ダクファン帰りのエルフさんは配信がしたい   作:ぽいんと

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感想があるとムクムクやる気がわいてくるので、よければ一言でも感想いただけると、ホントに嬉しいです。


【緊急配信】ゆいラジ第6回!ゲスト:友人A その1

 ――開始まで30分。

 

 手持ちの銀の懐中時計の針の音を聞いていると、刻一刻と時間が迫るのを嫌でも感じる。

 初めての配信を相手にふわふわと浮足立った心は、空にはよっぽど近いはずの高層マンションのこの一室にすら着地を許してくれない。

 魔王軍の軍勢と戦う前には、大衆の面前に立っての演説をすることも、一応はあった。

 でもそれは私が主役じゃない。

 基本的に一言喋って、横で曖昧な笑みを浮かべる置物になっているだけでよかったのだ。 

 

 でも今は私が主人公で、皆は私に注目する。

 それを考えるだけで居ても立っても居られないほどの緊張感に襲われていた。 

 

「…………大丈夫か? どうしてもダメなら顔は隠してもええんやで 」

「……多分、大丈夫。……それに顔は出さないと私だって分からないかもしれない」

 

『話題のエルフの妹です。この度は姉が申し訳ございませんでした』

 みたいな悪質な便乗ととらえられたら最悪だろう。

 いや、まぁ、本当にリアル友人なので弁明はいくらでも出来るだろうが、初動は大事だ。

 

 これほどまでに緊張している原因はいくつかあるのだが、その一つにYwitterの異常なまでの反応にある。

 まず、事のきっかけだが、さっき謝罪動画をYwitterにアップロードしたのだ。

 何を謝罪するの?と思った人もいるかもしれないが、あの一件について謝罪すべきことは結構多い。

 

 まず、即警察に連絡しなかったこと。

 次に、店の備品を仕方ないとは言えぶっ壊したこと。

 さらに、イラ立っていたとはいえ必要以上に喧嘩を煽ったこと。

 最後に、もしかしたら周りを怪我させてしまっていたかもしれないこと。

 

 この辺りである。

 私も申し訳ないとは思っていたのだが、特別なアクションは起こしていなかった。

 しかし、茜はそれを是とはしなかった。

 ライブ前に先んじて謝罪動画を投稿しておくことで、必要以上の批判が行われることへの牽制になるらしい。

 20万の登録者を抱えるZowTuberともなれば、炎上にもそれなり以上に気を付けているのだろう。

 

 そして、意外なことにこの動画が私の首を絞めた。

 

 なんと、ありえないほどの勢いでリツイートされ始めたのだ。

 ……謝罪内容には触れない形で。

 

 

 

アーシャ@ごめんなさい/@eruhu_asha

お騒がせして申し訳ありませんでした。          

(動画)

@87  ↺3020  ♡9210  …

Reply to @eruhu_asha

懲役100年小僧/@xxxxxx
3m

Replying to @ana_atelier

このボディからどうやってあの力がでるのか

@  ↺  ♡3  …

あるしえる/@xxxxxx
3m

Replying to @eruhu_asha

かわいすぎんか

@  ↺  ♡  …

しらたき/@xxxxxx
3m

Replying to @eruhu_asha

内容は知らんがこのエルフ可愛すぎる。

芸能人か?

@  ↺  ♡  …

 

 

 顔だ。

 顔だけで、既に3000リツイートを超えた。

 『かわいすぎわろた』みたいなコメントでリプライ欄が埋まっている。

 ………中には、緊張の余りどもってしまっている部分を揶揄する言葉もあったが。

 

「………ごめん。何の取り柄もないクソ陰キャが世間を騒がせて」

「落ち込みすぎやろ、いやこのマーボーなすと綺麗な空気が教えてくれてるで。少なくとも家事も出来る素晴らしい主婦ですってな?」

「……主婦じゃない」

 

 6時前に食べるのは少し早い、

 しかし、何故か配信は6時からスタートなので、先にご飯を食べているのだ。

 冷蔵庫に眠っていた、しなびたナスで適当に作った割には味もよかった。

 茜は食べる前に写真を撮るのに一生懸命だったのでまだ食べ終わってはいない。

 

 ひたすらハフハフと食べる茜を見ながら、この部屋を見渡す。

 

 正直言って、配信者をなめていたと、思わざるを得ない。

 まず、ゲーミングチェアに長いテーブル。

 テーブルの上には、七色に光るキーボードに、3つのモニター。

 デュアルディスプレイどころか、トリプルディスプレイである。

 配信の時は、これでも全部使いきれるらしい。

 ゲーム画面、配信用画面、視聴用画面である。

 

 いつもは同業者(ゲーム実況者)を招いてのラジオ形式のコラボらしいが、今回は特別に実写配信だ。

 そのためマイクやスピーカーだけでなく、カメラや緑の布などのいくつかの器具の説明も受けたのだが、これが全く分からない。

 ステミキって何?クロマキーとは何ぞである。

 

 片面がスケルトンになっているパソコン君から七色の光が漏れて、部屋の端にあるドラムセットとエレキギターを照らしている。

 高校時代は軽音楽部に入っていたらしく、喫茶店でのミニライブでもドラムをやってくれることがあった。

 私はエレキギター&ボーカル。

 茜や他の店員は、ドラムやベースである。

 今日も場合によっては、ミニライブを予定しているらしい。

 

 ………この緊張度合いじゃ絶対無理だけど。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。こんなゴミ虫が世間をお騒がせしてごめんなさい」

「大丈夫やって………。いつも通り、やるだけでええんよ。」

 

 そう言って、茜は私の肩をたたき慰めてくれる。

 でも、一度体に満たされてしまったそわそわは、決して止まってくれない。

 今も体中を暴れまわり、否応なしに私を強張らせる。

 緊張ループは、一度始まってしまうと、ちょっとやそっとの意識じゃ抑えられないのだ。

 

「………でも……」

「いつも通り、笑ってるだけでもええんや、ありのままでな?」

 

 やけに優しい声だが、その言葉には反論があった。

 

「私の笑顔見られたらガチ恋されない?」

「自意識の差激しすぎやろ。ジェットコースターかなんかか?」

 

 笑いかけただけでとっても偉いらしい貴族様に求婚され、断ったら部下に無礼と言われて全身拘束した上での孕み袋にされかけたこともある笑みやぞ。

 世間の美人に同情的になったきっかけでもある。

 男にモテたくないと考えている私のような人間は、顔がよくても損の方が多いのだ。

 

 ツッコミを入れられたことで私も笑ってしまい、少しだけ緊張が和らいだ。

 おかげでさっきまでの流れを思い出せる。

 

 時間まで待機中の私は、手元にあるスマホをいじってZowTubeのチャンネルを開く。

 登録者255人の私のチャンネルはさっき作ったものだ。

 まぁまだ謝罪動画しかないのだが。 

 先に私のチャンネルも用意しておいた方がいいということで、茜の指導の下作ったのだ。

 

 はっきり言おう。

 格の違いを思い知らされた。

 

 ブランドアカウントなるものに、目立つヘッダー、アイコン。

 それらは私の写真を元に、茜がぱぱっと作ってくれたものだ。

 あとはチャンネルタグの設定に、各種リンクの設定。

 何をすればいいかの悉くを教えてくれたが、そのたびに私は恐れおののいた。

 これほどまでに、配信者というのは面倒を抱えているとは思ってもいなかったからだ。

 

 マシロがハロスターズに応募するためにやってた、低品質な旧時代の配信とはわけが違う。

 ゲーミングを冠したヘッドホンやマイクはどれも高級品であり、そのスペックを最大限まで引き出して活用している。

 500円のスタンドマイクでぼそぼそとしか喋らない配信と比べるのもおこがましい。

 財力と実力の違いをまざまざと見せつけられた気分だ。

 

 そして、少しでも良いものを、少しでも見やすいものをと洗練された、配信ソフトOBLの画面は、説明されれば一種の芸術のようにすら感じられた。

 

 普段見ているVtuberともなれば、ほぼ間違いなくこれ以上の苦労を抱えているのだと茜は言う。

 Vtuberの場合、これに加えて自身のアバターの投影、モーションキャプチャなどの仕事まで加わるからだ。

 PCにも、それを扱う人間にもそれなり以上のスペックが要求される。

 3Dの場合の作業量は、茜にも想像がつかないレベルらしい。

 どうりで3D配信を行うVtuberが少ないわけである。

 

「はぁ……ミニライブん時はそんな緊張してへんやろ。うちを見てみ? めっちゃリラックスしてるやろ?」

「ミニライブは撮影禁止だったからさ」

 

 そんなことを話しながら、時間まで待機する。

 いっそのことギリギリで始めればこんなに緊張しなかったのかもしれないなと思いながら、時を過ごす。

 

 Ywitterを開いては閉じ。

 リアルタイムで増えていく、ライブのサムネを見たり見なかったり。

 手持無沙汰によもうを開いて二周目しても、ちっとも頭に入ってこない。

 そんなことを繰り返していると、少しずつ時間が過ぎてくれた。

 

 

 ――開始まで10分。

 

 

 ある程度は落ち着いてきた心臓のバクバクを感じながら、そろそろ本番の準備だ。

 おしゃれな仕切りを背景に、その前には大きめの椅子とテーブル。

 部屋の散らかり具合とは対照的に、配信画面に映る取り繕われた一画面はとても綺麗だった。

 

 茜はゲーミングノートを机の上に持ってくる。

 私が借りているのは案件の貰い物で、使っているのはほぼ同時期に買ったやつなのだとか。

 案件を貰う直前に大枚はたいて購入したらしい。

 なんともタイミングの悪いことだ。

 

 だから借りているノートPCはマジメにいらないものだったらしい。

 欲しいならもらってくれてもいいのだとか。

 さすがに高すぎるので何かしらの形でお返しするつもりだが。

 そして配信自体はデスクトップPCから行うのだが、コメント欄の確認はノートで行う予定だ。

 まもなくスタートなので、配信管理画面をいじっている。

 

 すると、茜がふと声をあげた。

 

「ちょ、こ、これ見てみ?」

 

 先ほどまでの落ち着き具合が嘘のような声をあげた茜を片目に、ノートをのぞき込む。

 

 ………そこには、10208人が待機中との内容があった。

 

「あばばっばば、ま、まって、やばいてこれ! どどどないしよ! どないしたらええ!?」

「さっきまで私を見習えとかいってたよな!? ね!引っ張ってくれよ!? 私をリードしてくれよ!」

「アホッ! 10000とか頭おかしいって!」

 

 聞けば最大でも8000人、それも有名実況者とコラボでの大企画の時に集めたのが最大なのだとか。

 10000再生が約束されたな、なんて見当違いのことを考えながら、思わず目が遠くなる。

 すると、いきなり茜が私の小さな胸に飛び込んできた。 

 

「た、助けてミシロー!」

「こっちが助けてほしいんだが――むぎゅっ」

 

 お互いに心臓をバックバク言わせながら自然と抱き合う。

 いつもならドキドキするはずの抱擁も、今は別の意味でのドキドキを抑えるものでしかない。

 深く息を吸って、吐く。

 吸って、吐く。

 それでも和らがないあまりの緊張に、少し気持ち悪くさえなってきた。 

 

 ………もしかして配信中吐かないかな

 

 ゲロインは嫌である。

 そんなことを考えながら、しばらくの間、抱き合っていた。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

【Tips】背景布:たいていは緑か青の色をしている単色の布。クロマキーという切り抜き作業に必要なものだ。単色のみを指定して透明化することによって、綺麗に対象物を切りぬくことができる。BB先輩とかも一応コレ。殆ど一発ネタと化しているが。

 

 

 

 

 

そろそろか?

新鮮なゆいラジだぁ!!

リアルタイムで見れるとは………

now loading...

 

ロシア忍者が見られるって聞いてきました

待機人数やべぇ!

 

ワクワクしかしねえー!

 

▶ ▶❘ ♪ ・ライブ
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【緊急配信】ゆいラジ第6回!ゲスト:友人A

 15,621 人が待機中
 
 ⤴4028 ⤵15 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 ちぬれゆい 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 24万人 

 

 

 

 血塗れで銃を持った可愛らしい女の子がこっちに銃を向けている。

 もちろんこれは画面の向こうの話だ。

 茜――ちぬれゆいを模したイメージイラストである。

 

 軽快なBGMの流れる待機画面。

 単なる一人の人気実況者の雑談配信。

 けれどそこには様々な背景を持つ人が集まっていた。

 

 ――ちぬれゆいのいつものファン。

 ――撮影禁止が故に苦い思いをしていた喫茶店のファン(アナスタシアのファン)

 ――喧嘩や炎上動画を愛するちょっとクズな一般人

 ――二人のあまりの美貌に思わずサムネをクリックしてしまった大きな男の子。

 ――話題の人物を見に来ただけのミーハー。

 

 多種多様な人物が集まり高速で流れるチャット欄ではあるが、案外荒れてはいない。

 いくらかの権限を持つ視聴者(モデレーター)が荒らしを抑えているからだ。

 そのためか、4割程度しかいないちぬれゆいのファンがコメント欄を制圧していた。

 残りの人物は殆ど黙って、配信開始を待っているのだ。

 

 

 開始時刻から1分程度が経過し、画面はそのままミュートが解除された。

 配信が始まったのだ。

 

 

 きちゃああああああああ

 こんばんわ

 久しぶりだな、ゆいラジ。

 ゆいラジすこ

 

 

「はい、はいはいはいはい、始まったな? リスナー、聞こえとるかーー?」

 

 聞こえてないよ

 聞こえてない

 音出てないよ

 いや聞こえていますよ?なんで皆さん嘘つくんですか?

 

 

「あ、聞こえてんな。じゃあ始めるでー」

 

 聞こえているのに聞こえていないと答える天邪鬼なリスナーたちだが、茜はそんな愉快で面倒なリスナー達の扱いにも慣れていた。

 画面遷移が行われ、美麗な部屋が映し出される。

 テーブルの前には2つの椅子があり、その片側に茜が座っていた。

 

「はい! 今日も始まりましたゆいラジ、第6回目になる今回ですが、今回はスペシャル回として、実写でお送りいたしますーー」

 

ラジオとは?

実写久しぶりだな

クッソ可愛くて草

めちゃ美人やん

知らんかったんか、性格以外は美人だぞ。

 

 

 

「性格以外はとかいってるやつは覚えとけよ。………さて、愚かなゆいリスはほっといて、本日のゆいラジを始めていきますーー」

 

 ゆいラジ。

 ゲーム実況者であるちぬれゆいが始めた雑談企画だ。

 基本的には特定のゲームにおいてトップ層に位置する人を招いて、その魅力を語ってもらったりするラジオ企画である。

 RTA走者を招いたりすることもある。

 面白さを引き出す茜の話術により、知らない世界を紹介してくれるゲストの魅力が最大限に引き出されるラジオ配信だ。

 

 

「さて、今日は10000以上の人が集まってくれたようで、ええ、まぁ私を見に来たわけじゃないのは分かってますよ。 さてさっそくゲストを紹介しましょう。」

 

 茜に緊張の様子は見られない。

 しかし当然のことだが、実はかなり緊張している。

 だが配信に慣れている茜は実力でそれを黙らせていた。

 そして、ラジオ配信の時は司会を務めることもあり、基本的には丁寧語で喋ることにしている。

 

丁寧

丁寧

丁寧

 

 

 

「………うちの友人で、喧嘩がめちゃ強い、アーシャちゃんでーーーす!」

 

 画面の外で待機していた私がやってきて片側の椅子に座る。

 インターネット上ではアーシャと名乗ることにしたのだ。

 由来は言うまでもなく、アナスタシアである。

 

「……はい。この子はね、ゲーム実況とは関係ないんですが、例の件でえらい話題になっているということで、せっかくなんでゆいラジに招待してみましたー」

 

 ちなみに喫茶店での繋がりは話さないことにしている。

 極々一部の視聴者にはバレているが、好き好んで個人情報をばら撒きたいわけではないからだ。

 

銀髪エルフ!銀髪エルフ!銀髪エルフ!

こんな綺麗な青い目初めて見たわ。

カチンコチンやんけ。

美人さんが二人並ぶと絵になるな。

美少女だろ。若干ロリっぽいぞ。

これがロシア人か………

 

 

 

 ゆいラジの企画説明が行われ、今回の実写配信は特別なものであるということが説明される。

 その間、私は努めて凛とした笑みを浮かべて佇んでいた。

 ………そして、自己紹介(処刑タイム)がやってくる。

 

「…はい、では自己紹介を、お願いします」

 

 しかし、なにもおこらなかった。

 

「あの、えっと、大丈夫か……?」

「…………」

 

 自分で言うのもなんだが私はかなりの美少女だ。

 美しい銀髪と蒼い目を湛えた私は、奇跡の子なんて呼ばれることもあった。

 だからかもしれないが、あまりに緊張するとおかしな勘違いをされることがある。

 

「ええっと…………」

「…………」

 

言葉通じてないんじゃね?

日本語わかんなくても仕方ないだろ

いや、店じゃ普通に日本語だったぞ

ネイティブレベルでペラペラやで。

 

 

 その容姿から外国人と勘違いされているが、魂はもともと日本人のものである。

 異世界生活が長かったため若干の訛りはあるが、当然ペラペラだ。

 

「…………」

 

 ………緊張で頭がおかしくなりそうだ。

 ………息が上手くできない。

 何もしゃべれない。

 

「……アーシャちゃん、自己紹介」

「………っ!」

 

 そこで初めて私は再起動した。

 そう、さっきから綺麗な顔だの凛としているだの言われているが、ただ顔が強張っているだけなのだ。

 

 ――い、いやっ、無理無理無理。

 

 私はなんだかんだ人前に出るのには意外と慣れている。

 大半の時を過ごしたお忍びモードの時は、酒場で演奏したりすることもあった。

 顔を合わせて喋ったり、数百人に向かって話すのは大丈夫なのだ。

 

 今考えれば分かるのだが、この時の私は完全に余計な妄想をしていた。

 

 ――が、画面の向こうに、15000人が、いるんだよな!?

 

 さながら、自分がアイドルになって15000人の聴衆の前でライブをしている想像をしていた。

 実際は大半が作業片目に見たり、鼻くそほじりながら寝っ転がって見ているので全くもって見当違いであるが。

 この時の私に分かるわけがない。

 

 あわわわわわわ。

 

 最近は度胸もついてきて、もう前のように緊張することはなかった私だが、いきなり15000人を相手することになり、余計な妄想の結果カチンコチンになっていた。

 コオリトカースが欲しい。

 

 ………な、なつかしいなぁ、この感じ。

 

 カチンコチン状態だと、何故かポーカーフェイスに見られる。

 私の美貌と曖昧な表情もあって、相手にそれなりの恐怖と崇拝にも似た念を抱かせるらしい。

 しかし、口を開くとそれは一瞬で霧散してしまい、あとはふにゃふにゃおとうふ一丁の出来上がりだ。

 きっと切り分けられて美味しく頂かれてしまう。

 

 社交になれる前は、喋るととにかく毎回ボロが出ていた。

 だからかお付の文官から『んーー、とりあえず、黙ってればそれだけで圧になるんで、頼むから黙っててくれないすか? 喋らないでさえくれたらあとはこっちでやるっす!』みたいなことを言われる程度にはボロクソだった。

 

 そんなわけで、今の私は実際は、なにも考えてない。

 勘違いもいいところである。

 

 再起動を果たしたことでポーカーフェイスが崩れ、ぷるぷる聖女ちゃんが露になった。

 

「…………あ、あ、あアナスタシア改め、アーシャです。」

 

 ぷるぷるシェイカーでもここまでぷるぷるしてないぐらいの震えて掠れた声で、私は自己紹介を行った。

 思わず、満腹になった腹から、気持ち悪いものが伝わってくる。

 

ガチガチやん。

大丈夫か?

そりゃ一般人いきなり引っ張ってきたらこうなるわな

日本語うめぇ

 

「……はーい、自己紹介ありがとございます。って名前だけかい! ほらっ、進行表、進行表みてっ!」

 

 怒り笑いをまとった小声で進行表を見るように指示を出す。

 

 茜は実は配信前に進行表を作っていた。

 グダグダ適当に配信しても、視聴者の満足する面白いものにはならないと考えている茜は、きちんと予定を詰めているのだ。

 そしてそのことは既に私にも説明済みである。

 本来はここで好きなものとか趣味とか、かるーく説明してもらう予定だったのだ。

 

 私は緊張のあまり震えてしまった手で、茜の進行表を見る。

 

 

 

 

 

 そして、その動作が、危うい状態で保たれていた私の均衡を崩してしまった。

 

 

 

 

 

 突如としてこみあげてきた気持ち悪さに、両手で口を押える。

 

 

 ――んんん………!!!

 

 

 視聴者に聞こえはしないがきっと、オエエエエェェという音が容易に想像できる。

 アニメなら七色に光っていたであろう物体X。 

 それを口の中に抑え悶絶しながら、洗面所へ駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】タグ:ニマニマ動画のタグと違い、通常意識することはない検索タグだが、投稿者目線では動画を伸ばすために必須のものとなる。名だたるZowTuberはそのこと如くが検索に引っかかるためのタグを詰め込んでいるのだ。そして時には、ほとんど無関係なタグを詰め込む悪質な輩もいるが、その不透明さゆえに気づかれることは少ない。

 

 

 

 




虹色に光る物体Xですが、吐いてません。
口で押えています。
ゲロ属性は追加されません。

いつか笑い話になるといいね。

2021/12/08:三人称がしっくりこなかったので、一人称にしました。


活動報告なるものを書いてみました。
良かったら読んでやってください。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=272190&uid=240252

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