、日本の女性のゲーム実況者で登録者100万人を超えた人間は誰一人としていないのだ。そして、自分はそんな特別な人間ではないと分かっている茜は、まともな手段で自分が上り詰めるのは難しいだろうとも思っていた。
(同期やのに、もう100万人超えとるんかこの子は……)
ちらりと見るのは同じころに実況を始めたネットの知り合い。
仲良かったのにある時突然、活動を休止した。
かと思ったら、数か月後にハロスターズで活動を開始したとの連絡がきた。
その子は今、優に100万人を超える登録者を抱えて伸び伸びと配信している。
「………ウチやって、これぐらいできるのに」
浅ましい嫉妬が脳裏を過り、ブンブンと首を振って黒い感情を振り払う。
だが、客観的に見ても、この子に能力が劣っているとは思わない。
もし劣っているとすれば、こういうことをすぐに考えてしまう自分の性格ぐらいと、茜は自嘲した。
差があるとすれば、やはり箱の力か。
コラボを繰り返し、視聴者を共有しあう彼女らの登録者数が多いのは当たり前だ。
「ウチもVtuberになれば、狙えるんかな」
考えるのは、アイリスのお誘い。
お誘いに乗れば、逆にVtuberという箱から、自分という女性実況者に視聴者をある程度誘導できることは間違いないだろう。
「………けど」
今見てくれている視聴者は、今のスタイルが好きなんじゃないだろうか。
このご時世わざわざ自分を見るのなら、Vtuberが嫌いな層もいるんじゃないだろうか。
配信スタイルも、Vtuberの主流の生放送スタイルじゃなくて、短めの凝った動画だけを見たい人が自分のファンなんじゃないだろうか。
「でも、やったらどうすれば………」
今のファンを裏切りたくない、今のスタンスは崩したくない。
けれど新たなファンも獲得したい。金盾も欲しい。
Vtuberにも興味があって、やってみたい。
両立の難しいこの難題を、どう捉えればよいのか。
ドン詰まりに立った今の茜に、答えを出すことは出来そうにもなかった。
寝る前に飲み物を飲みに、席を立つ。
既に日が変わり、電気もついていないリビングは薄暗い。
そんな中、ふとベランダの方を見ると、アーシャと葵がいた。
「(……ん? なにやっとんのやろ)」
わざわざこんな冬間近の夜更けに、どうしてベランダにいるのだろうか。
どうやら相当話が盛り上がっているらしく、薄着で話し込んでいる。
アーシャは風邪をひかないだろうが、葵は風邪をひくかもしれない。
一言注意するために、出入口の掃き出し窓をガラリと引く。
「――おーい、上着着んと風邪ひくで…………っ!?」
茜は耳を疑った。
「………ご、ごめんねアーシャ、勝手に快楽調教しちゃって」
「いやー、うん、むしろ………めちゃくちゃ良かったよ」
心底恥ずかしそうに顔を赤らめ目を逸らす葵と、同じく顔は赤いがどこか喜色の滲んだアーシャ。
茜の知らない世界がそこにはあった。
「「「…………」」」
突如として現れた茜と、二人の視線が交錯する。
余りの気まずさに、冷え込んだ空気は氷点下を軽く下回る。
この状況を説明するには、少し前に遡る必要があった。
【Tips】エンコード:圧縮しなければ膨大な容量になる動画を圧縮するために行う作業。基本的に自動で行ってくれるのだが、パソコンの性能や動画の長さによっては数時間~1日程度の時間を要することもある。
スロウシアちゃんに飼われてヌクヌク暮らしたいなぁ………