一人ギルドへ戻った私は、テーブルに突っ伏し落ち込んでいた。
「うう、自分の沸点の低さが恨めしいです…」
……別に、あの男に言ったことに対して、後悔はない。あの手の人物には、ハッキリと言わなくてはわからないのだから。だけど、いきなり平手は戴けない。
私は、自分が結構乱暴な性格なのは自覚している。というか、普段からワンドでビシバシ叩いていて、「私は温厚です」等と言うほど面の皮は厚くはない。
だがさっきは、ただ感情にまかせてあの男の頬を叩いてしまった。和真さんに背負われためぐみんに思い切り打ち込んだ時でさえ、感情はセーブしていた。出来ていたのだ。それなのに…。
「いや、めぐみは充分我慢してたと思うぞ?」
そんな私にかけられた声。顔を上げそちらを見れば、和真さんの姿。すぐ後ろには、ダクネスさんとめぐみんの姿もある。アクア様がいないのは、恐らくクエストの達成を告げに行ったからだろう。……そういえばさっき、アクア様の叫び声が聞こえたような気がする。
「和真さん…。いいえ、全然駄目です。私は、マトリフ師匠の教えを全く守れていませんから」
「『魔法使いたるもの、常にクールたれ』……だっけか?」
「言い回しは別の作品ですが、そういう事です」
……そっちの作品の魔法使いだと、第二魔法のはっちゃけジジイか、第五魔法の破壊特化女しか思いつかない、などと思ったけど口には出さないでおく。
「……俺の知ってるもう一人の魔法使いは、全然クールじゃないんだけど」
「カズマ。それは誰のことですか?」
「胸に手を当てて、よぉく考えてみろ」
「ほほう? 私は、売られた喧嘩はいくらでも買いますよ?」
「おま、そういうトコだぞ!?」
……う。私も、売られた喧嘩は買うタイプなのだが。
「なにを言ってるのです。メグミも喧嘩っ早いですよ?」
って、バラされてる!?
「いや、それは知ってる。さっき自分で『沸点が低い』って言ってたしな」
そういえば独り言、聞かれてましたね。
「でもめぐみは、それをわかった上で、それでも努めて冷静でいようとしてるわけだ。
だが、お前は! 何かあれば、すぐに爆裂魔法。何も無くても爆裂魔法。少しは我慢ってものを、覚える気は無いのか!?」
……確かに。私が言うのもなんだが、めぐみんも少しは我慢ってものを覚えた方がいいと思う。
「我はこと、爆裂魔法に関しては、一切の妥協も許す気はないのです!」
「反省の色がないなっ!?」
……まあ、めぐみんらしいですが。
「まあ、二人とも落ち着け」
「お前もだぞ、ドMクルセイダー」
「ンンッ、くうっ!?」
和真さんは何故わざわざ、ダクネスさんを喜ばせるようなことを言うのだろう。
「おっと、話が逸れた。まあ、とにかくだ。めぐみは俺達と同じで、まだ駆け出しなんだ。あんま深く考えなくてもいいんじゃないか?」
「ですが、もしさっきのが敵との戦闘中だったとしたら…」
「そんなの、時と場合によるだろ?」
!?
「さっきのは、チンピラが言い掛かりつけて来たのと何ら変わらないじゃないか。そんな奴相手にクールな魔法使いである必要なんてないさ。
……それに。親友のためにそんなに熱くなれるめぐみだから、逆に仲間のために、クールにもなれるんじゃないか?」
……ビックリした。いや、普通に使う言葉なのだ。「時と場合による」は。ただ、[クール]について悩んでいたときに言われたので、重なってしまったのだ。ポップ兄さんが言った、「時と場合によらぁ」と。
別に、名言でも何でもない。
物語の中で、大魔王によって仲間が宝玉に変えられたとき、「むしろありがてぇ」と言ったポップ兄さんに、ヒムとラーハルトが蔑む言葉を浴びせる。けれどポップ兄さんは、「宝玉になっていた方が仲間に死なれて動揺する心配がなくていい」といった主旨の言葉を返した。
それを聞いたヒムは考えを改め、「人情家だと思ってたが、意外とクールじゃねえか」と言葉をかけ、ポップ兄さんは先程のセリフを言ったのだ。
……別に和真さんは、それを憶えてて言ったわけではないだろう。普通、そこまで細かいやり取りを憶えてるとは思えない。私の場合は、そんなポップ兄さんに憧れてたから、憶えてただけである。
ただ、和真さんが言ってくれたことは、普段は感情優先でも、いざという時は冷静であろうとするポップ兄さんの考え方を、順序を入れ替えて諭してくれたみたいな気がして、少しだけ嬉しかったのだ。
「……どうした、めぐみ?」
「……いえ、何でもありません。それより、ありがとうございます。お陰で少し、気が楽になりました」
そうだ。ポップ兄さんだって、最初からあんなにクールだったわけじゃない。ザボエラに騙されたときマトリフ師匠に諭され。キルバーンの挑発に乗って窮地に立ち。最初の大魔王戦で迂闊に呪文を放ち、撥ね返されて危うい状況になり…。それでもやがて、大魔王と渡り合えるほどに成長したのだ。
そうだ。焦ってもしょうがない。私もこれから成長していけばいいんだ。
そんな私の心境の変化に気づいたのだろう。ダクネスさんが軽く微笑みながら、声をかけた。
「どうやら悩みは解決したようだな。憑きものが落ちた様な顔をしているぞ」
「はい。私は大魔道士を目指すあまり、焦っていたのだと思います。しかし、高い理想を持つのはいいですが、経験の少ない私がいくら焦ってみても、結局は表面上の事でしかないと実感しました。
なので焦らず、理想の自分へと邁進しようと思ったのです」
私もいつかポップ兄さんの様に、優しさといざという時のクールさ、そして勇気の心を身につけたい。けれどそれに必要なのは心構えだけではなく、その想いを貫く心の強さなのだ。
だから和真さんが言ったとおり深くは考えず、今は心を磨き鍛えてゆこう。
私がそう、心に誓ったその時。
「うえぇぇ、かじゅまあああ!!」
涙声のアクア様がやって来たのだった。
アクア様の話を聞くに、壊された檻の弁償として、クエストの報酬から二十万エリスを引かれ、十万エリスしか受け取れなかったそうだ。
十万。即ち、ジャイアントトード5匹討伐の報酬と変わらなかったのである。むしろジャイアントトードの場合は、ギルドの引き取りで最大二万五千エリスプラスされることを考えると、普段より少ないくらいである。
今回の報酬は全てアクア様のものに決まったため、十万エリス丸々彼女のものだったが、それは果たして運が良いのか悪いのか。
全く、あの男のせいで…。
「あの男、今度会ったら絶対ゴッドブロー食らわせてやるわっ!」
アクア様の怒りももっともなので、今回は止める気など毛頭もない。
と、そこへ。
「ここにいたのか! 捜したぞ、佐藤和真!」
……まさか、またすぐに会う羽目になるとは、思いもしなかった。とはいえ、さっきの事はその時の話。心情はどうであれ、ここで蒸し返す気はない。……また何か言いがかりをつけてきたら、耐えられるかわからないが。
「君のことは、ある盗賊の女の子から聞いたよ。ぱんつ脱がせ魔だってね」
ク、クリスさん、余計なことを…。
「他にも、女の子を粘液まみれにするのが趣味の、鬼畜のカズマとかね」
「おい待て。誰がそれを広めたのか詳しく」
……どうやら私のフォローも、意味をなさなかったようだ。
「アクア様。僕が必ず魔王を倒すと誓います。ですから、この僕と同じパーティー…」
「ゴッドブロオオオッ!!」
どぐしゃあああ!
「ぐはぁっ!?」
「「キョウヤ!?」」
彼はアクア様に吹っ飛ばされ、傍にいた女の子二人が駆け寄る。……取り巻きか何かだろうか。さっきは怒りのせいか、気がつかなかったが。
茫然とした彼の元に詰め寄り、アクア様はその胸ぐらを掴み。
「ちょっと! 檻を壊したお金、払いなさいよ! 私が代わりに弁償させられたんだからね! 三十万よ、三十万!」
……おや?
「ちょっと待ってください。弁償したのは二十万エリスでしたよね?」
「ちょっとメグミ、余計なことを言わないでよ!」
「な、キョウヤを騙そうとしたの!?」
「このペテン師アークプリースト!」
散々な言われ方であるが、これはアクア様が悪い。とはいえ、このまま額面どおりの二十万エリスというのも、ちょっとどうかと思う。なので。
「アクア様、言葉足らずですよ。弁償代二十万エリスに、慰謝料の十万エリス。占めて三十万エリスの要求という事ですよね?」
「え? あ、そう! そういう事よ!」
アクア様が私に合わせて、調子よく言う。
「……暴○団の言いがかりかよ」
和真さんがぼそりと呟いたのが聞こえたが、私はそれを無視した。まあ確かに、やり口が何処ぞのクズと同じなのが気に食わないけれど。
「確かにアクア様には、多大な迷惑をお掛けしてしまった。それを考えたら、十万の慰謝料だって安いくらいだ!」
答えた彼が財布からお金を取り出すと、アクア様はそれを見事な手さばきで引ったくる。そしてそのままカウンターへ行こうとし。
「ちょっと失礼します」
そう言って私は、アクア様の手からお金を奪い取る。
「ちょっとメグミ!?」
「……はい。こちらの二十万エリスはお返しします。こちらの十万エリスは、はい、和真さん」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をする和真さん。
「和真さんがアクア様に貸していた分ですよ」
「「あ」」
和真さんとアクア様がハッとした表情で、短い声を出した。
「和真さんはお金を、貸していただけですからね。アクア様がたとえ何者であろうと、借りたものは返さないといけません。
……それともアクア様は、日本でも有名なガキ大将の様に、永久に借りているつもりだったのですか?」
「え? ま、まさかぁ。女神である私が、そんな事するわけない、わよ?」
声が裏返っている上に、最後の疑問形がかなり怪しいが、まあ、そういうことにしておこう。
「……えっと、もう行っても良いわよね?」
「はい、どうぞ。用件はもう済みましたから」
そう返事をすると、アクア様はそそくさとカウンターへ向かって行った。
そんなアクア様を目で追いながら、御剣は立ち上がり、悔しそうに和真さんに言う。
「あんなやり方でも、僕の負けだ。何でも言う事を聞くと言った手前…」
……おや? この話の流れからすると、この男は和真さんと勝負して負けたという事か?
「……ダクネスさん。この二人は勝負でもしたのですか?」
「そうか、メグミはあの場にいなかったな。ああ、この男がアクアをかけてカズマに挑み、見事に返り討ちにあっていたな」
レベル30幾つかのソードマスターが、レベル6の冒険者に負けたと。
普段の私は、困った相手を見てほくそ笑むような趣味など持ち合わせてはいないが、それが気に食わない相手なら話は別だ。今一時は、愉悦部への仮入部をさせてもらう事としよう。
と、ところで。
「あの男はまた和真さんに、難癖つけてきたりしませんでしたか?」
もしそうなら、今度は平手だけでは済まさないのだが。
「いや、さすがにメグミに言われたことが堪えたのか、反省はしていたようだ。だがそれを抜きにしても、アクアの現状は見るに堪えないと言って、勝負へと話が進んでいったのだ」
なるほど。確かに恩のあるアクア様の現状をどうにかしたい、という気持ちも理解できなくはない。反省はしているようだし、しばらくは彼の動向を見守ることにしよう。
「……どうだろう。剣が欲しいのなら、店で一番いいものを買ってあげてもいい。だから返してはくれないか?」
どうやら勝負に負けた彼は、和真さんに転生特典の魔剣を取り上げられたらしい。随分と上から目線の言い方ではあるが、あの性格が一朝一夕で直るとは思えないし、しばらくは見守ると決めたのだ。
それに私がどうこう言わずとも。
「私を勝手に景品にしておいて、虫がいいとは思わないの? それとも私の価値は、お店で一番高い剣と同じって言いたいの? この無礼者!」
「ま、待ってくださいアクア様! 決してそんなつもりでは…!」
……まあ、そうなるだろう。
そんな彼に近づき、服の袖をクイクイと引っ張るめぐみん。
「何かな、お嬢ちゃん? ん?」
言い方が、完全に子供相手なのがムカつくのだが。この男は私の年齢を知っているはずで、めぐみんは私と、容姿や背丈が殆ど一緒。なら、彼女も私と同い年の可能性があると、わかりそうなものなのに。
「……まず、この男が既に魔剣を持っていない件について」
おや。言われてみれば確かに。私は疑問に思い、ダクネスさんに視線を向ける。しかし彼女は、困ったとばかりに首を横に振るだけ。
「さ、佐藤和真! ぼぼぼ、僕の魔剣は!?」
「売った」
「ちっくしょおおおお!」
泣きながらギルドを飛び出していった御剣。さすがに今回ばかりは憐れに思う。どうやら私に愉悦部は、ハードルが高かったようだ。
めぐみはまだ、前の世界と今の世界で時間の流れに差があることを知りません。