「逃げるのよ! 遠くへ逃げるの!」
屋敷の中へ入ると、アクア様が取り乱していた。更にめぐみんも。
「ジタバタしたって始まりません。どうせ全て失うのならいっそう、魔王の城にカチコミに行きましょうか」
しっかり荷造りを済ませ、ゆったりとお茶を飲みながら言った。
「えっと、どうしたお前ら。装備を整えてとっとと行こうぜ」
「カズマったら何言ってるの? まさかデストロイヤーと戦うつもり?」
和真さんのセリフに、呆れたように言い返すアクア様。いや、本当に呆れているのだろう。
「カズマ。機動要塞デストロイヤーが通った後には、アクシズ教徒以外は草も残らないと言われているのですよ。そんなものと戦うなど、無謀もいいところです」
めぐみんも、デストロイヤーが良くわかっていない和真さんに説明をして諭そうとしている。いや、私もわからないが。
それにしても、こんな引き合いに出されるアクシズ教とは一体…。とか思ったが、セシリーさんを思い出してそうかも知れないとも思ったりする。
「なあ。めぐみんの爆裂魔法でどうにかならないのか?」
「無理ですね。デストロイヤーには強力な魔力結界が張られています。爆裂魔法の一発や二発、防いでしまうでしょう」
和真さんの提案はあっさりと棄却されてしまった。
しかし爆裂狂のめぐみんをして、こう言わしめるとは。こんな事なら【リリなの】の、[スターライトブレイカー+]でも再現しておけば…。いや、あの術は魔法戦で発生した魔力の残渣を集束して再利用する魔法で、発動条件が厳し過ぎてどのみち利用できなかったか。
そんな事を考えていると。
「すまない、遅くなった。ん? どうしたカズマ、メグミ。早く支度をしてこい。お前達ならきっとギルドへ行くんだろう?」
そう言ってダクネスさんが、いつもより遥かに重装備な姿で二階から降りてきた。
「おいお前ら、コイツを見習え! 長く過ごしてきたこの屋敷とこの街に愛着はないのか!?」
いや。屋敷に住んでから日は浅いのだが。だがまあ、和真さんが何を考えて発言してるのかは、何となく読み取れた。
「……お店、大事ですからね?」
和真さんのすぐ隣に立ち、囁くように言うと、彼はびくりとする。どうやら正解だったみたいだ。
しかし私としても、逃げるなどという選択肢はあり得ない。何故ならここには、アンナという屋敷の住人がいるからだ。彼女のためにも、なんとしてもこの街を守らなくては!
……なんだか詰みゲーなんですが。
さっきまでと言ってることが違うと思われるだろうが、これが私の、率直な感想である。
ギルドへやって来た私達は会議の前に、デストロイヤーについてのレクチャーを受けた。
機動要塞デストロイヤーは魔法技術大国ノイズで開発された、超巨大ゴーレムとの事。蜘蛛の様な姿をしたそれは小さな城ほどの大きさがあり、魔法金属を使用することで軽量化されており、かなりのスピードで移動するという。
蜘蛛と表される通りの八本の脚を持ち、その移動スピードで踏みつけられれば、モンスターといえども挽肉と化する。更にめぐみんが言った通り魔力結界によって、ほとんどの魔法攻撃は意味を為さないらしい。
そうなると物理攻撃しか無くなるわけだが、当然そんな巨大で高速移動するモノに接近戦など出来るはずもなく、かといって弓矢や投石程度では、外装に傷ひとつ負わせられない。更には中型ゴーレムがバリスタによる空中戦対応を、それでも侵入した者に対しては戦闘用ゴーレムが対応しているそうだ。
そのデストロイヤーが暴れているのは、開発責任者だった男が乗っ取ったからだとか。何という傍迷惑な輩だろう。
兎にも角にも以上の理由により、魔法・物理両面で対処の仕様がないのが現状というわけだ。
とある冒険者が聞く。ノイズはどうなったのか。そこなら止める手段を知っているではないか、と。しかしルナさんの返答は、真っ先に滅んだ、だそうだ。全然ダメじゃん。
落とし穴を提案する人がいたが、これはルナさんが答えずとも予想がつく。落ちてもすぐに這い上がったのだろう。その辺は作り手側だって予想してたはずだから。
魔王軍はどうしてるのかという疑問も出たが、魔王城には魔力結界が張られている上に今のところ被害は無いので、様子見をしているらしい。あちらとしても、薮を突いて蛇を出す様な真似はしたくないというのが実情なのだろう。何処ぞの大魔王の様に、暇つぶしに様子を見て楽しんでいる、という事はさすがに無いはずだ。
その後も色々と案は挙がるものの、いずれも実践済み、もしくは現実的ではなく、そのどれもが一蹴されてしまう。
「めぐみ、君には何かいい案が浮かんだりはしないか?」
いつの間にか私の傍に近づいて、御剣がそんな事を訊ねてきた。
「……何故あなたは、自分で考えようとはしないのです?」
……いけない。少しキツめに返してしまった。
「僕が考えていたことは、他の冒険者達が既に挙げて撃沈しているよ。だけど君は、理路整然と物事を考えて実行に移せるだけの知能と行動力があるはずだ。聞いた話だけど、ベルディア相手に賭けを挑み、魔法使い達に戦う方法とその切っ掛けを与えたそうじゃないか」
そういえば、そんな事もありましたね。とはいえ、あの時と今とでは状況が違う。それに私の場合は、それほど奇抜な作戦だったわけではない。むしろ突拍子もない作戦と言えば。
「今回の場合は私よりも、搦め手が得意な和真さんの方が向いてる気がしますよ」
そう言って和真さんを見たのとタイミングを合わせたかのように、テイラーさんが彼に声をかける。
「おいカズマ。お前さんなら機転が利くだろう。何か妙案はないか?」
そういえば、私が風邪でダウンしているときに一度、テイラーさんのパーティーに入ったことがあるとか言っていましたね。その時に、何か活躍でもして見せたのだろう。
「なあ、アクア。お前ならデストロイヤーの結界も…」
……あ。
「そうね。でも、やってみないとわからないわよ?」
アクア様は明言こそ避けたが、結界を破れる可能性があると言う。
「……アクア様の力を借りるのは、君でも思いついたんじゃないか?」
「そう言うあなたこそ」
お互い言い合い、沈黙の後に盛大な溜息を吐く。全く、共にアクア様の存在を忘れているとは。
「結界を破れるんですか!?」
ルナさんが声を荒げ、和真さんに聞き返す。
「いや、出来るかも知れないってだけで…」
「でも、出来るかも知れないんですよね? それならやれるだけやってみてはいただけませんか?」
「は、はあ…」
ルナさんの勢いに圧される和真さん。まあ、ルナさんの気持ちもわからないではない。
「そうなると後は、魔法による攻撃ですが…」
そこで言い淀む。だが、案ずることは無い。結界さえなんとかなれば…。
「火力持ちならいるじゃねえか。頭のおかしいのが」
ひとりの冒険者が言う。
「そうか、頭のおかしいのが…!」
「おかしい子がいたな…!」
他の冒険者も次々とそんな事を言い始めた。
「おい待て。それが私の事を言っているなら、その略し方はやめてもらおう。さもなくば、いかに私の頭がおかしいかを、今ここで証明することに…」
ずびし!
馬鹿なことを言うめぐみんの頭に、私はロッドを振り下ろした。
「何、馬鹿なことを言ってるのですか。それでめぐみん、あなたの爆裂魔法でどうにかなるのですか?」
私の問いに、しかしめぐみんは。
「う…、我が爆裂魔法でも、さすがに一撃では仕留めきれない…と、思われ…」
な、これは予想外です。ううむ、こうなったら私も爆裂魔法を習得するしかないか? そんな事を思い始めた、その時。
「すみません、遅くなりました。ウィズ魔道具店の店主です。一応冒険者の資格を持っているので、お手伝いに来ました」
救世主が現れた。
ウィズさんに計画のあらましを伝えると、デストロイヤーの左右の脚を彼女とめぐみんでそれぞれ吹き飛ばす、という形に収まった。というかウィズさん、爆裂魔法が使えるのか。さすがはアンデッドの王、リッチーなだけはある。
そんな訳で、アクア様による結界解除後にめぐみんとウィズさんによる爆裂魔法での脚部破壊、一応破壊し尽くせなかったときに備え破壊用武器の準備、更に白兵戦も視野に入れ作戦会議は終了した。
アクセルの街の前には気休めとはいえ、バリケードや罠が設置された。鰯の頭も信心というやつだ。いや、ちょっと違うか。
それはともかく、その更に先にダクネスさんが立ちはだかり、和真さんが引き下がるように説得をしている。その様子を遠目に見ていたが、結局和真さんひとりで引き返してきた。
「どうやら説得は失敗したようですね」
「ああ。詳しい説明はしてくれなかったが、この地の住人を守る義務があるんだと」
……義務? 気にはなりますが、とりあえず今は。
「そうですか。それでは和真さんは、アクア様達の許へ行ってください。特にめぐみんのプレッシャーはかなりのものだと思います。あの子が私の同位存在なら、今頃テンパってるかも知れません」
そう伝えると、和真さんは訝しげに私を見た。
「同位存在ならって、めぐみがテンパってる姿は想像つかんのだが?」
「……私の場合は小さい頃から、ロゼに強い自分を見せて守り、またロゼ自身にも、私を見て強くなってもらいたいと思っていましたから。なので、見かけだけでなく精神的にも鍛えていたのが、今に生きてるのだと思います。それでも取り乱したりはしますが」
性的シチュエーションを除いても、リーンさんに縋りついて泣いてしまったことは、未だに忘れられない。
「……見かけ?」
「……言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」
ドスを利かせた私の言葉に、和真さんは目を逸らし。
「さて、あいつらの様子を見に行かないと!」
そう言ってそそくさと逃げていった。まあ、いいでしょう。
私は歩き出し。
「ダクネスさん」
彼女の後ろに立ち、声をかける。
「メグミか。カズマの様に説得に来たのか?」
「いえ、ちょっとした確認です」
「確認?」
私が言った事に疑問を感じたのだろう。ダクネスさんは顔をこちらに向けた。
「ダクネスさんは、この地の住人を守る義務がある、と言ったそうですが…。もしかしてあなたは、政治に関わるような貴族の方ではないですか?」
「な!?」
明らかに狼狽えるダクネスさん。どうやら間違いないようだ。
「やっぱりそうですか。この国の王族や貴族は、養子などでない限り、基本的には金髪・碧眼だと聞きました。それにダクネスさんはテーブルマナーもしっかりしてましたから、もしかしたらとは思っていたのです」
因みに貴族についての知識は、クリスさんにこちらの常識を色々教わった時に仕入れたものだ。そういえばクリスさん、この情報を教えてくれたときに何か複雑な表情をしていたが、ダクネスさんの事情を知っていたからなのかも知れない。
「メ、メグミ、この事は…」
「言いふらしたり、しませんよ。そのつもりなら、和真さんも引っ張って連れて来てます」
「そ、そうか」
安堵の表情を浮かべ、小さく息を吐くダクネスさん。
「ところで、身分を隠しているという事は、偽名を使っているという事ですよね? 本名を伺ってもよろしいですか?」
「う…。ダスティネス・フォード・ララティーナだ…」
ダスティネス・フォード・ララティーナ…。というか。
「ダスティネスは家名ですか? それとも名前?」
アンナの場合はエステロイドが家名だが、この国では家名が先に来る方が圧倒的らしい。まあ、ララティーナの方が名前っぽいので家名だとは思うが。
「家名だ。ダスティネス家といえば、それなりに名の通った家柄だと自負していたが…。メグミは他国から来たのだったな」
「はい」
うなずく私。正確にはこの世界自体に疎いわけだが、言っても詮無いことだろう。
「……さあ、用が済んだのなら、みんなの所へ行った方がいい。私が言うのもなんだが、ここはさすがに危険すぎる」
「……そうですね。わかりました。ただ、ひとつだけ言わせてください。
ダクネスさんはおそらく、この街の人が戻る家を守ろうとしてるのだと思います。私がアンナのために屋敷を守りたいのと同じ様に。ですが、人がいて、情熱があれば、街も家も復興することが出来ます。
……私のいた国では自然災害が多く、悲惨な現状も何度か目にしてきました」
テレビの画面越しからですが、と心の中で付け加える。
「それでもその土地に残り、新たな街を作り上げていく人々もいます。
ダクネスさん。街を守ることはとても素晴らしいことだと思います。しかし、家を、街を失った人達の不安を取り除き、復興を手助けするのもまた、ひとつの道です。
もちろん、どうにか出来る可能性があるのに諦めるのは愚策ですが、どうか引き際だけは見誤らないよう、心してください」
私が語り終えると、ダクネスさんはしばらく無言になり、そしてポツリと言った。
「……人在っての国、か」
そのとおりだ。どんなに立派な街だろうと、人がいなければただのハリボテと何ら変わらない。
「わかった。その言葉、しっかりと心に留めておくとしよう。だが今は、可能性に賭ける時だ。私は決して退かないぞ」
「わかってますよ。和真さんが説得に失敗したときから。ただ私は聞きたいことを聞き、言いたいことを言っただけです」
私は笑みを浮かべ、そう返した。
「……その悪戯っ子の様な笑み、なんだかクリスみたいだな」
さすがに自分ではわからなかったが、私、そんな笑みを浮かべていたのか。そんな事を言われた私は、少し気恥ずかしくなる。
「そ、それでは用件も済んだ事ですし、私はみんなの所に戻ります」
「ああ」
ダクネスさんの返事を聞き、私は急いで呪文を唱える。
「『
ようやく制御出来るようになった術を発動させ、逃げる様にアクア様達の許へと向かう。……なんだか、めぐみんに言った事が恥ずかしくて修行の旅に出たゆんゆんの事を、馬鹿に出来ない気がしてきた。
因みに
私が到着する直前。
『冒険者の皆さん。そろそろ機動要塞デストロイヤーが見えてきます…』
ルナさんの声が響いた。私は術を制御して高度を上げる。すると遠目に、黒い塊が砂煙を巻き上げながら高速で近づいてくるのが確認できた。なるほど、その姿は確かに蜘蛛の様である。
しかし実際に目の当たりにすると、かなりの巨体だ。脚の部分だけとはいえ、果たして爆裂魔法だけで破壊できるのか。……いや、ここはめぐみんとウィズさんを信じよう。
降下した私は、今度こそみんなの許に降り立った。そこで最初に目に入ったのは、極度に緊張しためぐみんの顔。うむ、どうやら予想通りだったようだ。
続いて和真さんに視線を向けると、彼は軽くうなずいてからデストロイヤーへと視線を移し。
「よし、アクア! やれっ!」
「『セイクリッド・ブレイクスペル』!!」
和真さんの指示でアクア様が解呪魔法を解き放つ。突き進む魔力の光球は、デストロイヤーの周りに現れた結界とぶつかり一瞬だけ拮抗する。が。
パキイイイイン!
その結界は、澄んだ音と共に粉々に砕け散った。
『ウィズ、そっちの脚を頼む!』
拡声器を使い、ウィズさんに指示を出した和真さんはめぐみんに視線を移す。
「おい、お前の爆裂愛はそんなもんか!? いつも爆裂爆裂言ってるヤツが、ウィズに負けたらみっともないぞ? それともお前の爆裂魔法は、あれも壊せない程度のへなちょこ魔法なのか!?」
「なにおう!? 我が名をコケにされるよりも言ってはいけないことを言いましたね!」
さすがは和真さん。いくら煽り耐性が低いめぐみん相手とはいえ、こうも的確に煽ることが出来るのは彼の凄いところだ。やりようによっては、戦闘にも生きてくる能力である。それこそ、私が憧れるポップ兄さんの様に。
煽られためぐみんは、さっきまでの緊張した姿が嘘だったかのように、しっかりとした口調で呪文を詠唱していく。そして離れた場所に立つウィズさんに目配せをして。
「「『エクスプロージョン』ッ!!」」
同時に放たれた二人の魔法は、デストロイヤーという名の災厄の、その脚全てのことごとくを粉砕するのだった。
「む、無念です…。さすがはリッチー、ウィズの爆裂魔法に勝つには、まだレベルが足りないようです…」
魔力を使い果たし、うつ伏せに倒れためぐみんが悔しそうに言った。
そう、二つの爆裂魔法の威力は、ウィズさんに軍配が上がったのだ。そう判断された、大きな理由。それは、吹き飛ばしたデストロイヤーの脚だ。
ウィズさんの爆裂魔法はデストロイヤーの脚を綺麗さっぱり吹き飛ばしていて、塵となったものが降り注ぐ程度だったが、めぐみんの場合はそれによって、細かな残骸が降り注いでいた。
「く…、つ、次こそは…」
「よしよし、良くやった良くやった」
めぐみんを抱き起こしながら、和真さんは言う。実際、いくら魔力と才能に恵まれているとはいえ、普通の人間がリッチー相手にこれだけ迫れるのだから、大したものである。おそらくいずれ近いうちに、ウィズさんを上回れる日が来るだろう。
和真さんがめぐみんを木陰まで引きずり横たわらせる。いくら短い距離とはいえ、背負ってあげれば良いものを、などと思っていたその時。
「やったわ! 機動要塞デストロイヤーなんて言われてるけど、ホント期待外れだったわね」
アクア様が、とんでもないフラグ発言をぶちかました。
「バカッ! お前はどうしてそう、お約束が好きなんだよっ!」
和真さんが叫ぶ中、地面が細かく振動を始める。どうやらフラグは、見事に回収されてしまったらしい。
『この機体は機動を停止しました。排熱、及び動力エネルギーの消費が出来ません。乗員は速やかに退避してください。この機体は…』
デストロイヤーから聞こえるアラート音と、緊急退避命令。これが全てを物語っていた。
なんだか、めぐみがダクネスに語ってますね。ここまで語らせるつもりはなかったのですが…。