一宮かぐやは魔王である。
あれだけハイスペックだし、喋り方も似ているので間違い無いだろう。
所在がある程度掴めたこと自体は幸いだった。
しかし、だからといって容易に接触できるかといえば別の話だ。
配信者というのはビジネス用の連作先を公開している場合が多いので、公開メールやダイレクトメールなどで直接連絡を取れないかと考えてみた。しかし直ぐに諦めた。どうやらハロスターズは、配信者が荒らしや厄介リスナーと直接やり取りしてしまいダメージを受けるのを防ぐためか、連絡先を一般開放していなかったのだ。
だからといって、『どうも異世界であなたを襲撃した人です。会いませんか?』みたいな怪文章を事務所宛に送っても意味がないし多分届かない。……最悪犯罪者と間違われて通報されそうである。だから自分にとって思いつく彼女と接触する手段といえば、たった一つしかなかった。
自分がVtuberとしてデビューして一宮かぐやとオフコラボする。
これしかないと思う。
ちなみにマシロにも落ち着いてから『一宮かぐやは間違いなく魔王だよ』とちゃんと説明したが、大変ショックを受けていた。顔だけは普通を装っていたが、悲しい時は尻尾と耳が思いっきり下がるので分かりやすい。
普通にファンに成りたいという気持ちと、仕事に対する価値観で少しだけ悩んでいたが、最終的には協力を誓ってくれた。……最もこれは仕事だよと『命令』すれば、マシロはどんな命令だろうと私には逆らわないだろうが。
そのように方針を定めてから、今日は待ち合わせ先に向かっていた。
すると、街の中で声を掛けられる。
「……あっ、アーシャさんだ! いつも配信見てます!」
「おっ、ありがとう! これからもよろしくぅ!」
最近はもう顔隠さなくていいやとなってきたので、時間に余裕のある時はフードを外して歩いていたりする。………むしろこういう時はドンドン凸ってきてほしい。
そんなことを考えていると今度は子供が。
「………お姉ちゃん耳触らせてー?」
「だめだよー……代わりに手品見せてあげよっか」
「うわっ、お花だ!」
咲かせた花をプレゼントして、はしゃぐ可愛い女の子を見送る。
ちなみに今のはガチの魔法である。まぁ手品に見えるようにはやっているが。
「すっげぇ! バック宙だ!」
「実物マジやべぇ! い、一緒に写真撮ってください!」
「メジャーデビュー待ってます!」
随分な人気だなぁとちょっと笑ってしまうが、皆々好意的で嬉しい。
それに外だというのに今日は調子がいい。
だから、思う。
――明らかに、増えてるよね、魔力量。
最近マシロも私もそうなのだが、妙に体調が良い。
そしてそれは空気中の魔力濃度が上がっていることに起因していると考えていた。
例えるなら、これまでの日本が空気すらない宇宙空間だとしたら、今は限りなく空気が薄い成層圏といったところか。大差ない息苦しさであることは変わらないのだが、幾分かマシにはなっていた。
――ただの揺らぎか、それとも……
1年間日本にいて魔力量を調べていたわけじゃないので、冬になればなるほど魔力が増えるのが1年のサイクルのうちの一つなのだとしても不思議ではない。だが、直感的には、決定的な何かが変わりつつあるような、そんな気がしていた。
――まぁ今は用事が先だな
そうこうしているうちにたどり着いたのは、先日も訪れた喫茶アトリエール。
今は人こそいないが、リニューアルオープンの準備を始めているからか、それなりに綺麗になっている。悪趣味な壺は取り除かれ、埃は払われ、もうまもなく店も再開できそうな感じだった。
「お久しぶりです、アーシャさん」
「お久しぶりって言っても、通話では何度も話してますけどね」
待っていたのは小さいけれど大人っぽく上品に着込んだアイリス。
「――料理配信、すっごくいい考えだと思います! ……あれなら、きっと望みも叶いますよ」
さっそくとばかりに配信プランの構想を褒められる。
料理を起点とする今後のプランは、そうトチ狂ったものでもないらしい。
バーガーランド以外のゲームに絡めた料理動画、配信は既に行っており、大変好評だった。
ちなみにとバーガーランドの話を聞かれるが――
「――バーガーランドはベーコンがまだ出来てないんですよねぇ」
「もしかして1週間かけてベーコン作ってます? ………ふふ、その拘り、むしろ大好きです」
バーガーランドの材料だが、バンズはもちろんなのだが、ベーコンなども手作りすることにした。ベーコンのような保存食の作り方は、冒険者なら知っている人が殆どである。まぁ現代の材料を使っているので多分あれよりは美味しくできるとは思うが。しかし美味しく作るにはそれなりの時間が掛かるので、まだバーガーランド動画だけ撮影できていないのだ。
そして今の時点で、料理を主軸とした動画は大変好評である。
海外の視聴者も、今までとちょっと違う層の日本の視聴者も見てくれた。
伸び悩んでいた視聴者維持率も70%を超えており、みんな平等に楽しんでくれている。
おすすめ動画への表示率も上がっており、登録者の増え方は再び加速しつつあった。
視聴者維持率40%で悩んでいたのが、まるで嘘みたいだった。
今後もこの方向性で進めていければなと思う。
さて、今日の本題に移る。
大事な話で無ければわざわざ対面で時間を作ってもらった意味がない。
「――魔王ですか」
ちなみに異世界人バレしているので、こっちの話も隠さないことにした。そして、お金持ちで、いくつかの事業の経営者でもあり権力もあるアイリスは外部の協力者としては最適な人材だ。まぁ一番の理由は単純な話、ハロスターズとまともにコラボが成立するぐらい登録者がいるのがアイリスぐらいしかいないからだが。
最近ハロスターズはどこか閉鎖気味で、箱内部でのコラボこそ多いが、外部とのコラボは減らしていた。
そんな状況で期待の超新星『一宮かぐや』を初めとする『ハロテイルズ』とコラボして接触を狙うというのは困難極まりない。そこで手を借りようというわけである。
「……ごめんなさい。オフコラボまでは協力できそうにないです」
しかし、アイリスも無理だった。こっちも単純な話で、アイリスはコラボ魔人と例えられる程度にはコラボ企画は多いし司会もよくやるが、実のところそれら全ての配信はオンラインコラボだからだ。人が自分の領域に入ってくるのが嫌いらしい。
「………それにアーシャさんがあっちに帰ってしまうのなら猶更協力したくないです」
「あっちの世界に帰った後、しかるべき報酬は出しますよ?」
「私が金銭面的な報酬を欲しがっていると思いますか? ……それよりもアーシャさんのお話を報酬にして欲しいです」
そしてアイリスは私から話を聞くのが大好きだ。異世界の道具を見せてあげると、それこそ小学生のように喜ぶ。そこには損得勘定なんてものはなく、ただ感情のままに振る舞う我儘姫の姿があった。正直Vtuberの壁をぶち破りたいなんて話より、自分への興味の方が大きいんじゃないかとさえ思ってしまう。
自分としては結構お話が好きだし、はっきり言えばちやほやされるのも結構好きだ。それに推しの願いを聞き届けるのはファンの誉れである。今度は魔法も使って異世界の話を聞かせてあげること、そして魔王関連の用事が終わったら日本にまた帰ってくることなどを約束すると、なんとか協力を取り付けることが出来た。
「――アイリスさんって、もしかして異世界行ってみたいなとか思ってます?」
「それはもちろん! ……もし連れて行ってくれるというのであれば、全ての私財を投げ打っても付き従いますよ?」
「待って待って、その提案は洒落にならない」
何が洒落にならないって、日本の実力者を完全に味方に付ければ今後がやりやすくなるなんて損得勘定で考えている自分の倫理観の緩さが洒落にならない。あっちの世界で私の傍にいること即ち、強姦、処刑、肉塊、薬物、乱闘、ありとあらゆるものを見ることになり、真っ当な人間は真っ当な精神性を失うということと同意だ。
そういうものは一般人は知るべきじゃないし、そういうものを知らないようにするために私やマシロは手を汚しているのに、出来れば巻き込みたくない。
そう説明するが――
「――それ位、覚悟しています。 ………私は本気ですよ?」
どうやら、本気らしい。
「……どうしてそこまで異世界にこだわるんですか?」
「別の世界………それに憧れがあるからです」
そう言って、オレンジジュースを飲む。
そして、核心に触れる言葉を放つ――
「――現状維持、安定って、つまらないと思いませんか?」
今の世界を最もエンジョイしてそうなアイリスはそう言った。
その意図を知りたくて、彼女の昔話を聞いてみることにした。
アイリスこと任天堂花は、とある名家のお嬢様として生まれた。
幼いころからその冷徹ながらも先を見据える――所謂経営者としての器を持っていた彼女は、男兄弟を差し置いて多くの期待を受けて育っていった。
そんな彼女の転機は大学時代。親元離れて生活することになり、今までになかった自由を手に入れる。そしてその時の友人をきっかけに、今までは触れることすらなかった漫画や娯楽の世界を知った。
そこに広がっていたのは別の世界。
もしかしたら、世界や宇宙のどこかにあるかもしれない世界。
彼女はたちまち漫画にのめり込んでいったのだという。
そして、自ら筆を執るまでさほどの時間は掛からなかった。
そうして完成したのが、呪滅の剣の元となる作品だった。
しかしこれは投稿されなかった。
大事な時期に娯楽に傾倒したことに激怒した親によって、その心血を注いで作った原稿は目の前で燃やされたからだ。
執筆用の道具は全て粉々に壊され、隠し持っていたありとあらゆる漫画本は奪われ、そして代わりにお目付け役がやって来た。
しばらくの間は放心状態になって、まともに口も聞けなくなっていたという。
「………勉強自体はちゃんと、やってたんですけどね」
この時、アイリスは家族のことを深く深く恨んだという。
この一件がきっかけとなり、大学卒業後弁護士を介してなんとか離縁。今までの全ての関係を断ち切り失踪し、しばしの潜伏期間を経たのち、今度こそと完成させた原稿を元に出版社を訪れた。そして今に至るのだとか。
最近――喫茶店を売却した時に忙しかったのは、元家族とのマネーゲームの最中だったからなのだとか。適当な部下に売却を任せた結果ああなったのだとか。今の彼女は元家族の持つ財産を、漫画や他の娯楽の事業で得た金を転がすことで、根こそぎ奪っていっている。
こちとら毎日の食事にも困っていたというのに、あっちは億単位の財産の奪い合いだ。……怪獣大決戦に巻き込むのは正直やめて欲しい。
「……あいつらがバカにした娯楽で、あいつらが路頭に迷うまで、私はその足を止めるつもりはありません。あいつらが作ったつまらない世界を、私色に塗り替えてやりたい………そういう復讐心も異世界への憧れや、今の活動にはあるのかもしれません」
分家や対立筋の力まで借りつつ、その全てを纏め上げて敵をねじ伏せていく彼女は、皮肉なことに確かに帝王の器だったのだろう。
軽蔑しましたかと、皮肉気に笑うアイリスに対して、否定の意を告げる。
「……むしろカッコいいなって、思いましたよ。」
「そうですか…………嬉しいです」
そして、自分は復讐のために動く全てを投げ打って戦う人間が嫌いでは無かった。
アイリスはの本心を聴いたところで、話は今後のVtuberとしての計画に移る。
簡単に言えば、結論はこうだ。
まず、自分も茜もメインのチャンネルと、Vtuberのチャンネルは分ける。
サブチャンネルというよりは、姉妹チャンネルという扱いにするつもりだ。
そして、それぞれが同居しているだけの別人という設定にすることにした。
例えば『エルフのアーシャch / 柊木ミシロ』 という風に分けたとしよう。
この時、アーシャとミシロは、同居している別の人間という事にするわけである。
アホみたいな話だが、一応Vtuber界隈だとこれで通るはずである。
こんな面倒な方策を取る理由は3つ。
まず一つ目、完全にメインチャンネルと切り離せば相互の恩恵を得られないからだ。
そして二つ目、しかしバーチャルな世界観を邪魔したくないからだ。
最後に三つ目、何よりチャンネルの動画の統一性を高めたいからだ。
この辺りを踏まえた結果が、上記の結論だった。
Vtuberに関しては、私と茜が本決定、葵がまだ保留中という形である。
私たちの本決定に、アイリスはすごく喜んでくれた。
そして、私と茜のデザインや設定案もこちらから提出する。ここは流石の現役漫画家というべきか、たちまちいくつかの問題点を指摘し、同時にキャラの良さ伸ばす変更を提案してくれた。ここから先は多分任せておけば問題ないだろう。
今回は最初から相当ハイクオリティに仕上げて貰う予定らしく、実際にモデルが出来上がって配信準備が整うまではもう少し時間が掛かるのだとか。
そして自分のモデルは葵が、茜のモデルはアイリスが見繕った適切な絵師が担当する。
最後に残ったのは、葵本人のモデルか。
葵はイラストから2Dモデリングまで全て一人で出来る謎のハイスペック女なので、その気になれば一人でもやるとは思うが………。
アイリスは、可能であれば2期生は3人揃った段階で始めたいと言っている。これは単純に虹は七色だからだ。
魔王との接触に必要というのもあるが、ある意味念願のVtuberである。
否応なしにワクワクしてしまうのは仕方ないだろう。
これからの期待を胸に、ひと先ずはリアルでの料理配信に邁進することとした。
【Tips】Vtuberのパパ/ママ:Vtuberとして活動するためのイラストを担当した人を『ママ』、モデリングを担当した人を『パパ』と呼ぶ。2Dなら数十万円、3Dなら百万以上の依頼料が掛かることも珍しくない。
配信回はどれが面白かったでしょうか! 今後の参考にさせてください
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1章:雑談配信
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1章:EPEX配信
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2章:壺おば配信
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2章:ぺーさん配信
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2章:バーガーランド配信