やれやれ。これは想定外でした。
私は内心で愚痴をこぼした。
それは先程のこと。私と和真さんは借金返済のために内職をしていたのだが、手がかじかんで作業がはかどらず、暖炉前のソファに移動しようとした。ところが水の女神様がソファを独占し、退こうとさえしなかったのだ。
それでも和真さんが、アクア様を上手く退かせることに成功したのだが。アクア様は自身の冒険者カードを提示して、自らがパーティーで一番レベルが高いことを理由に
それよりも重要なのは、和真さん曰く、アクア様のステータスがレベル1の頃から一切変わっていないということ。
アクア様は言った。ステータスはカンストしていると。つまりアクア様は、いくらレベルアップしようとも知能の、そして運のステータスが上がることは一切ないということだ。
その事実を知った私と和真さんは、一気にやる気を殺がれ、内職を諦めそれぞれに街へと繰り出したのだった。
何とはなしに武器屋や防具屋を見たものの、先日新調したばかりなのもあって、取り立てて気になるようなものは無かった。それならばと冒険者ギルドへやって来た私は、ギルド内をぐるりと見渡した。しかし生憎と、リーンさんやテイラーさんの姿は見えない。クリスさんは…、まだ用事の片がついていないのか、相変わらず姿を見せていないようだ。というわけで、魔法の訓練や剣の修行も出来やしない。私は諦めてギルドを後にした。
……さて、どうしようか。こうなったらウィズさんのお店に行って、話し相手にでもなって…。
おや? あの路地裏の手前で話し込んでいるのは和真さん。その相手は…キースさんと
そんな事を考えている内に、三人は路地裏へと消えていく。
ふむ。後をつける必要がありそうですね。……言っておくが、あの三人が変なことを企んでいないか、監視するためである。もちろん、興味本位である事も否定はしないが、取り繕った言い訳ではなく、本心からそう思ってもいるのだ。何より、これ以上和真さんがゲスになっても、パーティーメンバーである私達が困る。……いや、一名は喜びそうな気もするが、考えないでおこう。
というわけで、私もその路地裏へ入っていくと、目の前には何かのお店があった。しかしそのお店、一見普通の喫茶店なのだが、なんというか、何故か妙ないかがわしさを感じさせる。まさかとは思うけど、このお店って…。
顔が火照ってくるのを感じながらも、私はそのお店の中を覗き見る。するとそこには、きわどい姿の艶めかしい女性の姿が! やっぱりここって風俗店!?
……いや、よく見ると女性には、黒い翼と尻尾が生えている。それに霊視能力が向上した恩恵か、その存在が人間とは違うことが、何となくだが感じ取れた。という事は、彼女達は悪魔族? もしかして、サキュバスとかそういう…。
「お嬢ちゃん。何をしているのかしら?」
ドキリ! と、胸の鼓動が跳ね上がる。
「あ、ええと、知り合いの方が、このお店に入っていきまして…」
「そう。見てしまったのね。すまないけど裏口からスタッフルームに来てくれない?」
「は、はい!」
私は頷きながら、慌ててそう返事をした。
スタッフルームの椅子に座り、冷静になるにつれて、随分と軽率なことをしたと気がついた。今の私は、悪魔の巣窟の中にいるのだ。我ながら、性的なシチュエーションに弱いことが悔やまれる。
「待たせたわね」
「ひゃいっ!」
……我ながら情けない返事である。
「それでなんだけど…」
「ちょ、待ってください! あの、目のやり場に困るので、もう少し普通の服を着てくださいっ」
「あらあなた、そっちの趣味なの?」
「違いますっ!」
私にはそんな、非生産的趣向は無い。私への依存度が高い親友に対しては一時期疑ったりしたものの、ちゃんと異性を好きになってくれたので安心したことはあるが。……あ、御剣には悪いが、またムカついてきた。
「……あの、なんだか急に悪感情が?」
「ああ、すみません。少し嫌なことを思いだしたもので」
せっかく気分が持ち直したので、視線を逸らしながら返答する。
「ええと、私は性的なシチュエーションに弱いので、このままだとまともに会話が出来ないのです」
「あら、
いや、興味はあるし、妄想だってする。単純に性質的なものだと思う。
「わかったわ。ちょっと待ってて」
そう言って悪魔のお姉さんは再び部屋を出て行く。そして、しばらくして現れたのは、見た目は私とさほど年の変わらない悪魔っ
「あの、代わりにお伺いする事になった、ロリーサと言います」
なるほど、これなら私も接しやすいだろうという配慮なのだろう。
「ええっと、まずこのお店について説明させていただく前に伺いますが、あなたは私達のことをどの程度把握されてるのでしょうか」
「把握もなにも、悪魔族ですよね? おそらくはサキュバス辺りかと」
私の返答に、ロリーサは軽く溜息を吐く。
「……完全に見透かされてますね。わかりました。表向きの説明ではなく、このお店の本当の姿について説明します」
そう言うと軽く咳払いをし、話を続ける。
「このお店は低価格で、色々と溜まっている男性冒険者に理想通りの夢をみせるサービスを提供しています」
「理想通りの夢…」
「理想通りというのは…」
「あ、皆まで言わずとも、想像はつきます」
また顔が火照りつつ、断りを入れた。
「そうですか。そしてその際、その方から少しばかりの精気を貰っています。もちろん冒険に支障が出ない程度ですが。これで男性の方もスッキリ、私達も精気をいただけるという、Win-Winな関係を築けるシステムとなっております」
悪魔からWin-Winなどと言われるとは思わなかった。
「あの、本当に支障はないのですね?」
「はい。私達は人間との共存を望んでますから」
うむ。聞いた限りでは不審な点は見当たらない。鵜呑みにするのもどうかと思うが、下手な風俗に行くよりかはよほどマシだろう。
「わかりました。では最後に、直接は関係ないことを聞きますが。先程表向きの説明と言ってましたが、ここは男性冒険者以外にはどう認識されているんでしょうか」
「表向きには、悪魔の格好をして食事を提供する喫茶店という事になってます」
……コスプレ喫茶みたいなもんか。
「あの、それで、どうかこの事は、他の女性達にはご内密にお願いします」
「やれやれ。仕方がありませんね、わかりました。私のように理解があるとは限りませんしね」
私とて理解こそ示しているが、内心複雑ではあるのだ。だが、説明こそされなかったが、このサービスのお陰でこの街の性犯罪発生率が低いのは間違いないだろう。そこを踏まえれば、確かにこのお店は必要なものである。だからこそ了承したのだし。
「ありがとうございます」
「感謝する必要はありません。それにもし、我々人間に何か害をなすようなことがあれば、流石に黙ってはいませんから」
「は、はいっ!」
思いきり殺意を込めた私の言葉に、思わず震え上がるロリーサだった。
その後、しばらく街をブラブラしてから屋敷に戻る。どうやら和真さんは先に帰って来た様で、台所から声が聞こえた。そして。
「今夜は蟹ですよ!」
ホクホク顔のめぐみんが、タラバガニによく似た蟹を両手で持ちながら、そんな事を言ってくる。テーブルの上には、既に調理済みの蟹が並べられていた。和真さんとアクア様はおそらく、食器などの準備をしているのだろう。
「実家が引っ越し祝いで、霜降り赤ガニと高級酒を贈ってきたんだ」
ダクネスさんが補足を入れる。なるほど、そういう…えっ!?
「霜降り赤ガニというと、高級な、あの蟹の事ですか!?」
そう聞き返す私の声は、僅かばかり上ずっていた。
そう。それは私がまだ、クリスさんと共にジャイアントトード狩りに勤しんでいた頃。クリスさんからアクセルの街を案内して貰っていたときに、たまたま見かけた高級レストランに掲げられていた[霜降り赤ガニ]の文字。
クリスさんに訊ねたところ、プリプリの食感と濃厚な旨味、そしてその希少性から、高品質なものは一杯ウン万エリスするとか。エビ・カニ好きの私としてはいつかは食べてみたいと思っていたのだが、まさかこんなに早く実現するとは!
私はめぐみんから霜降り赤ガニをそっと受け取ると、頭上にかざしながら思わず小躍りをしてしまった。
「「……メグミが壊れた」」
……自分でもどうかと思うが、私にこの衝動を抑える
ああ、幸せです。
霜降り赤ガニの身を口にする度、私の心が多幸感に占められる。この食感にこの味、私の想像の遥かに上を行っていた。一度だけ食べた高級タラバガニすら足元にも及ばない。いや、世界が違うのだから、比較するのが間違いなのはわかっている。わかってはいるが、そう喩えるしかないので仕方がない。
「本当に幸せそうに食べますね。まあ、気持ちはわかりますが」
呆れた口調とは裏腹に、めぐみんも幸せそうに食べている。それこそ気持ちはわかりますが。
「カズマカズマ、ちょっとここにティンダー頂戴。今から私が、この高級酒のおいしい飲み方を教えてあげるわ」
……何? まさか…。
アクア様は小さな手鍋に炭を入れ、その上に網を乗せる。そこへ和真さんが言われた通り、ティンダーで炭に火を着ける。するとアクア様は網の上に蟹味噌の残った甲羅を置き、その中にお酒を注ぐ。
間違いない! あれはかつて、私がチョイ悪な叔父に飲まされた甲羅酒!!
アルコールに弱い私だが、あの時のあの味は忘れられない。小さい頃から珍味がいける口だった私がおいしいと思った、旨味食材蟹味噌を使ったお酒だ。お酒が飲めないし苦手な私だが、あれは、あれだけは飲んでみたい!
だ、だけど、飲んだら絶対に醜態を晒してしまうのは目に見えている。くうぅっ! なんというジレンマだろうかっ! ああっ、アクア様のなんて美味しそうな飲みっぷり! うあっ、ダクネスさんまで!
やがてめぐみんが、自分にも飲ませろと言いだした。しかしダクネスさんがそれを許さない。
「メグミも飲みたいですよね!?」
「メグミも飲むのは反対だろう!?」
「……今回はノーコメントでお願いします」
答えの出せない私は、そう返答するしかなかった。
その後、蟹を食べる方向で専念した私。何故か和真さんも同じことをしているが。そして早々に席を立ち、先にお風呂を済ませ、髪を乾かしてからベッドイン。少し早いが就寝することにした。
……なんだろう。なんだか騒がしい気が。
夜中に喧騒らしき声で目覚める私。何事かと部屋を出てそちらへ向かう。するとそこには。
アクア様に取り押さえられ、めぐみんにスタッフを突きつけられているロリーサと、腰にタオルを巻いただけの和真さん。また思考が鈍るので、極力和真さんを見ないようにして、隠れて様子を覗う。ロリーサ、おそらく和真さんに、例の夢を見せに来たのだろうけど…。
「このお屋敷には強力な結界が張ってあるの。で、結界に反応があって来てみたら、このサキュバスが結界に引っかかって動けなくなってたのよ。きっとカズマを狙ってやって来たのね。でも大丈夫。今、サクッと悪魔祓いしてあげるから!」
なっ!? 悪魔とはいえ、流石にこれはいただけない。彼女達は決して悪い事はしていないのだから。
そんな想いを抱いて飛び出そうとする、その前に和真さんが動いた。彼はロリーサの前に立ち、その手を取り玄関へと向かっていく。
「ちょっと、カズマ。何やってんの? その子は悪魔なのよ」
アクア様は戸惑い、めぐみんはスタッフを構え直し、ロリーサに鋭い視線を向ける。と、そこへ、シャツとタイトスカート姿だが濡れた髪に裸足という格好のダクネスさんがやって来る。
……おや? もしかして風呂上がりでは? そして和真さんのあの格好…。いや、深く考えては駄目だ。また思考が鈍ってしまう。
「アクア、今のカズマは魅了され、操られている! 夢がどうとか設定がどうとか口走っていたから間違いない! おのれ、よくもこの私に、あんな…、あんな辱めを! ぶっ殺してやるっ!」
……和真さん、何をやらせたのだろうか? 幸いにも想像がつかないので、思考の乱れは無いのだが。
それはともかく、アクア様達の和真さんへの風当たりが悪くなっている。和真さんも引く気はなさそうなので、おそらくぶつかり合うことになるだろう。だが、それこそが好機である。私はこっそりと魔法を発動させる。
「かかってこいやぁーーー!!!」
「お客さん!」
和真さんが叫び、その和真さんに呼びかけるロリーサ。私はその腕をがっしりと掴む。
「えっ!? あ、あなたは…」
「ロリーサ、今の内に逃げますよ!」
私は[
「さあ、ロリーサ。みんなに気づかれない内に逃げてください」
表に出て、そっと扉を閉めた私は言った。
「だけど、お客さんが…」
「和真さんは、ロリーサが来る前にダクネスさんに何かやらかしたようなので、丁度いいお仕置きですよ。きっと夢サービスと勘違いして、いやらしい命令でも出したんでしょう」
気に病むロリーサに、切って捨てるように返す。因みに、その内容は考えない様にしている。それでも顔が火照っているが。
「……わかりました。ええっと…」
「ああ、そういえば名乗ってませんでしたね。私は高橋めぐみ。あらゆる魔法を探求する者です」
「そうですか。それではメグミさん、ありがとうございます。このご恩は、いずれお返しします」
そう言うとロリーサは、この場から立ち去ってゆくのだった。
翌日。アンナの墓に向かうと、草取りをしている和真さんと、その後ろに立つダクネスさんの姿があった。私が二人に近づくと、ちょうどそのタイミングでダクネスさんが、クルリとこちらに振り返った。
「っと、メグミか。カズマに用事か?」
「はい。少し話したいことがあるので」
「そうか。ちょうどこちらの話は終わったところだ。先に失礼するよ」
そう言ってダクネスさんは、屋敷の中へと消えていった。
「……それで、話って何だ?」
和真さんが少しばかりオドオドしながら訊ねる。
「和真さん。あのお店を利用するなら、外泊した方がいいですよ?」
「な、めぐみ!?」
「昨日、
私の話を聞いた和真さんは、それはもう面白い表情をしていた。
「私も現代日本の学生で性教育を受けてますから、少しは理解を示せます。ロリーサ…、昨日のあのサキュバスからお店の説明も聞いてますので、まあ、仕方無くですが大目に見ますよ」
「……ありがとうございます、めぐみ様」
和真さんは、心の底からお礼を述べた。ただ、こんな事で様付けされても恥ずかしいのでやめて欲しい。
「話はこれだけです。それでは…」
ここまで言った、その時。突然街中に響く、アナウンス。
『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 機動要塞デストロイヤーが、この街へ接近中です! 冒険者の皆様は装備を整えて、冒険者ギルドへ! そして住民の皆様は、直ちに避難をしてくださーいっ!!』
それはルナさんの、緊迫した声だった。
因みにめぐみの小躍りは、プレゼントを貰い嬉しそうにするアリス(アニメ版【戦闘員、派遣します!】)の表情に、冬虫夏草を贈られて小躍りする
流石にめぐみは、猫猫ほど弛みきった表情はしてません。衝動を抑える事は出来ませんが、表情くらいは取り繕おうとしてますので(取り繕いきれてませんが)。