「明日はダンジョンに行きます」
「嫌です」
「行きます」
和真さんの意見を拒否するめぐみんを、更に拒否する和真さん。
和真さんと私が冬将軍に屠られてから一週間。昨日の今日でどうかと思ったが、アクア様からO.K.が出たので、和真さんが早速クエストを調達してきたのだが、さっきからめぐみんがごねている、というわけだ。
まあ、爆裂魔法しか使えないめぐみんの場合、ダンジョンではただの役立たずに成り下がるのだから仕方がない。和真さんも、めぐみんを仲間にするときに彼女が言っていた、「荷物持ちでもなんでもする」というセリフを引き合いに出して、一歩も譲らないわけだが。
「はぁ…。分かりました。でも、何の役にも立てませんよ?」
ついにめぐみんも折れた様だ。
「安心しろ。ついてくるのはダンジョンの入り口まででいい。道中でモンスターが出たときの護衛をしてくれ」
何と?
「それは、私やダクネスさんも含めて、ということですか?」
私が訊ねると、和真さんは首を縦に振る。
「アクアもな」
回復役のアクア様まで! 一体どういうことだろう?
「ねえ、どうしていきなりダンジョンに行くなんて言い出したの? ダンジョン探索なら盗賊が必須だけど、クリスには声かけないの?」
私が、和真さんの発言の真意を読み解こうと頭を悩ませていると、アクア様がそんな事を聞いてきた。……そういえば昨日今日と、クリスさんの姿を見ていない。
「クリスは、急に忙しくなったって言ってたな。何でも、昔世話になった先輩に理不尽な無理難題を押しつけられて、その後始末で手が離せないらしい。
だけどダンジョン探索に必要なスキルは、既にクリスから教えてもらってるから問題は無い。で、目的だが、要は手頃なダンジョンに入って、あわよくば一獲千金を狙おうってわけだ」
まあ、これくらいは想像していたけれど。しかしクリスさんの理由、最近どこかで聞いたか、目にしたかした気がするのだが…。
いや、それはともかくとして。
「それで和真さん。みんなは道中の護衛、ということは、ダンジョンにはひとりで入るということですよね? それはどういう…」
「ああ、それはだな…」
私達は今、キールのダンジョンに来ている。
── キールのダンジョン。それは、いにしえの高名なアークウィザードであるキールが、貴族の令嬢を攫い立て籠もったと言われているダンジョンだ。
和真さんはここにひとりで入ると言う。しかしそれも、ちゃんとした理由があっての事だった。
和真さんは
確かにこれでは、暗闇に対処できない私達では役には立たないだろう。とはいえ、さすがにひとりで行かせるのには不安がある。ダクネスさんやめぐみんも、和真さんを心配して声をかけている。そしてもちろん私も。
「和真さん。私は止めはしませんが、心配なのはみんなと同じです。なので無理をせず、駄目だと思ったらすぐに引き返してください」
「ああ、分かってるよ。……さすがにもう、死にたくないしな」
そう、軽口を叩く和真さん。ですがそれ、フラグでは?
……まあ、微妙な範囲なので、敢えて突っ込みはしませんが。
「それじゃあ行ってくる」
そう言ってダンジョンへと消えて行く和真さん。
……あ。アクア様が後をついて行った。むう。神様なら暗闇でも見えるのかも知れないけど、何だか嫌な予感しかしない。どうか余計なことは、しませんように。
和真さん達がダンジョンに入ってから、随分と時間が経った。
避難所と書かれたログハウスで待つ私達は最初、ガールズトークに花を咲かせていたのだが、みんな何となく言いたくないことがあるらしく、大体同じ様な話となってしまう。これが恋バナだったらまだ盛り上がるのだが、どうやら全員、恋愛未経験だった様で必然的に終了してしまった。
する事のなくなったダクネスさんは、新しい物を手配中で手元にない剣の代わりに、薪として置かれていた木の枝から手頃な物を調達し、素振りを始める。
めぐみんは爆裂欲が抑えられなくなったらしく、私を誘ってダンジョンから離れた場所まで移動して。
「『エクスプロージョン』ッッッ!!」
スッキリした顔で倒れている。
「さあ、メグミ。モンスターが出てくるといけないので、早く戻りましょう」
……どうして言い方が上から目線なのだろうか。まあいい。それよりも。
「あの、めぐみんに少し試したい呪文があるのですが」
「私に試したい呪文、ですか?」
「ええ。いざという時、めぐみんの役に立つかも知れません。……試してもいいですか?」
私がそう訊ねると、しばし思案顔をして、答えた。
「分かりました。……あの、痛くしないでくださいね?」
モジモジしながら言うめぐみん。私はあらぬ事を想像して顔が赤くなる。
「か、揶揄うのは止めてください」
私が文句を言うと、めぐみんがニヤリと笑う。うう、いつか絶対泣かしちゃる。
私達がダンジョンまで戻ると。
「ああ、二人とも帰ってきたか…。ん? めぐみんが背負われていないが、爆裂魔法は撃たなかったのか? ……いや、ここまで爆音が響いていたな。それでは一体…」
「詳しくは二人の秘密です」
私に目配せをしながら言うめぐみん。そう。実は私の再現魔法で、めぐみんの魔力を少しばかり回復させたのだ。ただ、それを和真さんに知られると爆裂散歩に来てくれなくなるのでは、と口止めされてしまったのである。
「秘密か。私にも教えてくれないのか?」
「秘密と言ったら秘密です。ですが、必要に迫られれば
いやだから、なんでめぐみんが偉そうにするのだろう。
「やれやれ、です。それでダクネスさん、和真さん達は?」
「いや、まだだ」
ふむ。随分と時間がかかってますね。
「仕方ありません。少し様子を見てきます」
「え、おいメグミ? 見てくるって一体…?」
「ああ、
戸惑うダクネスさんに、すぐに察するめぐみん。それを聞いて、ダクネスさんも納得の表情に変わる。
そう。
「では行ってきます。
『
ダンジョンの最奥。その突き当たりの壁が回転して開き、その奥にはひとりの人物。ランプに火を灯してみると、皮と骨だけのアンデッドだった。
「私はキール。このダンジョンを造り、貴族の令嬢をさらった悪い魔法使いさ」
そう言ってその男が説明を始めようとした、その時。俺達の目の前に、突然人影が現れた…って!
「めぐみ!?」
「ああ、和真さん。どうやら上手くいったようですね」
などと言っているが、半ば確信していた様に感じる。おそらくは実験済みなんだろう。【ダイ大】好きなめぐみの事だから多分、[
「おお、それはひょっとして、『テレポート』の応用かね?」
「ええ、そのとおりで…って、アンデッド!?」
答えながら振り返っためぐみは、キールを見て驚いている。むしろ驚かなければ、そちらの方が驚きだ。
「ハハハ、驚かせてしまったようだね。しかし私達も驚かされたし、これでおあいこだろう?」
……まあ、ユーモアはあるらしい。
「さて、せっかく来てくれたことだし、お嬢ちゃんも聞いてくれるかな。私の遠い思い出話を」
── 彼、キールはその昔、たまたま街で見かけた貴族の令嬢に一目惚れをした。だが、高々一魔法使いと貴族の令嬢である。身分の差は、この世界では決定的な差。当然その恋は実らないものと、魔法の修行に没頭する。
そして月日は流れ、いつしかキールは王国で一番のアークウィザードと呼ばれるまでになっていた。キールはその持てる力を惜しみなく使い、国へと貢献を果たす。
やがてキールは数多の人々に称賛され、その功績を称える宴が王城にて開かれる。
王は言った。その功績に報いたい。どんなものでも、望みをひとつ叶えよう、と。キールは望みを口にする。
この世にたったひとつ、叶わなかった望みがあります。それは、虐げられている愛する人が幸せになってくれること ── 。
「そう言って私は、貴族の令嬢を攫ったのだよ」
「つまりあんたは、悪い魔法使いじゃなく良い魔法使いだったって事か?」
「そのご令嬢は王のご機嫌取りのために差し出され、しかしその王からの寵愛は無く、更に正室や他の側室とも折り合いが付かなかった。そんな彼女を『要らないのなら自分にくれ』と言って攫っていった、というわけですか」
俺とめぐみの言葉に、キールはカタカタと笑いながら返した。
「そういう事だな。それで攫ったお嬢様にプロポーズしたら、二つ返事でオッケー貰ってな。愛の逃避行をしながら、王国軍とドンパーティーしたって訳だ。
因みにそこのベッドに横たわるのが、攫ったお嬢様だよ。どうだい、鎖骨のラインが美しいだろう?」
言われたところを見てみれば、綺麗に整えられた白骨が横たわっていた。しかし鎖骨のラインって、マジで
「で、だ。そこの女性に頼みがあってね」
「頼み?」
俺が聞き返すとキールは軽く頷き、そしてこう言った。
「私を浄化してはくれまいか。彼女は、それが出来るほどのプリーストなのだろう?」
と。
部屋の中にアクアの呪文詠唱の声が響きわたる。そんな中、キールは語ってくれた。
彼は王国軍と戦っていた際に重傷を負ったが、お嬢様を守り抜くために人間を辞め、リッチーになったそうだ。
俺は不覚にも、このリッチーがカッコいいと思ってしまった。そしてチラリと隣へ視線を移すと、めぐみが涙ぐんでいる。
「めぐみ?」
「……いえ、そのお嬢様はこの様な方に守ってもらえて、きっと幸せだったのだろうな、と。少し、羨ましいです」
めぐみは、白骨のお嬢様に視線を移してそう言った。
「……そうか。幸せだったと言ってくれるか。君のその言葉に、私も救われた心持ちだよ」
表情は読み取れないものの、その声は本当に安堵したかのような、柔らかなものだった。
「しかし、本当に助かったよ。アンデッドが自殺するなんてシュールなこと、さすがに出来ないのでね。ここで朽ち果てるのを待っていたら、途轍もない神聖な力を感じて、思わず永い眠りから目覚めたってもんさ」
そう言って再びカタカタと笑う。
そして、アクアの詠唱が終わり。見紛うばかりの、神々しくも優しい笑顔をキールへと向けた。まるでアクアが、本物の女神のようだ。
「神の理を捨て、自らリッチーとなったキール。水の女神アクアの名において、貴方の罪を赦します」
あ、本物の女神だったわ。
「目が覚めたとき、目の前にはエリスという不自然に胸の膨らんだ女神がいることでしょう」
ぴくりと、めぐみの肩が跳ね上がる。いわゆる同病相憐れむ、というやつだろう。とか思ったら、俺をキッと睨んできた。めぐみんといい、コイツといい、勘が良過ぎやしませんかね。
「たとえ年が離れていても、それが男女の間柄ではない、どの様な関係でも良いというのなら、彼女に頼みなさい。『再びお嬢様と会いたい』と。彼女はきっと、その願いを叶えてくれるわ」
コイツ、マジで誰だ? 俺の知ってるアクアとは、まるで別人なのだが。
そんな感じで俺が戸惑っている中、キールはアクアに向かって深々と
「『セイクリッド・ターンアンデッド』!」
術が発動し、魔法陣から立ち上がる光に包まれる中、キールと、そしてお嬢様の骨は静かに消えていった。
……しばらくの間、部屋の中にはただ、静けさが漂う。
「……帰るか」
その静寂を打ち破るかのように、俺は静かに告げるのだった。
地上へ向かう帰り道、俺は沈んだ様子のアクアに色々と語りかけていた。因みにめぐみは暗視が利かないので、俺の服の裾を掴んで付いてきている。
「なあ、あのリッチー、お嬢様に会えるかな」
「……まあ、エリスなら何とかしてくれるでしょう」
ううむ、随分と素っ気ないな。なら。
「そう言やあのリッチー、随分と気前がいいよな。タンスにしまっていたお宝、全部持たせてくれたぞ。いくらになるかわからんけど、街に戻ったら山分けな」
そう言うと、アクアの肩がぴくりと動く。
「……そうね。彼らの分まで大切に使ってあげましょう」
アクアの声が、少しばかり元気づいたようだ。
「……ところで、なんだが。あの人さ、神聖な力を感じて目覚めたって言ってたけど、このダンジョンでやたらとアンデッドと出会うのって、お前と一緒にいるからじゃないよな?」
「「!?」」
アクアと、服を掴むめぐみがビクリとする。
「そそそそんな事、ない、と思う、わよ…?」
「そういえばデュラハンが攻め込んできたときも、部下のアンデッドナイトに集られてたよな、お前」
「「!?」」
アクアとめぐみが、再びビクリとする。俺がジリジリと距離をとろうとすると、その分だけアクアが詰め寄ってくる。
「ねえカズマ、どうして私と距離をとろうとするの? メグミも、どうして一緒に下がるのかしら? いつモンスターが襲ってきてもいいように、もうちょっと近くにいるべきじゃないかしら?」
残念だが、俺達はそんな甘言に乗るほど、お人好しではない。
「そ、それに、カズマの暗視で私がチョークで付けた目印がわかるのかしら?」
な、くっ! 痛いところを…!
と、突然めぐみが服の裾を放し。
「……それでは私は、先に帰らせてもらいますね?」
「な、おまっ! それなら俺も連れて行けっ!」
「ねえ、メグミ。私は大事なパーティーメンバーよね?」
俺とアクアが詰め寄ると、見えはしないはずなのに一歩後ずさりながら答える。
「生憎ですが、今の私の[
「それなら、私達と一緒に戦いましょう?そうすれば戦闘もすぐに済むわ」
アクアにしては、なかなかなアイデアを出してきた。しかし。
「いえいえ。私には暗視がありませんし、灯りを点けたらモンスターのいい的です。そもそも私は、和真さんの様子を見に来ただけですから」
く、ここで逃してなるものかっ!
「お前、そんなこと言って、アンデッドが怖いんだろ?」
「残念ながら、その様な煽りには乗りませんよ。確かに私は喧嘩っ早いですが、その程度の煽りに乗っかるほど浅薄ではありませんから。あ、因みに幽霊には慣れてるので、怖くはありませんよ?」
最後に強がりを言いながら、俺の言葉を軽くあしらった。ちっ、めぐみんなら簡単に引っかかってくれるのに。
「ねえ、メグミ、お願いよおおお! 私達と一緒にいいいい…!!」
「バカッ、おまっ! そんな大声を出した…らっ!?」
俺の敵感知が反応をし、千里眼が数多のモンスターのシルエットを捉える。
「『
「『潜伏』…」
めぐみは
「えっ、嘘でしょメグミ? カズマも、どうしてひとりで潜伏使ってるの? ごめん! ごめんなさい! 私が悪かったわ! だからお願い、私も連れてってメグミ! 私にも潜伏使ってよ、カズマ! ごめんなさい! お願いよ、メグミ様、カズマ様あああああ!!」
「メグミ!」
視界が切り替わると、目の前にはめぐみん、そしてダクネスさんがいた。
「帰りが遅いから心配したぞ。……ん? どうしたメグミ、随分と浮かない様子だが」
ダクネスさんの質問が、少々煩わしい。
「……少しばかり、……いえ、かなり自己嫌悪に陥ってるだけです」
「いや、ひどい自己嫌悪って、ただ事ではない気がするのだが!?」
「中で一体、何があったのですか?」
「……詳しくは、和真さんが帰ってきたら聞いてください」
私はそれだけ言うと、押し黙ったのだった。
「うああああああ! カズマとメグミがあああああ!!」
ダンジョンから戻ってきたアクア様が泣きじゃくっている。それを見た私は、自身の罪悪感を更に強くさせた。
「俺達を見捨てためぐみはそれとして、元々はアンデッドに集られやすいお前が悪いんだろうが!」
和真さんも私を口撃する事を忘れない。めぐみんとダクネスさんは、なるほどという視線で私を見る。さすがに今回ばかりは肩身が狭い。
アクア様が、自分の神々しさと生命力が溢れてるから仕方がないとか言って反論しているが、それ自体は間違いではないだろう。反省をする気は無いようだが。
「お前、もう一度ダンジョンに潜って、リッチーとお嬢様の爪の垢を探してこい! そして二人の純粋さとか分けてもらえっ!」
「引きニートが女神に、リッチーを見習えとか言ったあああ!」
和真さんの発言にアクア様が掴みかかろうとする中、ダクネスさんがリッチーとお嬢様について尋ねる。それを説明をする和真さんを見ながら、私はぼんやりと思った。
── 二人の爪の垢が必要なのは、私も一緒ですね。
と。
めぐみが逃げた理由ですが、カズマに説明した理由(平たく言えば、自分が足手まとい)の他に、行きで平気だったので帰りも問題無いだろうという冷静な判断故です。それと感じる罪悪感は別物だった訳ですが。
因みにめぐみは自身の戦闘能力を、戦闘経験の少なさから過小評価気味です。実際はセイクリッド・ターンアンデッドで、アンデッド系だけなら一掃できます(セイクリッド・エクソシズムやセイクリッド・ハイネス・エクソシズムはまだ覚えてない)。