ダクファン帰りのエルフさんは配信がしたい   作:ぽいんと

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日刊1位ありがとうございます!!

拙い文章で申し訳ありませんが、良かったらお付き合いください。
今回はエルフ要素の回収です。

次回やっと、配信回の予定です。



【配信前6】世話焼きエルフのミシロさん

 瘴気、という言葉がある。

 

 古代から19世紀までに信じられていた概念で、ある種の病気を引き起こすと考えられた「悪い空気」のことだ。

 腐ったキノコだの、ゾンビだのが吐き出す空気で、プシュプシュと吐き出される黄色だったり黒色だったりするアレだ。

 現代においてはファンタジーに属する産物だ。

 

 そう、思っていた。

 

 なぜか玄関に積み上げられたゴミ袋にはうっすらと埃がまぶさっている。

 抜けた髪の毛がところどころに散乱し、床のあちこちには直でものが置かれていた。

 排水溝からは逆流したのか何なのか、うっすらと生ごみの素晴らしい匂いが漂う。

 ジュースの缶、コンビニ弁当、カップ麺の空が積み上げられ、中でも目を引くのはエナドリだけが詰め込まれたビニール袋か。

 

 ここはまさに、地獄だ。

 

 あまりの酷さに玄関入って一歩で固まってしまった自分を見て、茜は申し訳なさそうに弁明する。

 

 「い、いやぁ、まぁね、葵がね、うん、当番守らんのよ」

 「だ、大丈夫やって、ウチの部屋はめっちゃ綺麗にしてるから」

 「お、おーい、聞いとるかー、おーい」

 

 何か言われているらしいが、全く頭に入ってこない。

 こんな不浄な空間に一瞬たりともいたくない。

 こっちの父親を思い出す。

 酒を飲むだけ飲んで、仕事もせず、家事も全部自分に放り投げた唯一の家族。

 たまに遊びに連れてってくれるのと、最低限の親の仕事以外は何もしなかった。

 あの父は自分が行方不明になった後、酒を飲むだけ飲んで死んだらしい。

 

 あの父なら、私がいなきゃこうなるだろう。

 この部屋からは同じ雰囲気すら感じる。

 

 というか大丈夫なのだろうか。

 少し病気にかかっただけで死んでしまう脆弱な人間がこんな空間にいて。

 

 胸からある衝動が沸き上がってくる。

 それは鮮烈で、猛烈で、苛烈で、何より純粋な感情だった。

 

「き―――」

 

「………?」

 

「汚すぎるだろッ!! ちょっとは掃除しろッ!!」

 

 

 双子のマンションは、控えめに言って汚物だった。

 

 

 

 

 

 

【Tips】鍛え上げた魔力持ちは濃い瘴気の中でも病気になりにくい。そのため、不清潔な生活を送っているものも多い。魔力持ちが清潔好きであることは、その育ちの良さを教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日は寝れなかった。

 明日の配信のことを考えるとどうしてもソワソワしてしまうからだ。

 私に抱き着いて眠るのが好きなマシロを寝かしつけ、か弱い私をへし折りそうなその圧倒的腕力でしがみつくマシロの腕を、あたかも知恵の輪を解く様にふりほどいた後、茜の――『ちぬれゆい』の動画をいくつか見てみた。

 

 まぁ面白かった。

 

 さっぱりとした挨拶から始まり、すぐに企画の説明。

 ダイナミックなカットと、小気味のいい字幕編集に効果音。

 単純なパクリでなく、独自色にアレンジされたそれらは、私に新時代のゲーム実況を教えてくれた。

 

 というのも私の知っているゲーム実況は、ほとんどがカット編集のみの垂れ流しだったからだ。

 ニマニマ動画は視聴者がツッコミを入れるのでそれでもよかったのだろうが、ZowTubeで見てみるとどうしても味気無さを感じてしまう。

 その味気無さを補う形で進化したのが、この新しいゲーム実況なのだろう。

 もっとも、私は懐古厨なので素朴なスタイルの方が好きだが。

 

 同時接続3000人。

 

 それが、茜が最低でも集めることが出来る視聴者数だ。 

 3000人の前でライブである。

 高校の体育館でも1000人程度しか入らないのに、3000人。

 画面を介しているとはいえ、とてつもないプレッシャーだ。

 

 

 

 雨上がりの清浄な秋風が、私の髪をなびかせる。

 一着しかない一張羅は、洗濯し忘れて焼肉の匂いが取れなかった。

 なので普段のパーカーではなく、紺色のカーディガンとズボンスタイル。

 フードの代わりに、深めのニット帽で耳を抑えているので、ちょっと耳が暖かい。

 晴天の青空を片目に、ベランダから遠くを眺めると、小さな私のアパートが見えた。

 

 

 聞いてはいたのだが、結構でかいマンションである。

 まぁそりゃ3LDKですからね。

 元々、関西から出てくるときに、友人と3人でシェアハウスとして借りたらしい。

 もっともその友人は、少し前に出ていったらしく、住居をうつすのも面倒なので二人で暮らしているのだとか。

 

 背後の重度汚染地域を思うと、きっとその友人さんも苦労したのだろうなと思ってしまう。

 魔力の薄い日本の空気がこれほど美味しいと感じられたのは久しぶりだ。

 やはり、空腹は最高のスパイスなのかもしれない。

 

 ガタガタと揺れる洗濯機の音を聞きながら、感傷に浸っているとガチャリという音が玄関の方からした。

 

「ミシロー、ゴミ出し行ってきたでー」

 

「あー、おかえり、とりあえず第一弾終わりだな」

 

 あまりの汚さに耐えかねた私は、配信準備の前に掃除をすることにした。

 人の生活につべこべいうべきじゃないのは分かっているのだが、瘴気に片足つっこんでるような生活環境を見過ごすのはさすがにできない。

 大事な友達をこんなことで無くしたら、死ぬに死にきれない。

 

 トトトと駆け付けた茜は、驚いたように声をあげる。

 

「……えっ、うわっ、めっちゃ綺麗になっとる! え、まだ5分ぐらいしか経っとらんで!?」

 

「掃除は得意だからね」

 

 いくつかの魔法を駆使して、ゴミをまとめて、埃や汚れを落としただけだ。

 放っておくと酒瓶と缶、そしてツマミの残骸を好きなだけ散らかす父親の世話を小学生低学年の頃からやっていたので、家事全般には慣れているのだ。

 

「いや、得意とかいうレベルちゃうやろこれ………」

「ていうかさ、なんで玄関に置いてるのに出さないの?」

「あはは……、ゴミ出しの日を良く忘れるねん……、特に大学朝からある日は急いどるし……」

 

 ゴミ出し日の確認、天気予報の確認、ニュースのチェックは主婦の基本中の基本だ。

 

「あと、脱いだ服は散らかさない。壊れた洗濯物ハンガーはさっさと直すか捨てて買い替えて」

「掃除は上からッ! 下からやったら二度手間だろッ! 水回りは清潔に!」

 

「お、おかんみたいやな………」

「この汚さにおカンカンだわッ!」

 

 我ながらウザいとは思うが、これはもう性分なので仕方ない。

 だらしない生活をしている人間を見ると、どうしようもなくムズムズしてしまうのだ。

 ……ここでいうだらしないは、のんびりするということではない。

 綺麗なところでのんびりするのは好きだしね。

 

 一通り掃除を行い、第二段のゴミをまとめ終え、換気すること20分にして、ようやく瘴気は打ち払われた。

 

「おおーっ!久しぶりにこんな綺麗になったん見たわぁ! ありがとなぁ!」

「いや、これが普通だからな?」

「普通のレベル高いわ」

 

 清浄で正常な空気がリビングとダイニングキッチンに戻ってきた。

 というか、こうでもしないと夕飯が食べられない。

 今日は休日ではあるが、6時という微妙な時間に配信がスタートするので、夕飯を早めに食べなきゃいけないのだ。

 そして夕飯はおそらく、このリビングで食べることになる。

 冒険中なら汚い場所で汚いものを食っても平気だが、オフの時にするのは絶対嫌だ。

 

「これで掃除終わりか、もう汚いところないよね? 」

 

「え……、あぁ、な、ないで…?」

 

 茜は視線を横にずらし目を泳がせながら、否定をした。

 

「……へぇ、私に嘘つくんだ」

 

 聖神官の前で嘘は付けない。

 嘘をついても一発で分かるからだ。

 うっ、と呻きをもらし、茜はあきらめたように口を開く。

 

「……実は、まだ、あるんよ、やばいのが」

 

 ……そう言って、茜は視線を3つ目の部屋にずらす。

 その部屋は、かつての友人が去っていったらしい部屋だった。

 

 じとりと、嫌な汗が額を流れるのを感じながら、恐る恐る部屋に意識を向ける。

 すぐに後悔した。

 マナの流れを感じ取る耳から、嫌な気配を感じたからだ。

 

 

 扉の前に立ち、恐る恐るドアノブを開く。

 そして、やはりという確信を得た。

 

 ――モンスターハウス

 

 地球にはありもしないはずの、そんな言葉が脳裏を過る。

 広がるのはゴミの山。

 無造作に積み上げられた段ボールに、ゴミ、ゴミ、ゴミ。

 汚れた毛布に壊れたカゴ、汚泥が入ったようなペットボトル、白い何かがこべりついた鍋、一歩も足場がないほど積み上げられたそれらは、ゴミ屋敷と評するのも烏滸がましい。

 

 先ほどのダイニングキッチンが、瘴気の部屋だとすれば、この部屋は瘴気の谷だ。

 

 バッと開けてしまった扉から飛び出した何かを見て、茜はヒッという声をもらす。

 カサカサッ、そんな音がする。

 

 這い出てきたのは、G(黒い悪魔)、女の天敵だ。

 そして、この部屋には、無数の小さいマナの反応がある。

 虫にも五分の魂というが、心底うんざりしてしまう。

 

「あ、あのな、前の子が、やばかったんよ、それでな、うちらも、慣れてしまってな……、それで、この部屋、怖くてな。ずっと放置しててん………」

 

 その御仁は、汚泥の王か何かだったのだろうか。

 すまない二人とも。

 どうやら私の見解は間違っていたらしい。

 

 清掃の仕事は、何度か受けたことがある。

 どれもとんでもないゴミ屋敷で、瘴気に満ち、近隣に大きな被害をもたらしていた。

 それと比べればなんたる容易いことか。

 

 謝罪の意を告げるともに、気持ちを切り替える。

 ここからが、本番だ。

 

 

 ――第二ラウンド、開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】ゴミ屋敷:足場もないほどに生活のゴミがたまった、最も不清潔な住居。とりわけ忙しすぎる人間などに多い。汚れに対して無頓着な人が至る最終進化形態。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 まず普通の手段は諦めた。

 さすがにこれを自分の手だけで処理するのは面倒だ。

 

 そこで手を借りることにした。

 エルフの力の一つである精霊の召喚だ。

 

 体内の魔力を口に集め、祝福を込めて呪文を読み上げる。

 日本語ではなく魔術言語。

 精霊たちの共通語であり、あっちの世界の英語にあたる共用語だ。

 

『……此方より呼びかける、……彼方より出ずるもの……、我の呼び声に答えよ……』

 

 魔力は確かに言葉に乗り、空気を漂い、部屋を満たしていく。

 しかしなにもおこらなかった。

 手ごたえはあるのだが、何故か失敗していた。

 

 すると、悲し気な目をした茜が話しかけてくる。

 

「……どしたん、急に手広げてわけわからん事言って? もしかしておかしくなった? 汚すぎて頭おかしくなったん?」

 

「……ち、ち、ちがっ、あれれ? お、おかしいな………?」

 

 正直失敗したことがないので、びっくりした。

 日本に精霊がいるのは分かっていたし、家にはいっぱいいる。

 特に契約も交わしてないので実体化もしていないが、寄り合い所帯のような形で同居していたのだ。

 

 精霊との対話に失敗するなんてエルフ失格である。

 私はただでさえ欠けた部分の多いエルフなので、精霊との対話もできないとなると非常に悲しいことになる。 

 

『い、いるんだよね精霊さん! ね! いるんだよね!?』

 

 ――スン、と

 

 まるで校長先生の長話を聞き流す学生らのような静寂しか返ってこない。

 心底申し訳なさそうな茜は、涙を目に溜め、私の肩を叩きながら謝罪を告げる。

 

「……ご、ごめんな、ウチが、不甲斐ないばっかりに」

「い、いや待って!? 頭おかしい子みたいな扱いしないでくれ!?」

 

 頭のおかしい子と言う、大変不名誉な扱いを受けてしまった。

 あまりの恥ずかしさに、耳が熱を持ってくる。

 何度言葉を放っても、すり抜けるような感覚しかないので、次第にイラつきが募ってきた。

 

『おい、出てこい!! 我エルフぞ!! 神の末裔ぞ!!』

「病院いこうな? 大丈夫、きっとよくなる………」

 

 ついに慈愛に満ちた目で病院を探し始めた茜を見て、呼び出しの失敗を悟る。

 茜は魔術言語を知らないので、私がアホの子みたいに見えるのだろう。

 そう、言語を知らない――

 

 

 ――そうか、もしかして。

 

 

 気が付いたことがあったので、再度、今度はきっちりと魔力を込めて、言葉を綴る。

 やさしく、わかりやすい、()()()で。

 

「――精霊さん、いるんでしょ? 出ておいで?」

 

 するとどうだろう、部屋に満ちた私の魔力を糧に、実体をもった精霊が3体ほど顕現した。

 それぞれがサンタのような帽子をかぶった、20cmぐらいの小さな可愛らしい小人。

 それぞれがどこかメルヘンな雰囲気を纏いながらも、気の抜けたような声をあげる。

 

「人間さんだぁ!」「人間さん? こっちは人間? 」「広い意味じゃ人間?」

「う、うわっ何、何この子ら、え、え?」

 

 戸惑う茜を片目に、精霊に確認する。

 

「さっきまで私が言ってたこと、通じてた?」

「意味わからんぬ」「ぶつぶつぶっぶだー」「我ら、この地しか知らぬです?」

 

 やっぱりそうだったらしい。

 日本の精霊である彼らに語り掛けるには、日本語が必要だったのだ。

 日本はおそらく、古くから精霊信仰がつよい国だ。

 八百万の神が神社に祀られ、万物に神が宿るとされている。

 

 そしてそんな地域だからこそ、魔力が薄い割には精霊が多く、四季折々の大地の恵みに満ち溢れているのだ。

 

「この子達は、家に宿る精霊。家精霊だよ。………そうだよね?」

 

「知らぬ?」「わからないけどここ汚いです?」「掃除だ掃除だ!!」

 

 自分たちの名前なんてまぁそりゃあ知らないか。

 実体を与えるまでは、自我すらままならぬ状態で漂っていたのだから。

 

 ハッとした顔で後ろのゴミ山を見た3体の家精霊は、目を輝かせ、掃除を始めた。

 一体は沸いた虫を殺し、一体はいらないゴミを圧縮して小さくし、一体は袋の中にまとめている。

 

「す、すご………え、これが、魔法なんか………」

 

 感嘆したように声を漏らす茜からは、先ほどの痛い子を見るような視線は消え、わずかな恐怖と多大な憧れを抱いているような印象を受けた。

 汚名返上できたようで何よりである。

 

「……それじゃあ、精霊さん、お願いしていいかな?」

 

「任せるです!」「おそうじたのしー!」「虫はぷちぷちするです」

 テキパキ動き始めたこの子達なら、数十分もしないうちに全て片付けてしまうだろう。

 そして、一度実体を与えてしまったものを還すのは忍びない。

 ならばやるべきことがある。

 

「……ほんまに、エルフやったんやな」

 

 ぼそっと呟くように言った茜は、どういう意味でそれを言ったのか。

 疑いというよりは、自分に言い聞かせるような言葉だった。

 目を丸くして精霊の仕事を見つめる茜を片目に、キッチンに戻る。

 あの子達と付き合う上で、やらなきゃいけないことがあるからだ。

 

「………それじゃ、時間が出来たしお菓子でも作ろうか」 

 

 ――お供え物を作るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】精霊:無機物、有機物問わず万物には精霊が宿る。呼びかけに応じて実体化した彼らは自身も魔力を持ち魔法を扱うが、彼らを慕う人と関わることにより指向性を持ち真価を発揮する。

 

 

 

 

 

 

 

 オーブンの天板の上に敷かれたクッキングシートの上に、最後のアップルパイを置く。

 そしてあらかじめ溶いておいた卵の黄身を塗り、最後の仕上げだ。

 味はたいして変わらないが、見た目がよくなるので重宝している。

 

 そして、そのまま余熱しておいたオーブンに天板を入れ、そのまま20分ほど焼く。

 横に置いてある鍋の中には、夕食のマーボーなすが入っており、もう完成済みだ。

 これで一通りの作業終了である。

 

 後は焼き上がりを待つだけだ。

 

「すごい!すごいすごい!すごいすごい!」

 

 

 ちなみにこのお菓子、半分は精霊さんの分である。

 家精霊は掃除したり、家人のお世話をするのが好きな精霊である。

 しかし、勘違いしないでほしいのだが、精霊は決して道具ではない。

 

『え? 精霊を使役して自由自在に魔法操れるんやろ?』

 とは茜の言葉であり、よく精霊を知らない世間一般の認識であったりもする。

 しかし、それは違う。

 

 あくまで私たちは対等な関係であり、『お願い』を聞いてもらうなら『お願い』を聞いてあげる必要があるのだ。

 この関係を無視すると、そっぽを向かれたり、最悪敵対関係になってとんでもないことになる。

 家精霊なら、大事なものを隠されたりする。

 例えば、預金通帳とか免許証とかが気が付いたらタンスの裏に落ちてたりすることになるだろう。

 微妙に陰湿だ。

 

 対価としてのお供え物だが、家精霊の場合は家の片隅にお菓子などを隠してお供えすればいい。

 直接聞いてみたが、別に手作りじゃなくても買ってきたポテチとか、えびせんとかでもいいらしい。

 案外安いなとは思う。

 

 そして、夕飯はコンビニ弁当になる予定だったらしいので自分で作った。

 前世ではずっと近所の小さな中華屋でバイトさせてもらってたので、だいたいの料理は作れる。

 そして魔法をテキパキ使ってやると、本当に短い時間で出来上がる。

 

 茜はいくつか魔法を見せたあたりから、すごいbotに成り下がった。

 最初は恐怖みたいなものも感じていたようだが、魔法への興味がその全てを上回ったらしい。

 東京ネズミーランドで遊ぶ小学生さながらだった。

 夢の国にご案内である。

 

 ……遊園地すら行ったことないので想像だが。

 

「終わったから一息しよっか」

「あ、あ、うん」

 

 はっきり言おう。

 めちゃくちゃ気持ちいい。

 ここまで素直にアゲてくれると、そりゃあもう嬉しい。

 さっきからニヤけそうになる顔を引き締めるので精いっぱいなのだが、それでも顔がにやついてしまう。

 

 これぐらいできても、あっちだと「ふーん」ぐらいの反応しか返ってこないので、立ててくれるとすごく嬉しい。

 

 お茶を入れてくれるそうなので、一休憩だ。

 ベランダに置いてある、さっき生やした小さな若木を見る。

 エルフ族に伝わる魔法に植物を成長させる魔法があるのだが、それを使って手持ちの種から育てたリンゴの木だ。

 攻撃魔法がロクに使えない私の数少ない特技の一つである。

 

 ちなみに、赤いリンゴ、青いリンゴと、そして金色のリンゴが生る。

 中でも金色の林檎を私は勝手に「ガップル」と呼んでいる。

 味はだいたい赤リンゴと一緒なのだが効果が全く違う。

 

 なんと生で食べるだけで、火に強くなり、傷はたちまち塞がり、全身が薄い障壁に覆われダメージをある程度無効化してくれるのだ。

 まぁ過熱してしまうと効果が薄れるので、単にちょっと健康にいいパイに成り下がっているが。

 

 中から小さな赤いリンゴを毟って、テーブルに戻る。

 小さな子供のように目をキラキラさせる茜の前で、できるだけキザに告げる。

 

「見てて」

 

 ポンと、林檎をテーブルの上に投げる。

 そして、腰に携えた限りなく重くて限りなく薄い包丁を取り出す。

 

 私は、刃物でまともに戦闘はできない。

 だが下手なわけじゃないのだ。

 けどマシロの打ち合いにも付き合ってきたので、それなりには上手く扱える。

 

 頂点に達した瞬間、神速で林檎を切り刻む。 

 ぽとりと白い皿の真ん中に落ちたリンゴは、ぱっかりと8つにわれ、しゅるりとその赤い皮のベールを脱いだ。

 

「か、か、かっこええ!! すごいすごいすごい!!」

 

 キャッキャッと騒ぐ茜を見て、気持ちよさが頂点に達する。

 まさにヘブン状態である。

 

「ふ、ふふーん、これからミシロさまと呼んでくれてもいいんだぞ」

「さすが! ミシロさん! いやー! これはホントすごい! ええもん見れた!!」

 

 気持ちよく持ち上げてくれる女の子というのは、どんな男にとっても気持ちがいいものだ。

 いやまあ今の自分は生物学的には女なわけだが、それは変わらない。

 2人で盛り上がっている中、ふと茜がベランダを指さす 

 

「あっ、鳥が林檎の木にとまってるで」

 

 反射的に手を振り、ベランダの方を見た。

 そして、それは大失敗だったとすぐに気が付く。

 右手には、アダマンタイトの包丁が握られていたからだ。

 

 包丁は何の抵抗もなくテーブルを貫通し、私の手に握られたまま何事もなかったかのように手元にあった。

 

 ゴトンと、テーブルの端が落ちる。

 

「…………」

「…………」

 

 エルフの里で、剣を持った時、剣術の指南役から言われた言葉を思い出す。

『……頼むから、ほんとお願いだから刀剣類だけはやめとけ。才能がないわけじゃないが、だからこそ危ない。いやマジで。……見てて危なっかしいから』

 ヒヤリと汗をかきながら、茜の方を見る。

 

 さきほどまでの浮ついた雰囲気はすっかり冷めて、気まずい沈黙だけが流れていた。

 ………こういう時はジョークを言って、場を紛らわせるのが良いだろうか。

 

 ちらりと落ちたテーブルの切れ端を眺めながら、鞘に包丁を仕舞い、笑顔で告げる。

 

 

「………これがホントの、落ちが付いた、だな?」

「さっさと直さんかいッ!!」

 

 

 怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】黄金の林檎:そのまま食べると高い再生効果などのいわゆる『バフ』に近い効果を得られるこの林檎だが、ポーションの材料としても非常に有効な材料だ。薬効を適切に取り出すにはかなりの腕が必要になるが、神聖魔法の力を借りずとも四肢すら生やせるポーションを作ることも可能であると言われる。

 

 

 

 

 

 




元ネタ
【金の林檎(エンチャント)】:Minecraft
空腹ゲージを回復し、再生能力Ⅱ、衝撃吸収Ⅳ、耐性、火炎耐性のバフを得ることができる。通常プレイにおいては最強の回復&バフアイテムの一角。

【妖精さん】:人類は衰退しました
たのしいたのしい現人類

【瘴気の谷】:モンスターハンターワールド
くっさい谷。体力がジリジリ減る。ハンターなのに。



2021/12/07:父親の情報を若干修正しました。クズ親分類は変わりません。





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