プロローグ
「高橋めぐみさん、ようこそ死後の世界へ。私は女神エリス。貴女は先程、お亡くなりになりました」
気がつくと私は、白い空間の中で椅子に座っていた。目の前には、
女神エリスと名乗った彼女は、憂いを帯びた笑み ── ただし苦笑い ── を浮かべている。
ああ、そうだった。私はまた死んだのだ。しかも、クールとは程遠い理由で。
── 朝。宿で目を覚ました私は、数秒ほど体を緊張させて眠気を吹き飛ばし、
手紙の送り主はレックスさん。先日、魔王軍幹部の一人、デュラハンのベルディアを倒した顛末をしたためて王都の冒険者ギルド経由でレックスさんに報告した、その返信である。
手紙の内容は彼らの王都での活躍と、私達がベルディアを倒したことに対するやっかみ混じりの賞賛である。そして追申には。
── お前さん、無茶してないだろうな? 前にも言ったが、お前さんはお人好しだからな。精々命を落とさない様に気をつけろよ!
などと書かれていた。全く、まるで見ていたかのように…。
確かに。めぐみんの時は、私の手が届いていれば、呪いを受けていたのは私だっただろう。ベルディア二度目の襲来の時は、足が竦んでいなければ、私も一緒に斬り殺されていたに違いない。
どちらも未遂とはいえ、行動を起こした、もしくは起こそうとしたことは事実である。他人がどうなろうと構わない、などとは思いもしないが、軽率で軽はずみな行動なのは確かである。
この間、ゆっくりと成長してゆこうとは思ったが、反省すべき所はしなくてはならないのだ。そういう意味では、この手紙の忠告は非常に有難い。
…………有難いのだが。
「これではまるでフラグですね」
私はそう呟いた。まさかそれが、本当にフラグだったとは思いもせずに。
私がギルドへ向かっていると、近くまで来たところでめぐみんとダクネスさんに出会った。このタイミングでの遭遇は珍しい。
「めぐみん、ダクネスさん。二人一緒ですか」
「おや、メグミ。私も先程ダクネスと出会ったのですが…」
「ここで三人がバッタリというのも珍しいな」
どうやら二人も同じ意見だったようだ。
「カズマとアクアはもう来ているでしょうか?」
到着したギルドの扉に手をかけながら、めぐみんが言う。因みに私の予想では、二人とも既に来ていると思う。何故なら彼らは、未だに馬小屋で寝泊まりをしているからだ。
秋も終わりに差しかかり、朝晩が冷え込むようになった今の時期。あんな場所で寝泊まりをしていたら、朝は凍えて目が覚めるだろう。このまま本格的に寒くなったら、凍死だって考えられる。
……私もなんとかしてあげたいが、和真さんもプライドが邪魔するだろう。もう少し切羽詰まった状況になるまでは、このまま様子を見ているしか無いのかも知れない。
そんな事を考えながら中に入ると、予想通り酒場のテーブルに腰かける二人の姿が見えた。……って、アクア様が泣いて和真さんに縋っているのだが。
「全く、朝から何を騒いでいるのだ。みんなが見て…、ないか」
確かに、ギルドにいる人達は和真さん達には目もくれない。もう既に、この様な騒ぎには慣れてしまったのだろう。
「二人とも、早いですね。何かいいクエストはありましたか?」
「まだ探してないよ。というか、この状況なら急がなくても大丈夫だと思ってさ」
めぐみんの質問に、一見呑気に思える返答をする和真さん。しかしそれも理解できる。何しろ冒険者達は、この朝っぱらから既に飲んだくれているのだから。
それというのも、先日のベルディア討伐の報酬で懐が潤っている為、わざわざ危険な冬場のモンスター討伐に行く必要がないからだ。お陰でギルドの中は、いつも以上にお酒臭い。
……まあ、そんな輩は捨て置いて、私達は掲示板の前へと移動する。だがしかし。
「……ろくな依頼が無いな」
和真さんが呟くとおり、本当にろくな依頼が無い。
白狼の群れの討伐、百万エリス。
一撃熊の討伐、二百万エリス。追い払った場合は五十万エリス。
……いや、前にも言ったが、火力だけなら充分倒すことは可能ではある。だが如何せん、戦闘経験値が低すぎる。例え魔王軍幹部を倒した、街の英雄だったとしてもだ。
まあ、そんな事を考えてても仕方がない。今はクエストを…、おや?
「機動要塞デストロイヤー接近中につき、進路予想のための偵察募集? 何ですか、この[機動要塞]やら[デストロイヤー]などという、心熱くなる様なパワーワードはッ!?」
私の中二魂を刺激しまくりである!
「デストロイヤーはデストロイヤーだ。大きくて高速機動する要塞だ」
「ワシャワシャ動いて全てを蹂躙する、子供たちに妙に人気のある奴です」
ううむ、今一想像出来ぬ。私が懇願の表情で和真さんを見ると、彼は呆れた顔で口を開いた。
「そんな訳のわからん依頼なんか、受ける気はないからな?」
ちっ、ロマンのわからん奴め。
その不満が顔に表れたのだろう。和真さんがひとつため息を吐いてから言った。
「めぐみってなんか、男の子が憧れるようなものが好きだよな?」
「……何ですか。今時、『女の子はおめかしして、慎ましやかに』とか言うんですか?」
我ながら、中々険のある言い方だとは思う。そりゃあ私だって、めかし込むのは嫌いではないが、だがそれとこれとは別の問題だ。
「ああ、いや。俺は真の男女平等主義を志す男、佐藤和真だ。そんなつもりはない。
ただ、それでも未だ、そういう傾向ってあるだろ? めぐみが女の子っぽくないって事は無いが、好みが男の子寄りに振り切れてる気がしたんだ」
今一不満は残るが、和真さんの言いたい事もわからないではない。
「……まあ、この言葉は余り好きではありませんが、私は幼い頃から男勝りではありましたから。
それがある時、父が所蔵する【ダイの大冒険】を見つけて読み始めたら、どっぷりと嵌まってしまって。それ以降は、完全にそちら側へ舵を切ってしまったのです。だから魔法少女ものも基本、【なのは】や【プリキュア】、【プリヤ】の様なバトル系が好みですね」
「なるほど」
納得したとばかりに頷く和真さん。そしてはたと、何かに気づいたといった表情になり。
「お前、剣道習ってたっぽいけど、もしかしてそれも何かの影響なのか?」
おや、剣道のこと、気づかれてましたか。まあ、別段隠していたわけでもないし、打ち込む際の構えや打ち込んだ後の残心を見れば、少しばかり知識があれば気づかれて当たり前なのだが。
「はい。【るろ剣】を読んで、剣道を始めました。近所に剣術の道場があれば、絶対そちらを習っていた自信があります。そして飛天御剣流のいくつかを、きっと体現していたことでしょう!」
「おう…。普段はそうでもないけど、やっぱガチなんだな…」
引いた…、というよりも諦めの表情で言う和真さん。
やれやれ、何を今更。マトリフ師匠やポップ兄さんの事は既にバレているし、【ダイ大】や【スレイヤーズ】の再現魔法もいくつか披露している。極め付きに、ベルディア相手に紅魔族宜しく、大々的な名乗りを上げているのだ。
「……聞いていると、メグミはその【ダイの大冒険】とかいう物語が本当に好きなのですね。以前にも何度か、カズマとその様な話をしていたと記憶しているのですが」
「そうなのです! 【ダイ大】の主人公はダイという少年なのですが、私が尊敬するポップ兄さんはその物語のもう一人の主人公なのですよ!
ポップ兄さんは武器屋の息子で、特別な血筋や家柄に生まれたわけではありません。それが元勇者のアバン先生と出会い、師事して魔法使いの修行を始め、やがてダイや他の人々との出会いを経て、大魔道士マトリフとの修行の許、遂には極大消め…」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
せっかく【ダイ大】の素晴らしさを語っていたのに、めぐみんが突然待ったをかける。
「そんなに捲したてられても、理解が追いつかないのですが…」
……私、そんなに捲したててただろうか?
「めぐみんって頭いいのに、時々馬鹿だよな?」
「馬鹿とは何ですか!」
めぐみんが言い返すと、和真さんは首を左右に振りため息を吐いた。
「めぐみにその話振ったら、暴走するのは目に見えてただろ? めぐみんが俺に爆裂魔法を熱く語っていた時と、今めぐみが【ダイ大】を熱く語っていた姿は、傍から見て何ら変わらなかったぞ?」
「「何ですとっ!?」」
私とめぐみんの声が被り、思わずお互いを見つめてしまう。なるほど。つまりは、「人の振り見て我が振り直せ」という事か。
そういえば以前はロゼに、「また暴走して」とか言われながら頭にチョップを食らってましたね。あの頃は今一ピンとは来なかったが、
「どうやら、ついつい熱くなってしまったようですね。反省します。ですが無自覚に発動してしまうので、改善には中々骨が折れると思いますが…」
「いや、理解できてるならまだマシだ」
ちらりとアクア様を見る和真さん。いや、まあ、確かに自己分析とは程遠い方ですが。
「? なんで私を見てるの?」
「……いや、アクアは立派なアークプリーストだなって思った」
「何よ、ようやく私の素晴らしさが分かったの? でも、煽てたってなんにも出ないからね」
アクア様は嬉しそうに胸を張りながら言った。やはり、皮肉には気づいていないみたいだ。あと、胸を張られるとムカつくのでやめて欲しい。
と、ここでダクネスさんが口を挟んできた。
「……ええと済まないが、クエストの方はどうなるんだ?」
『……あ』
ダクネスさん以外の、私達の声がハモった。
ダクネスさんのツッコミを受け、粛々と依頼を吟味する私達。そして。
「なあ。この雪精討伐ってなんだ?」
一枚の依頼書を見て言う和真さん。
「雪精はとても弱いモンスターです。ですが…」
めぐみんが何か言いかけるも。
「雪精の討伐? 雪精は一匹倒すごとに春が半日早く来るって言われてるわ。その仕事を承けるなら、私も準備をしてくるわね」
アクア様がそう言って駆けて行ってしまった。
「雪精か…」
そしてダクネスさんは、少し嬉しそうに呟いた。……なんだろう。僅かばかりの違和感を感じるのだが?
何かを言いかけていためぐみん。嬉しそうなダクネスさんに感じた違和感。
後々思い返してみて思う。この時、これらの事に対してきちんと確認をとっていれば、あの出来事は未然に防ぐことが出来たのではないか、と。