どうやら丸く収まりそうだ。
そう思ったのがいけなかったのだろうか。いや、いけなかったのだろう。この世界でのフラグ回収率は、異常なほどに高いのだから。
「ほう。我輩が難儀していた魔法陣を消してくれるというのか。今回は明け渡すとはいえ、後々利用するやも知れぬ故、大変ありがたいことだ。しかし、それで汝らに不利益がある理由がわからんな。どれ、少しばかり汝の過去を拝見して…」
そう言いながら和真さんを凝視するバニルの瞳は、赤く輝いている。
「フ…、フハハハハハハ! なんと言うことはない! 貴様らの仲間のプリーストが、我輩ですら立ち入れぬ程の魔法陣を作ってくれおったのか! そのプリーストとは、よもや…!」
……まずい!
「見える! 見えるぞ! このダンジョンの前で退屈そうに、茶を飲んでいる姿が!!」
……アクア様には後でO・HA・NA・SHIが必要ですね。って、そんな場合ではなく!
「さあ、その男との賭で負け、『すんごい要求』が気になり、期待してずっとモジモジしている娘よ。そして、この件が終わったらどんな凄いことを要求しようかとソワソワしている男よ。そこを通してもらおうか!」
「ダクネスさん!? カズマさん!?」
バニルのセリフに声を上げたのはゆんゆん。いや、私も上げたかったが、さすがにこの状況では我慢した。冗談抜きで、今はクールでなければならないときだ。
「で、でたらめを言うなっ! き、期待などしていないし、モジモジもしていないっ!!」
「そ、そうだっ! ソワソワなんてしてねーし! しし、してねーしっ!!」
……後でこの二人を問い詰めることにしよう。
「なぁに、『人間は殺さぬ』が鉄則の我輩だ。人間は殺さぬとも。〝人間〟はな!」
やっぱりコイツ、アクア様の正体を…!
「こんな迷惑な魔法陣を作りおって! キツいのを1発食らわせてくれるわ!」
「『
こうっ!と、柱のように太い、青白い光の束が私から放たれ。バニルはそれを、ひょいと避けた。
「ほほう。ダンジョンに影響が出ないように、精神にのみダメージを与える魔法を選んだか。なかなかに〝クール〟ではないか」
褒められてもちっとも嬉しくはない。私はバニルが感情的になった、その隙を突いて術を放ったのだ。それをあっさりと躱したということは、私が攻撃することは見通されていたに相違あるまい。「冷静」ではなく「クール」と言っている段階で、その可能性は高いだろう。
「貴様がアクアに危害を加えるというのなら、引くわけにはいかない」
「そ、そうです! 私達は、パーティーの仲間なんだからっ!」
ダクネスさんとゆんゆんも、バニルの前に立ち塞がる。
「腹筋だけでなく脳まで硬そうな娘に、ぼっちを拗らせ素直になれず、内心では友人と想う相手にライバルと言い張る娘よ。我輩が本気を出せば、貴様らなどたやすく葬り去ることが出来る。
だが汝らは、悪感情製造機である人間故に殺したりはせん。とっとと引き返して、汝らが期待する『すんごい要求』とやらを果たしてこい。ぼっち娘も、今からオトモダチとして助けを求めれば、素直に受け入れられるに相違あるまい。見通す悪魔が保証しよう」
「ダ、ダクネス、耳を貸すなっ! これはまさしく悪魔の囁きだっ!!」
「だ、誰が惑わされるかっ!」
「わ、私とめぐみんが、お友達…。はっ!? ダメダメ! 悪魔の言うことなんて信じちゃ…!!」
ううむ。さすがは見通す悪魔を自称するだけはある。見事に私達の精神を揺さぶってきてる。何故私に仕掛けないのかはわからないが。
等と思っていたら。
「おい、めぐみ! 多分、ダクネスとゆんゆんは止まらないと思うから、お前は地上に戻って報告してくれ! バニルが地上に出るまでの時間稼ぎはするから、その間に対策を立てるんだ!」
……なるほど。私がこの場からいなくなる展開を見通していたのか。全く厄介な相手である。とはいえ、策を立てるには時間が無い現状では、これが最善手でもあるだろう。
「わかりました。和真さん達も、死なない程度に頑張ってください。……まあ、人間は殺さないと言ってるので、大丈夫だとは思いますが」
「……ほんと、それが無きゃフラグ発言だぞ?」
……確かに。私は思わず沈黙してしまう。……ま、まあ、それはともかく、頼まれたことは速やかに。
「『
「あっ、逃げた!!」
和真さんのそのセリフを最後に、私はこの場から離れるのだった。
「ひゃわっ!?」
突然姿を現した私を見て、アクア様が素っ頓狂な声を上げた。うむ。バニルが言っていたとおり、確かに紅茶を飲んでくつろいでいる。
「めぐみ、どうしたの?」
「ひとりだけで帰ってくるとは。ダンジョンで何かあったのですか?」
ロゼとめぐみんが察しが良くて助かる。……と。
「……ちょっと。なんだか少し、悪魔臭いんですけど?」
どうやら今回に限れば、アクア様もなかなか察しが良いようだ。
「そうなのです。実は…」
上手く話の流れに乗る感じで、私はダンジョン内での出来事、そして和真さんの言伝を伝えた。
「まさか…! 本当に『魔王軍の幹部・見通す大悪魔バニル』と名乗ったのですか!?」
話を聞き終えたセナさんが、声を震わせながらに尋ねる。
「ええ。私達の心の内を読んでましたし、アクア様がここでお茶を飲んでいることも言い当ててましたので、おそらく本物かと」
「そんな…」
予想外の大物に、セナさんはかなり動揺しているようだ。
「……うん?」
……? アクア様?
「すんすん。……臭うわ。悪魔が近づいてきてるわね!」
「ええっ!? 想定よりも早いのですが!?」
「何か想定外な事でも起きたのでは?」
「どうする、めぐみ」
ううむ、どうすると言われても…。ええい!腹をくくれ、私!
「ロゼは攻撃準備! 水破・兵破の鏑矢の音なら、多少はあの悪魔にも影響を及ぼせるかも知れません!」
「うん」
「めぐみんは当然、爆裂魔法の準備を! おそらく勝負の決め手となるので、無闇に放たないでくださいよ?」
「了解です」
「そしてアクア様は、退魔魔法を出会い頭に! 些か気が引けますが、相手は見通す悪魔。まずは確実にダメージを与えます!」
「任されたわ」
これだけの指示を出し、私は再び《烈閃咆》の詠唱をする。
やがて、ダンジョンの中から複数の足音が聞こえてきて。
「さあ! ダンジョンから無事生還した、仲間との対面である! 忌々しい我が宿敵よ! 乗っ取られた仲間の身体を前に、一体どう出るのか…」
「『セイクリッド・エクソシズム』!」
「(ああああああっ!!)」
アクア様が放った皓き炎が、バニル…の……、って!
「ダクネスさんっ!?」
思わず呪文を破棄して叫んでしまった。
「アクア! ダクネスにいきなり魔法をぶちかますなよ! 心臓に悪いだろ!?」
「ええっ!? でもでも、指示を出したのはメグミよ! それにこの魔法は、人間には全く害がないんだから」
アクア様の言い訳に、和真さんとゆんゆんの視線がこちらを向く。
「い、いえ。まさかいきなり、ダクネスさんが現れるとは…。そ、それよりも、これは一体どういう状況なのですか? ダクネスさんの顔に張り付いたマスク…。まさか」
「ダクネスは今、バニルに体を乗っ取られかけてるんだ!」
「その通りである!(すまない、みんな)」
やっぱりかああああっ!
「みんな、気をつけて! バニルの本体は仮面の方なのっ!」
続けてゆんゆんが注意を促す。が。
「そんなの、バニルの姿を見た瞬間から疑うべき事ですよ。新八の本体はメガネというくらい常識です」
「シンパチって誰!?」
「すまね。その手のお約束、忘れてたわ」
ゆんゆんは私の喩えに突っ込み、和真さんは忘却していたことを素直に謝った。
「えっと、とにかく私は悪くないのよね?」
「まあ、私の指示に従っただけですから」
何となくだが、私が指示していなくてもやりそうな気もするが。
「ふむ。脳みその代わりに増えるワカメが詰まった、水の女神と同じ名のプリーストよ。我が名はバニル。地獄の公爵にして、魔王軍幹部がひとりだ」
バニルはアクア様に対しても、しっかり煽ることを忘れない。と言うか[増えるワカメ]って、【スレイヤーズ】に出ていた言い回しなのだが。私はそんなこと考えてなかったので、おそらく和真さんが心の中で思っていたのだろう。
「普通はいくらダメージがないとはいえ、仲間に攻撃するのは躊躇うだろうに。これだから悪名高いアクシズ教は、忌み嫌われるのだ」
……何故だろう。アクシズ教徒ではないのに、私の心もズキズキと痛むのだが。
「おお、これはこれは。予想外の人物からの悪感情、ごちである」
うるさいやい。
「あらやだ、さすがは人間の悪感情が無いと生きていけない寄生虫ねー。プークスクス。そんなアンデッド以下の存在に、道徳なんか説かれたくないんですけどー!」
アクア様もしっかり煽り返すことを忘れていないが、口はバニルの方が達者みたいだ。
そんな二人…いや、ダクネスさんも含めて三人の間に沈黙が流れ。
「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」
「甘いわっ!」
アクア様の不意打ちを華麗に避けるバニル。
「ちょっとダクネス、どうして避けるの!?」
「(そんなことを言われても、体が勝手に!)」
ううむ。数多の物語のとおり、体はバニルに操られているようだ。本当に、厄介な事この上ない。
「ああ、手配書に書かれた通りの容姿! まさしくあれは、魔王軍の幹部にして見通す悪魔のバニル!!」
……なんだと?
「おい、セナさんや。ちょっと待ってもらおうか? 手配書のとおりって、それでは何故、人形を見て気づかなかったのですか!?」
デフォルメされてるとはいえ、基本的な造形は変わらないというのに。
「い、いえ。誰かがその姿を利用して脅しているのかと思ったもので…」
……なるほど。確かに、使役した人形をわざわざ自分に似せて自らの素性を明かすなんて、普通は思わないか。
まあ、それはともかく。
「ところで和真さん。ダクネスさんはどうしてこんな事に?」
「いや、不意を突かれてバニルに乗っ取られたから、セナから預かったお札を貼って封印したんだ。これなら全力が出せないだろうし、アクアなら浄化できると思ってな」
ううむ、少し乱暴な気はするが、理には適っている。実際はなかなか上手くいっていないのが現状だが。
「しかし、これはまずいですよ。あの悪魔、アクアの悪魔祓いの魔法を受けても耐えています。おそらく聖騎士…クルセイダーであるダクネスの、聖属性の魔法に対する強い耐性が原因でしょう」
めぐみんの説明に、頭が痛くなってくる。つまり、お札を剥がして解放するのが良いということだが、それはバニルの能力も解放されるということ。どんな攻撃手段があるかはわからないが、以前戦ったホーストを超えるのは確実である。
「……とにかく今は、私とロゼで色々試してみようと思います」
「……それで、何とかなればいいんだけど」
そう言うと和真さんは、ひとつため息を吐いた。
「ロゼ、話は聞いてましたね?」
「うん。でも、私が攻撃したらダクネスさんが…」
……ああ、確かにそれは心配になってくるか。
「大丈夫です。ビシバシ当てる気でいってください。以前、めぐみんの爆裂魔法の直撃を受けた時は、軽く焦げて気を失っただけで済んだ人ですから、ダクネスさんは。もちろん、今ほどの威力がなかった頃の話ですが」
あの時は一瞬【スレイヤーズ】の、金魚のうんちな女魔道士が頭をよぎったくらいだ。
「……本当に人間なの?」
気持ちはわかるぞ、ロゼ。
「でも、そういう事なら」
そう言って彼女は矢を番え。
「南無八幡大菩薩…」
いつもの経を唱えながら、バニルのマスクに向かってそれを放つ。
「ぬっ!?」
鏑矢が放つびゅうという音に、バニル…ダクネスさんの体が硬直し。
「ふんぬっ!」
それでも気合いで、無理矢理体を仰け反らせて、その矢を躱した。それに合わせて。
「『セイクリッド・エクソシズム』!」
私は識ったばかりの術を叩きつける。だが。
「ふはははは! 我輩が躱しきれぬタイミングでの魔法の発動とは恐れ入った! だが、本職ではない上に術の構成もいい加減では、我輩ほどの高位の悪魔にはまるでダメージは与えられんぞ!」
くっ! 確かに急ぎであったために、術の構築は側を固めただけで中身はスカスカなものである。しかもバニルの言葉が正しいのなら、ダクネスさんのクルセイダー補正無しということだ。
そんな忸怩たる想いの中。
「それなら、『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』ッ!!」
「スポンジ頭のプリーストよ。当たらなければ意味が無いぞ」
アクア様の不意打ちを軽く避けるバニル。その行動はお見通しだったようだ。そこへ。
びゅうう!
「くっ!」
再び放たれた鏑矢の音に一瞬硬直し、その腕に矢が当たった。が、神器のはずのその矢は、ダクネスさんの腕を傷つけることなく地面に落ちてしまう。
「いや、硬すぎでしょ!?」
ロゼが愚痴を言ってるが、その気持ちもわかる。キャベツ狩りの時に私が感じた思いと同じだから。
とはいえ神器すら通さないのは、さすがに異常すぎる。これもクルセイダー故の神の加護なのだろうか。
思わずそんな考察を始めてしまった、その時。
「あ、いたぞ」
「おい、何がどうなってるんだ?」
ダンジョンから現れた冒険者たちが状況を尋ねてきた。
「ダクネスが悪魔に体を乗っ取られかけてんだ! でも、アクアの退魔魔法を上手く躱してどうにも出来ねえ。みんなもダクネスの足止めを手伝ってくれ」
「あの、本体は仮面の方です。どうか、お願いします!」
和真さんとゆんゆんの説明を聞いた冒険者たちは、互いに頷き合ってから、ダクネスさんを取り囲む。
「悪いがダクネス、少々手荒にいくぜ!」
「もっともお前にゃ、ご褒美かもしんねえがな!」
……ダクネスさんの性癖は、ある程度知れ渡っているようだ。
そして冒険者たちは、一斉にダクネスさんへと攻撃を仕掛けるのだった。