私達がやって来たのは、アクセルの街から少し離れたところにある平原だった。辺り一帯には既に雪が積もり、掌サイズの白い球状の物体が多数漂っている。おそらくこれが雪精なのだろう。見た感じ真っ白なまっく○く○すけ、さしずめ、まっしろしろすけと言ったところだ。
……しかし、こんな大人しそうな精霊が、一匹倒して十万エリスとはどういうことだろう。確かに春が待ち遠しい人もいるだろうが、だからと言って十万エリスは、少し高額過ぎる気がするのだが。
こうなると先程の、めぐみんやダクネスさんの態度が気になってくる。やはり今からでも訊ねた方がいいのだろうか。
だがしかし。今現在において、気になる別の案件が起きているのも、また事実である。そのひとつは…。
「お前、その格好はどうにかなんないのか?」
和真さんがそう聞いた相手はアクア様。捕虫網を手にし、複数の瓶を携えたその姿、これで麦わら帽子でも被った日には、まるで昆虫採集の様である。
そんなアクア様が言うには、雪精を捕まえて冷蔵庫代わりにするという事らしい。……それを実現するには、まずは飼育方法を確立しなければならないと思うのだが。
そして和真さんの視線は、もうひとりへと移る。
「お前、鎧はどうした」
「修理中だ」
和真さんの問いに答えたのはダクネスさん。黒のシャツと、同色のタイトスカートに大剣を携えたアンバランスな出で立ちのダクネスさんは、なんだか尤もらしいことを言ってはいるが、彼女はベルディアと戦った事はなかったはず。足止めの際に受けた魔法も、ダクネスさんの鎧に僅かなダメージを与えた程度に過ぎなかった。なので鎧は、既に修理が済んでいてもおかしくないのだが…。
「……でも、そんな格好で大丈夫なのか?」
「問題無い。ちょっと寒いが、我慢大会だと思えばそれもまた…」
……どうやら、ただの大義名分だったらしい。とりあえず私は口出ししないでおこう。下手なこと言って、これ以上興奮させたくはない。
やれやれ、仕方がない。先程の事を訊ねるのは諦めて、今は雪精を倒すことに専念しよう。
和真さんやダクネスさんが剣を振り回し、めぐみんも杖を同様に振り回し、アクア様は網を振り回す。私は、そんな様子をしばらく眺め、観察を続けた。
ふむ。この雪精、どうやら見た目に反して、中々にすばしっこい様だ。
現在の討伐数は、和真さんが3匹、めぐみん1匹、ダクネスさん0匹。番外でアクア様が4匹捕獲。……なるほど。目的は別として、実はアクア様の装備が雪精対策として、一番適していたらしい。
ともかく雪精相手には、ちまちまと1匹づつ倒していくよりも、範囲攻撃でまとめて屠る方が効率がいい様だ。ならば炎系統が向いてはいるが、ここは再現魔法の中でも本物(?)同様、何故か魔力消費量の少ないあの呪文でいってみよう。
私は呪文を唱え。
「『
胸の前で十字…というかバッテンに交差した腕を、左右に振り下ろし放った二筋の真空の刃がクロスしながら、5匹の雪精を切り裂いていった。
「なんですか、その魔法は! 爆裂魔法程ではないですが、なんかカッコイイですよ!?」
目を見開き、瞳を紅く輝かせながら言うめぐみん。
「フフフ。これこそ真空呪文の最高峰、極大真空呪文のバギクロスです!」
ジョジョ立ちの様なポーズをとりながら、自慢気に言う私。しかし、それに水を差す人物がひとり。
「バギクロスって極大呪文だったか? 確か【ダイ大】じゃ、そんな表記無かったと思うが」
くっ、痛いところを! 確かに作品中では、バギクロスの漢字表記は為されていない。だが。
「一応ダイが使用したときは両手を使ってますし、呪文の性質上両手を使わないと放てないと思われます。そして真空呪文の中では最上位なので、私は極大呪文として位置づけました」
もちろん異論は認める。あくまで私の見解だ。
「……まあ俺も、極大呪文じゃないかなーとは思ってたが」
「だったら余計なツッコミ入れないでください!」
「いや、あまりにも自信満々だったから、公式で明言でもされてるのかと思った」
……いや、まあ。確かに、さも当然の様に言ってのけたけど。
「あと、倒した数から考えれば、バギやバギマで良かったんじゃないか?」
「……言わないで下さい。思ったほど巻き込めなくて、実はちょっと落ち込んでるので」
そう。せっかくめぐみんが食いついてきて、少し気分が持ち直してたのに。
「おう…、なんかすまん」
素直に謝る和真さんだった。
「……二人の会話はイマイチわかりませんが、その様な魔法を見せられたら私も黙ってはいられません! カズマ、爆裂魔法を使ってもいいですか!?」
どうやら私が放った呪文が、めぐみんの爆裂魂に火を着けてしまった様だ。
和真さんはしばし考えて。
「よし、頼むよめぐみん。雪精を一掃してくれ」
そう告げられ、めぐみんは嬉々として呪文を唱え始めた。因みに、例によって呪文にはアレンジが加えられている。
「『エクスプロージョン』ッッッ!!」
めぐみんが放った爆裂魔法は雪精達を巻き込み、やがて収まり静けさが戻る。
「やりました! 8匹も倒しましたよ! レベルもひとつ上がりました!」
……ううむ、爆発の規模と消費魔力量を鑑みて討伐数を換算した場合、8匹は決して多くはないと思うのだが。
しかしそれより、めぐみんのレベルアップが羨ましい。私は5匹倒しても、未だにレベルは5のままである。
こうなったら【スレイヤーズ】の
そんな益体もないことを考えていると、不意にこの場の空気が変わる。
「現れたな!」
そう言って剣を構えるダクネスさんの視線の先には青白い、日本の甲冑姿のモンスターが現れた。……はて、どこかで見た気がするのだが?
「カズマ、メグミ。冬になると、何故冒険者達が依頼を受けなくなるのか、その理由を教えてあげるわ」
そう言って一歩後退りをするアクア様。しかし視線は、あのモンスターに向けられたまま。
「貴方達も日本に住んでたんだし、この時期になると天気予報やニュースで、名前くらいは聞いたことがあるでしょう?」
……あ。今、先程の既視感の理由がわかった。わかってしまった。
「雪精達の主にして、冬の風物詩とも言われている…」
あのモンスターの見た目は、N●Kの天気予報のイラストで見た…。
「そう。冬将軍の到来よ!」
やっぱりかああああ!
「バカッ! この世界の連中は、人も食い物もモンスターも、みんな揃って大バカだっ!!」
今回は、和真さんの意見に激しく同意である。
冬将軍は腰に差した刀を抜き放ち、八相に構える。……って、甲冑姿でどうやって腰に差しているのだろう。それに刀も、打刀というより太刀に見えるし、
などと、素朴な疑問を浮かべてる場合ではなかった。
冬将軍は一番近くにいたダクネスさんに、その刃を振り下ろす。ダクネスさんが慌てて大剣で受けるものの、キィイイン、という音を響かせて、真っ二つにたたき折られた。
「ああっ!? 私の剣が!」
ダクネスさんの剣は業物とまではいかないものの、結構いい剣だったはず。それが、一度ダクネスさんの命を守っただけであっさりと折られてしまうとは。
そんな冬将軍とダクネスさんから遠ざかりながら、アクア様は言った。
「冬将軍は国から高額賞金をかけられている、特別指定モンスターの一体よ。
精霊は元々、決まった実体を持たないわ。出会った人たちの、無意識に想い描く思念からその姿になるの。
けど、危険なモンスターが蔓延る冬は、冒険者ですら街の外を出歩かないから、冬の精霊に出会う事自体稀だったのよ。そう、チート持ちの日本人以外はね」
「つまりこいつは、日本から来たどっかのアホが、冬と言えば冬将軍みたいな乗りで連想したから生まれたのか?」
……どうやら馬鹿なのは、先輩転生者だった様だ。いや、まあ、無意識下なら、私や和真さんのせいで誕生してもおかしくはないのだが。
とまあ、見知らぬ相手への不満は置いておくとして、今は目の前の脅威についてだ。
「どうすんだよ、これ。冬の精霊なんて、どうやって戦ったらいいんだ!?」
「全くの同意です。炎系には弱そうですが、それでどうこう出来るとは到底思えません」
ハッキリ言って、まだベルディア相手の方がマシだと、私の勘が言っている。
するとアクア様は、雪精を閉じ込めていた瓶のフタを開けて、雪精を解放し言った。
「二人とも、よく聞きなさい。冬将軍はとっても寛大よ。きちんと礼を尽くして謝れば許してくれるわ!」
そしてアクア様は、流れるように膝を折り、両手をついて。
「DOGEZAよ! DOGEZAをするの! ほら、武器を捨てて、早く謝って!」
それはもう、日本人が見ても惚れ惚れする様な、綺麗な土下座をするのだった。
そうか、なるほど。先程からうつ伏せのままピクリとも動かないめぐみんは、別に死んだフリをしていたわけではなく、何処ぞの芸人の古いネタ、土下寝をしていたというわけだ。いや、元ネタはバキだったか?
「……めぐみ? なんだかめぐみんを見る目が、冷ややかな気がするんだが?」
「気のせいです」
和真さんは時々、目聡くて困る。
「ほら、二人とも! くっちゃべってないで、早くDOGEZAするの!」
アクア様が少しだけ顔を上げて土下座を促す。とはいえ穏便に済ませられるなら、確かにアクア様の言うとおり土下座をした方がいいだろう。
私は両手をつき、深々と頭を下げる。
「おい、何やってんだ! お前も早く頭を下げろ!」
……え、和真さん?
「く、私は
ダクネスさんか! 私は先程のアクア様の様に少しだけ頭を上げ、二人のやり取りをこの目で確かめる。
「ベルディアにはホイホイついて行こうとするお前が、どうしてこういう時だけ、下らないプライドを見せやがるんだ!」
下らないという意見はどうかと思うが、確かに和真さんの言うとおりである。
「や、やめろっ! ……くぅっ、下げたくもない頭を無理矢理下げさせられて、強引に地に顔をつけられるとかどんなご褒美だ!」
……クルセイダーのプライドをどうこう言うなら、まずはその性癖を何とかしてもらいたい。色々な意味で私が困るので。
とはいえダクネスさんも頭を下げる構図となり、その隣では和真さんが、ダクネスさんの頭を押さえつけながら頭を下げている。これなら大丈夫だろうと、再び頭を下げた、その時。
「カズマ、武器武器! 早く、その手に持ってる武器を捨ててっ!」
慌てたアクア様の声が聞こえて。
カチリ、という鯉口を切る音と、数瞬遅れて聞こえる、チン!という
嫌な、予感がする。私は再び頭を上げ。その視界に最初に映ったのは、真っ白な雪に広がる赤い色。そして、かつて人だったもの。
すぐには、理解できなかった。そして、思考が追いつき、途轍もない怒りが込み上げる。
この日。初めて私は、本当の意味でキレたのだった。
めぐみなら、
佩く……太刀を紐で腰から下げる。戦国時代以前の携帯方法。鞘に納められた刃は下を向く。
差す……打刀を腰紐や帯に差し込む。戦国時代以後の携帯方法。江戸時代を舞台にした時代劇でよく見る。鞘に納められた刃は上を向く。
鯉口を切る……指で刀を鞘から押し出す事。抜刀時には必要な動作。時代劇でもよく見かける。
鐔鳴り……刀を鞘に納めたときに鳴る音。
めぐみは凝り性なので、【るろ剣】に嵌まったときに日本刀についても詳しく調べた。