ダクファン帰りのエルフさんは配信がしたい   作:ぽいんと

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日刊2位でびっくりしました………ありがとうございます!
泡沫の夢みたいです。
泡が弾けて終わらないように頑張ります。


【配信前5】エルフの聖女とキツネな剣聖

 月夜が照らす秋の終わりの夜。

 雨明けの寒波に吹かれながら、私は薄暗い帰路を進んでいた。

 

 配信者になることを決意した。

 もう後戻りはできないが、やれるだけのことはやってみようと思う。

 もちろんまだ異世界人バレする気はないので、バレない程度の加減はするつもりだが。

 

 焼肉屋ではあの後、明日の配信の内容についての相談をしようと思っていた。

 配信は見るのは好きだが、する方は全くの初心者だからだ。

 しかしできなかった。

 

 外で話し込んでいた葵が帰ってきたからだ。

 

 茜は自身がゲーム実況者であることをカミングアウトしていない。

 正直、双子の妹である葵には茜がゲーム実況者であることがバレているような気もするが、一応は秘密であるのだと。

 ならばその意思は尊重するべきだろう。

 

 そう考えた後は、もうラストオーダーまでひたすら食べまくった。

 ずっと網の上をいっぱいにしながら食べまくっていた。

 そして私は、量は食えるが速度は早くない。

 なので退店時間ギリギリに全てを食べきったのだ。

 

 オーダーを受けた店の人と、遠慮のない食べっぷりを見た二人はちょっと引いてたような気もするが問題ない。

 食べ放題と銘うってる方が悪いのだ。

 

 そして途中で分かれて、裏路地にある寂れたアパートまで帰ってきていた。

 正直、先ほどまでの浮ついていた気分はすっかり霧散してしまっていた。

 しかしそれは秋の夜風に吹かれて熱が冷めたからではない。

 

 面倒なことを思い出したからだ。

 

 

 ――やっぱり、か。

 

 

 正直、昼間の件は気づかれていないと、期待していた。

 だが、そうじゃないらしい。

 

 ――圧がすごいな

 

 住んでいるアパートに近づくと、圧の質が変化した。

 どうやらこの圧の持ち主が私が帰ってきたことに気が付いたのだろう。

 やっぱり私より聴覚は鋭いらしい。

 

 若干どころではない面倒くささを感じながら、家のドアの前に立つ。

 そして、ふっと息を吐き、ゆっくりとドアノブを握った。

 

「………ただいま」

 

 ドアを開いて家に入ると、玄関だけ明かりがついていた。

 奥の部屋はほとんど真っ暗で、入り口だけが玄関の薄暗い仄かな光に照らされている。

 

 いや、何より注目すべきはそこじゃない。

 目の前の彼女だろう。

 

「………おかえりなさいませ」

 

 目を妖しく赤色に光らせる彼女の髪と尻尾は、本来白いはずなのに光に照らされて仄かな橙色を帯びている。

 そして、その美麗な顔には表情がなく、その赤く光る目はただただ私の下を見つめている。

 鮮やかな色彩を持つトミクニの――異世界における和服のような民族装束を纏っている彼女は、片膝をつき、私の命令を待っているのだ。

 

 ――その腰に携えた、妖刀を振り下ろすための。

 

「………昼間の件、人伝ではありますが、既に承知しております」

 

「……ずいぶん日本語うまくなったな」

 

 話したくない話題をスルーし、既にネイティブレベルに近づきつつある日本語の上達に触れる。

 しかし、彼女は一切表情を変えずに、肯定の意思だけを告げた。

 

「……この地に長く滞在するが故、染まってしまったのかもしれません」

 

 この言葉が、決して言葉の上達のみに触れた言葉でないのは自分にも分かった。

 内容は真っ当だが、その言葉に込められたのは皮肉か揶揄か。

 平和すぎる日本に滞在して、すっかり丸くなってしまった私、いや、私たちを意味しているのか。

 

「……平和なのは、いいことだよ。マシロ?」

 

 なだめる様に、彼女に言う。

 彼女の名前はマシロ。

 異世界で出会った、私の唯一の妹分だ。

 

 マシロは九尾を持つ白髪の獣人だが、普段は尻尾と耳を隠して普通の人のようにふるまっていることも多い。

 そして本来の姿になることは日本のみならず、異世界においても滅多になかった。

 その理由は単純な話で、良くも悪くも有名すぎるのだ。

 九尾の獣人として装束をまとい街中を歩くと、反応は2つに分かれる。

 

 一つは尊敬の目

 武を嗜むものなら憧れる、武の極みにたどり着いたものへの崇拝の念。

 

 一つは恐怖の目

 少しでも悪に覚えがある人間なら全力で逃走を図る。

 しかしそれをマシロは許さない。

 音もなく、そこに一切の慈悲もなく、全ての悪を殺す聖女の剣だ。

 

 

 あっちの世界で生きた私は、少なからず倫理観が曲がってしまっている自覚はある。

 日本人の記憶を引き継いだ私ですらそうなのだ。

 純粋な異世界人ならどうだろう。

 平和で高い倫理観を持つ国である日本に比べると、あっちの世界(ダークファンタジー)の倫理観は最低とも言っていい。

 

 彼女は、自らの手で裁きを下すために、ここにいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】戦装束:名のある傭兵や、冒険者、ハンターなどは特注で自分専用の装備を作り上げる。そしてその装束は記録され、ギルドの人物名鑑にて紹介されるのだ。それは時に顔や魔力紋よりも正しい身分の証明となるが、意味もなく着歩くほど『安く』はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――剣聖マシロ

 

 各流派にたった一人しかいない、武の頂点を示す剣聖の位を弱冠12歳で獲得した若き天才剣士だ。

 剣聖といっても、ギルド公認の流派にはそれぞれ1人ずついるので、その実力にはかなりのバラツキがある。

 だが彼女の流派である桜花一刀流は、武を競う各流派の中でもかなり高い位置にある。

 

 その理念を四字熟語で例えるなら、完璧主義、迅速果断、そして一刀両断といったところか。

 しばしの沈黙の後、マシロは無表情のまま誰に言うでもなく吐き捨てる。

 

「……楽園の地は、法に溺れ、膿んでしまっているのでしょうか……?」

 

 楽園とは、地球のことだろう。

 あっちの世界の冒険者の目指す伝説的存在は複数があるが、その一つに「楽園」がある。

 楽園とは、モンスターや魔物が存在せず、無限の塩の湖が広がる広大な大地のことだ。

 ある意味確かに日本っぽい

 多分違うけども。

 

 

 そして、前の言葉は暗にこう言っているのだ。

 『日本の法律ガバくない?あんなやべー奴ら野放しにしてたら世界の終わりだよ』と。

 実際問題、昼間の不良達だが、余罪がなければ短期間で釈放される可能性が高いだろう。

 そしてこれはほぼ確定なのだが、彼らには相当の余罪がある。

 そういう目をしているし、そういう目の人間は腐るほど見てきたからだ。

 

 日本の警察は優秀だが、そもそも事が起こった後にしか動けない。

 だがギルド流では、事が起こる前に対処するのがメジャーである。

 なので大人しく待っていることに反発があるのだろう。

 

「……日の満ちるこの地は、どうやら相当に高尚な趣味を持たれる方が多いようです。対話の機会を設ける必要があるのではないでしょうか」

 

  意訳。

『日本の男ってあんなクソが多いの?とりあえず私らで尋問して、余罪があれば殺した方が世のためじゃない?』

 

 まぁめんどくさい語彙身に付けちゃって。

 なんなら私よりよっぽど語彙が多い気がする。

 ネイティブが負けたら恥ずかしすぎるわ。

 

 あっちの世界の上流階級の人間はめんどくさい婉曲表現を、教養の誇示のために好き好んで使う。

 マシロも一応は上流階級の出なので、キレてるときはかなり面倒くさいことを言ったりする。

 なお私は、教養がない方とする。

 

「……ここはギルドの管轄地じゃない、だからギルド憲章は適用されない」

 

 ギルド憲章は端的に言えばギルドの掟だ。

 法律といっても、多民族どころか多種族が入り混じるギルド連合管轄地において厳密な法は機能しない。

 せいぜい、『他人の権利を侵害するな』、『義理と人情を大事にしろ』みたいな、解釈だけで戦争できそうな内容しかない。

 とはいえ、婦女暴行や名誉棄損などは当然、重く罰せられる。

 

 侍みたいなこの子には到底許せない侮辱行為に見られたのだろう。

 

 あーだこーだ言いながら、着地点を探す。

 私は催眠、マシロは洗脳魔法が使えるし、姿を消して隠密するだけなら私も出来る。

 なので絶対にばれずに遂行できるのは分かっているのだ。

 そして、衝撃の案を提案された。 

 

 なんとマシロ初案だと、牢中に生首を飾るつもりだったらしい。

 翌朝の刑務官は、生首とハローワールドである。

 ヘルワールドの間違いじゃないだろうか。

 明日のニュースがとんでもないことになるし、警察の皆さんに非常に迷惑がかかるので本気でやめてほしいと伝えたところ、第二案を提案された。

 

 全員を死体ごとこの世から消す案である。

 妙案である、倫理観とか抜きにすればなァ!

 そして結局警察の手間は変わってない。

  

 当然却下である。

 

 すると意外にまともな第三案を提案された。

 まずマシロが潜入し、彼らに一人ずつ自白剤を飲ませておく。

 するとあら不思議、お口ガバガバマンの出来上がりである。

 

 ……頭がおかしくなることがあるお薬なので、あんまり投薬したくない。

 

 この第三案を拒否するのは容易ではなかった。ギルドの理屈でも正しくて、日本の司法にも一応一定の配慮がある。

 この案を提案してきたマシロのストーリーはある意味理には適っていた。

 ここで私もまとも法を守る気がない当たり、悪い意味で染まってしまってるな、と感じる。

 純白ともいえる日本の倫理観。

 それゆえに、一度黒が垂らされてしまうと決して純白には戻らないのだ。

 

 そんな彼女の説得に押されそうになる。

 

 コミュ障のくせに生意気だ。

 ちなみに私と口論になった場合、大抵私が負ける。

 「合理」をとことん追求した、桜花一刀流の剣士らしい口調で論破されてしまう。

 しかし私以外と口論になった場合は、100%マシロが負ける。

 何も喋れないので勝てるわけない。

 

 さて、この一見完璧にも見える案だが、私は賛成できなかった。 

 ここがもし日本に似た異世界だったら、二つ返事でOKしていたと思う。

 

 本物の、私が生まれ育った日本だからいけないのだ。

 裏工作をこっちでもやり始めると、()()()()()()()()()()()()な気がする。

 キリがないとまでは言わないが、ヤクザとか悪徳政治家とか、その辺まで手を出すとこまで行ってしまいそうな気もするのだ。

 悪のフィクサールートである。

 

 フィクサーといっても魔法技術を裏で広げてみんなが笑える平和な世界を作ろう、というギルド的考えにはなる、

 魔法と科学が交わることで文明は大きく前進するだろうが、不用意にことを進めると余計な犠牲が出てしまうのは容易に想像がつく。

 ぶっちゃけ私は所々アホなので、そういうのは賢い人に任せたい。

 

 すでに配信とかいうクッソ面倒な毒を食って皿を食べる覚悟をした自分だが、正直これ以上の毒も皿も食いたくないのだ。

 

 と、ここで説得に妙案を思いついた。

 まともな理屈で説得しなければよいのだ。

 

「……魔王に、バレる可能性がある」

 

 そう、私たちの本来の目的である魔王を引き合いに出せばよいのだ。

 魔王討伐に失敗してこっちの世界に飛ばされて以来、まともに修行せず、漫喫に籠っては遊び、昼間から一日中Vtuberの配信を見て過ごし、日銭を稼いでいる私たちだが、実は『お仕事中』だったりする。

 それは魔王の探索である。 

 というのも先日に魔王の魔力残滓を確認したので、やはり生きていることが分かったのだ。

 

 そして奴は逃げられない。

 こっちの世界と、あっちの世界の壁が最も薄い場所に、結界を張ってやったからだ。

 壊せるとは思うが、壊れる前に私たちが気が付いて向かう手筈となっている。

 私たちがこの町から離れないのもこのためである。

 基本的にどちらか一人は家で待機している。

 

 ある意味では缶蹴りの様相である。

 缶が結界、鬼が私たち、魔王が蹴る人か。

 

「隠密魔法を使って移動するには問題がある」

 

「………魔力検知ですか。それは確かに問題ですね……隠密魔法で派手に立ち回るとなると、魔力検知に引っかかってしまうかもしれません」

 

 魔力検知は、ある程度の腕前なら逆探知されずに使用することが出来る。

 なので定期的に使っているのだが、それはおそらく相手も同じだ。

 

 え、魔王生きているの!?日本やばくね!?と思うかもしれない。

 しかし彼女は、()()()()()()()()魔王だが、同時に数ある魔王の中でも最も善良な魔王でもある。

 

 彼女は同格の敵対者以外は決して殺さない。

 異世界で私たちに追われている最中も、のんきに盗賊に襲われている人を助けたり、村を豊かにしていたほどの気の抜けたやつだ。

 しかし独立都市の王達からはある理由から忌み嫌われ、魔王認定されている。

 

 だからぶっちゃけギルドもあんまりやる気がない。

 私も最初から説得のつもりで捕まえに行ったのだが、これが案外しぶとく、どれだけ追い詰めても大人しく捕獲されてくれなかった。

 そこで仕方なく倒してから捕まえて、その後蘇生しようと考えていたら、最後っ屁を食らったわけだ。

 

 ランダムテレポートとかいう最悪の最後っ屁である。

 まぁ妨害した結果日本に飛ばされてよかった。

 いしのなかにいる。

 なんて状態になったら辛すぎるしね。

 

 あとあの魔王はかなりの目立ちたがり屋だ。

 なので、おそらくそう遠くないうちに表に出てくる。

 その時まで、待機するのも一つの仕事だったわけだ。

 

 ………私の大ポカ(大乱闘スマッシュブラザーズ)のせいで、私が先に表に出たが。

 

 意見を交換し、どの案もリスクが大きすぎることを確認した。

 

「私たちの、本来の仕事は何?」

「……魔王の、討伐もしくは捕獲です」

 

 苦し気にマシロの口から言葉が出てきたのを見て、説得が上手くいっている感触を得られた。

 あとは、最後の一押しだろう。

 

 すっと息を吸い込み、一呼吸置く。

 すると、マシロもはっとした顔で、私を見た。

 努めて雰囲気を変えるときには、この手法が有効だからだ。

 

 橙色の夜灯が私たちを仄かに照らす中、玄関から漏れ出る寒さをじりりと感じる。

 ここが正念場だ。

 日本の法と、私の心の安寧は、この一瞬に全てかかっている。 

 

 薄暗い玄関の中、目の色が落ち着いてきたマシロを見ながら。

 自らの眼力を強めて、言葉を練る。

 

 そして、解き放った。

 

「そんなことより、アイリスのアーカイブ見ない?」

「あっそうですね!! そんなことよりアイリスさんの配信です! 急いでみましょうお姉さま!!早くお風呂あがってきてくださいね!」

 

 鋭き剣聖は一瞬にして、ふにゃふにゃきーつねに変わってしまった。

 尻尾をふりふりしながら部屋に戻っていくマシロを見ながら思う。

 きっと、今の私は死神ノートの主人公のような顔をしているだろう。

 

 

 ――計画通り。

 

 

 

 この瞬間、法治国家日本は、配信によって救われた。

 ビバ配信である。 

 

 めんどくさいことはやらないに限るね!

 怠惰な生活バンザイである!

 うん!

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】聖女アナスタシア:エルフ族には聖神官が非常に少ないため、その天使が如く容姿も相まって奇跡の子とも呼ばれる。ギルド連合の影響の根強い地域において根強い信仰のある『深淵教会』の聖級聖神官で、その勤勉さから若くして大司教にまで上り詰めた彼女は、非常に清らかな性格の持ち主で怠惰を嫌っている。

 

 

 

 

 

 




2021/12/06:剣聖に関するくどい説明をカットしました。
2021/12/06:楽園に関するくどい説明をカットしました。
2021/12/06:ギルド憲章に関するくどい説明をカットしました。
2021/12/06:ランダムテレポートに関するくどい説明をカットしました。
2021/12/06:主人公とマシロの倫理観が曲がっていることへの説明を追加しました。

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