納得できなくて書き直していたらこんなに遅くなりました。
「もう少し、もう少しです」
トレーナーさん、早く貴方の声を聴きたい、貴方に触れたい。
でも、我慢だ。
いま、ここでミスを犯せばトレーナーさんを失ってしまう。
私はトレーナーさんに直接アクセスしているサイレンススズカさんを見る。
今頃、彼女はトレーナーさんと歩いているだろう。
あと、あと一人。
彼と結びつきの強いウマ娘、そう、彼が一番最初に担当したウマ娘、“皇帝”シンボリルドルフ。
彼女の協力があれば、安全に確実に彼を取り戻せる。
「けれど……、いや、そうですね。エアグルーヴさんにお願いしましょうか」
虚空に向かって頷くと、マンハッタンカフェは微笑んだ。
「会長は、絶対にここに来ます」
夢を見る。
あの日、彼を拒絶し、彼に拒絶されたあの日の事を。
あの時、私は無敗で皐月賞、東京優駿(日本ダービー)、菊花賞を制覇し、私の心はまさに有頂天外。
何でもできる、そう思っていた。
だが、好事魔多しと言うように、何でも順風満帆で物事が進むことは無い。
それを私は忘れていたのだ。
『カツラギエースが逃げ切り、いまゴールイン!!!二着はベッドタイム!三着はシンボリルドルフ!』
何度掲示板を見直しても、順位は変わらず三着のままだった。
頭が真っ白になった。
『何故、何故、何故……』と反芻する。
でも、結論は分からない。
体調は万全、トレーニング量も十分、勝負の仕掛けどころも間違っていない。
堂々巡りの考えのまま、気がつけば控室の椅子に座っていた。
「お疲れ様、ルドルフ」
ノックの後、そう言いながらトレーナー君が入って来る。
「…」
「ウイニングライブまで時間がある、一度シャワーを浴びてくると良いよ」
「…」
トレーナー君が何かを言っている。
今の私には耳障りな雑音にしか聞こえない。
「時間になったら呼びに来るから」
トレーナー君はそう言うと控室を出て行く。
「分からない」
また私は長考に入る。
気がつけば、ウイニングライブを終え、トレーナー室でトレーナー君と向かい合って座っていた。
「今回の反省だけど」
今回の私のレース映像をテレビに映す。
「ぶっちゃけて言えば、ルドルフに悪いところはない」
「……じゃあ、なんで負けたんだ」
「簡単な話だ、君に勝つため、相手は徹底的に対策を取って来た。俺たち以上のトレーニングを積んできた。それだけだよ」
トレーナー君の言葉を聞いて私はカッとなった。
そして、トレーナー君の胸倉をつかんでいた。
「ふざけるな!」
「ふざけているのは君の方じゃないのか、シンボリルドルフ!『自分は勝って当たり前』なんて思い上がりも甚だしい!君がいるのはお遊戯の世界じゃない!食って食われる勝負の世界だ!君をいつ喰らってやろうと言う魔物が雁首揃えて走っているんだ!今回の敗北は、そこに頭の行かなかった俺と君の油断が招いたんだ!」
「う、うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」
今ならわかる、私は無敗で三冠を獲った。
そしてこれからも挑戦者を蹴散らし、その頂点に私は君臨する。
まさに傲慢。
「第一、そう言うなら!君はどうなんだ!トレーナー君!私が油断していると言うなら何故口に出さなかった!」
私がそう言うと、バツが悪そうな表情を浮かべたトレーナー君は一瞬黙る。
「だから、俺も君が『勝って当たり前』だと思っていた。そう、君と俺は同罪なんだよ」
トレーナー君は私の心のどこかに慢心があると思っていた。
だけど、私がいつもの調子であれば負けはしないと思っていたと言う。
だが、パドックにいるカツラギエースの姿を見た瞬間に分かってしまったのだ。
「彼女は確実に君を仕留めるために調整をしてきていた。彼女の表情、トモを見た瞬間、俺は悟った」
――今日は絶対に勝てない――
「ふざけるな!それを!!よりにもよって、私の担当トレーナーである君が言うのか!」
何故、私の勝利を信じてくれなかった。
「そんなに私を信じられなかったのか!」
トレーナー君への信頼が崩れた。
「なら、要らない。私の勝利を信じてくれないトレーナー君なんて要らない」
それを聞いたトレーナー君は眼を見開き、すぐに表情が元に戻った。
「そうか。そうだよな。うん」
そして、何かに納得するかの様に数回頷くと、彼は自分の机から契約解除の書類を取り出す。
その書類には既にトレーナー君の名前が書いてあった。
「正直、君のトレーナーを続けていくのは無理だと思っていたよ。君と俺では釣り合わないと思っていたからさ。これが無くともいずれ君と同じ道を歩んでいくことは出来なかっただろう」
「っ!」
嘘つき、嘘つき、嘘つき!
「私の夢を一緒に追いかけてくれると言ったのに!何故君は勝手に諦めるんだ!」
「ごめんよ」
それだけ言うと、トレーナー君は口を閉ざし、私が震える手で私の名前を書き、荷物を持ってトレーナ室を出て行くまで一言も話さなかった。
ただ、部屋を出て行く瞬間、小さな声で「ありがとう」とだけ呟いた。
「――――夢か」
書類を処理している間に眠ってしまっていたようだった。
懐かしい夢を見ていた。
彼と別れてから、私にトレーナーはつかなかった。
理由は私がトレーナーを拒絶したこともあるが、私自身の名声に恐れおののいた者が多かったからだった。
たった一度の敗北さえ、私にとっては、いや私の担当トレーナーには大きな傷になる。
現に彼もしばらく『私を敗北させたトレーナー』としてメディアやトレーナーたちから叩かれていた。
トレーナーがいない事で、レースに影響が出ると思われていた。
その予想に反して、私は今に至るまで無敗を貫いている。
「彼と別れなければ、この心に浮かぶむなしさも軽減されたのだろうか」
誰もいないからか、ふと呟いてしまう。
そう言えば、エアグルーヴは『彼』の担当バである『マンハッタンカフェ』に呼ばれて席を外していたな。
考えてみれば、最近彼がグラウンドに立っている姿を見ないな。
「……今の私は彼の担当バじゃあないから気にすることではないな…」
そう考えて、私は書類に意識を割くことにする。
それから数十分後、私は重大な選択を迫られることになる。
ルドルフはこんなこと言わない