その後、ブルータルアリゲーターが現れる度、私がそれらを倒し追い払うという作業を繰り返し。
浄化開始から七時間。湖の水は透き通り、魚が泳ぐ姿も見てとれた。
そして。
「……檻の外の世界、……怖い。このまま街まで連れてって…」
アクア様はものの見事に、トラウマを植えつけられていた。和真さんが「報酬は全部アクアのもの」と言っても、変わらずにこの状態なのである。
……何故だろう。アクア様の手助けにと思った行動が、全てただの悪あがきだった様な気がしてきたのだが。
「……あの、アクア様? 本当に檻から出ないつもりですか?」
私がそう声をかけると、アクア様は覇気の無い微笑みを浮かべ。
「……メグミ、私のためにありがとう。でも、私の聖域は、この中なの…」
どうやら、かなりの重症の様である。
仕方なく、私達はアクア様を檻に入れたまま、アクセルの街へ向かうことにしたのだった。
アクセルへ戻った私達は、住人からの視線を一身に受けていた。しかしそれも仕方のないこと。馬に引かれた荷台の上には、アクア様が閉じこめられた大きな檻があるのだ。奇異の目で見られることは想定内である。
……想定内ではあるが、それで恥ずかしくなくなる訳ではない。おまけにアクア様自身が、[ドナドナ]などという物悲しい歌を歌って、より注目を集めている。
さすがにこれには耐えきれなかったのか、和真さんが口を開く。
「なあ、アクア。もうその歌はやめてくれ。……というか、いい加減その檻から出て来いよ」
「……いや。この中こそ私の聖域よ。外の世界は怖いから、しばらく出ないわ」
ううむ。私としても、そろそろ立ち直って欲しいのだけど。
そんな事を考えていた、その時。
「女神様! 女神様じゃないですか!」
その男は現れた。
そいつは檻まで近づくと、鉄格子を掴み、強引にひん曲げてこじ開けた。ってかなんて力だよ!?
「おい。私の仲間に馴れ馴れしく触るな。貴様は何者だ?」
アクアの手を取ろうとしたその男に、ダクネスが詰め寄る。さすがにダクネスも見かねたらしい。
男はそんなダクネスを見て、すぐに首を横に振る。その態度に、今度はダクネスが苛立ちを見せた。
「おい、アクア。あれ、お前の知り合いなんだろ? 女神様とか言ってたし」
「え…?」
「……え?」
しばらく俺達は見つめ合い、そして。
「……女神! そう、私は女神よっ!」
……こいつ、マジで忘れてたんじゃ。そんな俺の心の内など知るはずもなく、アクアは檻から這い出し。
「…………あんた誰?」
知らねえのかよ! てか、懐かし映像に出てた無責任ギャグかよ!?
「何言ってるんですか、女神様! 僕です、御剣響夜ですよ! あなたから魔剣グラムを頂いた!」
いや、やっぱり知り合いのようだ。しかも神速の古流剣術を使いそうな苗字のそいつは、俺とおんなじ転生者らしい。
「……ああ、いたわねそんな人! ゴメンね? でも結構な数の人を送ってたし、忘れててもしょうがないわよね?」
反省の色がねえな。ミツルギだって、顔、引きつらせてるぞ。……まあ実際、めぐみのことも忘れてたからな、こいつは。
しかし、それでもミツルギは気を取り直してアクアに笑いかける。
「お久しぶりです、アクア様。あなたに選ばれた勇者として日々頑張っています。職業はソードマスター、レベルは37まで上がりました。
……所で、どうしてアクア様はここに? というか、どうして檻の中にいたのですか?」
俺とアクアを交互に見ながらミツルギは言う。おそらく俺が、アクアを閉じこめたと思っているんだろう。いや、クエストの時はその表現も強ち間違っちゃいないが、帰るときにはアクアが出たがんなかっただけだ。……まあ、信じちゃくれないだろうけど。
それでも俺は、アクアと出会ってからの顛末をミツルギに語って聞かせた。
「はあ!? 君は一体何を考えてるんだ! アクア様を持ってくるモノに指名した!? それに今回は檻に閉じこめて、湖に漬けただって!?」
はい、やっぱり怒った。ミツルギの、アクアへの打ち込み様から、なんとなくそんな気はしてた。
俺の胸ぐらを掴むミツルギを、アクアが止めに入る。
「ちょっと、私としては結構楽しい毎日を送っているし、一緒に連れて来られた事はもう気にしてないわ。今日のクエストの報酬だって、全部私にくれるって言うし!」
アクアの説明を聞き、憐憫の眼差しを向ける。いや、単純にお安い女神ってだけだぞ?
「アクア様。この男にどう丸め込まれたか知りませんが、今のあなたの扱いは不当です! あなたは女神なんですよ!?
因みに今は、どこで寝泊まりしているのですか?」
「え? えっと、馬小屋で寝泊まりしてるけど…」
「馬小屋!?」
胸ぐらを掴むミツルギの手に力が込められる。
「おい、いい加減にその手を離せ! カズマとは初対面のようだが、礼儀知らずにも程があるだろう!」
口を挟んできたダクネスだが、珍しく怒っている。見ればめぐみんも、爆裂魔法の詠唱を…、ってそれは止めろ。俺も死ぬ。
そしてめぐみは俯いて、怒りのためか肩を震わせていた。
「クルセイダーに、アークウィザードが二人? 君はパーティーメンバーに恵まれてるみたいだね。それなのに君は、アクア様を馬小屋に寝泊まりさせて、恥ずかしいとは思わないのか? さっきの話じゃ君の職業も、最弱職の冒険者らしいじゃないか」
こいつ、絶対チート貰って楽してやがったろ。こんな奴に、何の、なーんの武器も能力も無い俺の気持ちなんて、絶対わかるハズねえ!
大体、めぐみはまだしも、他の三人がどうしようもなく使えないんですが? コイツらの性能も知らずに、何が恵まれてるだ!
「君たち。今まで苦労したみたいだね。これからは僕と一緒に来るといい。もちろん馬小屋でなんか寝かせないし、高級な装備だって買い揃えてあげるよ」
こいつ、世界は自分中心に回ってるとか思ってんじゃないだろうな?
そんな事を考えていると、視界にすっと影が割り込み。
ばちいいいいん!
乾いた音が辺りに響き渡る。気がつけば、俺の目の前には右手を振り抜いた体勢のめぐみと、左頬に手を当てたミツルギの姿。どうやらめぐみが、強烈な平手を喰らわしたらしい。
「貴方は、相変わらずなのですね! ……御剣響夜!」
……え? もしかして知り合いなのか? って言うか、めぐみがめぐみん以外を呼び捨てにするの、初めて聞いたぞ。……いや、以前話してたゆんゆんとかいう子も呼び捨てにしてたか。でも、めぐみんとも知り合いみたいだし、多分同年代の子なんだろう。
「メグミ、この男を知っているのか?」
「はい。私と同郷のこの男は、私の親友の心を傷つけたのです!」
ダクネスの問いに答えためぐみは、仇敵かの様にミツルギを睨みつけている。いや、めぐみが言うとおりなら、まさに仇敵なのだろう。
「いや、待ってくれ。僕には心当たりが…」
「ええ、そうでしょうとも。あなたはただ思ったことを口に出しただけなのでしょうから」
めぐみは冷淡に言い放つ。しかし、めぐみがこれほど相手を侮蔑しているのも珍しい。
「なあ、めぐみ。一体何があったか聞かせてくれないか? もちろん、めぐみが良ければだけど」
「……ええ、構いませんよ」
そう答えると、めぐみは少しだけ肩の力を抜いた。
「私の親友 ── 私は愛称でロゼと呼んでましたが ── 彼女はある日、この男に恋をしたのです」
ちっ! これだからイケメンは!
「待ってください。まさか、その親友がフラれたからという理由で怒っているわけではありませんよね?」
「……めぐみんは私を、どういう目で見てるのですか。いくら何でも、そんな頭の悪い理由で平手打ちなんてしませんよ。そもそも彼女自身、フラれるのも覚悟の上で告白しましたから。ただの失恋なら、私だってどうこう言ったりしません」
どうやらめぐみの親友はそこら辺、充分肝が据わっているようだ。
「……そうです。めぐみんが言うように、ロゼは御剣にフラれました。私も近くにいましたが、その時の対応に文句はありません。ドラマ…物語にも出てくるような、いたって普通の断り方でしたから。
ですが、その後彼女にかけた言葉…、それだけは許せません!」
「なにを言ったの?」
アクアの奴、よく聞けるな? いや、俺だって聞きたいけど、さすがに少しは躊躇うぞ?
「……『君、左右の目の色が違うけど、カラコンでもしてるのかい? 似合わないからやめた方がいいよ』です」
「あ…」
どうやら思い当たることがあったらしい。ミツルギは小さく声を漏らした。
「いや、でも少し注意したくらいで…」
「ちょっと待った。なあ、めぐみ。もしかしてだけど、そのロゼって子、オッドアイだったんじゃないか?」
俺の推測に、めぐみはこくりと頷いた。
「はい。ロゼは右目がグリーン、左目がヘーゼルブラウンのオッドアイ、医学的に言う虹彩異色症でした。まあ、オッドアイと言うのは日本くらいで、英語圏ではバイアイとかヘテロクロミアなどと言うようですが」
「エイゴケン?」
地球の知識が無いめぐみんが疑問を浮かべているが、色々と面倒くさいのでここはスルーする。
「ロゼは幼い頃から、左右の瞳の色が違うことを
それでも、中学校に上がる前には彼女も、そんな事には負けない程の精神を持つにまで成長しました。勝手ながら、私もそれに一役買っていると自負しています」
「チュウガッコウ?」
めぐみんがまたもや疑問を浮かべているが、これもやっぱりスルー。
しかし、めぐみとロゼって子は本当に仲が良かったんだろうなと、話を聞いてるだけでもそう思えてくる。
「ですがあの日。この男と別れた後、ロゼは私の胸に縋りついて大泣きしました。フラれたこともあるでしょう。しかしそれ以上に、好きだった人に、自身の最大のコンプレックスである身体的特徴を完全否定されたことの方が、遥かにショックだったようです」
完全否定か。確かに「瞳の色が違う」事を「似合わない」と言われたんだ。ショックを受けても仕方がないだろう。
「ま、待ってくれ! あの時はそんな事、全く知らなくて…」
「彼女の見た目を否定したことに、変わりはありませんよ?」
「う…」
醒めた眼差しで言われて、ミツルギが言葉に詰まる。
「……とはいえ、見た目の好き嫌いは個人の主観によるもの。特にあの時は、カラーコンタクトだと思った貴方がよかれと思って言ったことです。
なので貴方と再会しても、怒りを圧し殺して、しばらくの間様子を見ていました」
そうか。さっき肩を震わせていたのは、ミツルギに対する怒りを一生懸命抑え込んでいたのか。
「けれど貴方は、何も変わっていなかった!
和真さんの話を聞いても、ただ自分基準に突っかかってきて、アクア様が気にしてないと言っても、それを信じず丸め込まれたと言い、馬小屋生活をしていると聞けば和真さんを罵倒する。そして和真さんの職業を冒険者だからと馬鹿にした。
そのどれもが、何故そうなったのかも深く考えずに貴方が発したものです!」
めぐみのセリフに段々と熱がこもってくる。
「アクア様を檻に入れたのは、アクア様はどうしてもクエストを受けたかったけれど、私達の実力では守り切れなかったからです。今は気にしてないという発言も本当でしょう。パーティー入りする前に見かけたときは、楽しそうに土木作業してましたし、今だって毎日の様にお酒を飲んではギルドで騒いでます。
馬小屋生活は、和真さんの職業を理解していれば、とても宿に泊まれる状況にないのはわかるはずです。そもそも和真さんが初期職に就いてるのも、彼の特典はアクア様なのですから、彼自身には特別な力、恩恵がない為です。
それでも貴方は、和真さんを悪く言いますか?」
「そ、それは…」
……何だかめぐみのお陰で、少し溜飲が下がった気がする。
「貴方は人の話をまともに聞こうともせず、勝手な思い込みで自分の正義を振りかざしている。今も、昔も。
……貴方が悪い人ではないのは理解しています。けれど、それでも。いえ、それだからこそ! そんな貴方を、私は許すことが出来ません!!」
そう言ってめぐみは、くるりと踵を返す。
「めぐみ…?」
「……すみません。一足先に、ギルドへ行かせてもらいます」
俺にそう告げると、めぐみは小走りで立ち去っていった。
今回は、めぐみの心のわだかまりの話でした。
因みに自分は、ミツルギの事は嫌いじゃありませんよ? ただ、彼の思い込みの激しさが、知らず知らずめぐみの親友の心を傷付けてしまい、めぐみの恨みを買ってしまっただけです。その一件がなければ、めぐみもみんなと一緒に「空気の読めない男ですね」とか言ってた事でしょう。
ちょっと説明。
[あんた誰? ]……[ハナ肇とクレイジーキャッツ]のメンバー、谷啓が歌っていたコミックソングのタイトル。歌の途中でも、「あんた誰?」と言うセリフの部分がある。
ただし和真が言ってたのは、平成初期のドラマ「オヨビでない奴!」で、それをオマージュしたセリフの繰り返しネタのこと。おそらく違法アップロードした映像でも見たのでしょう。
一応、戦後昭和時代のネタからの平成初期のネタなので、説明させていただきました。
……しかしアクア、というか暁先生は、[