ダクファン帰りのエルフさんは配信がしたい   作:ぽいんと

20 / 29
鬱っぽいのはこれで終わりだ!


【日常編6】欠けた月もいつかは満月に

 遠くに見える自分の家を見ながら、白い息を吐く。

 給湯器は取り換えてもらったが、一度思い出した贅沢はやめられない。

 そんなこんなで今日もお風呂を借りに来ていた。

 

 マシロはこっちには来ていない。

 割とバズったゆったりRTA動画が相当嬉しかったらしく、勢いに任せて様々なRTA動画を投稿し始めているらしい。RTAはマシロでもかなり神経を削るらしく、自分が騒がしくすると邪魔になってしまうので、こっちに逃げてきているというのも理由の一つか。

 

 目線をずらして今度は、近くの公園に目を向ける。

 耳の感覚を研ぎ澄まして、魔力の流れを確認するがいつも通り結界に異常はない。

 

 あの公園は、実は異世界に最も近い場所である。

 そして、世界間転移魔法はあの公園周辺で使わないと成功しない。

 

 イメージするなら、横に並んだ2つのボールが地球と異世界だろうか。

 世界間転移魔法は、2つのボールがぴったりと引っ付いた、ごく限られた場所でしか成功しない。

 それでも大量の魔力を消費するし、発動までは大きな時間が掛かる。

 

 今ふと思い出したのだが、あの公園は多分自分が転移した場所だ。

 中華料理屋のバイト帰りに、気まぐれに寄った気がする。

 恐らくその時に、運悪く向こうの世界に転移したのだろう。

 そしてあっちの対応する場所は、結構ヤバイ場所だ。

 ゲーム風に言うなら裏ダンジョンぐらいの難易度はある。 

 

 ちなみに普通の人間が魔力の濃い場所に行くと、体がグズグズになって即死する。

 多分自分も、転移後即死して、その後転生したのだろう。

 まぁ順序なんて、正直どうでもいいか。

 

 今重要なのは、この町のあの場所からしか世界間転移魔法を使うことは出来ないということだ。

 

 ――はぁ……これだけ動きがないと、飽きてくるなぁ。

 

 最近は配信が楽しくておざなりにはなっているが、一応は魔王の討伐、捕獲、交渉は今も自分たちの仕事だ。失敗にしろ成功にしろ、遅くとも2年以内には報告しなければならない。しかし、どこに行ったか探すには地球は余りにも広すぎる。

 

 広い場所で少ない人数で誰かを捕まえなければならないなら、普通どうするだろうか。

 

 ――待ち伏せ、しかないよなぁ。

 

 異世界に逃げ帰られると追うのが猶更しんどくなる。

 なので待ち伏せに意味がないわけではない。

 

 だが正直自分は待つのが苦手だ。正直辛い。

 自分とマシロは最低でもどっちかはこの町にいないといけないし、夜に完全に寝るわけにもいかない。

 不幸中の幸いは、高位種族の自分たちは寝なくてもしばらくは活動できることか。

 

「………はぁ、くだらな」

 

 異世界に帰る気があるのなら、とっくにアクションを起こしていると思うので、多分この待ち伏せ自体意味を成していないのだろう。

 多分こうしている間もあの魔王はどこかで女を食っているのだろうなと思う。

 正直ちょっと羨ましい……。

 少しでも女の子へのモテを分けて欲しい。

 

 あの魔王と戦闘した時は、仮面とローブを付けていたので多分顔バレはしていない。

 だが、ガチエルフの自分が目立つと余計な警戒を招きかねない。

 だから乱闘事件までは顔出しや、魔力の余計な使用も避けていた。

 

 まぁ配信が楽しすぎてどうでもよくなったんだけどね。

 だがその後押しに何の収穫もない待ち伏せの存在があったのは言うまでもない。

 

 今日は月が綺麗だ。

 月といえば、茜と約束したあの日は満月だった。

 今はちょうど三日月ぐらいだろうか?

 真ん丸に輝いていた月は、大きく黒の塊で塗りつぶされている。

 

 少しだけ、今の自分と似ているなと思った。

 キラキラ輝いていた夢と、真っ暗な現実。

 

 今の夢は、2つある。

 一つは異世界の夢で、今はどうやっても叶えられない夢だから置いておこう。

 

 もう一つは、茜と一緒に金の盾を取ること……なのだろうか?

 本当にそうハッキリ言いきれるだろうか。

 

「……本当に欲しかったのは、そんなものだったかな」

 

 もう一度空を見あげて、届かない三日月に手を伸ばす。

 空に輝く黄金の夢には、ぽっかりと大きな黒が差していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼぉーっと空を見つめながら、

 今も考えるのは昼のことか。

 

 一つ思うことは、正直な話ここまで悩むのならアイリスの提案なんて蹴ってしまっていいんじゃないかということか。今のまま続けていっても、ある程度の視聴者は残ってくれると思う。そして、茜の収入を見た感じ、老後の生活とか家族を養うこととか考えなければきっとしばらく生活には困らない程度の収益は出る気がする。

 

 だから今考えているのは、言ってしまえば心の贅肉か。

 生きるのに困っていない自分が、さらに贅沢なことを考えているわけだ。もっと多くの人に見て欲しい、もっと多くの人に楽しんで欲しい、もっと多くの人を笑顔にしたい。

 

 ――そして、もっと自分が幸せになりたい。

 

「……アーシャはやっぱり絵になるね」

「葵?」

 

 ベランダにやって来たのは、寝間着姿の葵だった。

 最近、家に良く寄るようになってからは前よりもよく話すようになった。

 やってきた葵は、自分の横に立って、珍しい敬語で言った。

 

「月も綺麗だし、少しお話しませんか?」

「いいよ」

 

 即答して、再び月を見上げる。

 取り留めもない会話を続けていると、自然とここにいた理由の話になる。

 魔王の話はちょっと突拍子もないので避け、悩みの話をすることにした。

 

「Vtuberの件は勿論だけど、最近、普通の配信の方でもちょっと悩んでるんだ」

 

 頷く葵に、近況を説明する。

 最近の自分の配信や動画は、基本的に単発のお手軽なゲーム動画がメインだ。

 端的に言えば、茜の真似だろうか。

 

「……私の動画、面白いのかな?」

「………」

 

 私の悩むような声色のせいか、それとも動画が面白くないせいか、返答はない。

 自分というコンテンツが本当に面白いのか。

 それが今の自分の一番の悩みだ。

 

 近頃、チャンネル分析ツールというのを知った自分は、面白さを客観的に見れるようになっていた。だからこそ悩んでいるのだが。

 

「視聴者維持率って知ってる?」

「……聞いたことない」

 

 知らないと告げる葵に、短く説明する。視聴者維持率とは、動画全体が、何割見られているかという割合を表す指標だ。

 

 例えば、10人の視聴者が全員最後まで動画を見ると100%に、

 例えば、3人がすぐに視聴を辞め、7人が最後まで見ると70%に、

 例えば、10人全員が半分で視聴を辞めれば50%になる。

 

 まぁ厳密には間違っている。

 大勢の人が何度も巻き戻したりすると稀に100%超えたりすることもあるからだ。

 

 まぁともかく、視聴者維持率が高いほど人の心をつかめる動画なのは間違いない。

 これは茜が動画作りにおいて最も重要視している指標だ。

 この数値を上げるために、茜は心血を注いでいる。

 

 その茜曰く、面白い動画と呼ばれる動画は最低でもそれが50%以上はあるのだとか。

 駆け出しなら40%もあれば、十分に上を狙えるとも言っていた。

 

「………低くない?」

「それがそうでもないんだよ。例えば、葵は動画開いてなんとなく用事を思い出して閉じたりすることない?」

「………あるね」

「そもそも動画がどれだけ面白くても、最後まで見てくれるとも限らない。それを踏まえての数値だから」

 

 ここで驚異というべきか。

 茜の動画の初動は優に70%を超えるらしい。

 完璧にハマった時は80%すら見えるのだとか。

 

 この数値を得るために、茜は様々な工夫をしていると言っていた。

 まず最初の数十秒で必ず気を引く。絶対に長くてつまらないOPは入れない。ブラウザバックされるから。

 長々と最後に宣伝せずに動画を即ブチ切るのも同様の理由だ。

 

 この値が高いと、おすすめ動画に選ばれやすくなり、動画の伸びが全く違うものになるらしい。

 ただ、おすすめに選ばれると普段と違う視聴者層が集まってくるので、最終的には50%近くまで落ち込むらしいが。

 

 自分の動画はどうだろうか。

 たしかにバズっている。

 けれど視聴者維持率は40%程度しかない。

 理由は分かっている。

 自分のファンは最近出来たファンであるから。

 そもそも今もチャンネル全体がバズっているようなものなので、新しい視聴者が多いから。

 それでいてこの数値は、私の実力だと茜は言っていた。

 

 けれど、現実として茜とは30%の差があるわけだ。

 仕方ないと理屈では分かっている。

 分かっているのだが、どうしようもなく怖くなってしまう。

 面白くないと思われているのではないかと錯覚してしてしまうのだ。

 

 そんな私の言葉に、葵は優しい音色を返してくれた。

 

「……私はファンだよ。一ファンとして応援している。だって面白いから」

「…………ありがと」

 

 嘘が分かるから、これはお世辞じゃないってすぐ分かった。

 葵は励ましではなく、心の底からそう思ってくれているのだ。

 こういう、お世辞じゃない言葉に、自分は物凄く弱い。

 

 じんわりと言の葉が響き、寒さに震える心に暖をくれる。

 時に大多数のファンより、たった一人の応援の方が嬉しいと聞いていたが、あながち間違いじゃないのかもしれない。

 現に今、これだけ暖かさを感じているのだから。

 

 なら、葵のために動画を作るのも、そう悪くないかもしれない、

 

「それじゃあさ、葵がさ、見てみたい動画とか企画とかない? 」

 

 参考にしたくて、みんなの代表として葵に聞いてみる。

 しかし、返って来たのは答えではなく、意味の分からない質問だった。

 

「………アーシャはさ、金の盾が欲しい? それとも好きなことがしたい?」

 

 質問をしたのに、代わりに質問が帰って来た。

 少し悩んでから、答えを返す。

 

「……好きなこともしたいけど、今は金の盾が欲しい。茜と約束したから」

 

 自分の前世の実の父親の数少ない薫陶に「約束は守れよ」というのがある。

 馬鹿らしいと思うこともあったが、これだけはずっと忠実に守ってきた。

 

 だから、茜との約束も必ず果たすつもりだ。

 何故か心に寒いものを感じていると、葵から鋭い言葉が打ち返される。

 

「それじゃあ、今すぐタイトルと説明文を英語にすればいい。そして全てに英語の字幕を付ける。これからの配信は全て英語で行って、より大衆向けなバンド配信に注力すればいい」

「あ、葵……? いきなり何を?」

 

 自分の言葉を無視して葵は言葉を続ける。

 

「そしてその話題性を使って、大物とコラボする。見た目がいいから、きっとすぐに誰かがコラボしてくれるはず。それを何度か繰り返せば、きっとすぐに金の盾が手に入る。アイリスさんの手なんて借りるまでもない」

「……そんな簡単な話じゃないと思うけど」

「いや……これだけは間違いない。アーシャにはそれだけの素質がある」

 

 珍しく強い語尾で断言した葵は、更に解説を付け加えてくれた。

 そもそも、日本語で配信を行うのと、英語で配信を行うのでは分母が全く違うのだ。

 例えば日本には1億やそこらの人しかいない。

 

「見て、このいろんな物から道具作る人の動画。平均数百万回再生されてる日本人の動画だけど、視聴者は海外の人が多いはず」

「………ほんとだ。コメント欄も、海外の人ばっかり」

 

 これは、海外の人にみてもらうためというのが葵の予想だ。

 そのおかげか、このチャンネルは殆ど全ての動画がミリオンを優に超えている。

 

「なんならもうアーシャは一言も喋らなくてもいい。無言で飯食って弾き語ればいい」

 

 英語を扱える人は15億人を超える。日本人を1億人とした単純計算なら、15倍の視聴者が得られると言っていいわけだ。言語すら使わないなら、世界中の全ての人が視聴者候補になるかもしれない。

 

「……もし今のアーシャに15倍の視聴者がいれば、金の盾どころか300万人登録者だね」

 

 どこか馬鹿にしたように、葵は言葉を続ける。

 

「それでもう1回聞く。アーシャはどっちがしたいの?」

 

 今度は、迷うことなく答えられた。

 

「……それは勿論、好きなことがしたい」

 

 言われてみれば当たり前の話だった。

 本当に単純な話だったのだ。

 

「……配信者はみんな最初は素人。それでも何故か面白い人がいる。それは自分の大好きなことに馬鹿みたいに執着して、バカみたいな熱量を使って、バカみたいに楽しんでいる人だからだって、私はそう思ってる」

「………そういえばそうだった、自分の大好きなニマニマ動画は、みんなが好き放題やって、好き放題暴れて、やりたいことやって、だからおもしろかったんだ」

 

 そして、今、世間に羽ばたいているのはそんな彼らだ。

 お金を貰うどころか払って配信をして、グレーゾーンだった新作ゲームを配信して、好きなことだけをひたすら貪欲に追い求め続けた。彼らが今も素人の延長線上にいるかどうかはわからないし、もしかしたら金儲けのためだけに続けているのかもしれない。

 けど、きっと自分が全く楽しくないことだけを動画に、配信にしている人は、いないはずだ。

 

 好きな実況者の言葉を思い出す。

 

「『自分が純粋に楽しいと思ってる様子』ってのは視聴者には絶対に伝わる。自分がゲームを本気で楽しんでいないと、絶対に面白い動画にはならない……か」

 

 呟くように言った自分の言葉に葵は同調する。

 

「自分はそういう人が好きだし、アーシャだってそうだったんじゃないの?」 

「………そうだね」

 

 あまりの説得力に、返す言葉もない。

 すると、葵は言葉を付け加えた。

 

「それに、好きじゃないことを続けるのは本当に大変」

 

 それは、イラストレーターになった女の子のお話。

 

 イラストを描くのが大好きで、夢が叶った女の子。

 しかし、実際のお仕事は自分の好きな絵を追求すればいいわけじゃない。限られた時間で、ある程度は手を抜いて、必要なものを必要な時間に必要な分だけ納品しなければならない。

 納得できない要求に、満足できないクオリティ。好きなものと好かれるもののズレ。

 すると、女の子はいつの間にか、大好きだったことが段々嫌いになっていったのだとか。

 

「……それはお仕事だから仕方ない。でもそれだけじゃ辛いから、自分は時々趣味絵をかいて気を紛らわしてる」

 

 これ以上は何も言わないとばかりに、ここで葵は言葉を打ち切った。

 きっと、これ以上は自分で考えなければならないのだろう。

 けれど、とてつもなく大きなヒントを貰った気がする。

 

「ありがとね葵、おかげで方向性が定まった気がする」

 

 考えをまとめて、近日中にアイリスさんとも一度じっくり話し合ってみるべきだろう。

 一先ず、贅肉だらけの自分の方針は決まった。

 

「………私は、好きなことで、生きていきたい」

 

 呟くように言ってから、カチリとピースがハマったような気がした。

 

「私は、好きなことで生きてきたい!」

 

 気が付けば、もう寒くは無かった。

 

「私は! 好きなことで! 生き抜いてやるんだ!」

 

 夜空に輝く三日月に向かって、遠慮のない大声で宣言した。

 欠けた月はいずれ、新月を経て満月になる。

 月を隠す暗雲だって、いつかは必ず払われるのだ。

 

 自分の言葉をかみしめる。

 

 ――自分の好きなことをやる!

 ――そして好きなことで、茜と一緒に金の盾を取ってやる!

 

 これが今の私の夢なのだ。

 そう、はっきりと自覚できた。

 

 

 ふと葵を見ると、珍しくにっこりと笑っていた。

 

 

 

 




元ネタ:いろんな物から道具作る人の動画:圧倒的不審者の極みさん

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。