キャベツ狩りから数日が経ち、ようやくその報酬が支払われた。
そして和真さんとの勝負の結果だが、……残念ながら、数万エリスの差で私が負けてしまった。私は傷を付けないように収穫に励んだのだが、和真さんも窃盗スキルで羽根となっている葉を奪い、本体を傷付けずに収穫していったのだ。そうなると幸運値の高い和真さんが収穫したキャベツに、高品質で経験値の詰まったものが集中してしまうのも仕方がないのかも知れない。
……とはいえ、悔しいものは悔しい。我ながら、なかなかに負けず嫌いな性格だと思う。
『それじゃあ約束どおり、今度一品奢ってもらうからな』
などと言う、和真さんの意地汚い笑顔が、今も脳裏に浮かんでは消える。
まったく。根はいい人だし、顔だって普通レベルには整ってるのだから、「紳士たれ」とまでは言わないが、もう少し大人の対応が出来ればきっとモテるだろうに。
そんな取り留めの無いことを、目の前の変態を眺めながらぼんやりと考えていた。
……言っておくが、ダクネスさんの事ではない。目の前の変態は、新調したマナタイト製のスタッフを抱きしめ、ハアハア言いながら頬ずりをし太腿を擦りつける、本当に頭がおかしくなってしまった爆裂娘である。
いやまあ私とて、喉から手が出るほど欲しかった物が手に入って自室で転げ回って喜んだことはあるが、さすがにこれでは、ただの痴女にしか見えない。
「今はお前よりひどいのが…」
少し離れた席で、和真さんがめぐみんを見ながら、ダクネスさんにそんな事を言っている。しかしめぐみんはそれには気づかず、変わらずスタッフに頬ずりを続けていた。
ううむ。これはいつもの如く、ワンドで引っ叩いてでも正気に戻した方がいいのだろうか? しかし当人の風評被害は別として、別に問題を起こしてもいないのに暴力を振るうのは、さすがに気が引ける。そして何より、今のめぐみんには関わりたくない。
心の中でそんな葛藤をしていると。
「なんですってええええ!」
というアクア様の叫びが聞こえてきた。はて、換金しに行ったアクア様が、何故あんな叫びを上げなければならないのだろうか?
「なんで五万ぽっちなのよ! どれだけキャベツを捕まえたと思ってるの!?」
「それが申し上げにくいのですが、アクアさんが捕まえたのは、殆どがレタスでして…」
「どうしてレタスが混じってるのよぉ!」
……そうかぁ、アクア様は殆どがレタスだったのかぁ。そういえばアクア様の幸運値は、最低クラスだって言ってたなー。
おそらく遠い目をしていたであろう私がそんな事を考えていると、アクア様がにこやかな笑顔で和真さんの元へ近づいていった。
「カーズマさん。今回の報酬はおいくら万円?」
円って…、あ。アクア様は日本担当の女神でした。まあ、1エリスはほぼ1円の換算らしいので、特に問題はないですが。
「百万ちょい」
「「「ひゃっ!?」」」
アクア様とめぐみん、ダクネスさんが、驚きのあまりに言葉に詰まる。私は勝負をした関係で、その金額の細かいところまで知ってはいたが。
「カズマ様ー、あなたってその、そこはかとなくいい感じよね」
「誉めるところが浮かばないなら無理すんな!」
……和真さんは優しくて気配りが利く、根はいい人である。今ぱっと浮かんだだけでも、これくらいは出てくるが、アクア様には無理だったようだ。
因みに悪いところは、怠け癖があって小狡くて、時々物凄くゲスいところでしょうか。
「カズマさあああああん! 私、クエスト報酬が相当な額になると踏んで、この数日で持ってたお金、全部使っちゃったんですけど! ていうか、十万近いツケがあるんですけど!!」
なんだか[宵越しの銭は持たぬ]を地でいく様な生き方だ。最も最近の見識では、江戸っ子もしっかり床下貯蓄をしていたそうだが。
「知るか! そもそも今回の報酬、個別にしようって言ったのはお前だろ!」
「そうですね。まさに『捕らぬ狸の皮算用』、そして『自業自得』です」
厳しい言いようだが、これもアクア様のためだ。
「それにいい加減、拠点を手に入れたいんだよ。いつまでも馬小屋暮らしじゃ落ち着かないだろ?」
拠点…。冒険者、しかも駆け出しにあるまじき発言である。もっと実力をつけてコミュニティ…、ここ冒険者ギルドを大ギルドとした場合の、小ギルド的なものを作ったのならわからなくもないが。
これはあれだ。和真さんは早々に、魔王討伐を諦めたのだろう。和真さんは初期職の冒険者だし、身体能力もそれほど高くはない。それで魔王討伐を強要するのも酷というもの。……たまねぎ剣士の様に、実は最強の可能性もあるけど。
とはいえ、アクア様にはそんな彼の事情など全く関係ない。
「そんなああああ!お願いよカズマ、ツケ払う分だけでいいからぁ!」
和真さんに泣きつきながら縋ってくる。
「……そりゃあカズマも男の子だし、たまに夜中ゴソゴソしてるのは知ってるけど」
えっ、なっ、そ、それって!? あ、いや、私にだってそれくらいの知識はあるし、私もたまに…、って、私は何考えてるの!?
「よおし、お金は貸してやるから少し黙ろうか!」
……私がテンパってる間に、二人の間で話はまとまっていた。ええと、和真さん。なんかごめんなさい。
「カズマ、早速討伐に行きましょう! それも、沢山の雑魚モンスターがいるヤツです!」
突然めぐみんがそんな事を言い出した。新調した杖の威力を試したいそうだ。そういう意味では、閃熱呪文系統を実戦で試してみたい私も同じである。あと、カエル以外のモンスターを倒すのに躊躇いがあるか、確認もしたい。
「まあ俺も、覚えたてのスキルを試す暇もなかったしな」
どうやら和真さんも同意見のようだ。……と思ったらアクア様が。
「いいえ、お金になるクエストをしましょう!」
なるほど、確かに。アクア様には早く和真さんに、お金を返してもらわないと。先程の暴言に突っ込めなかった、私の良心も痛みますし。
「いや、ここは強敵を狙うべきだ!」
う…。ダクネスさんの意見にも一理ある。彼女自身の思惑は別として、せっかくパーティーを組んでいるなら、ある程度強い敵を倒してレベルアップを狙うのも、今の私にとっては選択肢のひとつとなり得るのだ。
「とりあえず、依頼を見てから決めようぜ」
「そうですね。まずどんな依頼があるかわからなくては、クエストの選び様もありません」
優柔不断な自分をおくびにも出さず、和真さんの提案に乗っかることにした。
そして私達は、依頼書の張り出された掲示板の前までやって来たのだが。
「何だこれ。依頼がほとんど無いじゃないか」
そう。掲示板には張り紙がほとんど無く、スカスカの状態である。
「カズマ、これだ! 山に出没する、ブラックファングと呼ばれる巨大熊を…」
「却下だ、却下!」
「これはさすがに、私達の手に余りますよ!」
私の希望はあくまでも、ある程度強い敵、である。能力的には私やめぐみんの魔法で倒せるだろうが、上手く立ち回れるかどうかは別の話だ。
「何だよこれ! 高難易度のクエストしか残って無いじゃないか!」
確かに掲示板に張り出されているのは、私達では手に負えないようなものばかり。いつものカエル討伐すらない。
そんな私達の前にルナさんがやって来た。
「あの、申し訳ありません。最近、魔王軍の幹部らしき者が、街の近くの小城に住み着きまして。その影響か、近辺の弱いモンスターが隠れてしまったんです。
来月には王都から騎士団が派遣されるので、それまでは高難易度のお仕事しか…」
「なんでよおおおおっ!?」
哀れアクア様は絶叫していたのだった。
「というわけで、魔法の特訓に付き合ってくれませんか!?」
「と、唐突ね?」
私の申し出に、怯むリーンさん。まあ、何の説明もせずにいきなり告げたのだから当たり前だ。
とはいえ冒険者同士、その理由には直ぐに行き着いたようだ。
「まあ、あたしも暇だし別にいいけど。でも、メグミのパーティーの人達はどうしたの?」
「和真さんはめぐみんの用事に付き合うことになりましたし、アクア様はアルバイト、ダクネスさんは実家で筋トレだそうです」
「そうなんだ。……なんでそのアクアさんには様付け?」
ああ、いつか誰かに聞かれると思ったが、ここでだったか。
「……私が暮らしていた国は、普通ではここへ来ることが出来ない遠いところにあります。そんな場所からここへ送ってくれたのがアクア様なのです。
リーンさんやクリスさんにも感謝していますが、アクア様への恩は計り知れません。なので感謝と畏敬の念を込めて、私はアクア様と呼ばせてもらってるのですよ」
もちろん一番の理由は女神様だからであるが、今挙げた理由も偽りのない事実である。でなければ和真さんよろしく、とっくに「駄女神」呼ばわりしている事だろう。
「へえ、そんな事があったんだ。でもそれだったら、アクアさんにはお金を払ってついて来てもらった方が、恩返しにもなって良かったんじゃない?」
「いえ、私もそう思ったのですが、和真さんに『アクアは甘やかすとつけ上がるから、ちゃんとした仕事をさせた方がいい』と言われてしまったもので」
そして私も、それに異を唱えることは出来なかった。恩は恩として、アクア様にはもう少しきちんとしてもらいたい。
「えっと、そのカズマって人、結構厳しいね?」
「……和真さんもアクア様には苦労してるので、仕方がないと思いますよ?」
「そうかぁ。うん、問題児が仲間にいると苦労するよねー」
同病相憐れむと言うやつか、遠い目をして言うリーンさん。彼女にこんな表情をさせる
近くの森の中、先日と同じ場所で、先日と同じ様に私は倒れ込んでいた。
「メグミ、これで五回目だね」
リーンさんは私を覗き込む様にして言った。
そう、五回目。先日の呪文を唱えては倒れ、回復したらまた唱えるを繰り返しているのだ。
もちろん、意味も無くそんな事を繰り返しているわけではない。この呪文で倒れるのはあくまで、使う呪文のランクと実際の消費魔力とのギャップに、体がついて行ってない為である。逆に言えば、認識の修正が出来れば普通に使えるようになる、というわけだ。実際。
「……ですが、回復までの時間は明らかに短くなってます」
まだ若干の脱力感はあるものの、既に立ち上がれるくらいにまで回復をしている。先日ならようやく、座ってリーンさんと会話を始めたくらいのタイミングだ。
「凄い根性だね。まあ確かに、それだけの威力のある魔法だと思うけど」
「そうですね。ただこれは創作魔法ではなく、使い方のアレンジですが」
そう。正確にはこれは、創作魔法…というか再現魔法やアレンジ魔法ではなく、使用法のアレンジ、魔法を使った技、それの再現なのだ。
しかし私が今特訓しているものは、実際のものよりランクが低い。本物はこちらで言う上級魔法レベルの呪文だが、私が使っている呪文は中級魔法。あちらのレベルなら初級くらいだと思う。
それでも再現しようと思ってるのは、応用の利きやすい技なのもあるが、一種の思い入れがあるから。中二病でオタクの熱い想いは止められぬのだ。
「どうです、リーンさん。私と一緒にこの
「あー、遠慮するわ。何度も倒れてまで身につける気は、さすがにあたしには無いから」
「そうですか、残念です。しかしリーンさんの意見も分かりますから、強要はしません」
一緒に再現技を使う仲間が欲しかったのだが。……いつかゆんゆんが帰ってきた時にでも誘ってみましょうか。
「さて。回復もした様ですし、もう一発いっときますか」
「ええっ、まだやるの!?」
何を今更。体を壊さない程度には抑えますが、この手の特訓は反復するしかないのです。大魔道士の道は険しいのですよ。
結局この日は昼過ぎまで、10セットを熟したのでした。
なんかめぐみの前半のモノローグ書いてたら、久しぶりに大人な対応するカズマの話が読みたくなった。
めぐみは結構体育会系です。脳筋ではないですが。