昔から方向音痴だったが、いつ来たのかもわからない場所で延々と歩き続けている。
幸いなのは普段から鍛えていたからか疲れない事だった。
「怖いなぁ、なんか段々暗くなってる気がする」
さっきはまだ薄明るかったが、今は薄暗い。
先を見渡そうとするが、先は見えないどころか底なしの沼に引きずり込まれそうな雰囲気だった。
(怖い。でも、何故かそちらに行かなくちゃいけない気がする)
暗い闇の底から誰かが呼んでいる、そう思い、俺はそちらに足を向ける。
一歩踏み出そうとした瞬間、誰かが後ろから呼ぶ声がする。
その声の主を確認する為、後ろを振り向くと、そこには白と青が基調の服を着た少女が俺に手を振りながら走って来るのが見えた。
「そっち言ったらだめだよー、こっちだよこっち」
「テイオーか」
少女の名前は「トウカイテイオー」。
俺の担当ウマ娘の一人であり、幾度の故障を経ても走り続けた不屈の「帝王」だ。
「まったく、トレーナーは方向音痴なんだから、知らないところでは無闇に動かない事!」
「あ、ああ。すまないね」
腰に手を当てながら、プンプンと言った様子で怒るテイオー。
俺は後頭部を掻きながら謝る。
「じゃあ、ボクが案内してあげるから」
そう言うと、テイオーは手を出してきた。
「トレーナーは気が付くと変なところに行ってるんだから、手を繋がなきゃダメでしょ?」
「そうだね。じゃあ、お願いしようかな」
俺は彼女の手を握る。
あったかいな、と思う。
彼女に手を引かれながら、暗闇の中を歩く。
「トレーナー」
「ん?」
「トレーナーはさ、ボクをなんでスカウトしてくれたの?」
テイオーはそう言うと立ち止まって、俺を見上げた。
「君の才能に魅せられたってのが一つ。……もう一つはテイオー、君が見た夢をトレーナーとして、大人として応援したくなったんだ」
これはあんまり口外したくないが、走るテイオーの顔に一目惚れしたってのも理由の一つだ。
「ふ、ふーん。やっぱり、トレーナーはボクのトレーナーに相応しい人だったね!」
テイオーは真っ赤な顔を隠すように背けるとまた歩き出した。
しばらく二人で黙って歩いていると、不意に「トレーナー」と彼女は口を開いた。
「ほんとは、3回目の故障の時、トレーナーにもう見捨てられるんじゃないかって怖かったんだ」
テイオーは故障に悩まされていた。
結果、出走しようとしていたレースに出走できなかったりと思うようには行かなかった。
そんなテイオーに対し、世間は冷たい目を向けた。
一時期は自暴自棄になり、無茶なリハビリもしていた彼女だったが、テイオーを元気づけたいと思った仲間たちの力で立ち直り、無事に走れるようにまでなった。
「でも、トレーナーも皆もボクを見捨てずに付き合ってくれた。本当に嬉しかった」
立ち直ったテイオーはGⅠを制した猛者が集う有マ記念において、奇跡の復活を果たした。
その時の彼女の笑みはとても透き通って綺麗だったのを覚えている。
「トレーナー、ありがとう」
彼女はあの時の様な笑みを浮かべた。
それから俺とテイオーは色々な話をした。
初めてのおでかけの時の話、二人で苦戦しながら取ったぱかぷちの話、はちみーを飲みすぎて二人して動けなくなった話、勝ったレース・負けたレースの話、"皇帝"シンボリルドルフの話、"女帝"エアグルーヴの話、とにかく思いつく話をした。
すると不意にテイオーは立ち止まった。
「どうしたんだ?」
「んー、そろそろ時間みたい」
「どう言うこと?」
「そろそろ交代の時間って事」
そう言うと名残惜しげに繋いでいた手を離すと先を指差した。
「トレーナー、ここからはトレーナー一人で行ってね」
「お、おい」
「ボクの代わりに誰かがいるはずだから。あと後ろから声が、例えボクの声が聞こえても後ろを向かないでね」
「変な事を言うなぁ」
「冗談言ってるつもりはないよ」
鋭い眼光のテイオー。
有無を言わせない雰囲気があった。
「わかった」
「じゃあ、また後で会おうね」
そう言うとテイオーはどこかへ走っていった。
「確かこの先だったよな」
テイオーが指差した方向には光が見えていた。
いや、正確にはテイオーのいた所から一筋の光が伸びていた。
「これを辿っていけば良いんだな」
俺はその光を辿って歩き始めた。
「ぶはっ!!?」
「お疲れ様です、テイオーさん」
トレセン学園のトレーナー室にあるベッドから飛び起きたテイオー。
まるで3000mを全力疾走したかの様に全身が汗で濡れ、肩で息をしていた。
「これを飲んでください」
「ありがと」
コップに注がれた水を一息で飲み干すと彼女は一息ついた。
「落ち着きましたか?」
「うん」
「トレーナーさんには会えましたか?」
「会えたよ。マンハッタンカフェの言った通りにトレーナーは真っ暗な方向に向かってたよ」
「間一髪でしたね、そちらに向かってしまったら、戻って来ることが出来なくなっていました」
そう言うとマンハッタンカフェはベッドで眠る一人のウマ娘に目をやる。
「トレーナーさん、絶対に助けますからね」
ウマ娘たちに慕われたいです。