この新たな少女に転生を!
気がつくと私は、見知らぬ真っ白な空間で椅子に座っていた。一体ここはどこなんだろう?
「ようこそ、死後の世界へ。豊崎尚美さん、貴女は先ほどお亡くなりになりました」
突然声をかけられて前を向くと、そこには、背中に翼を生やした綺麗なお姉さんがいた。まるで天使の様。
………………天使?
「っえええええ! 私、死んだんですか!?」
思わず大声を上げた私。だけど目の前の天使? さんはイヤな顔ひとつ見せない。でもそのお陰で、私の心は少しだけ落ち着いた。
……そして思い出す。ここへ来る切っ掛けを。
私は放課後、部活にも出ずに帰宅をしていた。しばらく前のことが未だに忘れられず、部活に出る気力さえもなかった。登下校でさえ、半ば惰性だった。
心ここに在らずだった私。だからだろう。暴走車に気づいたのは、ブレーキの音が響いてから。瞬間視界に入ったのは、私に突っ込んでくる自動車と、横断歩道で尻餅をついている小学生の女の子。
そしてそこで、私の記憶は途切れていた。
「思い出されましたか?」
「はい。私、車にはねられて死んだんですね」
あまりにも突発的だったためか、幸いにして死の恐怖は感じなかった。だけど心残り、というか気になることはある。
「あの、他に被害者は出なかったんですか?」
「ええ。自動車の運転手は重傷は負いましたが、命に別状はありません。
轢かれそうになった少女は、少なからず心に傷を負うことになりますが、幸い環境には恵まれているので、恐らく立ち直ってくれるはずです」
「そう、ですか」
取り敢えずの溜め息をつく。
「では改めまして、豊崎尚美さん。私は、死者を導く女神アクア様の代理を務める天使、ノエルと言います」
そう自己紹介をする、天使ノエル。……って。
「女神様の代理?」
「はい。アクア様は訳あって、下界に降りてますので」
下界って、人間が暮らしてる世界の事? 一体何があったんだろう。
「……話を続けますよ?」
「あ、はい」
慌てて返事を返す。
「亡くなられた貴女には、三つの選択肢があります。
一つ目は、今までの記憶を消して人間に生まれ変わること。
二つ目は、天国へ行って非生産的な生活をすること」
二つ目、身も蓋もないんだけど。
でも両方とも、昔からよく言われてることだよね。生まれ変わりも、天国行きも。それじゃあ、三つ目は?
「三つ目は、現在の姿と記憶を持ったまま、異世界へと転生すること」
「異世界への転生!?」
これは私の親友が話していた、あの異世界転生ってやつなの?
「はい。その世界は貴女方が言うところの、ファンタジー世界で、現在魔王軍によって人類が脅かされています。そしてその世界の住人は死後、元の世界への生まれ変わりを拒否して、人口は減少傾向にあります。このままではその世界が、滅びかねません。
なので、別の世界で死んだ若者を、特典を一つ付けて送り出してはどうかという話になったのです」
なるほど。世界を維持するのって大変なんだなあ。
「さて、貴女はどの選択肢を選びますか? 因みに異世界転生者の現在までの死亡率は…」
そう言って説明された数値は、とても絶望的なものだった。しかも死亡原因も、とても無残なものばかり。
更に転生先の言語を覚えさせる際、運が悪いとパーになるらしい。ハッキリ言ってこんな事聞かされたら、誰も異世界転生は選ばないんじゃないかな?
……だけど。
「一つ、伺ってもいいですか?」
「何でしょうか?」
「その世界には…」
私は、一つの可能性について尋ねた。
「……わかりました。私は、異世界転生を選びます」
天使さんから話を聞き、私はある目的のために転生することに決めた。
「そうですか。ありがとうございます」
……ありがとう?
「どうしてお礼を?」
「あ…、私が代理となってから、初めての転生希望者なもので」
どうやらさっきの予想は、大当たりだったみたいだ。
「すみません。私情を挟んでしまいました。それでは豊崎尚美さん、この中から転生特典を選んでください」
そう言って差し出された、分厚いファイルの中を確認していく。その中には、ゲームやアニメに疎い私でも知ってるような、有名な武器なんかも載っている。
でも、どれがいいのかがよくわからない。説明文を見れば、どれも凄い性能なのはわかるんだけど。
それならせめてもと、自分が得意とする弓道から弓矢を調べてみる。しかし弓は洋弓ばかりで和弓が載っていない。和弓が無理なら中国のでもと思ったけど、そちらもぱっとしたものが見つからなかった。
「……あの、特典はこの中のものでないといけないんですか?」
「いいえ。能力や性能に問題が無ければ、大概のものはご用意できます」
「そうですか」
天使さんの回答を聞いて、私は思い切って言ってみる。
「それなら、源頼政が鵺退治に用いたと言われる弓[
これは古典【源平盛衰記】に登場する武器だ。最近はゲームにも登場するらしい。やらないから詳しくないけど。
「少々お待ちください。……はい、大丈夫です。むしろ神器としてはランクが低いので、多少のカスタマイズも受け付けますが、どうしますか?」
ランクが低いと言われて少しムッとしたけど、大元の文殊菩薩から渡された[水破・兵破]の謂われ以外は、鵺退治くらいしか大した逸話がない。それだって射落としただけで、とどめは別の人がしたのだ。
時代が下って、追っ手に追われる息子を助けるために、幽霊となった父が追っ手を射殺す、というのもあるけど、ランクのプラスになるとも思えない。
「……ええと、お任せで」
逸話がどの程度の能力に値するのかわからないので、いっそのこと天使さんに丸投げすることにした。
「それでは…、[水破・兵破]に上位悪魔でもダメージが通る程度神聖を高めました。逸話の鵺でも一撃で仕留められるでしょう」
結構攻撃力が上がってた。逸話だと、二本の矢を使って射落としてたのに。
「そして矢は、命中の成否に関わらず一度で役目を終え、ただの矢となり、代わりに矢筒に新たな矢が補填されます。なので、矢は常に[水破・兵破]の最大二本という事になります」
制約が付くとはいえ、回収の心配がいらないのはありがたい。
「次に[雷上動]ですが、持ち運びに便利な様に合言葉で出し入れが出来るようにしました」
「それは、出現させたり消したり出来るって事ですか?」
「はい。それと弦の張りなどの調整も、所有者の意思通りに成されます」
なんて便利なんだろう。
「合言葉の設定はここでされますか?」
合言葉。ここで私は親友が教えてくれた、物語の弓兵の事を思い出す。私の射形はその弓兵とイメージが被るそうだ。
「それじゃあ、出現を『トレースオン』、消すときは『トレースオフ』でお願いします」
「……はい、登録しました。それでは豊﨑尚美さん、受け取ってください」
天使さんがそう言うと、私の目の前に大きな弓と、矢筒に入った二本の矢が現れ宙に浮いていた。それを手にした途端、その重量がかかる。
私は矢筒を肩に架け。
「『トレースオフ』」
そう唱えてみると、弓は私の手元から消え去った。
「準備はいいようですね。それではその魔法陣からは出ない様にしてください」
気がつくと、私の足下で魔法陣が輝いていた。
「豊崎尚美さん、貴女をこれから異世界へと送ります。もしも魔王を倒した暁には、神々からの贈り物を授けましょう。例えどんな願いでも、ひとつだけ叶えて差し上げます」
それはありがたいけど、目的が達成できたら、私の願いは叶っちゃうんだよね。
「新たな勇者よ。願わくば、数多の勇者候補達の中から、貴女が魔王を打ち倒すことを祈っています。……さあ、旅立ちなさい!」
天使さんがそう告げると、私は浮遊感と共に異世界へと送られるのだった。
豊崎尚美。まあ、おそらく皆さんが想像したとおりの人物だと思います。因みに尚美(なおみ)を別の読み方にすると、しょうび。しょうびを漢字変換すると…。
なお、天使の名前は捏造です。