この中二病少女の失態を!
ギルドでの和真さんの授与式から一夜が明けた。いつも通り早く起きた私は、これもまたいつもの如く、庭で合気の型を反復する。
やがて弓の訓練に切り替えた頃、和真さんが起きてきて朝食の準備を始める。……そういえば、明日は私が食事当番だった。というわけで、明日は基礎訓練は休み、休息日にしよう。
訓練が終わって、軽く汗を洗い流そうと移動していると、キッチンから「おはよう…ございます…」という、覇気のない挨拶が聞こえてきた。私がキッチンを覗き見ると、予想通りそこには、青い顔をしためぐみんの姿があった。
「あの、和真さん。水を、もらえませんか…?」
「あ、ああ…」
少しドギマギしながらも、水を汲んで受け渡す和真さん。でも、体調が悪いはずのめぐみんは、それでも和真さんの様子がおかしいことに気付いたみたいだ。
「……あの、和真さん。もしかして私、やらかしましたか…?」
「ああ、うん。酔ったお前に抱きつかれた…」
「な…! そ、それはスミマッ!? ……イタタ…」
思わず声を張り上げて、二日酔いの頭に響いたんだろう。
そう。めぐみんは昨日、お酒を飲んでしまったんだ。
それは授与式が終わり、宴会ムードで盛り上がっていたギルド内でのこと。和真さんとダクネスさんがこっそりとギルドを抜け出したあとだ。
「どうしたの、めぐみ。浮かない顔して」
「ああ、ロゼ。いえ、たいしたことではありません」
私が訊ねると、めぐみんはそう返してきた。絶対たいしたことだと思うんだけど。
「あ、メグミとナオミ、ここにいたんだ」
「こんな隅っこにいたんだね」
そんな私達の許に、ゆんゆんとリーンさんが連れ立ってやって来た。だけどゆんゆんは、さっきまで紅めぐと一緒にいたはずじゃ?
当然おんなじ疑問が浮かんだんだろう、めぐみんが訊ねた。
「ゆんゆん、めぐみんと一緒ではなかったのですか?」
「あー…。カズマさんとダクネスさんがどこか行っちゃったから、止める人がいなくてお酒を飲んじゃったの。それであっという間に酔っ払って、くだを巻き始めたから逃げてきたのよ。リーンさんとは、二人を捜してるときに会ったの」
……なるほど。やっぱり紅めぐも、お酒には弱かったみたい。めぐみんとは酔い方が違うみたいだけど。
それはそうと、それじゃあリーンさんは?
「リーンさんは、パーティーの仲間と一緒じゃないんですか?」
「……ダストがまたバカやって、まだ残ってた騎士の人にしょっ引かれたのよ。テイラーとキースは私に残るように言って、ダストに着いていったの」
私の疑問に、恥ずかしそうに答えるリーンさん。ああ、まさにあのクズらしい。
「二人も苦労してますね」
「「うん」」
やや憐れんだめぐみんのセリフに、ゆんゆんとリーンさんの二人の声が綺麗に被った。
「やれやれ…」
めぐみんは、疲れたような呆れたような、そんなニュアンスでそうこぼしてから、テーブルの上のコップに手を伸ばす。それを口へと運び…って!?
「
慌てて、つい愛称で止めに入る私。でも間に合わず、めぐみんもひと口飲み込んでから気がついたみたいだ。今飲んだのは、お酒だって…。
ああああああっ! めぐみんがお酒、飲んじゃった!!
「すみません、ロゼ。あと、よろ…し……く………」
そう言葉を残して、めぐみんはかくりと
「え、メグミ?」
「あれ? メグミもお酒に弱いの?」
めぐみんの様子を見て、キョトンとして言う二人。そう。めぐみんはお酒に弱い。そして、酒癖も悪い。めぐみんはお酒を飲むと…。
「ねえ、メグミ? 大丈夫?」
そう言ってめぐみんへと手を伸ばすリーンさん。って、落ち着いてる場合じゃないっ!
「リーンさん、駄目…!」
私は注意を促したけど、そのタイミングでめぐみんが顔を上げた。あ…、間に合わなかった。
めぐみんがうつろな目でリーンさんを見ると、にへらと笑う。
「リーンさんだー」
「えっ!?」
リーンさんはいきなりめぐみんに抱きつかれ、驚きの声を上げた。
「メ、メグミ?」
同じく驚いたゆんゆんが二人に近づこうとしたところを、私が腕をつかんで引き止める。
「駄目だよ、ゆんゆん。めぐみはお酒を飲むと口調が変わるし、気に入ったものに抱きつく癖があるの。ここでゆんゆんが近づくと、対象を切り替えるかも知れないし、そうならないかも知れない。
……でも、どちらにしても、ゆんゆんはダメージを受けることになるよ?」
めぐみんの抱きつきは、かなりうざったい。親友の私でさえ辟易するくらいだ。
そして抱きつかれなかった場合、ゆんゆんはリーンさんよりもお気に入り度が下ということになる。昔の私のようにぼっちなゆんゆんにとって、この精神的ダメージはかなりのはずだ。
ゆんゆんも私の言ってる意味を理解したんだろう、私がつかんだ腕から力が抜けた。
「……ええと、あたしはどうなるのかな?」
「……貴い犠牲でした」
「「ええっ!?」」
真面目に言った私のセリフに、ゆんゆんとリーンさんが非難の声を上げた。とはいえ私にはどうすることも出来ないだけだ。私は二人よりも、めぐみんからのお気に入り度が高いと自負している。私は、自らを犠牲にする程お人好しじゃないのだ。
「とにかく、そのうちお酒が回って眠っちゃうから、それまで我慢してください」
「そんな…。えっと、メグミ。そろそろあたしから離れてくれないかな?」
「やだー」
やっぱり。それで離れてくれるなら、私もこんなに苦労はしてないし。……ん?
「どうしたの、ゆんゆん。二人をじっと見つめて」
「あ、うん。距離をとって見てる分には、メグミが可愛らしくていいなって」
あ、そこに気がついちゃうんだ。
「今の酔ってるめぐみは、素の部分だからね。素のめぐみは甘えん坊で、可愛いものが好きなの。そんなめぐみの愛らしさは計り知れないけど、親友としては普段のめぐみが哀れに思えるのと、誰かに迷惑をかけて申し訳ない気持ちで、素直に浸れないのよ」
私としても、普段とのギャップにそそられるものはあるんだけどっ! ……言っておくが、決して私はレズビアンではない!
「それだっ!」
わっ!? びっくりしたっ! えっと、リーンさん?
「ほーら、メグミちゃ~ん」
そう言いながらリーンさんは、自分の尻尾を立ててユラユラと揺らす。なるほど、その手があったか。
リーンさんのあの尻尾が、本物なのかアクセサリーなのかは知らない。だけど、めぐみんの気を引くには充分だと思う。実際、めぐみんの視線がリーンさんの尻尾に釘付けになり。
「リーンさんのシッポー」
そう言ってそのシッポにしがみついた。
「シッポ、もふもふー」
……えっと、それは私も興味があるけど。
「ふう…。動けないのは同じだけど、それでもだいぶマシね」
安堵するリーンさん。一度は見捨てたとはいえ、心が痛まなかったわけじゃないので、この状況は素直に喜ばしい。
そんな中、ギルドの扉が開いて。
「あ、カズマさんとダクネスさん」
ゆんゆんが言ったとおり、和真さんとダクネスさんの二人がギルドに戻ってきた。和真さんは最初、アクアさんに近づこうとしてすぐに諦めた。酔った紅めぐに辟易したんだろう。
「リーンさん、どうしますか?」
「ん? どうするって?」
「このままめぐみが寝るのを待ちますか? それとも、和真さんに押し付ける?」
私はこの選択肢を提示したことを、後ほど激しく後悔することになる。
それはともかく、リーンさんは一瞬黙り込んで。
「カズマー! ララティーナちゃーん! こっちこっち!」
どうやら贄に選んだようだ。そしてダクネスさんも贄候補らしい。もちろん、私に責める気はこれっぽっちもない。
「よお、みんなここにいたんだ。って、どうしためぐみ!?」
驚く和真さん。一方のダクネスさんは、何だか様子がおかしい。リーンさんがララティーナ呼びしてるのに、恥ずかしがる素振りを見せないけど…。うん、何かショックなことがあったみたいな?
そんな考察をしている中、和真さんが不用意にめぐみんへと近づいていく。リーンさんは祈る気持ちだろうけど、ほぼ間違いなく、ターゲットは和真さんに移るはず。
そして。
「……あ、和真さんだー」
「な、めぐみ!?」
その予想どおり、めぐみんは和真さんに抱きついた。
「これは、どういう事だ?」
さすがにダクネスさんも、平静を取り戻して訊ねてきた。
「めぐみが間違えてお酒を飲んじゃったんです。で、酔っためぐみは、気に入ったものに抱きつく癖があります」
「なるほど」
納得したとばかりに頷くダクネスさん。
「お前ら、俺を嵌めやがったな! おい、めぐみ! 離れてくれ!」
顔を赤くしながら和真さんは言うけど、それで離れてくれるなら以下略。
「やだー」
……ね?
「こ、こんなとこ見られたら、勘違いされるぞ?」
……あ。
「……かんちがい?」
こ、これはマズい。
「お、お前が、俺のこと好きなんじゃないかって…」
「好きだよ」
止める間もなかった。いや、違う。めぐみんに絡まれるのが嫌で、つい反応が遅れてしまった。
「……え? 今、なんて?」
「私、和真さんが好きー」
「「「「ええーっ!?」」」」
私とめぐみんを除いた四人が声を上げる。
「……あ、いや、好きって言っても、友達とか、そう言うのだろ?」
「ちがーう。和真さんは、好きな男の人だよー」
「メ、メグミ? それって、カズマさんが恋愛対象ってコト?」
「うん!」
……めぐみん。止めること出来なくて、ゴメン。
それから十分くらいして、ようやくめぐみんは眠りに落ちた。和真さんは椅子に座って呆然としてる。
「はぁ、本当に驚いた。まさかメグミが、カズマの事を好きなんてねー」
あんなクズ男が好きなあなたにも、充分驚きです。と言いたいところを、ぐっと我慢する。彼女もまた、まだ無自覚だから、口に出すわけにはいかない。
「でも、だからカズマが殺されたときにキレてたのかな?」
……は?
「「それ、どういう事ですか?」」
私とゆんゆんのセリフがキレイに被った。めぐみん曰く、別世界の同じ存在らしいので、やっぱり似てるところがあるみたいだ。
「……それは、雪精退治の話か。メグミから聞いたのか?」
「うん。ララティーナちゃんの言うとおり…」
「……そ、その名前で呼ぶのは、やめてくれ。話が進まなくなる…」
ダクネスさんは恥ずかしがりながらも何とかそれだけ言うと、コホンと咳払いをして、真面目な顔になって言った。
「雪精というモンスターを退治していたときなんだが、その親玉の冬将軍が現れて、カズマの首をはねてしまったんだ」
「「ええっ!?」」
また、ゆんゆんと被った。
「それにキレたメグミが冬将軍に攻撃をしたのだが…」
……ん?歯切れが悪いような?
「結局、返り討ちにあって殺されちゃったんだよね?」
「……うむ」
…………は?
「あの時は、アクアの《
め、めぐみんの、ばかぁぁぁぁっ!!
「……ナオミ、大丈夫? なんか凄い表情だけど」
「……うん、大丈夫。心配ナイヨ?」
なんか最後は言葉が硬くなってしまった。そうだ、落ち着かなくちゃ。めぐみんも和真さんも、今は生きて、ちゃんとここにいるんだから。
「……ごめん。本当は少し取り乱してた。でも、もう大丈夫。それでめぐみだけど、キレた理由が和真さんだったからとは限らないと思う。きっと大事な仲間なら、誰が殺されても同じようにキレてたと思うよ」
私は説明しながら、でももしかしたら、この一件が原因で和真さんのことを意識し始めたのかも知れないとは思った。
もちろん始めから恋心を抱いてたわけじゃないと思うけど、気にかけてるうちに和真さんの
……あ、そうだ。
「あの、和真さん」
「…………あ。スマン。呆けてた」
「いえ。気にしないでください」
それは、思ってもみないタイミングで告白されたら、こうなっても仕方ないと思うし。
「それで、めぐみの告白なんですけど、聞かなかったことにしてくれませんか?」
「……は?」
「いえ、忘れてくれって言ってるわけじゃないんです。ただ、
「たしかに、ばつが悪いな」
頷いて和真さんは、困ったといった表情で、寝かされてるめぐみんを見る。
「幸か不幸か、めぐみは酔ってる間のことは覚えてません。
もちろん、和真さんが今後誰と付き合う事になっても、私は文句なんて言いませんよ。まあ、気にとめておいてくれたら、親友の私としてはありがたいですけど。
だからこの事は…」
「ああ、わかったよ」
そう言って和真さんが、私の頭に手を乗せてなで始める。
「……和真さん。セクハラですか?」
「ち、ちがわい! 友達想いの優しい子を褒めてるだけだっつーの!」
「……カズマ。お前らしくないんじゃないか?」
「うっせー、ララティーナ! そんなん、自分でもわかってらい! だが俺にだって、そういう事してあげたくなる時くらいあらぁな!」
「ラ、ララティーナって呼ぶなぁっ!!」
ああ、何か締まらない。まあ、私が余計なこと言ったせいだけど。
それはともかく。
「えっと。みんなも、めぐみには内緒にしてね?」
「う、うん! 私達だけの秘密ね!?」
ゆんゆんが目を紅く赫かせて言う。その勢いは、少し怖いくらいだ。……私も昔はこんな感じだったんだろうか?
「わかったわ」
「私も気をつけよう」
リーンさんと、気を取り直したダクネスさんも了承してくれた。……めぐみん。私がこっちに来る前に、こんなにいい仲間達に出会えてたんだね。私はそう、心の中で呟いた。
そして現在に戻るわけだけど。うん。和真さんはちゃんと約束を守って、告白のことは口にしていない。抱きつかれたことに関しては、めぐみん自身がその癖のことを知っているから問題ないし。
というか、抱きつかれたことを話すことで、告白自体を誤魔化しやすくしてるのかもしんない。狙ったのか、たまたまなのかはわかんないけど。
……さて、このまま覗き見しててもしょうがない。
「めぐみ。朝っぱらからうるさいわよ」
「あ…」
「なんだ尚美、見てたのか」
どうもこの雰囲気だと、和真さんは私のことに気付いてたみたいだ。まあ、後ろ姿だっためぐみんと違って体はこっちを向いてたから、気付いててもおかしくないか。
「はい。めぐみが力無く挨拶してる辺りから」
「それってほぼ最初からっ!? イタタ…」
「ほれ、めぐみ。お前は大人しくしとけ」
どうやら和真さんの緊張は、私が声をかけたことで解けたみたいだ。多分だけど、これで和真さんもいつもの調子に戻ったんじゃないかな。
「それじゃあ私は、少し汗を洗い流してくるね。あと、めぐみ。さすがに今日は、一日休養日にあてること。いいわね?」
「う…、はい…」
素直に頷いためぐみんを見届けてから、私はお風呂場へ向かう。
……それにしても。私はちょっとした憂いを抱えて、心の中でめぐみんに言った。
── 早く自分の気持ちに気付かないと、誰かにとられちゃうよ?
……って。
因みにめぐみが浮かない顔をしていたのは、おそらくウィズの所にバニル討伐の報告に行ったのだろう和真とダクネスに、悪魔は残機制で残機数がある限り復活すると教えていなかったことに対する後悔のためです。
もちろん、既に復活してウィズの店で働いてるとは、流石に思ってませんが。