「悪くないわ。この私が暮らすのに相応しいんじゃないかしら」
街の郊外に建てられた一軒のお屋敷の前で、アクア様が満足そうに言った。もちろん、冗談でもデタラメでもない。ギルドで和真さんが言っていた、「屋敷で暮らせる」という例のあれである。
和真さんの話によると、ウィズさんからスキルを教えてもらうためにお店に伺ったところ、後からやって来た不動産屋さんが、ウィズさんにこのお屋敷の除霊を頼んだらしい。けれどウィズさんは、詳しくはわからないがアクア様のせいで体調を崩しており、その罪悪感から代わりに除霊を引き受けたそうだ。
そしてそのおり、不動産屋さんは言ったらしい。「除霊が済んでもしばらくは買い手がつかない。噂が無くなるまでの間、この屋敷で暮らして欲しい」と。
元の世界で聞いた、事故物件にしばらく住んでもらい告知義務を無くしてもらう、というあれみたいなものか。まあ、都市伝説みたいなものかも知れないけど。
「しかし、本当に除霊が出来るのか? いくら祓っても、すぐに霊が寄ってくると噂されてるが」
「それに悪霊騒ぎがあったのは最近のはずなのに、このお屋敷には長いこと、人が住んだ形跡が無いのですが。もしかして、元々事故物件だったのでは?」
ダクネスさんとめぐみんが立て続けに言う。だがアクア様なら問題無くやってくれるだろう。……余計なことさえしなければ。
「任せなさいな。見える。見えるわ。私の霊視によるとこのお屋敷には、貴族が遊び半分で手を出したメイドとの間に出来た子供、隠し子が幽閉されてたようね。やがて体の弱かった貴族の男は病死、母親のメイドも行方知れず。一人残された少女は、若くして父親と同じ病に伏して、両親の顔も知らず一人寂しく死んでいったのよ。名前はアンナ=フィランテ=エステロイド。好きな物はぬいぐるみや人形、そして冒険のお話。
でも安心して。この子は悪い霊ではないわ。あ、でも子供ながらに、ちょっぴり大人ぶったことが好きみたいね。甘いお酒を飲んでたみたいよ」
アクア様の説明にみんなは沈黙していたが、和真さんが堪えきれずに口を出した。
「……何でそんな余計な設定や名前までわかるんだって突っ込みたいんだが」
「ま、まあ、アクア様は霊視と言っていましたが、実際はポストコグニションやサイコメトリみたいなものかも知れませんから」
「ファンタジーで超能力かよっ!」
……何だか私が突っ込まれてしまった。
「ポストコグニション? サイコメトリ?」
「ファンタジーとか超能力とは何の事だ?」
めぐみんとダクネスさんが疑問を口にしたが、私も和真さんも聞き流すだけだった。
夜半が過ぎた頃。各々が部屋を決めて荷物を運び込み、掃除も済ませ、私はひとりくつろいでいた、のだが。
「ああああああっ!」
突然聞こえたアクア様の叫び声。何事かと駆けつけると、そこには既に和真さんがやって来ていた。
「……てか何でお前は、酒瓶なんか抱きかかえてんだ? まさか酔っ払って奇声を上げたんじゃないだろうな」
……話は途中からだが、もしそうならロッドで引っ叩こう。
「違うのっ! これは私が大事にとっておいた高級酒なのっ! お風呂から上がったら大切に飲もうと思ってたのに、部屋に帰ってきたら空になってたのよぉ!」
う…。それは、気持ちもわからなくはない。ベタな話だが、私も大事にとっておいたプリンを食べようと思ったのに、父に勝手に食べられてしまったときには泣きたくなったもんだ。ああ、泣きたくなった。大事な事だから二度言ったッ!
「これは悪霊の仕業よ! このお屋敷に集まってくる野良幽霊か、貴族の隠し子の幽霊か! どちらにせよ、見つけ出してしばいてやる!」
感情移入をしている私は、心の中でアクア様を応援するのだった。
どうしてこうなった!?
布団に入って眠っていた俺は、尿意を感じて夜中に目を覚ました。しかしベッドから出ようにも体が動かない。いわゆる金縛りだった。
俺はベッドの中で必死に、尿意と金縛りに堪えていたのだが、かたり、という音が聞こえた。恐る恐るそちらに視線を向けると、部屋の隅には何故か西洋人形が。
いや、何故あんな所に人形が!? あそこに人形なんて無かったはずなのにッ!
尿意と金縛りと恐怖に必死に堪えている中、鳴り響く異音。しかしやがて、その音は消え去り。トイレへの欲求もあり意を決して目を開けると。
「のわあああああッ!」
目の前には、俺の顔を覗き込む西洋人形のどアップ。俺は慌てて部屋を飛び出し、アクアの部屋へ。扉を開けると、暗闇に輝く二つの赤い光が。
「どぅわああああっ!?」
「きゃあああああっ!!」
……そこにいたのはめぐみんだった。どうやらめぐみんも人形から逃げだし、また、アクアにトイレへ付いてきてもらいたかったらしい。
人形達もこの部屋にはいないみたいだったので、俺は。
「ちょっと耳を塞いでドアの方を向いててくれ。俺はベランダから…」
そう言って移動しようとしたところを、ズボンのベルトを掴んでめぐみんが引き止める。
「何をするんだ。早くしないと、俺のズボンとこの部屋の絨毯が大惨事になるだろう?」
「何ひとりでスッキリしようとしているのですか。私達は仲間ですよ。どこだろうと逝く時は一緒です」
「何こんな時だけ仲間を主張するっ! 紅魔族はトイレに行かないんじゃなかったのか? なんならそこに、空いた酒瓶が転がってるから!」
「今、とんでもないことを言いましたね!? その空き瓶で、私に何をしろと!」
こんな風に、大声で言い合っていたのがいけなかったんだろう。気がつけば、ベランダの窓は西洋人形でびっしりと埋め尽くされていた。←現在ここである。
「「ああああああああッ!!」」
当然、俺達二人はアクアの部屋から逃げ出した。
ようやくトイレに辿り着き、俺が先に用を済ませ、今はめぐみんが用を足している。
「あ、あの、カズマ。ちゃんといますか?」
「ああ、ちゃんといるし、お前だけ置いて逃げたりしないから、さっさと済ませてくれ」
めぐみんが扉の前で待つ俺に声をかけ、俺は落ち着かせるように返答する。
「あの、さすがにちょっと恥ずかしいので、何か歌でも歌ってくれませんか?」
「何が悲しくて、こんな夜中にトイレの前で、歌なんか歌わにゃならん」
などと文句を言うものの、俺もちょっとばかし恥ずかしいので、日本の歌を大声で歌い始めた。因みにアニメ【スレイヤーズ】の主題歌、[Get along]だ。なんかめぐみんの爆裂魔法が、天才美少女魔道士の必殺魔法を彷彿とさせるし、唯我独尊の性格もピッタリだと思ったからだ。決して主人公の中の人が[めぐみ]だったからではない。
俺が1番のサビを歌い終わった、そのタイミングで、めぐみんが扉を開けてトイレから出てきた。
「もういいですよ、カズマ。それにしても随分と変わった歌ですね? カズマと、それにメグミはどこの国の人なんですか?」
「夜中にトイレの前で歌う風習のある、日本っていうステキな国の出身だよ。さあ、そんな事より、さっさとアクアと合流しようぜ」
そう促して歩き出すと、その後ろをめぐみんが付いてくる。俺達がしばらく歩いて行くと。
ガタ…
とある部屋から聞こえた音。俺とめぐみんは顔を見合わせる。
「ここは確か、メグミの部屋でしたね。……カズマ、どうしましょうか?」
と、めぐみんが俺に判断を委ねてきた。ううむ。ハッキリ言って、今の俺達には悪霊に対処する
だが、めぐみは大事なパーティーメンバーのひとりだ。このまま黙って見過ごす訳にもいかないだろう。俺はしばらく悩んだ末に。
「……よし。中に入って、可能だったらめぐみを引っ張って逃げよう」
「随分と消極的な作戦ですね」
「しょうがねえだろ! 俺達じゃ亡霊に対抗する手段がねえんだから」
俺の説明に、めぐみんは小さくため息を吐く。
「まあ、確かにそのとおりですね。私には対処できますが」
「……間違っても屋敷の中で、爆裂魔法使うんじゃねえぞ?」
「わかってますよ」
そんなやり取りをして俺はドアノブを掴むと、意を決して扉を開ける。
「「なっ」」
そこには沢山の人形達と、その前で靴下を丸めたものを使ってお手玉をしてみせる、めぐみの姿があった。
「あ、和真さんにめぐみん」
「ちょ、めぐみ?」
「大丈夫ですか? まさか取り憑かれてるなんて事は…」
心配する俺達に、めぐみは一瞬キョトンとするが、すぐに苦笑いを浮かべた。
「違いますよ。私はこの子達の遊び相手になってただけです」
「遊び相手…、
「はい。ここに居る霊はみんな、幼い子供たちです。大人の霊は私が怖がらないのでつまらなかったのか、みんなどこかに行ってしまいました」
な、なるほど。……って、ちょっと待て。
「めぐみ、お前は怖くないのか?」
俺が問いかけると、めぐみは不思議そうな顔をしてこう返した。
「キールのダンジョンで言いましたよね? 私は幽霊に慣れてるって」
「確かに言ってたけど。……え、あれって強がりじゃなかったのか?」
それを聞いためぐみは、小さくため息を吐いて言った。
「まあ、あの状況では、そうとられても仕方ありませんね。
私の母の実家はお寺です。その家系の血を引いたのか、時々ですが、私は幼い頃から幽霊を見ることがあったのですよ。なので本当に怖ろしい霊は、偶にしかいないことを知ってました」
「そういえば今までこの屋敷で出会った霊も、驚かせるだけで直接何かをしたわけではありませんね」
言われてみれば、確かにそうだ。精々がアクアの高級酒を飲んじまったくらいか。
「ただ、こちらに来てからやたらと見える頻度が高くなりまして。ゾンビメイカー討伐の時やキールのダンジョンでも、浮遊霊がハッキリと見えてましたし、このお屋敷でも霊が活発になる時刻よりも前から、視界の片隅にチラホラと見えてました。
気になって夕食の後アクア様に訊ねたところ、私の新たな能力で元の能力が活性化したのだろうと言うことです」
新たな能力って、転生特典のことか。だけどめぐみの能力って、あらゆる魔法を使いこなすとか、そんな感じじゃないのか?
「その、新たな能力とはどういったものですか?」
「私の能力は、[あらゆる魔法を使いこなすために必要な全ての資質]です」
「「なっ!?」」
予想の斜め上を行く答えに、俺とめぐみんは再び言葉を失った。まあ、めぐみんはその突拍子の無さに驚いているんだろうが。
しかしそれなら納得もいく。確かに聖属性の魔法資質が高ければ、霊視能力も強化されるだろう。しかし。
「それで、コントロールは出来るのか?」
某見える子ちゃん状態ってのもマズい気がする。
「ああ、はい。アクア様に言われてから意識してみたら、霊が見えない状態にも出来ましたから。ただ、まだ自然にON・OFFを切り替えることは出来ないので、練習は必要かと思います」
そうか。ならまあ、一安心だ。
「……さて、そろそろでしょうか」
話を切り上げためぐみが、人形達に向き直る。
「みんな、充分に楽しんだでしょう? そろそろみんなを天に還してあげましょう」
そう言っためぐみからは、先日のアクアほどではないが厳かな雰囲気を感じる。
めぐみは人形達に向かって手を合わせ。
「『南無大慈大悲救苦救難広大霊感白衣観世音菩薩 摩訶薩』…」
って、【ぬーべー】かよっ! ……と突っ込もうとしたのだが。
「『南無仏 南無法 南無僧 南無救苦救難観世音菩薩』…」
俺の知らない経文を唱え始めた。
「『怛只哆唵 伽羅伐哆 伽羅伐哆 伽訶伐哆 羅伽伐哆 羅伽伐哆 娑婆訶』…」
そういや原作単行本で、白衣観音経の全文を載せてた気がする。
「『天羅神 地羅神 人離難 難離身 一切災殃化為塵 南無摩訶般若波羅蜜』」
めぐみがお経を唱え終わると、人形から青白い光が現れて天へと昇っていく。途端に人形達は、ガシャリと床に横たわってしまった。
「めぐみ、お前除霊…いや、浄霊なんて出来たのか」
除霊は霊を殺す行為で、浄霊は浄化して天に還す行為だと、昔見たなんかの深夜アニメで、そんなやり取りがあった気がする。
「はい。今回みたいな害意の無い、あるいは害意の少ない霊に限りますが。先ほど話したお寺の伯父から、今唱えた[
あ、そうか。世界が違うから、向こうのお経が効くかはわからなかったのか。
「さて、それではアクア様と合流しましょうか。和真さんとめぐみんはどうしますか?」
めぐみに問われ、俺とめぐみんは再び顔を見合わせ。
「「ご一緒させていただきます」」
声を合わせてそう答えたのだった。
「ふう、結構いたわね。結局朝までかかっちゃったじゃない」
最後の除霊を済ませたアクア様が呟いた。窓の外では朝日が昇っている。
ダクネスさんが、一応ギルドに報告した方がいいと言った。確かにそれで、臨時報酬が入れば御の字だろう。……だがしかし。
「……ところでひとつ、気になる情報があるのですが」
「気になる情報?」
和真さんが聞き返したので、軽く頷いてから続きを話す。
「子供の霊から聞いたのですが、近くの共同墓地に聖属性の結界が張られて、追い出されてしまったそうです。そこでアンナちゃんの誘いもあり、近くにあったこのお屋敷にみんな集まってしまったのだとか」
「そんな事が…。というか、アンナというのはアクアが言っていた、この屋敷にいる隠し子の霊のことか? つまり、アクアが言っていたことは事実だったということか?」
戸惑い混じりでダクネスさんが尋ねる。私はまたもや頷き。
「そういう事になりますね」
そう答えた。そして視線を移し。
「ところでアクア様、何か心当たりがあるのですか?」
挙動不審のアクア様に尋ねる。我ながら、なかなかに意地が悪い。
「……以前ウィズに、墓場の迷える霊達を定期的に成仏させて欲しいと頼まれたじゃないですか。でも、しょっちゅう墓場に行くのは面倒臭いので、いっそ霊の住処を無くしてしまえばよいと思いました」
やれやれ。まあ、だいたい思っていたとおりではあったが、それにしたってなんというマッチポンプ。
「……アクア。ギルドと不動産屋に説明して謝る。いいな?」
「……はい」
和真さんに言われ、素直に頷くアクア様だった。
そして。結果として私達は最初に言われたとおり、このお屋敷で暮らすこととなった。墓地の結界の件は不問としてくれたのだ。ただしこのお屋敷で暮らすにおいて、二つの条件が提示された。
その1。冒険が終わったら、夕食の時にでもその話に花を咲かせて欲しい。
その2。お屋敷の庭の隅にある小さなお墓を、手入れしてあげること。
……つまりはあの不動産屋さん、アンナちゃんの事を知っていてこの条件を出したということだろう。アクア様も言っていたではないか。アンナちゃんが好きなものは、冒険のお話、と。
今、和真さんが、お墓の周りの草むしりをしている。私はそこへ近づいていく。と。
「!?」
お墓の横に佇み、和真さんをもの珍しそうに見ている金髪の女の子の姿があった。女の子は私に気がつくと、イタズラっぽい笑みを浮かべながら人差し指を口許に当て、そしてすうっと消えていった。
どうやらあの子がアンナちゃんらしい。
……やれやれ。どうやらこのお屋敷でも、騒動の種は尽きないようである。
というわけで、「なんちゃって仏教徒」や「幽霊には慣れている」という発言・モノローグは、今回のための伏線でした。途中で生えてきた設定ですが、第1章(アクア様がみてる)の半ばくらいには、ある程度固まってはいました。
カズマが言ってる深夜アニメは、小野不由美原作の【ゴーストハント】です。ただ、アニメ版で今の会話があったかは、資料がないのでわかりません。しかし、原作(オリジナルの【悪霊シリーズ】の方。リメイク版の【ゴーストハントシリーズ】は覚えてません)や漫画版ではその会話があったのは確かです。
なお、白衣神咒はネットから引っ張ってきましたが、内容に間違いがあるといけないので、信心深い人もマネをしないように。