ロゼとゆんゆんがパーティー入りしてから数日が過ぎた。私達は毎日クエストを受けている。
……とはいっても、カエルは翌日までで狩り尽くしてしまい、和真さんのレベルアップを兼ねたものもその日で終了したわけだが。因みに和真さんは、ひとつだけレベルが上がった。一方の私は…聞かないで欲しい。
ともかくそんなわけで、私とロゼ、ゆんゆん、めぐみんは、ゴブリン退治など少し離れた場所でのクエストをこなしている。爆裂魔法を使わなかったときは、爆裂散歩も兼ねて。
そして和真さんとアクア様は、居残り組だ。とはいっても、和真さんはウィズさんのお店に置く商品の開発などをしている。和真さんなりにちゃんと考えているのだ。
一方のアクア様は、何もせずぐーたらとしている。ロゼやゆんゆんが何か言っても、適当なことを言って暖炉の前のソファーから動こうとすらしない。そして二人は早々に諦めた。多分私が諦めてる段階で、察しがついたのだろう。
という訳で、今日の分のクエストも、昨日のうちに既に受けておいた。今回は、自身は否定している達人のロゼがいるので、一撃熊の討伐だ。私達なら遠距離からの攻撃でどうとでもなると践んでのことだ。ただし畑でのクエストなので、今回も爆裂魔法の出番は無しとなりそうだが。
私達は出かける前に挨拶を、と居間までやって来ると、ソファーの上で膝を抱えて泣いているアクア様と、足元に色々とガラクタっぽいものが散らばっている和真さんがいた。
「また朝っぱらから騒いで。一体どうしたのですか?」
めぐみんが尋ねると、アクア様は言った。
「……ひっく。……カズマが、借金返すために、売り払ってやるって。……無理矢理、私の服を、脱がそうと…」
はぁっ!? かかか和真さんんん!?
「めぐみ、妄想癖は治ってないんだね」
そそそういうロゼは、頬を紅くしてわくわくするのはやめて下さいいいいいいい!
「ち、違うからっ! アクアも、そんな断片的な言い方すんな! お前達も、そんな目で見ないでくれ! ただ、アクアの装備を売ろうとしただけだからっ!」
……あ、ああ、そういうことですか。安心しました。
「……なんだ。つまんない」
「……ロゼは更に黒くなった気がしますね」
以前は毒舌家で生臭な程度だったんだが…。
私がそんな想いに耽っていた、その時。
「た、大変だ! カズマ、大変なんだ! ……って、客人か?」
そう言って入ってきた、白いドレス姿の金髪美女。その長い髪を1本の三つ編みにして、左肩の前に垂らしている。
一瞬誰だと思ったが、和真さんの名前を呼んだことと「客人」という発言、そしてある人物の秘密が結びついて答えが導き出された。
この美女は、誰あろうダクネスさんである。気づいてしまえば、確かに顔立ちはダクネスさんだとわかりもするが、普段とあまりにも違う姿に、更に化粧も普段と変わっているので、受ける印象が全く違うのだ。
「……あんた誰?」
「んん…っ! く…! カズマ、今はふざけている場合ではない! そういうプレイは後にしてくれ!」
どうやら和真さんは気づいてなかった様だ。それからダクネスさん。和真さんは別に、プレイでそんな事言ったわけではないですよ?
「なんだ、お前ダクネスか? 心配させやがって」
「ああ、この人がめぐみが言ってた…」
ロゼもようやく、この人がダクネスさんだと認識したようだ。しかし、ここで素直に話が進む訳でもなく。
「うわああああ! ダクネスううう! カズマが、カズマが私を無理矢理脱がせ…」
「誤解を招くような言い方、しないで下さあああああいっ!!」
すぱあああああん!と、素早く引き抜いた私のロッドがアクア様の頭を引っぱたく。うむ。ロッドに変えたおかげで、ある程度背の高い相手でも、上手く面が決まって気持ちがいい。
「めぐみ、ナイスツッコミだ!」
和真さんがサムズアップをしながら言ったので、私もサムズアップで返す。そんな私の横をめぐみんが通り過ぎ、ダクネスさんの前に立ち。
「お帰りなさい、ダクネス。何があったかは聞きません。まずはゆっくりお風呂にでも入って、その心と体を癒してきてください」
あうっ、そうだった。ダクネスさんはアルダープの許へ行って…。
「風呂? 何を言っているのだ? いや、それよりも、さっきアクアが言いかけた、その続きが気になるのだが?」
「ダクネスさん。アクア様の寝言は気にしないで、ゆっくりと心の傷を癒してください」
私は微笑みながらダクネスさんに言った。上手く笑えた自信はないが。
「メグミ? 心の傷とは何の事だ?」
ダクネスさん、強がって…。と思っていたら、ロゼが盛大にため息を吐いた。はて?
「ダクネスさん、初めまして。私はめぐみの幼馴染みで親友の、豊崎尚美と言います。もしかしたら愛称の、ロゼと言った方がわかるかも知れませんが」
「ああ、貴女が。言われてみれば、メグミが話してくれた様に左右の瞳の色が違って…とても魅力的だ。どうしてあの男は似合わないなどと言ったのか…」
ああ、彼の悪口はやめて下さいっ! ロゼが顔を引きつらせてますからっ!
しかしロゼはひとつ息を吐き、気持ちを落ち着かせて口を開いた。
「その話はいいです。それよりも、みんなはダクネスさんのことを勘違いしてるみたいですよ」
は?
「勘違いだと?」
「はい。詳しくは知りませんが、ダクネスさんが体を売ったと…」
「な!? ……そうか、領主の許に行ったから。おい、それは勘違いだ。確かに領主にはよくない噂もあるし否定する気もないが、さすがにそこまで無茶な要求はされてはいない。そもそも私が公の場で『良識の範囲で』と制限を設けたのだ。奴とて、そこまで無謀なことは出来まい」
……考えてみれば、いくら借りがあるとはいえ、ダクネスさんは貴族の令嬢である。しかも、ダクネスさんから素性を聞いた後にダスティネス家について調べたら、王家の懐刀と呼ばれるくらい立派な家柄だった。そんな家柄の令嬢に、あ、あんな事を要求なんて、出来るはずもない。
私自身の不安とダクネスさんの性癖のせいで、和真さんの推測をそのまま受け入れてしまったようだ。反省せねば。
「く…! もしあの時、何でも言う事を聞くと言っていれば、今頃私は…! くはぁっ!!」
「え、あの…!?」
「ちょ、ちょっと、めぐみん!?」
急に顔を紅潮させて身悶えながら奇声を発するダクネスさんを見て、ゆんゆんとロゼが戸惑っている。ロゼなど、動揺のあまりに私を愛称で呼んでいるくらいだ。
「……ダクネスさんは、被虐性欲者です」
「…………あぁ」
あえて表現を変えて説明したら、ロゼは理解して気のない返事を返す。どうでもいいが、ワザと遠回しに言ったけど、こちらの方がむしろエッチくなってしまった。
「だが、それならその服は何だ? かなり高級そうなんだが」
「ええ、間違いなく高級品よ」
和真さんの疑問を肯定するアクア様。さすがにそういうものを見る目はあるようだ。
「こ、これは自前の物だ。決して領主からのプレゼントではないぞ」
「自前だって? ……コスプレか?」
普段の姿から、その発想が出るのも仕方がないかも知れないが、さすがにそれは失礼だろう。
「コスプレでもない! そ、そんな事より、これを見てくれ!」
そう言って出された、二つ折りにされたメニューの様な物…いや、アルバム? これってまさか…?
「……なんだ、このイケメンは。ムカつく」
中を見た和真さんはそう言うと、それを思いっきり引き裂いた。って!
「和真さん! それってお見合い写真じゃないんですかっ!?」
「そのとおりだ! これでは断れなくなってしまう!」
「おお、スマン。……て言うか、見合い写真?」
疑問を口にする和真さん。まさか、脊髄反射で破ったのだろうか。と言うか、イケメンに対してどれほどのコンプレックスを抱いているのだろうか。和真さんだって、普通レベルには顔立ちが整っているのだし、そこまで拒否反応を示す必要はないと思うのだが。
「そうだ。アルダープめ、姑息な手段を使ってきた。自分では無理だと思ったのか、息子のバルターとのお見合いを申し出てきたのだ」
「そ、そうか。とにかく修復を試みるから。おいアクア、悪いがご飯粒持ってきてくれないか?」
「はいはーい」
和真さんに頼まれたアクア様は、足音を響かせながらご飯粒を取りに行った。……いつも思うが、アクア様はまるっきり子供みたいな時があると思う。
ややして、戻ってきたアクア様は、頼まれもしないのに自ら写真の修復を始める。まあ、この方は手先が器用だし、芸術のセンスも頭抜けているので、このままやらせておいた方がいいだろう。
それはともかく、ようやく少し落ち着いたダクネスさんはソファに腰かけ、テーブルの上に散らばった紙を拾い上げた。
「何だか妙なものを描いているな。これは何だ?」
「それは私達の国にある便利グッズです。和真さんはそれを再現しようと、図面に書き起こしていたのですよ」
「カズマは金策のため、それらを作り、ウィズの店に置いてもらおうと計画しているのです」
私とめぐみんの説明に、納得したとばかりに頷くダクネスさん。
「確かに幸運値の高いカズマなら、商売に向いているかも知れないな」
「その運についてなんだが、最近少し疑問を持っているんだけどな。それこそここの所、まともな仲間は増えたけど、元々は事態を悪化させるアークプリーストや一発屋のアークウィザード、攻撃の当たらないクルセイダーと問題の多い連中ばかりで、おまけに借金やら濡れ衣やら着せられる始末だ。俺、本当に運がいいのか?」
和真さんの発言に、ビクリと肩を震わすお三方。どうやら、私は含まれていないようなので安心した。
「わ、私が見合い話に悩まされているのは、カズマを庇ったのが原因な訳で! いや、別に恩に着せているわけではないぞ?」
まあ、確かにダクネスさんのおかげで、和真さんはこうして無事に居られるわけだ。
「私はメグミ達と、毎日クエストに出ていますよ? いえ、確かに私の魔法が活躍する場面はあまりありませんが、全くないわけではありませんよ?」
ふむ。確かに、いざという時には頼りになっている。
「なんか、カズマの疑いは二人がどうにかしちゃいそうだから、私はトイレ掃除に行こうかしら?」
「おいこら、写真の修復はどうした」
アクア様には思わずツッコミを入れてしまった。と言うか、言い訳すら思いつかないのか? ……まあ、この話題はどうでもいい。それよりも。
「話を戻しますが、ダクネスさん。もしかして今まで帰ってこなかったのは、このお見合い絡みですか?」
「ああ、そうなのだ! さすがメグミ、話が早くて助かる!」
この会話でめぐみんは理解したのだろう、小さく「なるほど」と呟き、詳しい事情までは知らないだろうロゼやゆんゆんも、今までの会話や世間の噂でアルダープの
「ねえねえ、どういうこと?」
「イマイチ言ってる意味がわからないんだが…」
アクア様と和真さんには理解できなかった様だ。と言うか、和真さんは頭も良いし観察眼もあるのだから、もう少し頭を働かせる努力をしましょう?
「要は見合い話を断ろうと、今まで奮闘していたという事です。……それでいいんですよね?」
「ああ。今まではアルダープ自身が言い寄っていたものを父が断っていたのだが、息子のバルター…今回の見合い相手は父もえらく気に入っていてな。アルダープも良識の範囲での申し出だし、どうしても阻止することが出来ないんだ」
ダクネスさんに言い寄っていたって、かなりの年齢差があるのでは? いや、恋愛に年の差など関係ないとは思うけど、何度もと言う辺りにかなりの執着が感じられる。単純な政略的なものか、それとも…。
「……しかし解せませんね。アルダープは領主であり貴族です。彼の人間性からすれば、ダクネスを無理矢理自分のものにすることくらい、訳がないのでは?」
「そうだな。あいつなら『良識の範囲』という縛りを無視しても、おかしくないと思うんだが」
そう。めぐみんや和真さんが言うことはもっともだ。ただしそれは、ダクネスさんが一般人だった場合である。
「……わ、私は本名を…ダスティネス・フォード・ララティーナと言う。その…、そこそこ大きな貴族の娘だ」
『ええっ!?』
ダクネスさん自身と私以外が、驚きの声を上げる。
「ダスティネスって、そこそこどころか大貴族じゃないですか!」
「王家の懐刀と呼ばれている、あのダスティネス家ですか!? このアクセルに居を構えている!?」
めぐみん、ゆんゆん。説明ありがとう。
「……随分と落ち着いてるけど、めぐみは知ってたの?」
「さすがはロゼ、気づかれましたか。ある言動でもしかしたらと思い、確認も込みで訊ねたことがあるのですよ」
「……ああ。メグミには内緒にしてもらっていたが」
私の説明にダクネスさんが補足を入れる。
「ともかくそういう訳で、アルダープは搦め手を用いてきたのですよ。……それで
私はララティーナさんとは呼ばず、いつもと同じ名前で呼ぶ。それを聞いたダクネスさんは、少しだけ相好を崩した。
「貴女がこちらに来た理由ですが、現れた時にかなり慌ててましたね? その状況から察するに、既にかなり切羽詰まった状況なのでは?」
「……くっ、実はそのお見合い、今日のお昼からなのだ。だから頼む! みんなで私の父を説得してはくれないか!?」
なるほど。本当の本当に最終手段まできていたのか。
「それじゃあこれ持って、ダクネスのパパを説得しないとね。どう、完璧でしょ?」
そう言ってアクア様は、修復したお見合い写真を和真さんに手渡した。ダクネスさんは覗き込んで安堵している。しかし、先程からブツブツと呟いている和真さんが気にかかる。そう思った次の瞬間。
「これだああああああっ!!」
和真さんは叫びながら、修復したばかりのお見合い写真を引き裂くのだった。
外へと出た私達は、振り返って和真さんを見た。
「それでは、和真さん。既に依頼を受けているので、私達はクエストへ行ってきますが…」
「カズマの考えとやらが凄く不安なのですが。大丈夫ですよね? ダクネスの事は任せましたよ?」
私とめぐみんは不安を口にする。
「ああ、任せておけ!」
さわやかな笑顔で返す和真さんを見て、更に不安は膨れ上がった。この人がこういう笑顔を浮かべるときは、何かを策謀しているときが多い。
それが私達にとって良いことならいいが、悪い事の可能性もある。何しろめぐみんやダクネスさんを切りたがっていた人だ。それに先程のぼやきもある。
やはり和真さんの監視をした方が…。そう思ったとき。
「めぐみ、何してるの?」
「メグミ、早く行こう?」
ロゼとゆんゆんに急かされ、後ろ髪を引かれる思いで屋敷を後にするのだった。