マナタイト結晶の精算には、思った以上の時間がかかった。その理由は、めぐみんが交渉を始めたためである。
和真さんはめぐみんを止めようとしたが、彼女は「大丈夫です。私に任せてください」と聞く耳を持たない。いや、多分和真さんは、貧乏店主さんが可哀想なので止めたのだと思うのだが。
アクア様はもとより、止めるつもりが無いようだった。おそらく、リッチーが困っている様を見ているのが楽しいのだろう。余り褒められたことではないのだが、アクア様が仕掛けているわけでは無いので、今日の所は見逃すことにした。
で。私はこういった交渉自体は、悪いことでは無いと思っている。と言うか、この手の業界では普通のことだろう。だが、和真さんから聞いた話や世間の噂からすると、ウィズさんには商才が無いらしい。なのでそこを踏まえてめぐみんに、暴利をむさぼらない程度に留めるよう釘を刺して、行く末を見守っているのである。
「……では、この金額でどうでしょうか」
「……いいでしょう。商談成立ですね」
どうやら、話はまとまった様である。私はめぐみんに近づき、結果を尋ねる。
「それで、売値はどうなったのですか?」
「当初、ウィズが提示した額の、およそ1割増しです。本当はもっとも釣り上げられましたが、ウィズが相手だとこれが限界でしょう」
どうやら私の言いつけは守ってくれたようだ。
「……因みに、やろうと思ったらどこまで釣り上げられましたか?」
ちょっとした好奇心で聞いてみる。
「そうですね。ウィズの興味を引きつけるような言葉で巧みに誘導すれば、10割増しにする自信があります」
「それって言い値の倍じゃないですか!」
「ええ。……本当に、何故商売人をしているのかと疑問に思いますよ」
ウィズさん、あなたって人は…。
私が哀悼の思いでいると、当のウィズさんが
「ではこちらが引き換えの現金となります。ご確認ください」
「……はい。間違いありませんね」
めぐみんが確認をして袋に詰め、和真さんに手渡した。因みに細かい貨幣が多かったが、おそらくお店中のお金をかき集めたのだろう。リッチーだから死ぬ…死ぬ?ことはないだろうが、これでまともに食事は取れるのだろうか。心配になってくる。
「ねえねえ、用事が済んだのなら、さっさと行きましょう。神聖な私の体が、アンデッド臭くなってしまうわ」
「ああっ、アクア様、スミマセン! スミマセン! 私がリッチーなばかりに…!」
……そういえば和真さんから、ウィズさんにはアクア様の正体がバレてるって言われていた。もちろん、めぐみんやダクネスさんには言っていないことである。私が転生者で、アクア様の正体を知っているから教えてくれたことだ。
「まったく、くつろいでお茶飲んでた奴が何言ってんだか」
うむ。それには激しく同意である。
「まあ、長居してもウィズに迷惑がかかるし…」
「リッチーなんかに何気を使…いえ、何でもないです」
私が背に差したロッドに手を触れると、アクア様は大人しく引き下がった。
「どうやらアクアも異論が無いようですし、私達はこれで…」
めぐみんがそこまで言いかけた、その時。カランとドアベルが鳴る。
「あ、いらっしゃ…あら、ゆんゆんさん。何かお忘れですか?」
そう。お店の入り口には、さっき飛び出していったはずのゆんゆんが立っていた。
「よかった。みんなまだいた」
「何ですか、ゆんゆん。まだ私に用があるのですか?」
めぐみんは本当に、もう少しゆんゆんに優しくしてあげるべきだと思う。ツンデレめぐみんには難しいのかも知れないが。
「ううん。用事があるのはメグミの方」
「!?」
あ、めぐみんがショックを受けてる。……え? 私?
「ゆんゆん、私に何の用ですか?」
「あ、えっと、メグミに会いたいって人がいて、連れて来たの」
「私に会いたい人?」
はて、誰だろう。クリスさんやリーンさんなら、お店の名前を聞けばひとりで来られるだろうし。
「さあ、入って。知り合いの店だから、緊張する必要はないですよ」
ゆんゆんに促されて入ってき…たの……は………。
「え、ゆんゆんさんにそっくりです!?」
そう。ゆんゆんにそっくりだ。胸はもう少し、年相応だが。
「左右の瞳の色が…。え、これって」
確か、私が説明したのだったか。虹彩異色症、ヘテロクロミア。通称オッド・アイ。
「あの子が着てる服って、学校の制服じゃないか?」
ええ。学校の夏服です。今の季節だと非常に寒そうですが。
「ちょっと。あの子の矢筒に入ってる矢、神器じゃないの」
ああ、まさにこの子らしい特典だ。
「……めぐみん!」
その子が、
「ロゼ…」
と。
ロゼ。めぐみは確かにそう呼んだ。その名には憶えがある。それは、ミツルギが俺に難癖をつけてきたときに、めぐみが口にした、親友の愛称だ。つまりあの子は。
「めぐみん、会いたかった…」
めぐみに抱きつき、頬を濡らしながらに言う。一方のめぐみは、非常に辛そうな表情で口を開いた。
「あなたは…何故、ここにいるのですか…」
「……私を案内してくれた…ノエルさんに聞いたら、めぐみんがこっちに来てるって言ってたから」
「そうではなくて! ここにいるという事は、あなたは…!!」
さすがに、めぐみんやゆんゆん、ウィズがいる中、最後までは口にしない。だが、そうなのだ。めぐみの幼馴染みということは、彼女は異世界転生者。つまり、向こうの世界で命を落としてしまったという事だ。
「……そういう、事だね。でも、わざとじゃないよ?」
わざとじゃない、という事は、自殺ではないって事か。それにしてもめぐみ同様、頭の回転の早い子だな。さっきから転生に関することは、上手く誤魔化しながら発言している。
「……まったく、あなたという人は」
言ってめぐみは、泣きそうな表情で笑顔を作り。
「それに私も。とても悲しいことなのに、嬉しくも感じてしまうなんて…」
……ああもう、めんどくせえ!
俺はめぐみの頭に手を乗せる。
「……え?」
「お前は考え過ぎなんだよ! せっかく親友に会えたんだろ? だったら今は、素直に再会を喜べばいいじゃねえか! それ以外のことは後回しだ!」
俺が叱咤した途端、めぐみの目から涙があふれ出し、思わずたじろいてしまう。
「ぐぅ…、ロゼ…。私も、私も会いたかったっ!!」
めぐみはロゼの胸に顔を埋め、大泣きをする。これで、良かったんだよな?
「……皆さん、ご迷惑をおかけしました」
ようやく落ち着いためぐみが、深々とお辞儀をして謝った。
「別に謝る必要などありませんよ。メグミ達は遠い地から来たのでしょう? 運良く会えたのですから、再会できたのは喜ぶべき事です」
「そ、そうよ。私達、お友達なんだから!」
めぐみんとゆんゆんが元気づけるように言う。
「お友達? ……ねえ、めぐみん」
「ああ、そうですね。お互い自己紹介が必要ですね。では、ロゼからいきますか?」
言われて一瞬怯んだものの、すぐにロゼの表情が引き締まる。
「そ、それじゃあ。私は豊崎尚美。めぐみん…めぐみの幼馴染みで、彼女からはロゼって呼ばれてます」
「ねえ、どうしてロゼなの?」
アクアが俺も感じていた疑問を投げかける。
「それは、名前の由来からです。両親がバラの花が好きで、漢字の薔薇の別の読みがショウビ。ショウビに別の漢字を当てて読み方を変えたのが尚美って訳です」
「そして私が、バラを英語読みにしてローズ。ローズにはバラ色という意味もあるので、それをフランス語にしてロゼ、となったのです」
なんだか、風が吹けば桶屋が儲かる、みたいな謂われだな。因みに、さっきから何かを言いたそうに、めぐみんが口をむにむにさせている。多分、漢字とか英語とかフランス語といったワードが気になるんだろう。それでも聞かないのは、以前は無視されたから今回も同様だろうと思ったに違いない。
「では次は…」
そう言って、俺をチラリと見る。目が合った俺は軽く頷いた。……そういえばめぐみが、普通に俺と視線を合わせてるな。多分、ロゼ改め尚美との再会で、気持ちがリセットされたんだろう。尚美様々だな。
「それじゃあ俺からだ。俺は佐藤和真。一応、このパーティーのリーダーだ。名前からもわかると思うけど、君と同じ国の出身だよ」
俺の自己紹介に、尚美は目を丸くする。
「次は私ね! 私はアクア。美しきアークプリーストは世を忍ぶ仮の姿で、その正体は水の女神アクアその人よ!」
「と思っている残念な人です」
「だから、どうして信じてくれないのよおおお!」
それは、普段の行いである。
「……ねえ、めぐみん。もしかして、アクアさんって…?」
「はい。私をこちらに送ってくれた方です。その後、和真さんに特典として指定されて、ここにいるそうです」
「そうなんだ。ノエルさんがこっちに来てるって言ってたけど、そういう事だったんだね」
相変わらず、上手く隠しながら確認作業をしている二人。お前ら、本当に中二かよと突っ込みたい。
「何か話し込んでますが、我が名乗りを聞き震え上がるがいい!
我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法使いにして、爆裂魔法を操る者!」
毎度の通り、めぐみんが高らかに名乗りを上げる。
「え? めぐみん? そっくりだとは思ったけど、名前まで…」
「あちらはあれが本名です」
そうなんだよな。っていうか、驚くとこそこかよ。めぐみんの名乗りじゃないんだな。
「後はダクネスさんという方がパーティーにいますが、今は訳あってここにはいません」
「何かあったの?」
「……それは、聞かないでください」
「う、うん」
めぐみの悲愴的な表情に、尚美はただ頷いた。
「……あれ? ゆんゆんさんは?」
「フッ! ゆんゆんは我がライバルを自称する、ただの追っかけ! 我がパーティーとは縁も所縁もないのです!」
「自称じゃないし、追っかけでもないから! 正真正銘のライバルだからっ!」
「……といった仲です」
「なるほど、友達なんだ」
尚美がぶっちゃけたことを言う。実際俺も、そうじゃないかと思ってる。
「と、友達…」
「ではありません。ええ、ありませんとも」
なるほど。確かにめぐみが言うとおり、めぐみんはツンデレだな。だけどツンが強すぎるぞ? もっとデレるべきだろ、めぐみん。
「ええと、それで奥にいるのが、このお店の店主さんで…」
「[ウィズ魔道具店]の店主をしている、ウィズといいます」
ウィズが微笑みながら挨拶をする。ゆんゆんとは先に済ませてあったみたいだし、これで全員か。
「それで、ゆんゆんさんと友達っていうのは…」
「ああ、それは彼女が修行の旅に出るとき、私を魔法使いとしての新たな目標と言ってきたので、その条件を飲む代わりに、こちらでの最初の友となったのです」
めぐみの説明にゆんゆんが、真剣な顔で頷いている。なんか、かなり必死だな。
「なので、親友であるあなたにも、ゆんゆんの友となってほしいのですが…」
「そうなんだ。……うん、そうだね」
頷いてからゆんゆんへと向いて。
「私も、あなたの友達になりたいの。いいかな、
「え…あっ! はいっ! 不束者ですが、よろしくお願いしますっ!」
「……だからゆんゆん、重いですよ?」
ゆんゆんの重い発言に、めぐみはツッコミを入れた。
「ところで尚美は、冒険者の登録は済ませたのか?」
状況が少し落ち着いたところで、俺は尋ねた。こちらに来たからには、とにかく何か職に就かなくてはならない。それが転生特典を持つ転生者なら、冒険者になるのが手っ取り早い。
「いえ、まだです」
「それじゃあさっさと済ませちまおう。という訳で、またな、ウィズ」
「はい。またのお越しをお待ちしてます」
ウィズに挨拶をして、俺達は店を出た。なんか流れで、ゆんゆんもついて来てるけど、まあいいだろう。
「何でゆんゆんもついてくるのですか」
お前は、もう少しゆんゆんに優しくしてやれ。
「お、お友達と一緒にいて、何が悪いのよ」
「ぐっ!?」
おお、ゆんゆんが言い返した。今回は見事に一本取った形だな。
「ねえねえメグミ。ナオミにあの事、教えた方がいいんじゃないかしら」
「あの事?」
なんだ? アクアの奴、また妙なこと言う気じゃないだろうな。
「魔剣の人の事よ」
「あっ!」
……そうか。確かにそれは、伝えるべきだよな。アクアにしては、ナイスじゃないか。
「? なんの話?」
聞き返す尚美に、めぐみは一瞬言葉に詰まる。が、意を決して口を開いた。
「ロゼ、落ち着いて聞いてくださいね。……こちらには、御剣響夜も来ています」
「……え? 」
尚美の表情が変わる。その表情は複雑だ。ハッキリ言って、俺にはどう表現したらいいのかわからない。だだ、読み取れた感情もある。ひとつはおそらく、戸惑いだろう。そしてもうひとつ、こちらはわかりやすい。喜びだ。口角が少しだけ上がってる。非常に腹立たしいが、この少女はミツルギに対して未練があるんだろう。本当に腹立たしいが。
尚美と向き合うめぐみを見ると、どうやら機嫌を損ねてるらしい。おそらく、俺と同じものを読み取ったみたいだな。まあ、フラれた相手に未だに思いを寄せてるんだ。幼馴染みで親友という立場なら、機嫌が悪くなるのも当然だろう。
はぁ、と尚美がひとつ溜め息を吐く。
「教えてくれて、ありがとう。知らないまま出会ってたら、きっと取り乱したと思うから。……どうしたの、めぐみん?」
「……ロゼには関係ないことです」
「え? めぐみん? 何拗ねてるの?」
「拗ねてなんかいませんよ。ええ、拗ねてませんとも」
お、めぐみがめぐみん化した。そうか。めぐみが拗ねると、ツンデレめぐみんみたいになるのか。
「……あの、その愛称を呼ばれると、私の名前と非常に紛らわしいのですが」
めぐみんが、めぐみの愛称に異議を申し立てる。めぐみとめぐみんでも紛らわしいから、当たり前の申し立てだが。
「じゃあ、あなたは
「……なんですと?」
「私にとって、めぐみんはめぐみだけだもの。だから偽物のあなたは、紅魔族のめぐみんで紅めぐ」
うわ。この子、結構辛口だな!?
「な…! よりにもよって、私を偽物扱いですと!? 顔だけでなく、毒舌な所もゆんゆんそっくりですね!
紅魔族は、売られたケンカは買う種族! そのケンカ、買おうじゃないか!」
ゆんゆんも結構毒舌なんだ。って、感心してる場合じゃない。
「待て待て、こんな所でケンカはよせよ。なあ、紅めぐ?」
「なあ!?」
「そうですね。私がめぐみ、もしくはめぐみんと呼ばれて、そちらが紅めぐ。紛らわしくなくていいじゃないですか」
「メグミ!?」
お、めぐみも乗ってきたな?
「紅めぐって愛称、可愛いと思うよ?」
「ゆんゆん!」
「そうね。この際めぐみんは、紅めぐでいいと思うの」
「アクアまで! 我が名はめぐみん! 決して紅めぐなどではありません! もしその名で呼ぶのなら、せめてナオミ限定にしてくださいっ!!」
フッ。どうやら策に嵌まったようだ。
「言質が取れたから、私はこれから紅めぐって呼ぶからね?」
「あ」
俺達の連携…アクアは本気で言ってた気がするが、そのお陰で尚美のめぐみんの呼び方は、紅めぐに決定した。
そしてそんな事を話している間に、俺達は冒険者ギルドへと到着するのだった。
おまけ
前回の続き。
ゆんゆん「トヨサキ…ナオミ…」
尚美「ゆんゆんさん?」
ゆんゆん「あ、いえ、ナオミさんの名前が、知り合いと似た雰囲気だったから…」
尚美「私の名前と似た…? ねえ、ゆんゆんさん。その人の名前はなんて言うんですか?」
ゆんゆん「え、あの、タカハシメグミ…」
尚美「!! めぐ…みん…!」
ゆんゆん「え?(……あ、そういえばメグミが自己紹介の時、愛称はめぐみんだって…。それじゃあこの人は!)
ナオミさん、行きましょう!」
尚美「……え?」
ゆんゆん「今ならまだ、私の知り合いのお店にいるかもしれません!」
立ち上がったゆんゆんが手を差し出す。
尚美「……! はい!」
返事をした尚美。ゆんゆんの手に自分の手を添え立ち上がる。
ゆんゆん、尚美の手を引き、ウィズのお店へと向かう。
……といった事がありましたが、バレバレとはいえ正体を隠していた都合上、今回のあとがきにて補完させていただきました。